丸美屋食品ミュージカル『アニー』2023開幕~4年ぶりの“フルバージョン”が現代を映し出す。【ゲネプロレポート】
【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』
第51回
丸美屋食品ミュージカル『アニー』2023開幕~4年ぶりの“フルバージョン”が現代を映し出す【ゲネプロレポート】
丸美屋食品ミュージカル『アニー』が2023年4月22日(土)、東京・新国立劇場 中劇場にて開幕した。この東京公演は5月8日(月)まで上演。8月には、松本・大阪・名古屋・新潟をツアーで巡演する(公演情報欄参照)。
ミュージカル『アニー』(脚本:トーマス・ミーハン 作曲:チャールズ・ストラウス 作詞:マーティン・チャーニン)は1977年にブロードウェイ初演。日本テレビ主催による日本語版の公演は1986年にスタートし、コロナ禍による公演中止以外は毎年上演されてきた。物語の舞台は、世界大恐慌直後の1933年、真冬のニューヨーク。誰もが希望を失う中、主人公アニーは本当の両親が迎えに来る「明日」を信じながら孤児院で暮らしていた。そんなアニーをとりまく個性あふれる孤児の仲間たちや、アニーによって変わってゆく大人たちが繰り広げるストーリー展開、そして「Tomorrow」をはじめとする名曲の数々が、これまでのべ187万人に及ぶ日本の観客に感動を与え続けてきた。
そんな『アニー』も、新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年は全公演中止、2021年・2022年は内容や演出を変更し、休憩なしの90分バージョンで上演された。しかし、今年(2023年)は、全二幕 2時間30分(途中20分休憩を含む)の“フルバージョン”での上演が4年ぶりに叶うこととなった。
そもそも“フルバージョン”とは? ……実は、本作の初代演出家・篠崎光正の演出版(1986年~2000年)も、難しい文言や人名は省いていた。後を継いだジョエル・ビショッフの演出版(2001年~2016年)では、アメリカ合衆国の第31代大統領ハーバート・フーバー(共和党)の失政を皮肉まじりに歌う「フーバービル」の楽曲がまるまるカットされていた。しかし、2017年に山田和也が本作の三代目演出家に就任すると、ブロードウェイ・オリジナル版そのままの脚本で、楽曲も一切カットなしのミュージカル『アニー』完全版が披露されたのである。これこそが、2018・2019年にも上演された“フルバージョン”と呼べるものだった。
ところがコロナ禍が襲来すると感染症対策の一環として、大人がメインのシーンや楽曲、そして歴史や世情を風刺する内容、マニアックな登場人物などの省かれた、コンパクトな90分間バージョンが上演されることに。それは、どの世代にも見やすく、わかりやすい形態ではあった。だが、実は省かれたシーンやセリフ・楽曲の中にこそ、クリエイターが『アニー』に込めた思い、とりわけ不安な時代を生き抜く希望が細かく深く刻み込まれていたのではないだろうか?……そう考えていたところに、今回“フルバージョン”上演の報せが届いたのだった。
開幕前日の4月21日には、ゲネプロ(総通し稽古)が報道向けに公開された。「4月21日」といえばそう、46年前の1977年、ミュージカル『アニー』のブロードウェイ初演がアルヴィン劇場で開幕した日付であり、その記念すべき日に久方ぶりの“フルバージョン”見学ということで感慨もひとしおであった。そのレポートを、ここで舞台写真と共にお届けする。
丸美屋食品ミュージカル『アニー』2023 初日前会見より(左から)財木琢磨、マルシア、藤本隆宏、深町ようこ、西光里咲、笠松はる、島ゆいか
■辛い世の中に「希望」をもたらす存在、アニー
2023年、主人公アニー役をWキャストで務めるのは、深町ようこ(ふかまち ようこ)<チーム・バケツ>と、西光里咲(さいこう りさ)<チーム・モップ>。このほど公開されたゲネプロは、西光がタイトルロールを務める<チーム・モップ>のキャストが出演した。
