海外M&Aで成功するには、買収後の経営の進化が不可欠と筆者は指摘します(写真:Graphs/PIXTA)

日本企業による海外企業の買収は円安基調でも増加している。巨額の資金を投じる買収は、発表時点で話題になることが多いが、その後それが成功したのか、あるいはそうでなかったかの結末まで報じられることは少ない。

M&Aのアドバイザーとして多くの買収案件に関わる一方で、「買収が決まった案件のその後はどうなっているのか」に関心を持ち、100億円以上の139件の買収案件を調べた松本茂氏の書籍『海外M&A 新結合の経営戦略』から、成功案件と失敗案件の一部を紹介しよう。

成功を確信した案件のハズが…

私は1990年代から投資銀行などで15年間、海外M&Aのアドバイザーとして、国内外の企業にM&Aを提案し、交渉のお手伝いをしてきました。


何度となくクライアントと海外まで出かけていって、現地企業やその株主と交渉してきました。首尾よく成立したディールもあれば、交渉の最後に破談になることもありました。

日本企業は買収を慎重に検討します。成立までこぎつけた案件は、それこそ会計士や弁護士を活用して入念な調査を重ね、納得いくまで交渉を重ねたディールなのです。

まさに「万全を期した」買収で、相乗効果を見極め、成功を確信した案件と言えます。

ところが、買収後の経営で、思い描いたようにコトが運ばないことが多いようです。

買収発表時にはメディアや市場から脚光を浴びたのに、次にスポットライトが当たったのは、のれん減損に伴う特別損失計上や、事業から撤退したとき、ということも珍しくありません。

アドバイザーの仕事は買収の成立(クロージング)までで、買収後の経営には関与しません。海外M&Aの実行後、ディールはどのような帰趨を辿ったのか。

私はそれをもっと知りたいと思い、大学で研究を始めました。

成功案件が増えている

リサーチの手始めにと、海外M&Aの草創期である1985年から2001年の間に実行した海外M&A(100億円以上)、全116件の状況を調べてみると、半数近い51件が、すでに売却や撤退に至っており、この失敗案件の買収総額は2兆8000億円でした。

買収後に投入したであろう経営資源まで考慮すると、海外M&Aの失敗の代償はあまりに大きいと言えるでしょう。


116件を分析して、失敗の要因に迫ろうとした私の研究は、2014年に『海外企業買収 失敗の本質』という書籍として刊行されました。

この本では、草創期における買収案件を分析し、海外M&Aが失敗に陥る共通点を解説しました。

そこでわかったのは、一般に重視されるデューデリジェンスやバリュエーション、契約条件交渉、PMIといったものは、失敗を避けるためのテクニックであり、M&Aの成功を保証するものではないということでした。

どうすれば成功できるかを考えるには、買収時ではなく買収後、そしてテクニックやプロセスではなく「経営」に焦点を当てなければならないと気づいたのです。

その後大学教授に転身した私は、分析期間を広げ、海外M&Aの発展期である2002年から2011年までの100億円以上の139案件について成否を判定しました。

すると、草創期には116件中、失敗が51件、成功が9件あったのに対し、発展期には139件中、失敗が28件と減り、成功が17件と増えていました。日本企業の海外M&Aは草創期に比べ、発展期で成否比率が改善していたのです。


ただ、発展期には、継続保有しているものののれん減損損失を計上したケースが16件あり、失敗案件の減損と合わせた減損損失の総額は1兆円を超えていました。

買収時の期待や計画が実現しない案件はまだ多いのが現状です。

ここでいう成功とは、買収後、当該セグメントで少なくとも2年に1度のペースで営業最高益を更新した案件を指します。

成功案件のうちのアドバンテスト、大日本住友製薬、アステラス製薬、積水化学工業、リクルート、ホシザキ、テルモ、JTについては『海外M&A 新結合の経営戦略』で概要を紹介しています。

買収で世界一となった企業もある

成功を実現した企業の中には、ダイキン工業やグローリー、DMG森精機など、まさに買収で世界一を実現した企業もあります。グローリーについては、別の記事でも紹介しました。

一方で、失敗とは、買収後に事業の売却・撤退、または買収企業が債務超過、破綻に陥った案件を指します。

買収年が2011年の案件で見れば、買収後に事業売却に至った事例として、みらかホールディングス、東芝、LIXIL、KDDIのケースがあります。

同じく2011年の案件で、買収後にのれん減損に至った事例として、タカラトミー、東洋製罐、第一三共、日清紡のケースがありました。

日本企業はこれまで40年近く、失敗を重ねながらも海外M&Aに果敢に挑戦してきました。いまだ失敗は後を絶ちませんが、ようやく、買収で加速度的な利益成長を実現する企業が出現してきました。

日本を代表する製造業企業のマネジメントや、買収した事業の経営を担う方々から直接お話をうかがうことで見えてきたのは、日本企業が海外M&Aによって、強靭さとしなやかさを備えてきたということです。

過去の日本企業による海外M&Aが示すのは、買収後、悪い方向に走り出すと、想定を超える損失を被ることです。

獲得した事業を、買収前の小さな戦略や能力に合わせるようなことをしては成功しません。逆に、成功した企業に共通するのは、買収後、外部環境に応じて自らの経営を進化させてきたことです。

その経営の進化を、私は「新結合の経営戦略」と位置づけました。そして、買収後の経営で最前線に立つ方々が直面した課題とその克服法を共有して、相互に学ぶ機会を作ることは経営の研究に携わる者の役目ではないかと考えました。

日本企業は、今こそ成功企業の経営に学び、それに続くことで世界的な業界再編を主導してほしいと考えています。

(松本 茂 : 京都大学経営管理大学院特命教授、城西国際大学大学院教授)