武尊の新たな挑戦。那須川天心に敗れてから1年ぶりの復帰戦で注目は「虎殺法」
元K-1三階級王者の武尊が、日本時間6月24日にフランスのパリで1年ぶりの復帰戦に挑む。
昨年6月19日、東京ドームで那須川天心との世紀の対決「THE MATCH 2022」で判定負け(0−5)。その後の370日に及ぶ沈黙を破る一戦は、「ISKA K-1ルール世界61キロ級」で、イギリスのベイリー・サグデンと対戦することになった。
プロ43戦目で初の海外での試合。新たな挑戦に至るまでの道のりは、さまざまな紆余曲折があった。
6月24日、フランスのパリで約1年ぶりの復帰戦に臨む武尊(左)と対戦相手のサグデン
那須川との試合後に休養を宣言し、昨年11月1日にK-1との契約解除を発表。自身のツイッターで「これからは一格闘家の武尊として 国や団体の垣根なく挑戦して 格闘技界が更にたくさんの人に夢やパワーを与えられる業界になるように 残りの人生、全力で戦います」(原文ママ)と決意を述べた。
その間に、長年の激闘で痛めた右拳と右膝の手術も行なっていたが、新たな方向性を明かしたのは今年の3月29日だった。
記者会見にて、パリで復帰戦を行なうことを発表。海外での試合は、K-1との契約解除の際に掲げた「団体や国の垣根なく挑戦」という自身の希望だった。さらに「『日本の格闘技界にはこんな強い選手がいるんだ』と世界にアピールしたい」と、本格的な世界進出、そして世界制覇への野望を赤裸々に明かした。
さらに話題になったのは、インターネットテレビ『ABEMA』と専属ペイ・パー・ビュー(PPV/1本の視聴ごとに課金されるビデオサービス)ファイターとして契約を結んだこと。何より、試合の最低報酬が1億円であることが大きなニュースになった(PPVの売り上げに応じた報奨金もプラスで支払われる)。
日本の格闘技界で前例のない契約だが、それを結んだ理由を次のように述べた。
「PPVというビジネスは海外では浸透していますが、日本やアジアでは浸透していない部分があると思います。業界がもっと発展できるように、僕がモデルケースとなって、頑張っている選手の未来につながるように先頭で引っ張っていきたい」
高額な契約を結んだとなれば、ファンからこれまで以上に厳しい視線が注がれることも考えられる。こうしたリスクを背負っても「PPV」という新しい舞台を開拓し、格闘技界のさらなる発展に身を捧げる覚悟を固めたのだ。
その言葉どおり、5月9日にはシンガポールを拠点にするアジア最大の格闘技団体「ONE Championship」と独占複数試合契約を結んだ。本格的な世界進出に「僕は今が一番強いと思っている。その一番強い時期に『世界に挑戦したい』と思っていたので、このタイミングで、世界最強の選手が集まるONEで試合をしたい気持ちがあった。日本代表としてONEに殴り込みにいきたい」と宣言した。
激しく動いたこの1年。武尊にとって大きな刺激となったのは、初代タイガーマスクの佐山聡との"遭遇"だろう。
佐山は1976年5月に新日本プロレスでデビューし、1981年4月23日にタイガーマスクに変身。華麗な空中殺法と蹴りを駆使した斬新なスタイルで、瞬く間に日本列島に「タイガーマスクブーム」を巻き起こした。突如、1983年8月に引退したが、その後は新たな格闘技「シューティング(現:修斗)」を創設し、現在につながる総合格闘技の礎を築いた。
武尊の両親は初代タイガーマスクの大ファンで、現役時代を知らない武尊自身もそのビデオを見て、華麗な試合の数々に魅了されたという。そんな佐山が築いた"虎伝説"も、武尊は継承することになった。5月24日、都内で「7代目タイガーマスク」の襲名が発表されたのだ。
これはプロレスラーとしてデビューするのではなく、佐山が長年にわたって行なっている慈善活動に「7代目タイガーマスクプロジェクト」の名のもとで協力していく、というもの。すでに昨年から、ラオスで養護施設への寄付活動を行なっている。
その会見には、初代タイガーマスクの佐山も同席。武尊は憧れの佐山と並んで「いろいろな記者会見をやったんですが、今日の記者会見が一番緊張しています」と表情を引き締めたが、「たくさんの子どもたちにパワーを与えられる選手でいたいと思います」と意気込みを述べた。それを聞いた佐山も、武尊について「なんと爽やかで人間性に優れた選手だろうと思いました」と絶賛し、自らの後継者にふさわしい人格を称えた。
佐山との出会い、そして7代目タイガーマスクの襲名を、武尊は復帰戦への力に変えた。
会見後の6月1日に、都内のジムで行なわれた公開練習。武尊は、これまでの試合でほとんど見せなかったバックスピンキックを披露した。この技について、「ローリングソバットです」と、初代タイガーマスクの必殺技であることを明言した。
「もともと空手をやっていたので、あの蹴りは得意技だったんです」
そう話した武尊は、今でも初代タイガーマスクの試合をVTRで見ているそうで、「実戦で使える技だ」と見ていたという。再起戦で"虎殺法"が繰り出されるかにも注目が集まる。
今後は、ONEのムエタイ世界王者、ロッタン・ジットムアンノン(タイ)との対戦が実現するかどうかが、最大の注目ポイントになるだろう。さらに、将来的にはさまざまな場所で「立ち技格闘技のW杯のような大会を開催したい」と公言するなど、乱立するキックボクシングの団体、ベルトを統一し、「真の世界最強」を決める大会の開催も見据えている。
すべての夢、野望の実現に向け、とにかくサグデンを突破しなければ始まらない。世界へ進出する武尊を、ONEのチャトリCEOはメジャーリーガーの「大谷翔平のよう」と評したが、「大谷翔平ではなく、僕自身が世界の武尊になります」と力強く語った。
「6・24 パリ」で、武尊が紡ぎ出す新たなドラマから目が離せない。