久保康友インタビュー中編

◆久保康友・前編>>「チームが『選手募集!』を貼り出してたんです。バイトのあれと一緒」

「ビジネス的になるのが、すごい嫌だった」

 日本のプロ野球でプレーしていた当時を、久保康友(42歳)はそう述懐する。

 違和感から解き放たれ、米国やメキシコを経たのちに辿り着いたドイツでは、誰もが本業で生活費を稼ぎながら、野球にすべてを捧げている。新たな価値観を手にした久保の目には、祖国のプロ野球界こそが奇異に映る。

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阪神タイガース入団会見での久保康友(当時28歳)

── ドイツに行くことについて、周りからいろいろ言われたと思います。しかし、久保投手からすれば「そんなことどうでもいい」と?

「そっちのほうがつまらん人生やんって思うんです。みんな同じ価値観で、同じ考えでやっているの、怖かったですもん。全員、正解が同じで、目指している方向も一緒で、"自分"というものがないというか。

『お前の好きなものは何なの?』って聞いても、たぶん価値のあるものに対して好きって言うと思います。でも、ホンマにそれ、好きなんかな? たぶん本人もわからないんとちゃうかな......っていうレベルです。

『ダイヤモンド、ホンマに好きなん?』っていうのとおんなじですよ。価値があるからほしいだけやろと。周囲にはそれを不思議と思わない人ばっかりだったんで、僕は常に『おかしいなあ、おかしいなあ......この世界、なんなんやろ?』と思っていたんです。だから、そもそもNPBの世界に残りたいとかも思わないし、残る価値もないと僕は思っています」

── だから久保投手は、どこでも野球ができるんですね。

「そうなんすよ。自分のアンテナが『ピコン!』って光ったとこに行くだけです。でもたぶん、一般の感覚からしたら『あの人の行動、理解できへん』『なんでそんなワケわからんとこに行くの?』ってなると思います(笑)」

── 日本でのプロ野球選手として13年間、最初からそう感じていたのですか?

「いや、はじめは数字を残さないといけないので、一生懸命にやることだけを考えていました。プロですからね。でも途中......阪神に移籍してプロ5年目くらいには、もう完全に違和感を覚えるようになりました。『おかしいよなぁ』って」

── 阪神タイガースという球界屈指の人気チームに行ったから、よけいにそういう部分に目がいったということもありますか?

「いや、阪神に行く前からちょいちょい......ロッテの時からすでに(そう思いはじめていた)。そもそも、一般人からプロ野球選手になった時点で、周りの対応がすんーーーごい変わるんですよ。集まってくる人の種類も変わるんで、そこでまず『ん? なんなん、これ?』となる。

 でも、周りの選手を見ると、みんなめっちゃ喜んでいるんですよ。逆に、みんなそのためだけに野球やっている感じにも見えましたし。『なんだ、この世界は?』と。現役の時は僕も一生懸命やりましたけど、現役じゃなくなったら正直『もう近づきたくもない世界やな』って思った」

── 独立リーグに在籍していた時、久保投手の言う「違和感を覚える世界(日本プロ野球界)」を目指していた若者もチームメイトにたくさんいたと思います。そういった選手たちにはどのように伝えていたのですか?

「もちろん、関わった選手たちの想いが実るようにサポートはしてあげたいし、実際にしていました。どういう現実が待っていたとしても、その選手にはその選手の価値観があって、今、プロ野球に行きたいと思っているのは事実なんで、それに対してアドバイスはします。

 そこで『あかん世界だよ』と言ってしまうのは、それは僕の価値観。それを押しつけちゃ絶対にダメです。まぁ、僕は歳を食っているので、その選手がハッピーになるように情報を提供したり。それ(自分の価値感を押しつけること)をしてしまったら、もうただの嫌なオッサンですよ。老害です(笑)」

── 話をドイツ野球に移します。ハンブルクの選手の大半は仕事をしているのですか?

「空港で働いている奴もいますし、市場で働いている奴もいます。自営業もいますし、モデルをやっている選手もいます。いわゆる一般的な社会人で、それぞれが働いていますよ」


ハンブルクの選手はみな社会人(久保は右から2番目)

── 野球というスポーツが"超"がつくほどマイナーなドイツに来て、久保投手の野球への見方は変わりましたか?

「僕はドイツに来る前まで、選手をうまいか下手かで評価していたんです。でも、ハンブルクに来て彼らと初めて一緒にプレーして、『あ......今までなんていうことを自分はしてたんや』と。野球がうまいか下手かなんて二の次やと思いました。

 彼らの姿勢、好きなものに対する姿勢は、すっっっごいリスペクトしています。だってつき合っている彼女に『あんた、いっつも週末はベースボールばっかり......』ってめちゃくちゃ文句を言われてんのに、平日は彼女のためにうまくいろいろしてプラスポイントを稼いで、週末に野球しに来ているんです。プライベートのすべてを野球に注ぎ込んでいるんですよ。

 それに、小さい時からずっと聞かれていると思いますよ。『なんでこの国(ドイツ)におるのに、そんなスポーツやってんの?』って。誰も支援してくれへんし、めっちゃお金もかかるし。子どもが野球をやるってなっても、グラウンドもないから、お父さんやお母さんがクルマで片道1時間半かけて練習場まで送り迎えしてるんですよ。

 ドイツで野球をやるって、本当に大変。日本やったら、だいたいどこにでも野球をやる環境がありますよね。なんならチャリ(自転車)でもグラウンドに行けるし」

── ハンブルクに来てからの収入は?