大人キャストは、大富豪ウォーバックス役に藤本隆宏。演出が山田和也に変わった2017年から2021年まで同役を務め(2020年は中止)、今回2年ぶりに帰ってきた。孤児院の院長ハニガン役はマルシア。2017年・2021年・2022年に続いて4度目の登板となる。ウォーバックスの秘書グレース役には笠松はる。2021年・2022年にも同役を演じた。ハニガンの弟ルースター役の財木琢磨、その恋人リリー役の島ゆいかは2022年からの続投となる。笠松・財木・島は“フルバージョン”初出演である。
演出は山田和也、音楽監督は小澤時史、振付・ステージングは広崎うらんがそれぞれ前回に続いて担当。そして、オケピ(オーケストラ・ピット)でミュージシャンたちを指揮するのが、福田光太郎。彼は、ストラウスが書き小澤が編曲した楽譜に生命を吹き込み、美しく躍動感あふれる演奏へと仕立て上げる。それによって、『アニー』のミュージカルとしての秀逸さ、全編にわたり名曲しか存在しないということが改めて実感できる。なにしろ、アニーのロゴが描かれた赤い緞帳の前で奏でられる「オーバーチュア」(序曲)の最初のトランペットのメロディからして、ちょっと聴いただけで心が弾んでしまうほどなのだから……。
さて、この『アニー』は前述のとおり、1933年、大恐慌時代のアメリカ合衆国が舞台である。1929年の株価暴落に端を発した大恐慌は、アメリカ合衆国の第31代大統領ハーバート・フーバー(共和党)の失政も原因のひとつとされる。それがもとで仕事も家も失った人々の集まった場所を、民主党が非難を込めて「フーバービル(Hooverville:フーバー村)」と呼んだ。ニューヨーク市立孤児院で暮らす11歳の少女アニーは、両親がどこかで生きていると信じ、孤児院を脱走して「フーバービル」にたどり着く。ここで“フルバージョン”ならではのナンバー「フーバービル」を久しぶりに聴くことができた。
歌はともかく、歴史のお勉強はちょっと……と思われる方もいらっしゃるかもしれない。もちろんそこをスルーしても『アニー』は十分楽しめる。だが、“フルバージョン”ならではを知っていればなお「クスッ」とできたり、「ほほう」と頷けるポイントが随所に潜んでいる。史実を巧みに盛り込みながら、コメディとして、社会を映すお芝居として、大人の観客の心さえも動かすのが本作だ。だから、当文章でも、そういった要素に遠慮なく触れていく。
ときに新型コロナウイルス感染症が流行し始めた2020年、ミュージカル『アニー』作曲のチャールズ・ストラウスは、「アニーのoptimism(楽観主義)が、困難な世の中において希望になることを願う」という趣旨の言葉を、自身のYouTubeで語っていた【註1】。ジョエル・ビショッフ演出版では、孤児院を脱走したアニーが、失業者たちの暮らすフーバービルで「絶対に両親を見つけだす!」と言うと、失業者たちに「1928年以来の楽観主義」と驚かれていた。そこには、1928年の翌年、フーバービルの元凶であるハーバート・フーバーが大統領に就任後、楽観主義が罷り通る社会的状況ではなくなった、との皮肉が込められていた。
2017年、山田和也演出以降、「1928年以来の楽観主義」のセリフは「希望」に変更された。フーバービルの人たちは、「あの時の選挙であなた(フーバー)を選んだ、その代償を今、払わなきゃ」と歌う。フーバーが打ち出した有名な公約は「あらゆる鍋に1羽のチキンと、あらゆるガレージに2台の車(A chicken in every pot and two cars in every garage)」だった。しかし、フーバービルにはチキンが届くどころか、鍋さえもない。そんな世の中に「希望」を与えてくれる存在が、アニーというわけなのだ。
「フーバービル」(Hooverville)
