●奇跡的なバランスで実現した企画

Netflixで世界配信されているバラエティシリーズ『名アシスト有吉』。数々の番組でMCを務めてきた有吉弘行が、10組がそれぞれMCを務める10本の番組にアシスタントとして参加し、狂気のムチャぶりを繰り出していくというもので、14日に配信開始してからSNSでは「最高にくだらなくていい」「嫌なことがあったらこれ見れば元気になる」といった反響があがっている。

“世界配信”と銘打つと、大きなステージや大仕掛けのロケを想像しがちだが、『名アシスト有吉』は、テレビがノウハウを培ってきた“スタジオバラエティ”に徹しており、Netflixの中で異彩を放つ存在となっている。その狙いは何か。『有吉ゼミ』『有吉の壁』と、有吉の冠バラエティを手がけてきた企画・総合演出の橋本和明氏(WOKASHI)に話を聞いた――。

『名アシスト有吉』

○■有吉に“思い切り暴れる”機会を

有吉は近年、MCという立場が多くなっているだけに、「“思い切り暴れる”機会があっても面白いですね」という話を本人としていた橋本氏。「MCって全てに目配せして、誰かを引き立たせたり、進行しなきゃいけない仕事が多いじゃないですか。僕もMCの番組を2本お願いしているので、有吉さんが自由にやれる企画を作りたいというのが、ずっと頭の中にあったんです」との思いから、有吉が“アシスタント”として番組をかき回すというコンセプトを着想した。

一方で、日本テレビとNetflixがタッグを組むことになり、当時日テレに在籍していた橋本氏は『名アシスト有吉』を含む5本の企画を提案。「Netflixさんに合わせようと思って(笑)、いかにも“配信だ!”っていう感じのバラエティも持っていったんですけど、その中で極めてテレビ的な『名アシスト有吉』を選んでいただいたんです」と、制作へ動き出すことになった。

なぜ、『名アシスト有吉』がNetflix側に刺さったのか。その背景は、担当者とディスカッションする中で見えてきたという。

「Netflixって、世界中のシェフがこだわった料理が並んでいるようなものですよね。でも、夜家に帰ってジャンクなものを食べたい日もあるじゃないですか。僕もNetflixが好きで、『梨泰院クラス』とか海外のドラマをいっぱい見てるんですけど、一度見だすと止まらなくなっちゃって、1日仕事して疲れて帰ってきたときにはキツいんですよ。そんなときに、1時間ただ笑って寝たいとか、何も考えなくていいコンテンツが配信の中にもあるべきだし、それが市場の成熟という気もするんですよね。Netflixが、いろんな見方ができるコンテンツをそろえるというフェーズになってきたのかなと思って、それとこちらがやりたかったものとの奇跡的なバランスで実現した企画だと思います」

10本すべてを“スタジオ縛り”にしたのは、『有吉の壁』がロケ番組であるため、「同じことをNetflixでやっては、どっちにも得ではない」という判断から。

ただ、MCを変えて10本全て違う番組を作るというのは、「めちゃくちゃキツくて、自分で首を絞めたなと思いました(笑)」と本音を吐露し、「いわば特番を10本作って全部面白くなきゃいけないっていうのはなかなか地獄で、ギャグ漫画家さんのように毎週アイデアを絞り出してました」と振り返る。その上、「フォーマットがないので設計図を1個ずつ作らなきゃいけないし、当然現場では何が正解か分からない。今回はそのトライアルというのが、大きいところだったと思います」と、チャレンジングな取り組みになった。

○■地上波とは「競技が違う」

あえて“テレビ的”なバラエティをNetflixでラインナップするという試みだが、地上波では実現が難しい要素も盛り込まれている。その1つが「血のり」で、「映像としてショッキングで、やっぱり地上波で誰でも見られる時間に使うというのは難しいので、Netflixだからやれるものがあるんじゃないかと意識したアイテムです。有吉さんのから、『血のりを使ったら面白いんじゃないか』とご提案いただいて、実際にやってみたら面白い画になって、すごいと思いました(笑)」と威力を発揮した。





Netflixコメディシリーズ「名アシスト有吉」独占配信中

錦鯉・渡辺隆がSMプレイの格好をしてロウソクの火を咥(くわ)えて消すという狂気の技を披露する場面も同様で、「これはテレビの痛しかゆしなところでもあって、意図しない人に大量にリーチするというのがテレビのすごさで武器なんだけど、意図しない人にあまりに衝撃的なものを突然見せられない。それが良いとか悪いとかじゃなくて、メディアごとの一長一短がある中で、Netflixの特性を生かせることは何だろうと考えました」と語る。

