清水・乾貴士(35歳)がトップ下で輝きを取り戻した! ピカイチの技術でエスパルスをJ1昇格に導く
その存在感は、明らかに別格である。
清水エスパルスの乾貴士が好調だ。
2023シーズンのJ2リーグ開幕当初は、サブかメンバー外だった。ブラジル人のゼ・リカルド監督のもとでは、出場機会が限られていた。
状況が一変するきっかけは、監督交代だった。開幕から7戦連続勝利なしでゼ・リカルド監督が契約解除され、秋葉忠宏コーチが監督へ昇格する。47歳の熱血漢は「選手が本来持っている力を解放するために、ストロングポイントで勝負できるようにする」との方針を打ち出す。システムの軸足は4-4-2から4-2-3-1へ移り、乾はトップ下に指名された。
今年6月で35歳になった乾貴士
これまで所属してきた国内外のクラブでも、日本代表でも、乾はサイドハーフで起用されてきた。サイドアタッカーやドリブラーの印象が強かったが、6月で35歳になっている。「サイドでやるにはなかなか難しい年齢にもなってきているので、真ん中だとキレとかじゃないところで勝負できる部分もある」と、乾自身はポジション変更を前向きにとらえていた。
清水には縦に速い選手が揃っている。右サイドハーフの中山克広はスピードと斜めのランニングに優れ、右SBの北爪健吾はタッチライン際を上下動できる。北川航也、チアゴ・サンタナ、ディサロ燦シルヴァーノらも、DFとの駆け引きで背後へ抜け出せる。
足りなかったのはパスの中継点であり、出し手である。前監督指揮下の攻撃は、縦には速いものの再現性、連動性、連続性に欠けていた。昨シーズンのJ1得点王チアゴ・サンタナが7試合で2得点しかあげられなかったのは、彼のもとへパスが届いていなかったからでもある。
そうした問題の解決策が、乾のトップ下起用だった。彼がパスの出し手になることで、アタッカー陣のキャラクターを生かすことができる。ブラジルMFのカルリーニョス・ジュニオに左サイドハーフを任せ、フィニッシャーとしてのポテンシャルを引き出せるようにもなる。
【乾のボールは決して暴れない】果たして、秋葉監督就任後の清水は攻撃力を爆発させていく。乾が1トップの後方をスタートポジションとしながら、中盤へ落ちたりサイドへ流れたりしながら、ビルドアップから崩しにまで関わる。ボランチとサイドハーフ、サイドハーフと1トップ、ボランチと1トップを連結させる立ち位置を取り、ボールの動きをスムーズにしていくのだ。
攻撃の矢印が縦に太い時間帯は、意図的にペースを変える役割を担う。「前ばかりだと、ちょっとしんどくなるので」と説明するが、ゲームコントロールは絶妙である。
ポジション変更直後には「トップ下でどれだけ勝負できるか。どれだけうまくできるかを求めています」と話していた。2列目のタレントは豊富だが、序列の最上位は乾で揺るがない。
7月5日に行なわれたJ2第24節で、清水はベガルタ仙台に3-0で快勝した。J1昇格候補の一角にあげられる相手とのアウェイゲームで、乾は圧倒的なクオリティを見せつける。
パスを受ける前に戦況を把握しているので、決して慌てることがない。味方からのパスが少しぐらい乱れても、技術でカバーできるから力んだりもしない。身体が無駄な力に包まれていないから、正確な技術を正しく発揮できる。
この日は試合前から雨模様で、前半開始からは雨がピッチを叩いた。パススピードが上がっていくコンディションだが、乾の足もとでボールが暴れることはないのだ。
清水は11分に先制した。そのきっかけとなる左CKは、乾の仕掛けで得たものだ。
19分には乾自身がネットを揺らす。北川のパスカットからショートカウンターが発動され、ペナルティエリア内でパスを受けるとワンタッチで流し込んだ。
「(北川)航也がいい形でインタセプトしてくれて、そこからのショートカウンターでいいボールを出してくれたので、あとはGKの動きを見て決めることができました。ちょっと当たりは悪かったんですけど、GKの逆へしっかり狙って決められたのはよかったです」
【同い年の遠藤康から見た乾】選手のクオリティを知る材料として、対戦相手の皮膚感覚はわかりやすい。仙台の遠藤康が試合後に明かした。
「清水は強いなと思いました。いい選手が揃っているし、個の能力も高いし」
テレビカメラのフレームから外れると、「乾、うまかったしね」と続けた。ふたりは1988年生まれの同級生である。J1の鹿島アントラーズで数多くのタイトル獲得に貢献した仙台市出身のMFは、「乾のセンス、すごいなと。自分ももっとうまくなりたいなって思った。刺激をもらいました」と、自分に言い聞かせるように話した。
乾自身も「楽しくやらせてもらっています」と言う。
トップ下で起用されるようになってから、「楽しく」という言葉がしばしば聞かれるようになった。「秋葉監督からは自由にやれと言われていて、そのとおり自由に動き回ってやらせてもらっているので、ホントに楽しくできていると思います」と、表情に充実感をにじませる。
自由には責任が伴う。全面的な信頼を得ているからこそ、乾は結果を厳しく受け止める。
「自由にやらせてもらっているぶん、勝敗に対する責任はすごく感じています。負けたら自分の責任という意識でやっている。もっともっとチームを勝たせられるようにしたい、と思っています」
ディフェンスの局面でのハードワークは、責任感のはっきりとした表れである。攻撃から守備への切り替えでは1トップの選手と横並びになり、前線から規制をかけていく。素早いプレスバックで相手のカウンターを抑止する、プレスをかけている選手に加わってボールホルダーを挟み込む、といった動きも自らのタスクとしているのだ。
トップ下を任されているのだ。チームを勝たせるためには、ゴールやアシストも記録していかなければならない。
「得点とかはそこまでは気にしていなくて、誰が取ってもいいと思っているんです。そのサポートはしていきたいですけど」と話すが、24節終了時点で5ゴール6アシストをマークしている。合計11ゴールへの関与はチームトップで、総得点のほぼ4分の1に相当する。
数字もキッチリ残している。ラストパスのひとつ手前のパスも多い。数字に刻まれない貢献度も高いのだ。
【J1昇格に向けて右肩上がり】全42試合で争われるJ2リーグは後半戦に突入しており、FC町田ゼルビアが勝ち点53で首位を快走する。さらに東京ヴェルディ、大分トリニータ、ジュビロ磐田、V・ファーレン長崎、ヴァンフォーレ甲府が、勝ち点3差でJ1自動昇格圏の2位を争っている。
勝ち点38の清水は、その後方の7位に位置する。7月8日の次節は大分との直接対決で、ここで勝利すれば昇格戦線に本格的に加わることができる。
そのためには、乾のフル稼働が不可欠だ。35歳のさらなるアップデートが、清水をJ1昇格圏へ押し上げていく。