■楽観主義を体現する西光アニー。そして「おこげ」デビュー
西光里咲のアニーは、まさに楽観主義と希望を体現するかのような笑顔の持ち主だ。フーバービルにたどり着く前に出会った野良犬・サンディに向けて歌いだす「Tomorrow」。過去や現在の憂いを晴らしてくれるような、すがすがしい名曲だ。それに加えて曲の合間に見せる西光の「ニカッ」とした笑顔と素直な歌声が、いつしかこちらを笑顔にしてくれた。
そして2023年から新しくサンディとしてデビューしたのは「おこげ」。おこげは2019年からサンディのアンダー犬として、陰で『アニー』を支えてきた。今回、チーム・モップのサンディとして舞台に上がる。「いつかきっと」とアニーが言えば、「ウン!」とばかりに頷いていた。おこげ、しゅごいねー!【註2】
「Tomorrow」を歌うアニー(西光里咲) with サンディ(おこげ)
ときどき白目になって、コミックスさながらの表情になる西光アニーは、力が抜けていて、とても自然体だ。大富豪ウォーバックスに「アニー、何だ」とラストネーム(苗字)を問われ、「えっと?(苗字を知らないので意味がわからない)」と出る声、「孤児といえば男の子だろう」と言われたことに対し、「男の子じゃなくてごめんなさい」と発する言い方が、「決められたセリフ」とは思えないのだ。ご機嫌ナナメな時はゾンビ化する柔軟な身体で楽しませてくれるのも、西光ならではの魅力だ。
不貞腐れるアニー(西光里咲)
■大富豪ウォーバックス、電話相手も大物ぞろい
大富豪オリバー・ウォーバックスを演じるのは藤本隆宏。2年ぶりに『アニー』に復帰した。どんな大物にも直に電話できる人物、それがウォーバックスである。
ウォーバックスの交流人脈は多岐にわたる。彼が出張で不在の間に電話かかってきたのは、大実業家ジョン・ロックフェラー、インドの政治指導者マハトマ・ガンジー、喜劇役者のハーポ・マルクス。アニーとの初対面直後に電話で話す相手は、大統領顧問のバーナード・バルーク。さらに、アメリカ合衆国の第32代大統領フランクリン・ローズベルトとも電話で会話をしている(当連載記事ではルーズベルトではなくローズベルトと表記している)。大統領は第一幕では姿を現わず、第二幕で ひのあらた が演じる。
ローズベルト大統領といえば、2020年から続く新型コロナウイルス感染症の中を生きる我々も、よく知る言葉を残している。第1回大統領就任演説(1933年3月4日)での発言。「The only thing we have to fear is fear itself.」、翻訳すると「我々が恐れなければならないものは、恐怖そのものである」。そう、2020年のミュージカル『アニー』をはじめ、他のすべての舞台も止まり、ステイ・ホームが促された「緊急事態宣言(2020年4月7日)」に引用された言葉だ。
ウォーバックスは共和党員という設定だが、電話で民主党員のローズベルトをクリスマス・ディナーに招待する。断られるつもりが意外にもOKの返事が来てしまったため、秘書グレース(笠松はる)に「アル・スミス(民主党員)に電話をして、民主党員が何を食べるか聞いてくれ!」と言うシーンもある。
アル・スミスは元ニューヨーク州知事で、前大統領フーバー(共和党員)と争った大統領選挙でフーバーに負け、その後、エンパイア・ステート社の社長となり、エンパイア・ステート・ビルディングを建てた。それが1931年、クライスラー・ビルディングを抜いて当時世界一の高さになった。エンパイア・ステート・ビルディングはミュージカル『アニー』のビッグナンバー「N.Y.C.」にもその名が出てくるし、クライスラー・ビルディングは「ハードノックライフ(It's The Hard-Knock Life)」でもその名が出てくる。『アニー』は1933年の世相を随所に反映しているのである。
