現行ノア/ヴォクシーは2022年1月に登場した4代目(写真:トヨタ自動車)

年明けの1月11日、ホンダは1通のプレスリリースを出した。同社のミニバン「フリード」が「2022年暦年(1〜12月)のミニバン販売台数第1位を獲得した」というものだ。

その台数は6万1963台。これは3列仕様のみの台数であり、2列モデルの「フリード+」まで含めたフリードシリーズ全体だとさらに増えて7万9525台となる。たしかに、自販連が発表するランキングを見ると、ほかのミニバンを上回っている。

しかし、「車名」でのカウントはなく「ボディ(同一車体)」ごとのカウントとすると、見え方が違ってくる。

兄弟車であるノア/ヴォクシーを合計すると

同じ車体で作られている兄弟車、トヨタ「ノア」と「ヴォクシー」(以下ノア/ヴォクシー)の登録台数は、それぞれ5万7696台と5万5545台。合計すると11万3241台となり、フリードシリーズを超えるのだ。

2022年のミニバン販売における“真のナンバーワン”がノア/ヴォクシーであることに、異論を挟む人はいないだろう。

新車販売の現場を見ると、2022年は半導体不足などの影響で各メーカーが工場をフル稼働できなかった。そのため、販売台数は人気を表すのではなく「作れた台数」だったと言える。どれだけ人気で受注を獲得しても、生産・登録されなければカウントされないからだ。


ノアとヴォクシーは主にフロントまわりのデザインが異なる(写真:トヨタ自動車)

そこでノア/ヴォクシーを考えてみよう。2022年1月13日に発売された現行ノア/ヴォクシーは、その人気から納期が長く、トヨタ公式ウェブサイトによると「6カ月以上」とされ、仕様によっては1年以上待たされるケースもあるという。

つまり「もっと作って納車したいけれど、思うほど作れていない」わけだ。そんな状況にもかかわらず、ノア/ヴォクシーは月平均で計1万台が送り出されているのだから、とんでもない勢いである。仮に生産遅延がなく、順調に登録・納車できていれば、2万台を超えていたかもしれない。

なぜ、ノア/ヴォクシーにそこまでの人気が集中するのか。それはトヨタの販売力が強いこともあるが、それ以上に「商品力が高いから」にほかならない。

筆者は、現行ノア/ヴォクシーの概要を知ったときの衝撃を忘れることができない。“トヨタ初”というメカニズムが多く、「そこまでやるか」と何度も唸らされる内容だったからだ。

たとえばハイブリッドシステムは、先代「プリウス」が「第4世代」、「ヤリス」や現行「アクア」に積まれたものが「第4.5世代」と呼ばれるのに対し、ノア/ヴォクシーではすべてのユニット(エンジンは型式こそ先代と同じだが中身は実質的に新設計)を刷新した「第5世代」を採用。技術水準も最新世代にアップデートされた。


ノア/ヴォクシーのハイブリッドパワートレイン(写真:トヨタ自動車)

その約1年後にデビューする5代目プリウスに先駆けて最新ユニットを搭載したのだから、衝撃的だ。

加えて先進技術の新採用もすごい。普及版となる高速道路渋滞時の「ハンズオフ:手放し運転」システム(全域ハンズオフとなる「MIRAI」のシステムとは異なる)や、乗車前や降車後に車外からスマホで駐車/出庫のリモート操作ができる「トヨタチームメイト アドバンスト パーク」といった超先進機能を設定。

さらに、クラウド上に地図データを置く通信型カーナビ(主要グレードに標準装備)や、後方から車両や自転車が近づくと安全のため車内から操作しても開かないスライドドアなど、高度な機能が“トヨタ初”として用意されたのだ。もちろん、先進安全機能もトヨタの最新のものを搭載している。


スマホでのリモートパーキング機能を設定する(写真:トヨタ自動車)

これはトヨタ内での“下剋上”だ

筆者が感じたことを、言葉を選ばずに言えば「順番が逆ではないか」だ。

そういった先進機能は「クラウン」のようなフラッグシップモデルから搭載が始まるのが自然だし、ヒエラルキーとしてわかりやすい。最新のハイブリッドシステムは、ハイブリッドカーの元祖であるプリウスから搭載したほうが話題性もありアピールしやすい。

クラウンもプリウスも、ノア/ヴォクシーのフルモデルチェンジから1年以内に新型が登場するスケジュールだったから、トヨタの中で交通整理することはできたはずだ。でも、ノア/ヴォクシーはクラウンやプリウスに忖度することなく、全力でかかってきた。

