アンダーアーマーとパートナーシップ契約を結んだ秋本真吾氏【写真:本人提供】

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アンダーアーマーと「UA MISSION RUN」プロジェクトを始動させる秋本真吾氏

 スポーツ界で走りの価値を提供するスプリントコーチの第一人者が、新たな一歩を踏み出した。プロ野球選手、Jリーガーなど数々のトップアスリートに走り方を指導している陸上の元ハードル選手・秋本真吾氏が、大手スポーツ用品ブランド「UNDER ARMOUR(アンダーアーマー)」と契約したことが10日、発表された。秋本氏は「THE ANSWER」のインタビューに応じ、今回の契約について言及。前編では、ランニング市場に本格参入したアンダーアーマーと契約した理由、プロ野球・西武の春季キャンプの現場や東大ア式蹴球部(サッカー部)スプリントコーチ就任で走り指導の最前線で感じていることについて語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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「NIKE」「adidas」など、多くのメーカーがしのぎを削るランニング市場にアンダーアーマーが本格参入する。

 これまで肌にフィットするコンプレッションウェアの代表的ブランドとしてスポーツ愛好家に親しまれてきたが、4月からブランド初の厚底カーボンモデルが発売されるなど、ランニング市場に挑む。そのキーマンとして白羽の矢が立ったのが、これまで多くのプロ野球選手やJリーガーらを指導し、「スプリントコーチ」という新しいジャンルを築いてきた秋本氏。

 今回の契約は、単にアンダーアーマーのウェア、シューズを使用するのみならず、「UA MISSION RUN」という新たなプロジェクトに共同で着手する。

 陸上部以外のアスリートは正しいランニングの指導を受けた経験がなく、自分の足に最適なシューズを履いていないためにパフォーマンス低下や怪我のリスク増大という懸念がある。また、多くの競技には「走る」という動作があり、結果に結びつく重要なファクターだ。

「走りの進化が、勝利へと導く」をコンセプトに、秋本氏がランニングのパフォーマンス向上を通じて、アスリートを目標達成に導くべく、指導する。対象は、高校・大学の強豪校からトップカテゴリーのチームまで。競技も野球、サッカー、バスケ、駅伝など多岐に渡る。

 秋本氏は言う。

「話を聞いた時、ランニングを展開していくことの本気度を感じました。トップ層をターゲットにしてアスリートを作りたい、本気の領域を攻めたいんだ、と。もちろん市民ランナーもアプローチしますが、メインは専門的にランニングを必要とする領域。それこそトップアスリートや、高校・大学の様々な競技・チームに向け、走りの価値を伝えていくことを目指します」

 本気度はブランドとしての根幹であるプロダクトの品質にも表れている。

 昨年11月、世界6大マラソン大会の開幕戦・ニューヨークシティマラソンでアンダーアーマー契約のランニングチーム「ダーク・スカイ・ディスタンス」のメンバー、女子のシャロン・ロケディ(ケニア)が前述の厚底カーボンモデルを履いて初マラソンで優勝。

 秋本氏も「初マラソンで優勝というのはかなり凄いことですし、最近は海外の室内レースで『ダーク・スカイ・ディスタンス』の選手がアンダーアーマーの中距離用スパイクを履いて勝っているんです」と話し、アンダーアーマーの台頭を肌で感じているという。

 今回のプロジェクトを推進するにあたり、秋本氏の強みは、第一線のスポーツ現場でスプリント指導の知見をアップデートし続けていることだ。

プロ野球・西武の春季キャンプで2つの発見

 最近も、2月にはプロ野球の西武のキャンプで指導。これまでオリックス、阪神でも走りを伝授してきた秋本氏は「一番変わったと感じるのは、野球界でも走りを学習する文化が普通になってきていること」と語る。

「特に西武は選手だけではなく、チーム全体が学ばないといけないという空気感。松井稼頭央監督が就任し、今年のチームスローガンが『走魂』というくらいなので、その考えが監督からコーチ陣に広がっている印象です。僕も野球の盗塁・走塁については論文などでエビデンスを取り、(野球界で)足が速い選手の走りの動作を研究していますが、コーチ陣もすごく前のめりで、盗塁・走塁に関しても『これ、どうなんですか?』と聞きに来て、学ぶ意識がすごく強かったです」

 興味深い発見が2つあった。「ファームのB班で中村(剛也)さん、栗山(巧)さんという本塁打王と2000本安打のベテラン2人も参加したのですが、40歳に近い中村さん、栗山さんの走り方がとても良かったんです」と明かす。

「身体の使い方がとても上手でした。例えば、陸上は走る時に着地する時間がすごく短く、短い時間で大きい力を発揮させる。言ってみればバッティングと同じで、一瞬で大きい力を出すことでボールが飛んでいく。ピッチングも同じ理屈だと思います。でも、なぜか走りになると長い時間、地面に足がついて力いっぱい蹴り上げるのが野球選手の特徴。『バッティング・ピッチングと走りって、実は同じなんですよ』という話をした時に一番変化があったのが2人でした。