このメディアごとの特性を、“競技が違う”と表現。「テレビ局を辞めてNetflixや他のメディアでも作り始めたんですけど、こっちは走り幅跳びで、あっちは走り高跳びで…みたいなことだと思っていて、どっちかに優劣があるわけじゃないんです。それぞれの競技のルールに沿ってやればいいだけの話だから、“地上波なんて何もできない”という感情はないですね」。

●団体芸は「日本のバラエティの財産」

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今回は世界配信されているが、「日本のお客さんが笑えるということをファーストに作っています」と意識。それでも、「バラエティのリアクション芸やドッキリって、言語を超えて伝わるものがあるのではないかという気がするんです。有吉さんも『ジャスティン・ビーバーに見てほしい』と言ってましたが(笑)、アイデアの断片とかで“これは面白い発想だ”というものを、海外の誰かが見つけてもらえたらうれしいですね」と期待を語る。

たけし軍団に始まり、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』で確立された、いわゆる“団体芸”の笑いがさく裂する『名アシスト有吉』。これは、日本のバラエティが作り上げてきた1つの文化とも言える。

「みんなで“熱湯騎馬戦”をやるにしても、その現場にいる人たちが僕ら制作を含めて、どういうルールでやって、何を面白くしなきゃいけないかというのとを共有して、同じ方向を向いていないと実は難しくて、海外ではそういう土壌がなかなかないのではないかと思います」

この“共有”ができるのは、『有吉の壁』のスタッフが入り、芸人にも常連メンバーが多く参加しているからこそ。レギュラーの収録で培ってきた関係性が生きており、「こんなくだらないことを一生懸命考えるというのは、日本のバラエティの財産だと思います」と力説した。

○■熱量を後押しした地上波以上の製作費

昨年夏頃から順次収録を進めてきたが、1本目に撮ったのは那須川天心MCの『天心一武道会』。演者やスタッフから、「Netflixで日本のお笑いバラエティをやる」ということへの熱量や本気度が感じられたという。

「(さらば青春の光)の森田(哲矢)さんが甲冑を着てバットを割ろうとしたら脚部が飛んでいったりとか、(バイきんぐの)小峠(英二)さんがフラッシュコットンを頭に載せてくれたりとか、見たことのない画がいっぱいあったんです。(オードリーの)春日(俊彰)さんが入場シーンで投げたタンスがバラバラになるんですけど、あんなにきれいにバラけるタンスはないから、制作スタッフが一番面白くバラけるように何回も何回も試して作って、でも5秒で終わるシーンなんですよ。そういうところから、“Netflixでここまでゴリゴリの日本のお笑いバラエティを自分たちが最初にやるんだ”、“世界の映画やドキュメンタリーがある中で、アウェーに乗り込んでいくんだ”という気概が、演者さんにもスタッフにもあったと思います。『(有吉の)壁』もやっている横澤Pがチーム全体を引っ張っていってくれましたし。終わった後、『めちゃくちゃ大変でしたけど、関われて良かったです』と言ってくれるスタッフが多くて、本当に良かったなと思います。頭に必ず『めちゃくちゃ大変でしたけど』が付くんですけど(笑)」





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その熱量は、地上波に比べて多くの製作費をかけているからこそ実現した様々な仕掛けも後押しした。

「格闘技のリングを作ったり、1個1個の小道具にお金をかけさせてもらえたりしているので、この規模は地上波のゴールデンでもなかなか難しいかもしれないです。フワちゃんの回で春日さんが入ってる水槽は、最初は汐留(日テレ)のスタジオに置こうと思ったんですけど、とんでもない重量になるということで、設置可能な場所を探して中継を結びましたから。吹き替えのためのアニメも作ってますし、そういう部分も感じて、演者さんたちは“(エンジンが)かかった”のではないかと思います」

●敏腕ディレクターを悩ませた堀内健のノート

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橋本氏が10本の制作過程の中で特に印象に残っているのは、ネプチューン・堀内健MCの『脳汁ジュンジュワ〜』。堀内が20年以上ファミレスや喫茶店でコツコツ書き続けてきた企画を具現化したものだが、「まずノートにずっと企画を書き留めてたというのが、めちゃくちゃいい話じゃないですか。それを聞いてぜひやってほしいなと思ったんです。深夜番組やライブを想定して書いてたら、まさかのNetflixで日の目を見るっていうのもめちゃくちゃ面白いし(笑)」と、背景にストーリーがある番組だ。