さてウォーバックス(共和党員)とアル・スミス(民主党員)はニューヨークの大物実業家同士、党派を超えて仲が良かった……とするならば、第一幕では決して仲が良いとはいえないウォーバックス(共和党員)とローズベルト(民主党員)も、仲良くなれるだろうか? この鍵も、実はアニーが握っている。
丸美屋食品ミュージカル『アニー』2023 初日前会見より
ウォーバックスの電話相手で、第一幕ラストに名前が挙がるのは「フーバー」だ。といっても、このフーバーは「フーバービル」の前大統領ハーバート・フーバーではない。FBI初代長官のジョン・エドガー・フーバーである。『アニー』の舞台である1933年に「FBI」という呼称はまだないのだが、そこは現代の我々に伝わりやすくしているのだろう。1933年といえば、ドイツでナチスのアドルフ・ヒトラーが首相に就任、ワイマール憲法を事実上停止して敵対勢力を排除、ファシズム政権を樹立させた年でもあった。アメリカ合衆国は「いつドイツと戦争になってもおかしくない」という警戒心に満ちていた。そんな不穏な時代(FBIが忙しいであろう頃)、フーバー長官に私事で直電できる男、それがウォーバックスである。
確かにフーバーは、大恐慌直後「FBIは最寄りの電話と同じくらい身近な存在です」とPRした【註3】というが、ウォーバックスの電話内容は、「アニーの両親を探すために優秀なFBI捜査官を50人貸してほしい」というもの。私的な内容すぎて断られそうだが、「休暇扱いにしてくれれば、費用は全部こちらで持つ」と大富豪ならではの提案で、まさかのOKをもらっている。
FBIの十八番といえば、筆跡鑑定などの科学的捜査だ。アニーは冒頭からずっと、11年前に書かれた「両親からの手紙」を持っていて、ことあるごとにこの「手紙」が出てくる。そのくだりがどのように回収されるかは、第二幕で確かめてほしい。また、ウォーバックスとローズベルトは電話で言い合いになるなど仲良くはないが、フーバー長官とローズベルトも史実では仲が良くなかったはず。そこがどうファンタジーとして料理されエンディングまで運ばれるかも、第二幕の見どころとなっていく。
なおフーバーはFBI長官職に37年間(前身組織BOIの長官を含めると48年間)も在任し、権力を思いのままに濫用、様々な悪事にも手を染めたと言われる。余談だが、『アニー』が上演されている新国立劇場の、小劇場のほうで並行して上演されている『エンジェルス・イン・アメリカ』では、山西 惇演じる悪徳弁護士ロイ・コーンのセリフにフーバーの名が出てくる。コーンを見出して、赤狩りのマッカーシー上院議員に紹介したのがフーバーだったからだ。現代アメリカ史に興味をお持ちのかたは、中劇場(『アニー』)と小劇場(『エンジェルス・イン・アメリカ』)をハシゴ鑑賞するのもオツだろう。
さて、この大恐慌時代に大富豪でいられる手腕を持つウォーバックスは、有名な大人たちとの電話や仕事に没頭してきたため、子どもへの接し方がわからない。そこへ助け舟を出すのが有能な秘書グレース(笠松はる)である。ウォーバックスとグレース、愉快なシーンからロマンスまで、お楽しみシーンが盛りだくさんとなっているのも、“フルバージョン”ならではの醍醐味といえよう。
2年ぶりの藤本ウォーバックス、アニーに出会う前はイライラを表に出したり、威厳を表すかのような態度だったが、アニーに夢中になるにつれ角が取れ、「アニーを養子にしたい」と言う予行演習でさえ手が震えてしまうピュアな一面を見せるようになる。元祖・二刀流の野球選手ベーブ・ルースをやたらと招きたがるウォーバックスも可愛らしい。アニーと親子になりたいと願うウォーバックスを見ていると、愛情に血のつながりは関係ないとつくづく感じる。書類は偽造できても、信頼関係や愛情は偽造できないのだから。なお、第二幕にもウォーバックスの大物交流人脈の新たな名前が登場するが、ここでは特に触れないでおこう。【註4】
■お疲れさまです、ハニガンさん
