AIに仕事を奪われる人・奪われない人の決定的差
AI時代に人間はどのような力を身につければいいのか(写真:joykid/PIXTA)
急速なAI技術の発達によって、従来は人間が担ってきた仕事の一部をAIがこなせるようになってきました。これからの時代に「AIによっても代替されない、人間だけが発揮できる能力」とはどのようなものでしょうか。書籍『田坂広志 人類の未来を語る』より一部抜粋・再構成してお届けします。
人工知能がもたらす「大量失業」
現在、急速に発達している 「人工知能」(Artificial Intelligence:AI)は、これから、人類社会を、どう変えていくのか。
もとより、このAIは、世の中に、効率的かつ便利で快適なサービスを広げ、経済活動の生産性を大きく向上させ、さらには、様々な問題についての最適な意思決定を可能にするという点で、極めて優れた技術と言える。
しかし、このAIには、そうした「光」の側面の一方、深刻な「陰」の側面もある。
なぜなら、この技術が発達し、社会に広く普及していくと、人間の「知識労働」(Knowledge Work)の多くをAIが代替するようになっていくため、「知識労働者(Knowledge Worker)の大量失業」という深刻な社会問題を引き起こすからである。
特に、AIは、「論理的思考」(Logical Thinking)と「知識の活用」(Knowledge Management)については、人間ではまったくかなわない圧倒的な強みを発揮するため、この「2つの能力」によって行われている知識労働は、いずれ、その大半がAIによって代替されていくことになる。
実際、すでに、これまで「高度な知的職業」と思われていた銀行員や証券ディーラー、弁護士や会計士、医師や薬剤師、などの仕事も、「論理的思考」と「知識の活用」で行える部分は、次々と、AIが行うようになってきている。
そのため、日本のある会計士の団体は、「AI革命によって、会計士の仕事の半分はAIに奪われる」と考え、この危機に対処するために、AIに代替されない能力として、会計士が、どのような能力を磨く必要があるかを検討している。
しかし、残念ながら、こうした危機感を持った団体や企業は、まだ少数であり、いまだに、この大量失業への危機意識は、社会全体に広がっていない。
また、政府も、企業も、個人も、まだ、このAI革命がもたらす大量失業について、切迫した危機感を持たず、根拠のない楽観論に流されている。
人間が持つ「直観」と「智恵」
では、AI革命が急速に進むこれからの時代に、AIに仕事を奪われないために、われわれは、どのような能力を身につけていくべきか。また、政府や企業は、どのような能力を身につけた人材を育成していくべきか。
この問いに対する答えは、明確である。
それは、AIが圧倒的に優れている 「論理的思考」と「知識の活用」の能力ではなく、AIに比べて人間が優れている「直観的判断」(Intuitive Decision)と「智恵の活用」(Wisdom Management)の能力を、身につけ、磨いていくことである。
ここで、「知識」(Knowledge)とは「言葉で表せるもの」であり、書物や文献から学ぶことのできるものであるが、 「智恵」(Wisdom)とは 「言葉で表せないもの」であり、経験や体験からしか掴めないものである。
すなわち、この「智恵」とは、科学哲学者のマイケル・ポランニーが、著書『暗黙知の次元』で定義した 「暗黙知」(Tacit Knowing)のことでもあり、AIに比べ、人間が圧倒的な強みを持っている。
これに加えて、「直観的判断」の能力もまた、経験や体験を積むことによって身体的に掴むものであるため、本来、人間の方が優れた能力を持っている。
しかし、実は、AIは、この能力の初歩的なものについては、すでに、その一部を代替し始めている。
例えば、これまで、永年の経験を積み、道路事情に詳しい熟練のタクシー運転手は、「この時間帯は、この道路を走ると、客を掴まえやすい」という直観を発揮していたが、日本のタクシー会社では、過去の道路情報や乗客情報のビッグデータを活用して、AIが判断し、新人のタクシー運転手に、どこを走るべきかの指示を出し、実際に売り上げを増やしている。
