アニメ業界の"いびつな構造"に異議を唱える、アニメ制作会社・トムス・エンタテインメントの竹崎忠社長(撮影:尾形文繁)

5月22日発売の『週刊東洋経済』は「アニメ 熱狂のカラクリ」を特集。2021年のアニメ産業の市場規模は2兆7422億円と、この10年で2倍になった。今の日本には数少ない成長産業だ。

ただ、その恩恵が業界の隅々まで行き渡っているわけではない。儲かっているのは「製作委員会」など企画に出資する側。実際にアニメを作る制作会社の取り分が少ないという業界構造は、長年変わらない。

このいびつな構造に正面から異議を唱えるのが、『名探偵コナン』などの制作をてがけるトムス・エンタテインメントだ。狭い世界であるアニメ業界において、異例のスタンスといえる。親会社であるセガ出身の竹崎忠社長を直撃した。

製作委員会は「めっちゃ儲けている」

ーートムスはアニメ制作会社ですが、事業領域を企画のプロデュース業へと広げる中で、例年は10億円程度だった最終利益が2022年3月期には19億円へと急増しています。

売上高は変わっておらず、(利益の急増は)アニメ制作以外の売上比率が高まったことが大きい。


従来の当社は、営業担当がテレビ局や広告代理店などと飲みに行き「これ、トムス作ってよ」と言われたアニメ制作の仕事を取ってきて、それを作る比率が高かった。このビジネスは売り上げこそ立つが、(制作予算をギリギリまで使ってしまうため)どんなに頑張っても利益が出ない。

作り手である制作会社が映像作品を作って納めても利益を出せない一方で、“上の人”、つまり製作委員会の人はめっちゃ儲けているじゃないですか。制作会社と出資側の利益水準がまったく違う。

――製作委員会は「資本家」、制作会社は「労働者」という構図があるようです。

そんな感じになっていますよね。制作会社がアニメを作らないことには製作委員会の商売は始まらない。にもかかわらず、(制作会社に)制作コストを一生懸命削らせ、映像を納めさせたら「はい、お疲れ様」と。

この構図が厳然としてある中で、ここ(資本家としてのアニメビジネス)を自分たちでやらない限り当社が浮かび上がることはない。

そこで近年模索してきたのが、自社が制作を担ったアニメ企画において海外への映像販売権者としての出資を強化することだ。

ーーいろいろな種類の版権がある中で、なぜ海外への映像販売権なのでしょう。

現在アニメの製作委員会で収益の半分以上を占めるのは、実は海外への映像販売によるものだ。かつて利益を稼いでいたDVDやブルーレイディスクなどのパッケージが売れなくなる一方、グローバルな動画配信プラットフォームの存在感が高まっていることが背景にある。

そこで、自社の海外営業チームを再編成し、(製作委員会を組織する企業に対して)海外への販売窓口を取らせてくれと交渉を始めた。

だが海外窓口が欲しいのは他社も同じで、権利の取り合いになる。とくに(製作委員会を主導する)幹事会社がこれを渡すわけがない。だから、アニメの制作からプロデュースする出資者側に軸足を移し、自らが幹事会社になるしかなかった。

「アンパンマン」「コナン」で安定的に稼げるが・・・

――出資者側に回る機会を窺い始めたのはいつからですか。

もともと当社が著作権者の一員だった『それいけ!アンパンマン』と、劇場版の製作委員会に出資できている『名探偵コナン』の2作品だけ作り続ければ、安定して年10億円強の利益を稼げる。

ただ、さらに利益を伸ばそうとすれば出資する作品を増やす必要がある。私がトムスの社外役員に就任した2008年、同じくセガ出身の岡村秀樹社長とそういう話になった。

もちろん、製作委員会はそう簡単に出資させてくれない。「社長が出資しろと言ってるから」と中途半端に現場が動いたら、何が起こるか。どの製作委員会からも1クール(3カ月の放送期間)モノのアニメの商品化権を渡されてしまう。ただ、1クールモノのグッズ販売(で収益を上げるの)は容易ではない。都合のいい投資元として使われていると感じ、このままではまずい、と危機感を覚えたこともあった。

