2023年、投資や転職時に絶対に知っておくべき「インフレ時代に強い業種を見極める」一番重要なポイント2つ
■インフレの影響は業種で大きく異なる
世界的に物価の上昇が続き、日本でもインフレを心配する人が増えています。日本では長くデフレが続いていたため、インフレを経験したことのない人が多く、生活にどんな影響を及ぼすのか、想像がつかないだけに不安が募ります。
インフレが進むと個人消費や企業の設備投資が抑制され、経済に大きな影響を及ぼします。どの程度の影響を受けるかは、業種によって異なります。今後、転職や投資をするなら、インフレに強い業種を見極める必要があるでしょう。
インフレの度合いを判断する指標として、ニュースなどでは消費者物価指数や企業物価指数が取り上げられていますが、こうした指標だけではインフレの実態を正しくつかむことはできません。そこで私がおすすめするのは、みなさんの生活実感としてとらえることです。最近ではさまざまな商品が値上げされています。単純に価格が上がるだけでなく、価格は据え置いたまま内容量を減らす、機能を落とすといった“ステルス値上げ”も増えているのです。
商品価格の上昇は、私たち消費者にとって厳しいことですが、企業の立場で考えると「業績を維持して従業員の賃金を上げる」ために必要なことです。値上げができない企業は、ボーナスも賃金も増やすことができません。つまり、値上げを実行できている業種はどこか、価格据え置きを余儀なくされている業種はどこかを見極めることが、インフレに強い企業を見分ける第一歩といえます。
■同じ業種内でも二極化が加速する
図は帝国データバンクの「企業の今後1年の値上げに関する動向アンケート」(2022年6月)の結果です。自社の商品やサービスを「22年4月以降に値上げした・値上げ予定」とした企業の割合は、全体平均で約7割に達しています。これを基準と考えると、卸売、製造、小売業界は、基準以上に値上げが実施できているので、インフレに対応できているといえます。一方でサービスと不動産業界は値上げが実施できておらず、業績が圧迫されている可能性があるでしょう。
また、インフレ時には同じ業種や業界の中でも二極化が進むと考えられます。物価が上昇すると、全体としてモノが売れる数は減りますから、顧客の少ない企業は苦しくなります。高いシェアを持つ企業は生き残れますが、シェアの低い企業は淘汰される可能性があります。
■原材料に近い業種ほどインフレに強い
どんな業種がインフレに強いのか、もう少し具体的に見てみましょう。一般的に原材料に近い商品を作っている業種ほど、インフレ時に価格転嫁しやすいことが知られています。激しい物価上昇に見舞われた1970年代もそうでした。
消費者も企業も「物価が上がって大変だ」と言っている中で真っ先に値上げをして業績を維持したのは鉄鋼と海運でした。今回のインフレでも同じです。日本郵船や商船三井、川崎汽船などの海運大手は2022年3月期の決算で軒並み最高益を更新し、株価も急上昇しています。たとえば日本郵船の株価は21年1月に2400円程度でしたが、22年3月には1万2400円まで約5倍に上昇しています。いち早くインフレの兆候に気づき、海運関連企業に投資した人は、資産を大きく増やすことができたわけです。
鉄鋼業界も同様です。最大手の日本製鉄は22年3月期の決算で最高益を更新しています。経団連は大手企業の22年の夏のボーナスについて、集計結果を8月5日に公表しました。上昇率は平均で前年夏比8.77%と、1981年以降では最大です。上昇率が最も高かったのは鉄鋼業界で86.6%でした。値上げしやすい業界はボーナスを増やしやすいことが証明された形です。
■インフレが長引くとディフェンシブ銘柄が有利
企業の業績がいいと株価も上がります。株式投資の世界では、業績が景気動向に大きく左右される業種を「景気敏感業種」、反対に業績が景気の影響を受けにくい業種を「ディフェンシブ業種」と呼んでいます。
図は東京証券取引所が分類した33業種の株価指数の変化を示したものです。あくまでも過去の動向ですが、業種によって大きく差があることがわかります。
この先はどうなるでしょうか。インフレが長引いた場合、最も不利になるのは高級品や嗜好(しこう)品です。物価が上がって生活が苦しくなったときに真っ先に出費を削るのは価格の高い嗜好品などだからです。たとえば百貨店のような業態は大きなダメージを受ける可能性があります。
一方で食品や日用品など生活必需品の需要が大きく減ることはありません。電気やガスなどのインフラ関連も同じです。こうした商品やサービスを提供するディフェンシブ業種の株価は下がりにくく、働く従業員にとっては給与やボーナスが下がるリスクが低い業種といえます。
■経済成長がなければ株価の上昇は難しい
インフレと日本企業の業績について考えてきましたが、投資対象として見た場合、国内に限定する必要はありません。むしろ海外に目を向けたほうが有利といえます。
インフレ自体は世界的な傾向ですから、地域によって有利、不利はありませんが、残念ながら日本だけは例外であり、負け組といわざるをえません。投資するなら日本以外を選んだほうが有利なのです。
私たちは日本で働いて給与やボーナスを日本円で受け取っています。つまり、資産が円に偏りがちですから、リスク分散の意味でも海外への投資を検討したほうがいいといえます。投資はもちろんですが、預金で保有するときにも米ドルなどの外貨で保有するといいでしょう。