子どもに接した経験の乏しいウォーバックスに対し、いつも子どもに囲まれているのが孤児院の院長ハニガン(マルシア)だ。彼女は1933年という時代を、「お薬(アルコール)」とともに巧みにサバイブしている。子どものいない世界を夢見つつ孤児院の院長をしているハニガンは、家も職も失う人が多い時代に、市立(公営)の孤児院院長という仕事を持つ自立した女性だ。
1933年は大恐慌に加え、インフルエンザ(当時の呼称はスペイン風邪)も流行していた。現在のようにワクチンもなかったため、インフルエンザで死ぬ人が今よりもずっと多かった。特効薬もない中で、ハニガンは子どもたちに掃除(消毒・換気・運動)をさせている。外からインフルエンザをもらってこないように(なのか?)、外出は月に一度、孤児院のまわりを一周する程度。孤児たちに朝の4時から掃除をさせ、気に入らないことをすれば物置に閉じ込め、まずい「どろどろスープ」しか与えていないという問題はあるが、この時代、子どもを元気に生かしておけるだけでも大した手腕なのである。
元気すぎるくらい元気でイタズラ盛りな子どもたちは、ハニガンの頭痛のたねとなっている。孤児たちに手を焼きバケツを蹴飛ばすハニガン、自分の着物にこんがらがって自滅するハニガン。マルシアのコミカルな演技に思わず笑ってしまうが、同時に「お疲れさま!」と声をかけたくなる。
ハニガンが特に気に入らないのは、やはりアニーだ。洗濯物に紛れて孤児院を脱走したアニーに対し、怒りが爆発する。しかし、大富豪ウォーバックスから「クリスマス休暇を一緒に過ごす孤児を探す」という命を受け孤児院へやって来たグレース(笠松はる)は、したたかで機転がきき、愛嬌を振りまきながらアピールするアニーを気に入る。ハニガンの気をそらせるときに「あ、男(がいる)」と、ぽやんと言って上手くグレースに取り入る西光のアニーは、もし筆者がグレースでも「もっとこの子を見てみたい」と興味を持つだろう。
このことが発端となり、ハニガンとグレースとの間に火花が散るのだが、アニーも加わってのオペラ合戦が、グレースの歌唱力と相まって迫力いっぱい。アニーがあっさりグレースと出ていくと、ハニガンの歌唱ボリュームがマックスとなり、その盛り上がりのたたみかけに拍手喝采だった。
丸美屋食品ミュージカル『アニー』2023 初日前会見より
■ミュージカル『アニー』とラジオ
そんなハニガンの癒しは、いくつかの連続ラジオドラマを聴くことだ。しかし、毎度毎度、いいところで邪魔が入ってしまい、一緒に聴いている観客もなかなか全貌がつかめないのだが……。
ラジオはミュージカル『アニー』の重要なアイテムとして随所に登場する。当文章では事情により第二幕以降のことには触れられないのだが、そこで物語を大きく動かすことになるのもラジオである。
『アニー』はもともと『Little Orphan Annie(小さな孤児アニー)』(1924年連載開始)という漫画だったが、それが初めてライブパフォーマンスとなったのは、ラジオショーだった。ブロードウェイのミュージカルになるずっと前どころか、アニーの舞台となる1933年よりも前の1930年の話である。ミュージカル『アニー』の記録本『How Annie Made It to the Stage (Getting to Broadway)』(Jeri Freedman著。2018年 Cavendish Square発行)によれば、《1930年、シカゴのラジオ局・WGNで初演(プレミア)されたラジオショー『Orphan Annie』がヒットし、1931年にNBCブルーネットワークに移って全国規模の放送が始まった。このラジオショーは、「今日の続きの話(Continuing Story Today)」と呼ばれる続きもので、1942年まで放送が続いた》という。
