左から4番目・川上鉱介氏(写真:川上氏提供)

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オーストラリア競馬といえば?そう聞かれたときに、何と答えるだろうか。

最近の日本ではダミアン・レーン騎手の活躍が目立つが、リスグラシューのコックスプレートやメールドグラースのコーフィールドS、古くはデルタブルースのメルボルンCや、クレイグ・ウィリアムズ騎手を思い浮かべる人も多いかもしれない。

そんなオーストラリアでは、日本よりも「馬主になること」がもっと身近。かつてはタクシードライバーが11万円で購買した馬がG1を7勝した例もある。日本に住んでいてもそうしたチャンスがあり、1頭所有するよりも手軽な“共有”を楽しむ人も増えているようだ。

いったいどのような世界なのか。オーストラリア競馬の元障害騎手、現・Rising Sun Syndicate(ライジングサン・シンジケート)の代表取締役で『南半球で馬主になる〜オーストラリアに夢をのせて〜』の著書がある川上鉱介氏に教えてもらった。

【写真】川上鉱介氏のこれまでオーストラリアは「馬主になることのハードルが特に低い国」

――日本でも、一口馬主クラブなどで“馬主の世界”に触れる人が増えてきました。オーストラリアではさらに気軽に“馬主そのもの”になれるそうですね。

そうなんです。もう本当に馬を買った時点で、日本や香港と違って所得の制限などもなく本物の“馬主”として登録が可能です。オーストラリアは特別“共有”が世界と比べても盛んですし、馬主になることのハードルが特に低い国だと思います。

日本からオーストラリア、物理的な距離というのはありますが、競馬場に来ていただければ馬主専用エリアにも行けますし、無料ドリンクや簡単な食事が出る競馬場も。パドックでジョッキーや調教師との作戦会議も可能で、厩舎に行って直接愛馬に会うこともできます。

オーストラリア競馬を楽しむ共有馬主の方々(写真:川上氏提供)

遠征の可否や去勢可否など、重要な局面では意見をすることもできますし、もちろん勝ったら口取りもできます。さらに勝利馬主だけが招待されるウイニングオーナールームではシャンパンが飲み放題なので、レースリプレイを観ながら乾杯したりと、まさに一人前の馬主として扱われます。

――本当に日本よりも簡単に馬主になれるんですね。川上さんが代表を務めるRising Sun Syndicateでは、日本から導入した未勝利馬が重賞に挑戦しようとしているとか。

マイネルレガシー(父・ルーラーシップ)ですね。日本では13戦して2着が2回、3着が2回と、勝利まであと少しのところまで行っていました。関係者と交渉し2021年の秋に輸入、オーストラリアに移籍。馬っ気が出てしまったため、最初は力を出せませんでしたが、去勢後は安定した成績。2022年6月に初勝利を挙げると、徐々に距離を延ばしながら結果が出始めました。

オーストラリアでは、ヴィクトリア州に4つある“メトロポリタン(通称:メトロ)”と呼ばれる主要競馬場で走れることが活躍の第一歩目なのですが、マイネルレガシーは2022年末に4勝目をメトロ開催で、日本の皆様にもおなじみのムーニーヴァレー競馬場であげることができました。既に賞金も約16万ドル(募集額は13万ドル)を稼いでいます。

マイネルレガシー(写真:川上氏提供)

レーティングも上がってきたので、2023年3月にはアデレードカップ(G2)に挑戦予定だったのですが、呼吸器の感染症にかかってしまい大事をとって回避することに。残念ですが、まだまだ成長途上と感じています。この休養を挟んでもう一段階強くなってくれるのではと思っていますし、本当に楽しみな馬です。

――日本で未勝利だった馬が重賞に挑戦できるというのは、夢がありますよね。仕入れる際のポイントなどはあるのでしょうか?

オーストラリアまでの輸送費がかかってしまいますので、馬代金が比較的抑えられる未勝利馬には注目しています。その中でも、日本ではどうしても“3歳9月までに1勝しなければならない”という期限がありますので、その期限が切れてしまって、中央競馬から地方競馬に出るのがもったいない馬ですよね。

我々も、たくさんの日本馬の遠征や移籍馬に現場で直接関わってきました。日本からの輸入馬の場合、馬代金+輸送費用で募集総額は1,000万円を超えてしまいますから、そうなるとメトロ開催、リステッドや重賞に出走していかないと意味がない。

馬の特徴、性格。なぜ日本で勝てなかったのか。馬体が幼いのか、ケガがあったのか、脚元や体質にどういう問題があるのか。日本の競馬関係者に直接話を聞けるのが我々の強みなので、そうした情報を集めたうえで、オーストラリアに合いそうかどうかを判断しています。

11万円で取引された馬が、日本のG1を勝った例も

――日本からは2頭目の募集となるニシノクレセントも導入され、既に満口になっています。この馬のことも教えてください。

未勝利戦では青葉賞を勝ったプラダリアの2着となっていたり、実力はあったのですが運悪く勝ち上がれず。地方競馬で使うつもりだったようなのですが、西山オーナーから特別に譲っていただけました。