それは、ある意味“下剋上”であり、筆者はそこにノア/ヴォクシー開発者の執念を感じた。なぜ、ノア/ヴォクシーはそんな“下剋上”を成し遂げられたのだろうか。それを紐解くのが、開発責任者を務めた水澗英紀氏の言葉だ。

彼は3世代にわたってノア/ヴォクシーの開発責任者を担ってきたミニバンのプロフェッサーだが、先代ノア/ヴォクシーではフルモデルチェンジのタイミングの都合もあって衝突被害軽減ブレーキの機能や性能が、モデルライフ最後までライバルに追いつけなかったことを悔やんでいたという。


2014年に発売した先代ヴォクシー(写真:トヨタ自動車)

「できる限り尽くしたけれど悔しい思いをしてきたし、なにより(先代を)買っていただいたお客様に申し訳ないという気持ちがあった。だからこそ、新型は登場後にライバルがフルモデルチェンジして進化しても先進安全装備面で負けたくなかった。なんとしてもトヨタで最先端の、ライバルを大幅に超える先進機能を搭載したかった」(水澗氏)

発売を遅らせてでも「最新」を

実は現行ノア/ヴォクシーの開発は、当初の計画に対して半年ほど遅れていた。理由は、最新の電子プラットフォームを活用できるタイミングに、開発スケジュールを合わせたからだ。

車両にはいわゆるプラットフォーム(車台)とは別に、電子系のプラットフォーム(パソコンやスマホでいうOSのようなもの)が存在し、現行ノア/ヴォクシーにはトヨタ最新の電子プラットフォームが初採用された。


各種の運転支援機能なども電子プラットフォームなくして成立しない(写真:トヨタ自動車)

だから、新しい先進装備が搭載可能となったのである。貪欲なまでの「いいものを作ろう」という心意気が伝わってくる。

実際、現行ノア/ヴォクシーが2022年1月に登場したあと、ライバルのホンダ「ステップ ワゴン」や日産「セレナ」が相次いでフルモデルチェンジしたが、両車ともに先進機能の充実度ではノア/ヴォクシーを超えていない。

先進面で唯一劣っているのは、セレナに高速道路の全車速域で使える高機能なハンズオフシステム(トヨタでいえばMIRAIに搭載されているものと同様)が用意されていることだ。

しかし、セレナでハンズオフ機能が備わるのは「LUXION(ルキシオン)」という約480万円の最上級グレードのみ。特例中の特例だ。幅広く装着できるノア/ヴォクシーのほうが、より多くのユーザーにハンズオフ機能を提供できることは、言うまでもない。

また、ノア/ヴォクシーは燃費の面でもライバルをリードしている。たとえばガソリンFF車でWLTCモード計測値15.0km/L以上、ハイブリッドFF車23.0km/L以上という燃費は、明らかにライバルより上だ。

ドライバビリティ(運転のしやすさや操作性)においても、先代からのレベルアップはすさまじく、操縦安定性がよくなった。


走りの質感も大幅にアップしている(写真:トヨタ自動車)

高速道路や峠道での安定感が高く、先代の乗り味を知っている人なら運転の安心感が大きく増していることをすぐに感じることだろう。

先進技術から燃費、そして乗り味にまでわたって、現行ノア/ヴォクシーの完成度の高さは驚くしかない。先代からの“伸びしろ”も、ライバルに対するリードも半端ないのだ。これはお世辞でもなんでもなく、純粋にそう感じた。

真にユーザー満足度を考えた商品作り

筆者は、2022年にデビューしたトヨタ車の中で、ノア/ヴォクシーが“もっともユーザーにとって意味のあるクルマだ”と考えている。

実用性で期待を裏切らないし、先進機能を新型クラウンに先んじて惜しみなく投入するなど、ユーザーに満足してもらおうという意気込みがひしひしと感じられるからだ。そんな商品作りが、実質的なミニバン販売ナンバーワンにつながっているのは確実である。


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ところで、現行ノア/ヴォクシーはその歴史において初の「3ナンバー専用ボディ」となった。これまでもエアロ仕様は3ナンバーだったが標準タイプは5ナンバーで、車体自体は5ナンバーサイズを基準に作られていた。

しかし、新型は標準ボディでも従来型より大型化され、車体自体が3ナンバーサイズで作られている。一部のユーザーからはそれに対する不安や不満の声もあるようだが、販売実績を見ると大多数はしっかり受け止めていると考えられる。

(工藤 貴宏 : 自動車ライター)