ラジオショー『Orphan Annie』も、ハニガンの聴いているラジオドラマと同様に「続きもの」だったが、それまでのラジオの続きものといえば、大人向けが定番だった。ところが、上記の本によると《このラジオショー『Orphan Annie』は、初めてファミリー層に向けた続きものラジオ番組だった。ミュージカルのように、キャッチーなテーマソングを呼び物にしていた》という。そして《『Orphan Annie』は1930年代、俳優によって生でスクリプトが読まれ、芝居のようにパフォーマンスされていた》そうだ。
そのことをミュージカル『アニー』のクリエイターが知らないはずはないだろう。第二幕以降に言及できないことは既に述べたが、その第二幕冒頭が、特にクリエイターからの、ラジオに関係するアニー愛が詰まっていると感じられる、とても楽しく愛らしい場面なので、そこはぜひ劇場でお確かめいただきたい。
「How Annie Made It to the Stage (Getting to Broadway)」表紙
■アニーをだます詐欺師
ハニガンの頭痛のたねは、アニーをはじめとした孤児たちやグレースだけではない。定職につかず詐欺を働いて捕まり、刑務所から出たての弟ルースター(財木琢磨)が、その彼女リリー(島ゆいか)を連れて、たかりに来る。もう、「お疲れさま、ハニガンさん!」としか言いようがない。ルースターとリリーは、アニーを使って一儲けしようと企み、ハニガンもそれに乗っかることにする。
財木・島は“フルバージョン”初参加だ。財木はハニガンに子どもみたいに飛びつき、イケメン甘えん坊さんだ。2022年はリリーの尻に敷かれっぱなしで、甘えん坊感いっぱいだった。2023年は低めの声でイキッているさまを表現。しかし、ハニガンへのお金の無心が上手くいかず「役立たず!」とリリーに冷たく言い放たれる。1933年という世相が生んだ、地獄からわいてきたようなカップルを演じる。このカップル自体が強くたくましく、ハニガンを引っ張る形になっていたのが新鮮だった。
「イージーストリート(Easy Street)」
■“フルバージョン”でみえる孤児たちの個性いろいろ
チーム・モップの孤児の中には、“フルバージョン”経験者がいる。2017年にモリーを演じた小金花奈である。今回はオーディションでジュライ役をつかんだ。一見おとなしそうでも、言うべきことはハッキリ言い、ペパーと言い合いをしたり、アニーが孤児たちの争いを止めると「グッジョブ!」と親指を立てるジュライ(小金花奈)が頼もしい。
最年少ながらもハニガンのモノマネが得意で生意気盛りのモリー(井手陽菜乃)。
ネズミも触れる自由人ケイト(和田知怜)、90分バージョンでは、ネズミのシーンはエンディングに一瞬見えただけだったので、復活が嬉しい!
「うるさ~いんですけどぉ?」とモリーに嫌味を言い、アニーのせいで朝4時から掃除するはめになりアニーに不満をぶつけるペパー(橋元 優)は、逃げるときに手をパタパタさせているのが可笑しい。
最年長ながらイタズラっ子で笑い上戸、バケツにハマったモリーを助けるときのアメリカンリアクションが愉快なダフィ(山粼結香)。
彼女たちに振り回され、「もうやだ」と嘆くテシー(川野未琴)は、ときおり世界の終わりのような表情やリアクションを見せ、思わず笑ってしまった。
散歩シーンの歩き方ひとつとっても、孤児たちの個性がにじみ出ていたし、アニーが脱走から連れ戻され、ハニガンが警官に対し見栄をはった際、「な~に~?(ケイト)」「お遊戯室、ってぇ~~~?(ペパー)」と発するセリフの掛け合いも面白すぎた。西光アニーが初日前会見で「チームワークの良さを観てほしい」と言っていたとおりだ! こうなると、チーム・バケツのキャスト(アニー役:深町ようこ、モリー役:南里侑明、ケイト役:和田愛海、テシー役:大矢結姫、ペパー役:難波夏未、ジュライ役:坂本柚月、ダフィ役:能重歩実)の活躍ぶりも早く観たくてたまらない。
孤児たち(チーム・モップ)
■ニューヨークの華やかさを体感できる「N.Y.C.」
「N.Y.C.」は、三悪(マルシア・財木・島)以外が総出で盛り上げるビッグナンバーだ。途中現れて堂々たるソロをとる未来のスターには、『アニー』初参加の村田実紗が選ばれた。