「ほんまに"雀の涙"です。もし今後、日本とかであかんかった選手がドイツを選ぶかもしれませんけど、はっきり言って収入は望めないですよ。ただ、楽しいですけどね」

── ドイツで日本人は「野球先進国の選手」と思われているのでしょうか?

「野球先進国の人間やと思われているでしょうね。だって、初めて来た日本人が僕で(現在9勝を挙げていて)活躍しているじゃないですか。1分の1なので、たぶん僕がベースになる」

── 日本はWBCで何度も優勝しているので、久保投手が来る以前から「日本は野球先進国」というイメージがドイツに根づいているかと思っていました。

「あ、でも、これ僕がメキシコやアメリカで経験したことなんですけど、日本人が来ても『誰、こいつ?』って感じですよ。『NPBの選手です』って言っても『そのリーグ、何?』みたいな。特にアメリカは、メジャーリーグ以外は全部マイナーリーグです、基本。そういう世界」

── 2019年にプレーしていたメキシコ(レオン・ブラボーズ)はいかがでしたか?

「メキシコはみんなフレンドリーでしたね。『お前、日本からか。俺は台湾でやってたぞ。日本と台湾は違うんか?』みたいな感じです(笑)。

 僕、グローブの中に日本の地図を入れてるんです。アメリカ2年目から。僕が出会ったアメリカに野球で行っている中南米の選手たちって、ほとんど勉強をしていない選手が多く、日本のことも知らないんですよ。だから『東のほうにこういう形の日本っていう国があるから覚えてくれ』っていう意味で。

 僕は世界遺産が好きなんですけど、ベネズエラにあるエンジェルフォールっていう滝、ご存じですか? 滝の落差がありすぎて、落ちてくる水が途中で霧になるところなんです。僕、そこに行きたくてベネズエラの選手に『お前の国のエンジェルフォールを見に行きたいんや』って言ったら『は? なにそれ?』って......。僕らが富士山を知らないみたいなもんですよ」

── 今年の春に開催されていたWBCは見ていましたか?

「ちょうどこっち(ドイツ)に来たタイミングだったんで、見てないんですよ。結果だけは知ってますけど」

── 日本の優勝についてどう思いましたか?

「オリンピックもWBCも『国対国のスポーツの対決』ですけど、根底にあるのはビジネスです。もちろん、日本が優勝したのはいいことだと思っていますよ。でも、日本人の価値が上がるかは別やと思うんで。まぁ、ビジネスとしてはWBCもオリンピックも大成功ですよね、毎回」

── 今ではテレビやインターネットで気軽にメジャーリーグも追いかけられる時代になりました。

「今の子どもたちは、日本のプロ野球じゃなくてメジャーリーグを見てるんじゃないですかね。すごくいいんじゃないんですか、目が外に向いていくというのは」

── 日本のプロ野球界にとってもいいこと?

「日本の野球界がどういうふうに進んでいるのか、僕にはわからないです。ただ、僕は選手たちもメジャーのほうに行っていいと思います。だって、世界一のリーグじゃないですか。

 日本のプロ野球界がどうこうというより、日本人が世界に出て、トップを取って、帰ってきたらええ話やないですか。極端な話、僕は『優秀なら日本人、全員メジャーリーガーになったらええやん』という考えなんですけど。なんかね......日本のなかで囲おうとしますよね」

── かつては「田澤ルール」なるものも存在しました。(※田澤ルール=ドラフトを拒否して国外プロ球団と契約をしたアマチュア選手に対し、日本球界への復帰後は大卒・社会人出身選手=2年、高卒選手=3年間、NPB球団は契約しないという12球団の申し合わせ事項)

「でも、もうなくなってきましたよね。あんな変なルールは、さっさとなくしてしまったほうがいいんですよ」

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 耳学問などではなく、NPB以外に海外や独立リーグを実際に経験した男の言葉だけに、より重みを感じられる。締めくくりとなるインタビュー後編では、日本野球界におけるプロアマ規定、ドイツでの私生活、最大の目的である世界遺産巡りおよび観光についても話してくれた。

◆久保康友・後編>>ドイツでの苦労「今月使えるお金は、あとこれだけか......」


【profile】
久保康友(くぼ・やすとも)
1980年8月6日生まれ、奈良県橿原市出身。右投右打。大阪・関大一高3年時に選抜高校野球大会で準優勝。卒業後、社会人野球の松下電器で6年間プレーした後、千葉ロッテマリーンズに自由獲得枠で入団。2005年に新人王を獲得。2009年から2013年まで阪神タイガースに在籍し、オールスター選出やリリーフも経験した。2014年から横浜DeNAベイスターズで4季プレー。日本プロ野球13年間の現役生活で97勝86敗6セーブを記録。米国独立リーグやメキシコなど海外も渡り歩き、昨年は関西独立リーグの兵庫ブレイバーズに所属。今季はドイツのブンデスリーガ1部ハンブルク・スティーラーズで白球を追う。