また、アメリカの警察では、AIが、「この曜日には、どの地域で、どの時間帯に犯罪が発生しやすいか」をビッグデータを用いて判断し、警察官にパトロールの指示を出すことによって、犯罪の検挙率や抑止率を高めている。これも、かつては、熟練の警察官が直観的に判断していたものである。
このように、いまや、AIが代替する仕事は、「簡単な知識労働」のレベルに止まらず、直観的判断が求められる「高度な知識労働」の領域にまで広がっていることは、知識労働者にとっては、将来の大きな脅威である。
AIでは代替できない「3つの能力」
では、これからの時代、「AIによっても代替されない、人間だけが発揮できる能力」とは、具体的に、どのような能力か。
筆者は、世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Agenda Councilのメンバーを務めていたが、この会合でも、この問題について、様々な議論がなされてきた。そして、この議論を通じて、多くの専門家は、次の「3つの能力」が、AIでは代替できない能力であるとの考えで、一致している。
第1 ホスピタリティ
第2 マネジメント
第3 クリエイティビティ
しかし、では、これら「3つの能力」が、さらに具体的に、どのような能力によって支えられているか。これら「3つの能力」を、どのように身につけ、磨いていくかについては、あまり深く議論されていないので、筆者の考えを、簡潔に述べておこう。
まず、最初の「ホスピタリティ」については、受付サービスや案内サービスなど、「言語的コミュニケーション」に基づく定型的なサービスは、AIが簡単に代替してしまう。従って、人間は、もっと高度なホスピタリティの能力を身につけなければならない。そのためには、これからの時代、特に、次の「2つの力」が重要になる。
第1は、「非言語的コミュニケーション力」である。すなわち、ビジネスの顧客や職場の同僚など、相手の無言の声に耳を傾け、その気持ちを推察し、また、言葉を超えて、こちらの温かい気持ちを伝える力を磨いていく必要がある。
第2は、「対人的深層共感力」である。これは、相手の立場に立って物事を考え、感じ、共感する能力であるが、非言語的コミュニケーション能力を最高度に発揮するために最も大切な力である。そして、言うまでもなく、この「非言語的コミュニケーション力」と「対人的深層共感力」は、AIでは決して代替できないものである。
次に、「マネジメント」については、財務や資材や人材、プロジェクトなどのマネジメントの仕事は、これから、AIが人間以上の能力を発揮して代替していく。従って、人間は、AIでは代替できない高度なマネジメントの仕事に向かう必要があるが、そのためには、特に、次の「2つの力」が重要になる。
第1は、「成長マネジメント力」である。これは、組織のマネジャーやリーダーとして、メンバーが能力を高め、プロフェッショナルとして成長していくことを支える力であるが、その力の基本となるのは「コーチング力」である。
第2は、「心理マネジメント力」である。これは、組織のメンバーが、対人関係などで精神的な問題を抱え、悩み、苦しむとき、そこから立ち直ることを支える力であるが、その力の基本となるのは「カウンセリング力」である。
この「成長マネジメント力」と「心理マネジメント力」もまた、AIでは決して代替できないものであり、いずれも、これからの高度知識社会においては、組織のマネジャーやリーダーには、極めて重要な力になっていく。
「クリエイティビティ」の2つの力
最後の「クリエイティビティ」については、「革新的な技術の発明」や「斬新なデザインの発案」などの天才的能力は、AIでは決して代替できないものであるが、一方、そうした能力は、誰もが発揮できるものではない。では、AI時代に、誰もが発揮できる「クリエイティビティ」とは、何か。それは、次の「2つの力」である。
第1は、「集合知マネジメント力」である。これは、組織のメンバーが集まり、それぞれの知識と智恵を出し合い、議論し、そこから新たな知識や智恵が「創発」(Emergence)してくるプロセスを促す力である。そして、この力を発揮するためには、組織のメンバーがわくわくするような魅力的ビジョンを語る「ビジョン・メッセージ力」と、メンバーが小さなエゴを超えて、互いに協力し合える場を創る「エゴ・マネジメント力」が求められる。
