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外国人観光客が再び増加しつつあり、日本の「おもてなし文化」に注目が集まっている。特に、日本経済の停滞感が叫ばれる中、インバウンドによる活性化のカギとして期待されている面もある。

ところが、編集部で「おもてなし」についての企画を考えて、国内の旅館・ホテルを取材してみると、「日本的なおもてなしはそこまで外国人に受けるわけではない」と何度も聞いた。

なぜ、日本的な「おもてなし」が外国人に響かないのか。「おもてなし」を活かすためにはどうすればいいのか。旅館やホテルの「おもてなし」のマネジメントを研究する森下俊一郎・九州産業大学准教授に聞きながら考えた。(編集部・新志有裕)

<企画本編>.

「外国人より日本人のほうが大変 宿泊施設の本音、「おもてなし」どこまで?」

「迷惑客の口コミに反論 客と対等な「おもてなし」、老舗旅館の女将の思い」

●おもてなしは「察する文化」なので共有が難しい

「おもてなし」については、東京五輪招致に向けた2013年のIOC総会で滝川クリステルさんが「訪れる人を慈しみ、見返りを求めない深い意味があります」と言ったように、「見返りを求めない利他精神」がポイントの一つだ。

ただ、様々な定義が混在しており、森下氏が複数の有識者の共通項目をまとめたところ、「提供者が場の状況や文脈から客の暗黙的な要望を推察し、さりげなく行う」ことに特徴があるという。「暗黙的」であることが重要で、英語でいうところの「ホスピタリティ」とも似て非なるものだと森下氏は言う。

「『おもてなし』は、客が気付いてさえいないニーズを察して提供するもので、背景には日本の価値観や文化があります。一方で、外国のホテルなどが売りにしている『ホスピタリティ』は、あくまでニーズ自体は客から明示されていて、それにどう応えるかです。例えば、客が『水がほしい』と言った場合に、水の他にレモンが添えたり、冷えたグラスを出したりして、感動体験をしてもらうようなものです」

「察する文化」であるがゆえに、同じ文化や歴史、価値観を共有している日本人同士でないと、「おもてなし」の良さが伝わりにくいという。

●期待を超える対応に感動する外国人もいる

それでも、日本文化や「おもてなし」に触れて、感動したという外国人も一定数いる。我々の取材でも、日本の「おもてなし」は日本人にしか受け入れられないという声の一方、期待を超える対応に感動する外国人もいるという声を聞いた。

たとえば、取材したある旅館では、自分たちの記念日に訪問した外国人客に対して、頼まれたわけではないけれども、サプライズでケーキを出して、とても喜ばれたという話を聞いた。このような話が一部にはあるものの、森下氏によると、そもそも日本の「おもてなし」の価値を外国人にきちんと伝えようとしていないケースが多いという。

「国の政策も含めて、『おもてなし』の要素を強くして、外国人の感動や満足を得ようと努力するのではなく、Wi-Fiを整備したり、布団を簡易ベッドにしたりと、外国人の不便や不満を削除することの方が強くなっています。外国人向けの『おもてなし』については、どうしたらいいのかわからずに悩んでいる旅館やホテルも多いのではないでしょうか」

実際に森下氏が外国人に評価される旅館を調査したところ、外国人には日本の宿の仕切りに合わせてもらい、特別なことはせず、困っていることがあれば、親身になって応える、気取らない家庭的な「おもてなし」と、不便さも含めた異文化体験が外国人から高く評価されていたという。

いくら「察する文化」ゆえの困難さがあるとはいえ、「おもてなし」の価値を理解したいと思っている外国人は確実に存在しているので、簡単に諦めるものではないだろう。

●「察する文化」ゆえに、日本人は不満をためこみ、口コミで爆発する

一方で、「おもてなし」をめぐり、興味深いのは、企画本編でも扱ったように、「察する文化」であるがゆえに、「外国人よりも日本人の方が接客が大変」という声があることだ。日本人は察してもらうことが当たり前になっているため、「なぜやってくれないのか」という不満につながり、場合によってはモンスタークレーマー化することもある。

「京都のある宿でも、外国人は割と何でも言ってくれるから、対応しやすいという声を聞いたことがあります。日本人はその場では何も言わずに、口コミで後から辛辣なことを書くので、『だったらちゃんとその場で言ってよ』ということになります」(森下氏)

また、企画本編でも「もてなされる側が神様化」することの問題を指摘したが、「おもてなし」については、茶道が源流で、本来は「主客対等」「主客一体」であることが重要な要素なのに、あまり意識されていないようにも感じられる。

「本来、主人とお客さんが一体となって、心地よい場を作っていくところが茶の湯の世界です。察する文化とはいえ、お客さんに迎合するのではなく、お客さん自身も『おもてなし』の価値を理解することが求められます。両者が切磋琢磨することによって、『おもてなし』の場が作られていきます」(森下氏)

●人材不足を派遣社員でカバーして、どこまで「おもてなし」ができるのか

今の「おもてなし」については、外国人に対しても、日本人に対しても課題を抱えている。価値が理解されないままだと、ビジネス面で考えても、価格に反映できず、ただもてなす側の負担感の増大につながりかねない。

経済産業省の「サービス産業×生産性研究会」が2022年3月にまとめた「サービス生産性レポート」によると、宿泊業では、付加価値の向上が必要な一方で、サービス提供に必要な人手が不足していて、売上の増加とともに評価が低下して、結局は売上も低下するという悪循環が発生しているという。

実際、森下氏によると、「おもてなし」をする旅館やホテルの人材についても、人手不足が著しく、3カ月単位の派遣社員でカバーしているケースもあるそうだ。自前で「おもてなし」ができない状態では、改善も見込めない。

●インバウンド再活性化、自分たちの「おもてなし」を考え直す機会に

また、人手不足の点からは、不要だと考えた「おもてなし」については、やめてしまうというのも手だ。編集部が取材したある旅館では、コロナ禍を機に、接触を避けるために客の荷物を運ぶことを辞めたそうだが、影響は出なかったそうだ。森下氏も選択肢の一つだとしている。

「価格を維持する代わりにサービスを簡素化する、または、サービスを維持する代わりに価格を上げる、といったことですね」

いずれにせよ、自分たちの「おもてなし」の価値は何であり、どう感じてもらうのかを考えることが重要になる。

「なかなか答えはないのですが、経営者や女将が、自分たちの方向性を決めて、現場で提供するものとして具現化していくことですね。おもてなしを通じて、お客さんと対話をしていくことを通じて、連綿としたサイクルを作れるかどうかではないでしょうか」

日本でも再び起きつつある人の動きの活発化。日本人と外国人を両方見据えたうえで、「おもてなし」のあり方をポジティブに捉え直すいい機会になりそうだ。

【取材協力】 森下俊一郎(もりした・しゅんいちろう) 九州産業大学・地域共創学部准教授 研究テーマは、おもてなしの知識経営、顧客志向経営、サービスマネジメント。近著に「おもてなしの理念、知識、異文化のマネジメント」(晃洋書房)