ハーランドの移籍を成功させたスゴ腕の女性も 移籍市場を牛耳ってきたサッカー界の代理人の勢力図が変貌
今年も移籍市場の季節がやってきた。移籍の噂や決定の情報が毎日のように飛びかい、代理人(エージェント)たちにとっては一番熱い時期だ。しかし、サッカーにおける代理人の世界の勢力図が今、変わろうとしている。
これまでの移籍市場はほぼ数人のスーパーエージェントたちの独壇場だった。
ミノ・ライオラ(ズラタン・イブラヒモビッチ、ポール・ポグバ、アーリング・ハーランド、ジャンルイジ・ドンナルンマ)、ジョルジョ・メンデス(クリスティアーノ・ロナウド/現在は契約解消、ジョゼ・モウリーニョ、アンヘル・ディ・マリア、アンス・ファティ)、フェデリコ・パストレッロ(ロメル・ルカク、ステファン・デ・フライ)、ジョナサン・バーネット(ガレス・ベイル、ボイチェフ・シュチェスニー)......。
トップレベルの選手の実に90%近くが、こうしたスーパーエージェントに独占されているとも言われていた。それだけに、その内側は実に不透明な世界だった。彼らは選手のみならず、時にはチームの代理人も務め、ひどい時には選手、売り手チーム、買い手チームの三者の代理人がすべて同じなどということもあった。こうなれば値段やコミッションは好きなように操作できる。
また、スター選手を獲得したいなら、自分が契約している他の選手も一緒に獲得するようチームを脅かすこともしばしばあった。代理人の手数料は年々高騰し、FIFAによると、2022年度にチームが彼らに払った総額は6億2280万ドル(約900億円)にのぼった。これは前年度と比べて24.3%増である。
ズラタン・イブラヒモビッチの家族をアテンドする故ミノ・ライオラとラファエラ・ピメンタ(左)photo by Jean Catuffe/Getty Images
たとえばジョルジョ・メンデスは、ポルトガル南部に広大な邸宅を持っており、移籍や交渉を画策する時は、そこに選手や監督、各チームの幹部までも招待する。つい先日も、バルセロナのジョアン・ラポルタ会長が滞在していたことが確認されている。そこでいったいどんな話が交わされたかわからないが、サッカーの世界の一面はこうした密室から生まれていた。
しかしそんな時代が終わろうとしている。
【ミノ・ライオラの死とFIFAの新ルール】
有力代理人たちがサッカー界を牛耳ることを、以前からFIFAは快く思っていなかった。ご存じのとおり、FIFAはすべての主導権を自分たちで掌握したい組織だ。そこでスーパーエージェントたちの力を制限しようとする試みが何度も行なわれてきた。たとえば2015年には、誰でも代理人業ができるようライセンス制を撤廃したりもした(結局それは「間違いだった」として、またライセンス制が復活するのだが)。
そして今、新たなルールが打ち立てられた。
昨年4月、ミノ・ライオラが54歳の若さで亡くなった。彼の死を受けてFIFAが新ルールを作ったというわけではないが、それでもきっかけのひとつではあったと思う。ライオラはFIFAに逆らう代理人勢力の急先鋒だったからだ。
ライオラは、FIFAが代理人の権利を制限し、自分たちにより金が入るよう構造を操作していると裁判を起こし、弁護士を立てて争った。国際的スーパーエージェントの集団「ザ・フットボール・フォーム」を作り、FIFAの権力に真っ向から挑んだりもしていた。だがもう、少なくともそんなライオラを向こうに戦わずに済む。FIFAは昨年末に、新サッカーエージェント規定(FFAR)を理事会で承認し、2023年1月に発布した。
この新ルールで、FIFAはまずこれまで不透明で天文学的な額だった代理人のコミッションにメスを入れた。代理人が売り手クラブを代理する場合は移籍金の最大10%、選手か買い手クラブのどちらかを代理する場合は報酬の最大3%、両方を同時に代理する場合は最大6%までを請求できるとした。また売り手クラブ、買い手クラブ、選手の三者すべての代理人を同時に務めることは禁止された。これにより多くのクラブは安堵のため息をついたことだろう。また透明性を保つため、金銭のやりとりはすべてが銀行などの機関を通すことも盛り込まれている。
もうひとつFIFAが制限したのが、資格のない選手の親族などが代理人となることだ。リオネル・メッシの父、ネイマールの父、キリアン・エムバペの母など、世界のトップクラスの選手にもこうした例は多い。選手の25〜30%は家族が代理人をしているという統計もあり、多くは南米やアフリカの出身選手だ。貧しい国では家族で全てを分け合うのが当たり前だからだ。