「N.Y.C.」アニーと“未来のスター”
“フルバージョン”ではダンスキッズ(岩崎百恵、戸辺 葵、伴野未采、福岡大河、船戸 晴、正木 蓮央斗)もたっぷり楽しめた。これは、チーム・バケツのダンス・キッズ(あやね、及川結芽乃、松村芽依、宮原心空、山田 葵、りこまる)のほうも早く観てみたいと思う。曲の雰囲気に合わせて「ROXY」の電飾が緑から赤に変わり、クリスマスムードを盛り上げる。華やかなセット・照明・パフォーマンスの融合をぜひ観てほしい。
「N.Y.C.」
さて、2023年『アニー』の大人アンサンブルキャストは、伊藤広祥、鹿志村篤臣、後藤光葵、長澤仙明、望月 凜、矢部貴将、太田有美、三上莉衣菜、村田実紗、横岡沙季。ひのあらたも加わった「フーバービル」のシーンは、唐突に迷い込んできたアニーが、フーバーを皮肉ったセリフに対し次々と気の利いた名案を出すので、皆で「小さな政治家だ」「民主党から出馬だ」などとチヤホヤして楽しいが、一方、官憲の不当な権力の行使に対し、「ノー」をつきつける姿には勇気づけられ感銘を受ける。
雑誌「ザ・ニューヨーカーズ」のライターだったトーマス・ミーハンは、1972年からミュージカル『アニー』の脚本執筆にとりかかった。当時、1960年代から続くベトナム戦争がひどく泥沼化していた(米軍がベトナムから全面撤退するのは1973年3月)。その時代の空気を、大恐慌時代の「1933年のアメリカ合衆国」に重ね合わせつつ紡いだ物語がミュージカル『アニー』だった。“フルバージョン”は、前大統領フーバーの失政が生んだ「フーバービル」で庶民が苦しむ様子、90分バージョンではわからなかった「なぜアニーはローズベルト大統領と知り合いなのか」や、その政策がわかる。何より90分バージョンでカットされていたエンディング曲は、日本語訳が現代の世情にぴったりはまる。
まだまだ困難な時代は続くかもしれない。それでも明日を信じて向かおう、というクリエイターからの想いは、“フルバージョン”に隅々まで染み込んでいる。2023年、楽観主義で明日を信じるアニーという「希望」、憂いの晴れるようなピカピカの笑顔を、劇場でめいっぱい体感していただきたい。
フーバーFBI長官に電話をかけるウォーバックスと、彼に雇われている人々、そしてアニー
丸美屋食品ミュージカル『アニー』は、2023年4月22日(土)~5月8日(月)、新国立劇場 中劇場にて上演予定。上演時間は約2時間30分~2時間40分(第一幕:70分~80分・休憩:20分・第二幕:60分)。夏には松本・大阪・名古屋・新潟公演も予定されている。全席指定8,900円。4月24日(月)13時チーム・バケツ公演、4月25日(火)13時チーム・モップ公演、4月26日(水)13時チーム・バケツ公演 / 17時チーム・モップ公演の計4公演は、「スマイルDAY」特別料金で全席指定7,400円(通常より1,500円お得)となる。
取材・文=ヨコウチ会長
写真撮影=安藤光夫(SPICE編集部)
※【註1】ミュージカル『アニー』作曲者チャールズ・ストラウスが自宅で歌う「Tomorrow」(2020/04/22):https://youtu.be/erqagJOW9gA
※【註2】『アニー』でドッグトレーナーを務める川本幸さんによると、「おこげ」の訓練で最も重要なことは「しゅごいねー、上手上手」と褒めることだそう。(4月9日放送、日本テレビ特番「シューイチ×ミュージカルアニー開演直前!子役の奮闘に完全密着」より)
※【註3】NHK『映像の世紀バタフライエフェクト 大統領が恐れたFBI長官」(2023年3月6日放送)より
※【註4】【THE MUSICAL LOVERS】ミュージカル『アニー』【第22回】『アニー』劇中 人名&用語辞典<後編>を参照のこと。 https://spice.eplus.jp/articles/182526