「あいつにはパスをするな」と言われたFWヴィニシウスは、どうやって「レアルの至宝」になることができたのか
世界中のサッカーファンが注目したチャンピオンズリーグ準決勝・第1戦「レアル・マドリード対マンチェスター・シティ」。その大一番で口火を切ったのは、レアル・マドリードのFWヴィニシウス・ジュニオールだった。
前半36分、22歳のセレソン・ブラジレイラ(ブラジル代表)が突き刺したその一撃は、まるでレーザービームを照射するような速さがあったうえ、ゴールネットを突き破りそうな力強さもあった。
レアルのエンブレムを指さしてキスをするヴィニシウス
マドリディスタならずとも、思わず声をあげてしまうようなゴラッソ──。またしても、チャンピオンズリーグの大舞台でヴィニシウスはやってのけた。
「我々はとてもよいスタートを切ったが、彼らはカマヴィンガが信じられないようなトランジションを見せ、ヴィニシウスが信じられないフィニッシュを見せた」とは、試合後に舌を巻いた敵軍の将ペップ・グアルディオラのコメントだ。
その後、マンチェスター・シティの司令塔ケヴィン・デ・ブライネがヴィニシウスの一発に負けず劣らずのスーパーミドルを突き刺したことで、試合は1-1の痛み分けに終わった。
だが、レアル・マドリードの地元『マルカ』紙は、この試合におけるヴィニシウスを手放しで賞賛。採点『8』を与えたうえで「"ヴィニ"が踊る。再びこの舞台をプライベートのサンバドローム(サンバ用施設)に変えた」と記している。
チャンピオンズリーグでのヴィニシウスと言えば、真っ先に思い浮かぶのは昨シーズンのファイナルにおける決勝弾だ。最後に優勝トロフィーを掲げたその試合の後半59分、フェデリコ・バルベルデからのピンポイントクロスに合わせたのが、ヴィニシウスだった。
さらに言えば、今回と同じカードで行なわれた昨シーズンの準決勝・第1戦。3-1とリードを広げられた直後の後半55分、自陣左サイドのライン際でフェルナンジーニョの裏を取り、そのまま得意の高速ドリブルで一気に相手ゴールエリアまで独走して流し込んだゴールも、ヴィニシウスの真骨頂とも言える代物だった。
【投資金額に見合わないと揶揄】昨シーズンに本格覚醒した"白い巨人"の至宝は、チャンピオンズリーグという世界最高峰の舞台で今シーズンも輝きを放ち続け、飛ぶ鳥を落とす勢いで進化を続ける。現在のレアル・マドリードで最も危険な男──と言っても過言ではないだろう。
本名ヴィニシウス・ジョゼ・パイション・デ・オリヴェイラ・ジュニオール。ミレニアム・イヤー(2000年)の7月12日、リオデジャネイロの貧困地区に生まれたヴィニシウスは、少年時代から脚光を浴びた屈指のクラッキだった。
しかし、18歳で憧れのレアル・マドリードの門をくぐってからは、決して順風満帆だったわけではない。
2018年夏、ヴィニシウスは予定よりも1年前倒しでフラメンゴから加入。当初はカスティージャ(Bチーム)に登録された。
そこでの活躍が認められて、第7節のアトレティコ・マドリード戦でトップデビューを果たす。だが、フレン・ロペテギ、サンティアゴ・ソラーリ、ジネディーヌ・ジダンと監督が次々と代わったそのシーズンはリーグ戦18試合2得点に終わり、4500万ユーロ(約60億円)という投資金額に見合わない選手だと揶揄された。
その後、ジダン監督が指揮した2019−20、2020−21シーズンは、中心選手として獲得したエデン・アザールの大不振もあって出場時間を増やしたものの、リーグ戦では2シーズン連続で3ゴールのみ。
そうこうしているうちに、メディアでは売却報道が流れたほか、攻撃の中軸を担うカリム・ベンゼマが試合中に左サイドバックの同胞フェルラン・メンディに「あいつにはパスするな」と話したことがすっぱ抜かれるなど、チームメイトからの信頼が大きく揺らいだ時期も経験した。
とにかく当時のヴィニシウスは、スピードに乗った時のドリブル突破はワールドクラスだったが、最大の問題は、なかなかネットを揺らすことができないフィニッシュワークにあった。
【転機となった昨季の監督交代】それでも、自身への批判が強まるなか、ヴィニシウスはただひたすらトレーニングに打ち込んだという。
2020−21シーズンのチャンピオンズリーグのリバプール戦で2ゴールを決めてマン・オブ・ザ・マッチに選出された際、「少年時代から憧れたレアル・マドリードで活躍することが夢だったから、このエンブレムにキスをする。そのために、僕はたくさんトレーニングをしているんだ」とコメントしていたが、今振り返れば、それは現在のヴィニシウスの原点がどこにあるのかを示すエピソードだと言える。
そんなヴィニシウスに転機がおとずれたのは、カルロ・アンチェロッティ監督が就任した昨シーズンのこと。ジダン監督時代から続けた厳しいシュート練習の成果とも言えるが、やはり百戦錬磨の名将は、いかに若い才能を開花させるかという手腕にも長けていた。
アラベスとの開幕戦でゴールを決めたヴィニシウスは、続く第2節のレバンテ戦でも2ゴール。好機で外しまくっていた頃には想像できなかったようなテクニカルなゴールを決めて見せたことで、いよいよ覚醒の時を迎えたのだった。
終わってみれば、チャンピオンズリーグの4ゴールも含めて公式戦22ゴールを量産。とりわけ際立っていたのが、17を記録したアシスト本数だった。気づけば、かつて相手にしてもらえなかったベンゼマとの"盤石のホットライン"が完成していた。
迎えた今シーズンも、ここまでリーグ戦で10ゴール、チャンピオンズリーグでも7ゴールを量産するほか、アシストも計14(リーグ戦9、チャンピオンズリーグ5)を記録。昨シーズン以上に、アタッキングサードでの正確なプレーと落ち着きを際立たせている。
連覇を狙うレアル・マドリードにとって、FWアーリング・ハーランドをいかに封じるかが勝利のカギであるように、おそらく5月17日に予定される第2戦では、マンチェスター・シティにとってヴィニシウスをどのようにして抑え込むかが、決勝に勝ち上がるためのポイントになるはずだ。
そういう意味でも、第2戦もヴィニシウスの一挙手一投足を見逃せない。