【力を増す新時代の代理人たち】
ネイマールがバルセロナに移籍した際、彼の父親がクラブから最大4000万ユーロ(約50億円)のコミッションを受け取っていたことを認めた事件は記憶に新しい。しかし今後、親族がチームと交渉しコミッションを受け取れるのは、ライセンスを取得し、正式に代理人となった場合に限られる。
ちなみにこの新ルールは今年の9月30日まで移行期間が設けられている。この間は、現行制度で登録されている代理人が通常通り活動でき、多額のコミッションを得ることができる。もしこの夏、エムバペがパリ・サンジェルマンを出たら、それは親が子の移籍に大きな影響力を持ち、かつ大金も得られる最後の例となるだろう。
スーパーエージェントたちの力が削がれるなか、台頭してきたのは新たな代理人たちだ。ドイツのフォルカー・ストゥルス(トニ・クロース)、ルーマニア(ドイツ在住)のコンスタンティン・ドゥミトラスク(エディンソン・カバーニ、フィリペ・コウチーニョ)などがその筆頭だ。
彼らはスーパーエージェントたちのようにビッグネームを数多く保有するようなことはしない。せいぜい十数人だろう。
小サイズ化が特に進んでいるのはドイツだ。現時点でFIFAの代理人の資格を持つ人間は世界に4197人おり、そのうちの1072人がドイツ人であることからもそれがうかがえる。2位のイタリア(544人)の倍近い数だ。ちなみに日本は57人である。
もうひとつ、FIFAが予期しなかったことがアメリカのエージェントの参入だった。CAAは芸能関係の大手マネージメント会社だが、野球やバスケットボール、テニスなどスポーツ選手も扱う。ただしサッカーは大きなビジネスになることがわかっていながら、これまでは手を出さなかった。海千山千、裏に何があるかわからない前近代的なスーパーエージェントが仕切る世界に関わりたくなかったからだ。しかし、FIFAのルール改正ですべては新しく合理的になった。現在CAAは、リシャルリソンやソン・フンミンらを手がけている。
【トップに立った女性代理人】
また、フェデリコ・バルベルデらをマネージメントするワッサーマン・メディアグループも同じくアメリカのエージェントだ。こうした動きはFIFAが目指していた「古だぬきの代理人たちから力を削ぐこと」を加速させるだろう。だが同時に、新ルールを厳格に運用せざるを得なくもなった。北米の大手エージェントは要求も多く、権利についてもうるさいのだ。
こうした流れの中では前世紀の遺物のような代理人たちはどんどん力を失っていっている。どうにか頑張っているのはジョルジョ・メンデスぐらいだが、以前に比べると苦境に立たされている(先日はロナウドを失った)。そのためFIFAのルール改正を、自分たちから権利を奪うものだとして、EUの裁判所に訴え出ている者もいるほどだ。
そんななか、頭角を現しつつあるのがブラジル国籍の女性代理人ラファエラ・ピメンタだ。彼女はサンパウロ大学の法学教授でもあり、弁護士でもある。リバウドを通じてミノ・ライオラと知り合うと、以後20年以上、彼を法律面で助けてきた。ミノ・ライオラが亡くなった後、彼の王国を受け継いだのは彼女だった。
彼女は引き継ぎ後、すぐにハーランドのドルトムントからマンチェスター・シティへの移籍をまとめ、昨年の「グローブ・サッカーアワード」のベストディール賞を受賞している。女性代理人はこれまでも存在はしたが、サッカー界のトップに女性が君臨するのは彼女が初めてである。ライオラの死後もハーランドをはじめ、ポグバ、マタイス・デ・リフト、マルコ・ヴェラッティなど、多くの選手が彼女のもとに残っている。
その理由のひとつはピメンタのやり方にあるのだろう。彼女は法律をよく知るスマートな新しい時代の代理人であるが、20年もライオラのやり方を見てきただけに、旧世代のやり方もよく知っている。そしてそのうちのいい部分を取り入れた。
ライオラが選手の信頼を得て代理人界のトップに立った理由のひとつは、「超」がつくほどの面倒見の良さだった。自分の選手が移籍をした場合、彼は新天地での選手の家探しから車の購入、銀行の口座開設、果ては子供の学校の編入手続きまで、すべてを請け負った。選手がプレーに専念できる環境づくりを全力でサポートしたのだ。
ピメンタもそのやり方を踏襲し、現在はモナコに住んでいるが、選手のためなら夜中でも飛んでいく。ビジネスライクなアメリカのエージェント会社ではこうはいかないだろう。「その業務は私どもの契約には入っておりません」で終わるはずだ。
新しく変わる代理人勢力図のなかで、トップに君臨する彼女は、新世代と旧世代のハイブリットなのだ。