第2は、「組織内アイデア実現力」である。これは、組織において、単に新たなアイデアを「発案」するだけでなく、そのアイデアを周囲に魅力的に説明し、上司をうまく説得し、組織を円滑に動かすことによって、そのアイデアを「実現」する力である。実は、企業や組織において真に求められる「クリエイティビティ」とは、単なる「新規アイデア発案力」ではなく、これら「集合知マネジメント力」や「組織内アイデア実現力」であり、この「2つの力」もまた、AIでは決して代替できないものである。
人間だけが発揮できる「6つの力」
このように、これからの時代に、AIでは決して発揮できない能力、人間だけが発揮できる高度な能力として、次の「6つの力」が挙げられる。
第1 非言語的コミュニケーション力
第2 対人的深層共感力
第3 成長マネジメント力
第4 心理マネジメント力
第5 集合知マネジメント力
第6 組織内アイデア実現力
従って、これからのAI革命の時代には、政府や企業は、知識労働者の大量失業を防ぐために、国民や社員が、こうした能力を身につけ、磨くことを支援する必要がある。また、われわれ個人も、AIに仕事を奪われないために、こうした能力を高めていくことが、極めて重要な条件になっていく。
しかし、一方で、この知識労働者の大量失業について、世の中に流布されている楽観的政策論がある。それは、「ベーシック・インカム」(Basic Income)と呼ばれる政策である。
特に、AI失業を抑止するための政策論として、「AIの導入によって生産性を圧倒的に向上させ、巨大な利益を得た企業に、多額の法人税を課し、それを財源として、国民に、毎年、最低限の年収を保証する」という考え方が提案されている。
もとより、これが本当に実現するならば、それは、AI失業に対する一定の救済策にはなるが、現在の資本主義制度のもとでは、それは、決して実現できないだろう。なぜなら、現在でも、企業に多額の法人税を課して、それを福祉政策の財源に充てようという社会民主主義的な政策は、様々な形で標榜されている一方、政権政党に強い資金的影響力を持つ大企業や企業団体は、必ず、そうした法人税増税の動きを阻止する方向で動くからである。
それゆえ、現在の資本主義制度を根本から変革しないまま、「ベーシック・インカム政策」をどれほど魅力的に語っても、それは単なる「幻想」に終わるだろう。
AIという技術の「本質」
また仮に、もし、このベーシック・インカム制度が実現できるとしても、経済的困窮者へのセーフティネットとしての役割を超えて、 「働かなくとも、政府が生活を支えてくれる」という制度が、本当に優れた制度であるか否かも、一度、深く考えてみる必要がある。
なぜなら、「労働」ということには、顧客に喜んでもらうことや、社会に貢献することなど、本来、「働き甲斐」(Joy Factor of Working)と呼ばれるものがあるからである。
特に、前述したように、AI時代にわれわれが取り組む労働の多くは、人間にしかできない高度な仕事であり、かつての工業社会における「苦役」と呼ぶべき労働とは異なり、ときに、それは「アート」と呼ぶべき高度なものになり、深い喜びを伴ったものになっていくからである。
そのことを考えるならば。これからのAI革命の時代には、大量失業に対する解決策としては、やはり、失業する可能性のある人々に対する「能力開発教育」を行い、AIでは代替できない「高度な仕事」に取り組んでもらい、十分な給料を得られるようにすると同時に、
より充実した「働き甲斐」を感じてもらえるようにすることが、政府や企業の基本的責任となるだろう。
そして、そうした能力開発政策こそが、人間一人一人の意識を高め、可能性を開花させ、人類社会を、より高度なステージへと進化させていくことは、改めて言うまでもないだろう。
すなわち、AIという技術は、決して、人間を不要にする技術でもなく、人間を支配下に置く技術でもない。
それは、人間が最も高度な能力を発揮する舞台を支える技術にほかならない。
このAI技術もまた、「人間の意識を進化させるアクセラレータ」であることを、われわれは、忘れるべきではないだろう。
(田坂 広志 : 田坂塾・塾長、多摩大学名誉教授)