マイネルレガシーもニシノクレセントも、あと少し歯車が嚙み合っていたら日本でもすぐに勝ち上がって上のクラスでやれていたと思わせる馬。既にオーストラリアに来ていて、ただ季節が北半球とは逆で調教方法も違うので、今は慎重に進めています。

じっくり乗り込んで、さらにもう一度環境に慣らすために放牧に出す予定。デビューは早くても6-7月ですかね。それくらいきちんと豪州仕様に作り直そうと思っています。とても楽しみにしていますよ。

――レガシーも一口馬主クラブの馬でしたし、クレセントは西山オーナーがTwitterで発信してくださったりスポーツ紙で記事になったりと、日本での注目度も高まっているように感じます。

実はニシノクレセントの場合は約1割程度なのですが、新馬に関してはRising Sun Syndicate持ち分のほとんどが日本人オーナー。オーストラリア競馬の魅力を日本にもより伝えていきたいので、これは本当にありがたいことですね。もちろんイギリス発祥のいわゆる“上流階級の社交場”的な雰囲気も無いことはないんですが、誰でも気軽に“馬主として”競馬を楽しむことも根付いている。

例えば、当時は少し話題になりましたが、2006年に日本でもスプリンターズSを勝っているテイクオーバーターゲット。馬主兼調教師はタクシードライバーをしながら趣味で1-2頭調教していて、この馬も当時約11万円で購買して、世界のG1を7勝ですからね。

この馬だけでなく、小規模でやっているオーナーや調教師が“たまたま安く買った馬がG1を勝った”みたいな話は1年に何度も聞く話なので。こちらではそれだけチャンスも多い。日本では大手一口馬主クラブや大規模な個人馬主が主役ですが、オーストラリアでは約8割のG1馬がセリ出身です。

オーストラリアでのセリ場の様子(写真:川上氏提供)

G1レース25勝というとんでもない記録を打ち立てたウィンクスも、無敗の連勝記録でG1を15勝したブラックキャビアもセリで取引された馬ですからね。誰にでも夢を見る資格がある、チャンピオンホースを手に入れる資格があるのがオーストラリア競馬。これが一番の魅力だと思っています。

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“大きな夢を見てもいい馬”や、守永真彩さんとの共有馬も

――セリと言えば、先日はかなりの良血馬を落札できたと伺いました。

イングリスの1歳セールですね。年々オーストラリア競馬も賞金が上がっているので、馬の値段も上がっていたのですが、少し景気の停滞があって今年はセリの価格が落ち着いていて、戦いやすいセリになっていました。

コラリーナ21の父ソーユーシンクは、オーストラリアの種牡馬リーディング2位で、この値段(8万豪ドル)で落札できたことにびっくりしました。獣医チェックで脚元や喉も問題なく、馬体も歩きも素晴らしい馬。多くの問い合わせをいただきすぐに満口になってしまいましたが、大きな夢を見ても良い馬だと思っています。

タック21も馬っぷり、歩きともに良い馬。父ブルーポイントは新種牡馬ですが、シャマーダルの血統はオーストラリアで良く走っていて、母父リダウツチョイスは圧倒的BMSナンバーワン。G1を5勝しているサンタアナレーンと血統構成も類似しています。3代母アリンギも豪州の名牝で、母系の底力は大きい。2頭とも本当に良い馬を買えたと思っています。

――その後のセリでも、続々と募集馬を落札されています。

エリシェバ21の父ブレイズンボウも、豪州の短距離G1を2勝。体高が低いのですが、455kgの体重と日本ではありえないくらいの筋肉量を誇る牝馬で、オーストラリアの王道である2歳短距離路線で期待しています。グリーンチャンネルでおなじみの守永真彩さんも、初めて一口共有いただけるようです。

アデレードのセールで落札したのが、パーフェクトダイアモンド21と、ベイサ21。どちらも牝馬ですが、前者はとにかく父に似た美しいシルエットと、柔らかい歩様が魅力。遅生まれ、トモ高でこれからの成長力がかなりありそうなので、ゆっくりと成長を待てば素晴らしい馬になるのでは。

パーフェクトダイアモンドの21(写真:川上氏提供)

後者も父エンベリッシュは地味な血統ですが、初年度産駒7頭のうち既にブラックタイプ2頭。オーストラリアのオークス、ダービー路線を総なめにしているNZ産馬で、この馬もオークスを目指していきたい。Rising Sun Syndicateの3人が満場一致で気に入った珍しい1頭で、落札額の倍の予算を用意していたくらい期待している馬です。

リスグラシュー、メールドグラースのオーストラリア遠征もサポート

――川上さんについても教えてください。元々騎手でいらっしゃったんですよね。

18歳で日本の高校を卒業して、2001年に渡豪。2004年に障害騎手免許を取得して、あまり活躍できなかったのですが大きなレースに騎乗する経験もいただけました。やはりケガの多い仕事で、自分のなかである程度ケジメをつけて、30歳になったら次の段階へ向けて準備しようと思っていたんです。