実際に日米の代表的な株価指数である日経平均株価とNYダウ平均株価(ダウ・ジョーンズ工業株価平均)の推移を比較してみると、差は歴然としています。上段のグラフは1990年を起点として上昇率を比較したものです。90年と現在を比べると日経平均株価は約マイナス22%です。当時、日経平均株価に連動する商品に100万円投資したとすると、30年以上経過した今は増えるどころか22万円減ってしまいました。一方でNYダウに連動する商品に投資していた場合は、約1200%の上昇となりました。100万円が約1300万円に増えている計算です。非常に大きな差が生じているのです。
この違いはどこからくるのでしょうか。大きな要素は人口の動向です。人口の増加はGDPの成長に貢献します。人口が増えれば消費が増えて経済が発展するからです。逆に人口の減少が予測されている日本は経済が縮小していきます。
中段のグラフで日本と米国の名目GDPの推移を見ると、日本はほとんど増えていませんが、米国は90年から約4倍になっています。それに合わせてNYダウも上昇していますから、GDPの成長と株価の上昇はリンクしていると考えられます。
■人口の増加が期待できる米国への投資が有利
投資するなら、この先人口が増加する国や地域を選ぶといいでしょう。そこで先進国の人口の将来推計を見てみると、継続的な増加が期待できるのは米国です。米国はもともと出生率が高いのですが、加えて南米から多くの移民が米国に移住して人口を底上げしています。南米にはカトリック教徒が多く、ほとんどの国で人工妊娠中絶は禁止されていますから、基本的に多産です。今後もそれは変わらないでしょう。移民の増加で彼らのようなラテン系の人口比率が上がれば上がるほど、出生率は高くなるでしょう。結果的に米国の人口は今後、30年、40年先も増え続けると考えられます。
前述のように人口の増加はGDPにプラス要因として働くので、投資するなら日本よりも米国が有利です。このところ円安が進み「これから海外投資するのは不利ではないか」と考える人もいると思いますが、長期的な視点に立てば、米国の優位性はまだまだ高まりますから、遅くはありません。
ただ今回のインフレは、ある程度の期間続くと私は考えています。過去の例を見るとインフレ時には株価は上がりにくくなります。実際に70年代のインフレ時のNYダウの推移を見ると、上昇と下降を繰り返すボックス相場の状況が続き、長期低迷していたことがわかります。
株価が上がらないのなら、「投資しないほうがいいのでは」と考えるかもしれませんが、インフレ時に最も避けるべきは資産を現金で保有することです。株式や不動産(リート)などインフレに強いといわれる資産を保有すべきでしょう。銘柄選びを間違えなければ、物価上昇に対抗できる程度の上昇は期待できます。
■ディフェンシブ銘柄はインフレ後も期待できる
これから投資するなら、どんな銘柄を選ぶべきでしょうか。基本はディフェンシブ銘柄を選択することです。グラフは過去のインフレ時にNYダウと代表的なディフェンシブ銘柄の株価がどう推移したかを比較したものです。1970年を起点に上昇率を示しました。
NYダウは80年までほとんど横ばいで上昇していません。これに対しP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)は、日用品を主力とする典型的なディフェンシブ銘柄で、NYダウを上回る上昇率を示しています。日本企業でいえば花王などがこれに当たります。アーチャー・ダニエルズ・ミッドランドは、大手の農産物加工企業。作物の物流ネットワークを世界中に有する穀物メジャー(大手専門商社)です。物価が上昇しても小麦などの需要が大幅に減ることはありません。70年代のインフレ時にも株価が大きく上昇しています。
通信会社も需要が減りません。物価が上がったからといってスマホを解約する人はいないからです。ベライゾン・コミュニケーションズは米国の大手通信会社で、日本ではauを運営するKDDIやNTTドコモなどに相当します。また、コロナ禍で半導体不足が深刻になり、自国で確保する動きになっていますのでインテルも有望でしょう。あるいは、生活必需品を扱うイオンやニトリなど大手小売店も業績を維持できるはずです。物価が上昇しても消費を抑えることが難しいものは何かを考えると、有望な投資先が見つかります。
この先、インフレが収まることも考えられますが、景気が回復してくれば、ディフェンシブ銘柄の株価も上昇します。ディフェンシブ銘柄はインフレ時には業績が下がりにくく、景気が好転すれば業績が良くなりますから、手堅い投資先といえるのです。資産を5倍、10倍に増やすことはできませんが、景気が良くなれば2倍になることはあります。これから投資をするのであれば、ディフェンシブ銘柄を長期で保有するのが有利な選択肢といえるでしょう。
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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。
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(経済評論家 加谷 珪一 構成=向山勇)