 実際、他の選手にアドバイスしている内容を聞くと『先生(秋本さん)がバッティングと一緒って言っただろ』『いつもバッティングに力が入っているから走りもそうなるんだよ』みたいなことを言う。そういう(論理の)接続がめちゃくちゃ上手。僕が指導している内川(聖一)さん(九州アジアリーグ・大分)もそうでしたが、接続がうまい人が、ただでさえすごい人が集まるプロのトップ・オブ・トップにいるし、長くやっている人ほど身体の使い方も上手いのは発見でした」

 もう一つは、野球選手と心拍の関係にまつわる気づき。「投手の平良(海馬)さんの走りが綺麗なので、聞くと陸上のコーチにすでに走り方を教わっていると。しかも、僕に『走る時の心拍の数値はどう見て生かせばいいですか?』という質問をされました」と驚く。

「今、投手陣が練習でサッカー選手が最近取り入れているハートレート(心拍数の計測機)をつけているんです。コーチに聞いたら、投手も1回投げるだけで心拍が160〜170に上がると。緊張状態で投げ続け、しかも満塁とかピンチになると180くらいになる。これは乳酸が出るレベル。具体的な心肺の話をされると、投手陣もランニング系の有酸素トレーニングが必要になる。先発なら9回を投げ切るし、どんなメニューで160から180まで上げるか普段の練習から管理しておいた方が絶対にいい。

 西武のように走りへの意識が高いチームがあることを考えたら、走るメニューの時に何を履くかは超重要です。契約しているメーカーから提供されシューズを履くのは当然かもしれないですが、ターンが多い練習や長い距離を走る練習でどういうシューズを履くのが怪我がなく、理想なのか。結局、シンスプリントやアキレス腱が痛くなる選手もいた。陸上以外のアスリートたちも、シューズからしっかりとした知識を得ることは大事です。それは今回の野球で感じたすごく大きな気づきです」

東大ア式蹴球部のスプリントコーチに就任

 野球ばかりではなく、同じく2月には東大ア式蹴球部(サッカー部)のスプリントコーチに就任した。

「東大ってすごいなと思ったのがオファーをくれたのが学生だったんです」。自身のホームページの問い合わせフォームに長文メッセージが届いた。きっかけは秋本氏のnote。昨年、いわきFCがJ3で優勝した裏で実施したスプリントトレーニングを発信した投稿で、秋本氏の存在を知り「これは東大に必要だ」と打診されたという。

「東大は監督・コーチの人材は学生が選んでいるそうで、今、監督をされている林陵平さんはJリーグで300試合出場した元選手ですが、そのオファーも学生がしたと聞いています。学生のアナリストが10人くらいいて、海外を含めサッカーを徹底的に見ている。そんな中で、スプリントコーチとして僕を選んでもらい、最初にオンラインでミーティングをした時にすごく本気度を感じました。東大らしくIQが高くて、理解度も高いだろうな、合いそうだなと思い、契約しました。

 実際に指導してみても理解度は高かったです。実技の動きの変化もあったし、走るにしても考えて身体を動かすことの重要性を改めて感じました。実際、彼らは伸びしろだらけ。勉強ももちろんやっているので、基本、練習は午後5時くらいから。練習に割ける時間が限られていて、与えられた時間でどうするか、時間効率を生かす能力が高い。(本格的なトレーニングを)やってきてないからこそ、走りのエッセンスを注入することでかなり向上する可能性があると感じました」

 東京都1部に在籍する東大。秋本氏も強化のビジョンを描いている。

「いわきFCの結果を見ると、最高速度が向上した、チームの総走行距離が伸びた、怪我が減った――という点が形としてありますが、全く同じことを提供したい。チームの総走行距離はゲーム展開によって変わりますが、如実に分かる成果としては足を速くしたこと。最高速度の向上に関しては、チーム全員の足を速くすることはマスト。走りの効率性を向上させることで90分走れるようになった、脚がつらなくなった、怪我がなくなったというところ。この2点は確実にコミットできます。

 やり込んできているものがまだないので、走りに変な癖もない。例えば、いわきFCの選手はストレングスを長年やってきているので、体が大きくフィジカルも強い分、力発揮を長く続けてしまい、うまく力が抜けない。それを時間をかけて取り除いていく“引き算”でした。東大に関しては、むしろ“足し算”。ストレングスなどの体を鍛えることも必要だし、それもやったらやったで筋肉がついて、体が重くなって動かしにくくなる課題も出てきます。その調整をどうしていくかも都度考えていきます」

 では、そうして培った知見を今回の「UA MISSION RUN」でどう生かしていくのか。

(後編へ続く)

■秋本 真吾 / Shingo Akimoto

 2012年まで400mハードルのプロ陸上選手として活躍。北京オリンピック強化指定選手にも選出。当時200mハードルアジア最高記録を樹立。引退後もマスターズ陸上に出場し、2018年世界マスターズ陸上400mハードルで7位入賞。2019年アジアマスターズ陸上100mと4×100mリレーで金メダルを獲得。引退後はスプリントコーチとしてプロ野球球団、サッカー日本代表選手、Jリーグクラブ所属選手など500人以上のプロスポーツ選手に走り方の指導を展開。2021年からサッカーJ2・いわきFCのスプリントコーチに、2023年から東京大学ア式蹴球部(サッカー部)のスプリントコーチに就任。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)