騎手時代の川上鉱介氏(写真:川上氏提供)

それで、メルボルンのフレミントン競馬場にベースを移して、レースと調教には乗りながら大学に通い直して、通訳と翻訳の国家資格を取得しました。元々、日本とオーストラリアの競馬をもっと繋げたいという夢がずっとあって、日本馬や騎手・厩務員の遠征・滞在のサポートを始めました。

特に日本の競馬ファンの皆様になじみがあるのはメールドグラース(コーフィールドC)、リスグラシュー(コックスプレート)ですかね。書類関係から身の回りのサポート、通訳など、現地で気持ちよく思い通りに馬の準備ができるように支援させていただきました。ほかでは、坂井瑠星騎手や、富田暁騎手らの武者修行の支援なんかも行いましたね。

富田暁騎手と川上鉱介氏(写真:川上氏提供)

そして、今はまさにシドニー遠征中の矢作厩舎(ユニコーンライオン、ホウオウアマゾン)をサポートしています。調教にも乗りながら、ライダー通訳とマネジメント面も幅広い仕事をできるのが強み。我ながら便利な人材だと思います!(笑)

――そのまま通訳・翻訳で日豪の競馬を繋げる、という選択肢もあったと思うのですが、シンジケート会社を立ち上げられたきっかけはあるのでしょうか?

まず、騎手として2019年に大きなケガをしてしまって、改めてこの先どうしようかと考えたんです。通訳・コーディネーターとしてフルタイムでやる選択もあったのですが、そうなると日本に事務所を構えて、日本馬の関係者とともに行動して海外に行くことになる。

でも自分はオーストラリアの競馬がすごく好きで、オーストラリアにずっといたいという思いがあったんです。その中で現在一緒にやっている森、市川と話した時に、共有馬主クラブを立ち上げないかと。自分は日本馬をもっと移籍させたいと昔から思っていて、それならオーストラリアにいたままできるし、日本の方にオーストラリア競馬を知ってもらうきっかけになるんじゃないかと思い、2020年にRising Sun Syndicateを立ち上げました。

華やかだし、楽しいし、賞金も良いし、みんなオーストラリア競馬をすごく楽しんでいます。でも、アメリカやヨーロッパの競馬と比べて、日本の方々の認知度というのはまだまだ低い。自分も20数年楽しんできているので、それを発信して伝えていきたい。シンジケート会社を立ち上げて、色々な方のお力添えをいただいて、興味を持っていただける方が増えてきた気がします。

日本とオーストラリア競馬の“架け橋”として、夢を追いかける

――今回の募集馬も即満口ですもんね。SNSなどを見ていても、認知が広がってきている気がします。

こんなにマニアックな世界なのに(笑)本当にありがたいです。少し前だとオーストラリアでは、日本人調教師のもとでごく一部の方が馬主として細々とやっているだけでした。今ではシンジケート会社も増えてきて、Rising Sun Syndicateでも100人近い日本人の方が共有くださっています。

日本で一口馬主を楽しんでいて、でも“この部分が物足りない”“フラストレーションが溜まる”という要素がもしあれば、その部分がほぼすべて解消できるのが共有馬主。もちろん日本-オーストラリアで距離もあるので、愛馬に気軽に会いに行けないというポイントはあるのですが、時差もそれほどなくライブ中継で競馬も観戦できる。オーストラリアに来ていただく理由にもなるので、旅行とセットで楽しんでいただきたいです。

レースの賞金も、日本や香港には及びませんが高い水準ですし、芝競走(ジ・エベレスト)や、2歳戦(ゴールデンスリッパーS)の世界最高賞金レースがあったりします。さらに前出のとおり約8割のG1馬がセリ出身馬なので、共有でも、個人馬主でも楽しめるフェアでオープンな市場になっています。良い馬を出し惜しみせずセリに出し、どんどん循環させていく文化なんですよね。

――ありがとうございます。最後に、Rising Sun Syndicateとしての目標を教えていただけますでしょうか。

(左から)市川雄介氏、森信也氏、川上鉱介氏(写真:川上氏提供)

共有オーナーの方には、オーストラリア人・日本人問わずサービス面をご評価いただいているので、それを維持しつつ、結果を求めたいですね。今年は出走頭数が一気に増えてくる年なので、たくさん勝って重賞、G1と上を目指していきたいです。

それからRising Sun主催の競馬ツアーなど、交流できるイベントをもっと増やしていきたいですね。あとは日本馬ももっと輸入していきたい。売れる馬よりも走る馬を選びたいので、情報収集も含めて慎重に選んでいるために現状頭数は少なくなっているのですが、いずれは重賞級の馬も輸入できるようになりたいです。夢を追いかけるのが競馬ですから、日本とオーストラリア競馬の架け橋になれるように、頑張っていきたいですね。