ーー出資者として優位に立つため、どんな交渉が必要なのでしょう。

例えば東宝が企画した『Dr.STONE』がいい例だ。トムスが制作のみならず欧米への映像販売も担当している。


竹崎 忠(たけざき・ただし)/トムス・エンタテインメント社長。1964年生まれ。1987年関西大学工学部卒業。CSK(現SCSK)を経て、1993年にセガへ入社し、PRやマーケティング、キャラクター・映像ビジネスに従事。2008年から子会社のトムスで社外取締役を務め、2015年に移籍。国内事業本部長などを歴任し、2019年4月より現職(撮影:尾形文繁)

東宝は(原作の版元である)集英社にアニメ化を持ちかける際、かつて『弱虫ペダル』の制作を担当した当社のチームが優秀だったので、本作でもこのチームに託すという前提でプレゼンを通した経緯がある。

そこで、東宝に「東宝さんと同じだけ出資もするので、欧米かアジアの海外窓口をやらせてくれませんか」と相談に踏み切った。

――こうした相談をすることに、社内から反発はなかったのでしょうか。

うちでいう「営業」というのはもともと(製作委員会から制作の)お仕事をいただく機能。こうした相談を出資者側に持ちかけること自体、「これまでお仕事をくださっていた会社さんに対してとても失礼だ」という声は強かった。なるほどこれがアニメ制作会社の感覚か、と。

これがゲーム業界なら、(家庭用ゲーム機を展開する)プラットフォーマーが少しでもいいゲームタイトルを呼び込もうと、開発者にお金を積むのが普通。ピラミッドの頂点にクリエーターがいて、主導権を持っているのがゲーム業界なのだ。

反対に、クリエーターが最下層にいるのが日本のアニメ業界。なぜ、仕事を依頼しているほうが偉そうにしていて、作っているほうは最下層として扱われているのか。

ーー出資者側には、「業界構造は改善されている。何が問題なのか」と開き直る関係者もいます。

マシになっているか否か、という次元の話ではない。根深いうえに「問題を指摘したほうが悪い」といった空気が漂っている。

――自社の制作キャパシティに限界がある中、トムスが企画・製作などを担い、外部の制作会社との協業を軸とする「UNLIMITED PRODUCEプロジェクト」が始動しています。

自らがプロデュース側に回った時、私たちが今まで製作委員会から委託されていた条件をそのまま制作会社に突きつければ、同じように彼らが苦しむことになる。そのため、私たちが外の制作会社と組むときは、制作側にきちんと利益が出るフェアなスキームに変えたかった。

具体的には、当社が幹事を務める製作委員会で利益が発生したら一定割合の成功報酬を制作会社に還元することにした。制作費を高く設定するやり方もあるが、制作の現場ではできるだけいい作品を作ろうと、制作費が増えればその分目一杯使ってしまうため、得策とは言えない。

――2023年4月からは、既存従業員の基本給を平均30%程度引き上げ、21万円だった新卒初任給は26万円になりました。

制作とプロデュースの2段構えで収益を得られるようになり、一定まで利益水準を引き上げられたことが大きい。親会社のセガに反対されることもなかった。このニュースを聞いたベテランのアニメ監督から、「アニメ業界もやっと少し変わるかも。その第一歩だね」と言ってもらえ、すごく嬉しかった。


原作:青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中) 監督:立川 譲  脚本:櫻井武晴  音楽:菅野祐悟 主題歌:スピッツ「美しい鰭」(Polydor Records) 江戸川コナン:高山みなみ 毛利蘭:山崎和佳奈 毛利小五郎:小山力也 灰原哀:林原めぐみ ジン:堀之紀 ウォッカ:立木文彦 ベルモット:小山茉美 安室透/バーボン:古谷徹 赤井秀一:池田秀一 スペシャルゲスト:沢村一樹 アニメーション制作:トムス・エンタテインメント 製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント 配給:東宝。大ヒット公開中©2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

アニメ業界は、昔から変わらない金額で作画を請け負う、職人のような人たちに支えられている。業界関係者はそれが当たり前だと思っているが、今の若い人たちはそうではない。アニメーターのなり手は減っていくばかりだ。

日本のアニメは世界中でこれほど人気なのに、このままいくと日本のアニメ制作会社は無くなってしまう。

僕らだけが「アニメーターのお給料を上げましょう」と主張したところで、業界全体が動かないと意味がない。

自社での取り組みにとどまらず、(UNLIMITED PRODUCEプロジェクトのような枠組みで)協業する制作会社にも利益が残るようにすることで、アニメ制作の関係者全体が潤うベースを作らなくてはならない。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)