しかし、堀内の頭の中を写し出したこのノートは非常に難解で、「担当演出が中原さんというめちゃくちゃ敏腕なディレクターなんですけど、4〜5回打ち合わせしても、最後まで腑に落ちないまま収録に入っていったんです(笑)。“コンドルになりきって相撲を取る”っていう企画で、クチバシを用意するのか、しないのかとか、そんな答えのないことずっと話し合って(笑)」と本番へ突入。

その結果、「逆にそれがすごく良かったんです。テレビマンって、僕も含めて腑に落ちてからやろうとするんですけど、最近それが本当に正解なのだろうかとよく思っていて。若い人のSNSや表現を見ていると、腑に落ちてないままやる“勢い”というのがあるんじゃないかと思って、今のバラエティって腑に落としてきれいにやりすぎなのかもしれないなとも感じました」と、気付きがあった。

“腑に落ちない”まま突入できたのは、10本という本数を確保した上で、チャレンジする余裕があったためとも言える。「“すげぇ面白いな!”という回と“あんまり上手く行ってないんじゃないか?”という回もあって、凸凹してもいいと思って作りました。全部味の違うものを投げるというのは、そういうことだと思うんです」。

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○■面白いことが起こる方向へ持っていく有吉の判断力

長年にわたり有吉と仕事をしてきた橋本氏。今回改めて感じた彼のすごさは、面白いことが起こる方向へ瞬時に持っていく判断力だ。

「どの番組も誰が何をやるかというのは基本的に事前には決めてなくて、GENERATIONSの番組で言うと、誰がリアクション芸をやるのかというのもその場の流れだったりして、だからこそ“人選ミス”が起こることも笑いになってたりするんです。那須川天心さんと誰が戦うかというのも、本当に現場で決めていて、1個1個の『鼻毛ワックスマッチ』とか『熱々スライムマッチ』もどう転んでいくか分からないんですけど、失敗したと思ったら失敗したなりの調理を有吉さんがしてくれるので、制作としては本当に助けられます。『DOKI DOKIクッキング』で、錦鯉の長谷川(雅紀)さんが冷蔵庫のドッキリの仕掛けでうまくいかなかったんですけど、『これはどうなってるんですか?』『中岡(創一)くんだとどうですか?』って有吉さんが延々攻めていくと、どんどん面白くなっていく。アンミカさんの回で、ローションにタピオカを混ぜるとあんな芸術的な画が撮れるんだということも、こっちは全く想定してないですから、そこにたどり着くというのが、有吉さんのすごさなんですよね」

それを支えるのが、前述の『有吉の壁』制作チーム。「有吉さんが思いついたことに何でも対応できるように小道具を準備しておいたり、何かが変わったときにもすぐ動ける反応の早さというところで、“壁チーム”のスタッフの優秀さを改めて感じました。先の見えないことを根気強くやれる胆力があるチームですね」と胸を張り、「音楽や出演者の権利の処理など配信だから大変なこともあるんですけど、そこは日テレの(コンテンツ)スタジオセンターの皆さんが担ってくれて。だからこそ実現した部分も大きいんです」と感謝した。







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○■フォーマットを生かして別番組化の可能性も

いわば10本の特番を作ったという『名アシスト有吉』だが、今後の展開としては、料理中にドッキリを仕掛ける『DOKI DOKIクッキング』は、「こういうフォーマットで別の番組としてできるなと思いました。料理番組じゃなくてもいいわけですから、ニュースをやりながらでもいいし、いろんな可能性があると思います」と思案。

さらに、「もしかしたらこの配信を見て『MCをやりたい』という俳優さん、アーティストの方、もちろん芸人さんが出てくるかもしれないですから、そういう流れでやれたらまた面白いのかなと思います。ホリケンさんはもう1回やりたがっていて、『次やるときは合宿して中身を詰めたい』とおっしゃってくれていますし(笑)」と期待を述べた。

橋本和明氏

●橋本和明1978年生まれ、大分県出身。東京大学大学院修了後、03年に日本テレビ放送網入社。『不可思議探偵団』『ニノさん』『マツコとマツコ』『マツコ会議』『卒業バカメンタリー』『Sexy Zoneのたった3日間で人生は変わるのか!?』などで企画・演出、18年・21年の『24時間テレビ』で総合演出を担当。『寝ないの?小山内三兄弟』『ナゾドキシアター「アシタを忘れないで」』『あいつが上手で下手が僕で』などドラマ・舞台の演出も手がける。22年12月末で日テレを退社し、個人会社「WOKASHI」を立ち上げてフリーに。現在は『有吉ゼミ』で演出、『有吉の壁』で監修を務めながら、テレビの他にもNetflix『名アシスト有吉』といった配信コンテンツ、広告、舞台の企画・演出を手がけていく。