「私は虐待なんてしていません」という親を前に、児童相談所の判断には多角的なアセスメントが求められている(写真:sasaki106/PIXTA)

かつて児童相談所で勤務していた著者は、親の虐待が発覚して子どもを一時保護しなければならない状況になったとき、親が「私は虐待なんてしていません」と言い張る場面にたびたび遭遇してきた。現在著者は虐待した親と子どもの関係を回復させるための活動を行っている。親の虐待により離れ離れになった親子の再統合のために必要なこととは何か(本稿は、宮口智恵『虐待したことを否定する親たち』の一部を再編集したものです)。

虐待したことを否定する親たち

「私は虐待していません」

傷ついた子どもを前に、「私は虐待なんてしていません」と言う親がいます。私も児童相談所で働いていた時に、親御さんがそのように仰る場面に、これまでたびたび遭遇しました。この言葉を聞くたびに、私たちの心は硬くなります。

支援者はこんなふうに思うかもしれません。

「子どもに何をしたんだろう?」
「子どもを傷つけて、反省するどころか、自分の行為すら認めないなんて」
「この人に、子どもへの思いはあるのだろうか」
「本当のことを言ってほしい。でないと支援も始められない」

「私は虐待していません」という言葉は私たちに反感をもたらします。支援する気持ちを削ぐ言葉になります。

児童相談所の役割は、「子どもの心身の安全を守る」ことです。そのために、時に親の意に反しても子どもを一時保護しなければなりません。たとえ、親が、「私は虐待していません」と言ったとしても守るべきは子どもの命です。

児童相談所では、病院や学校、保育所等から虐待の通告を受けて、まずは「子どもの命の安全を最優先して」子どもを保護します。そして、少しでもリスクのない形で親元に子どもを返すように図ります。子どもの命に関わることです。失敗は許されません。子どもの安全が確保される見通しがない中では、とても親元には返せないのです。

児相が子どもを保護する時は、父母の関係、親族支援、子どもの心身状態、親子関係、生活状況、経済状況、父母の疾病など、家族状況をあらゆる角度からアセスメント(調査・分析)していく必要があります。

限られた時間で子どものリスクアセスメントがどこまでできるのかを、迫られます。リスク要因が残っているのなら、子どもを何としても守らねばならないのです。しかし、親はその時にはすでに戦闘モードとなり、対話することも難しい状態であることがよくあります。保護という権限の行使と、支援という2つの相反する機能を持ちつつ、親子への支援をする児相の役割の難しさを感じます。

これまで一時保護解除後に死亡する重大事件に関して、「なぜ子どもを守れなかったのか」と児相の責任が追及される状況を想起される方も多いと思います。親権者である親の意向に沿う形で家庭引き取りが行われ、子どもの声は届かなかったというケースも目にします。

「親子分離」の判断の難しさ

一方、一時保護開始決定に対する親からの取消訴訟も起こっています。児相の判断ミスにより、親子分離が強いられたことで、子どもの発達や親子関係に影響を及ぼし、子どもの権利侵害となった、というものです。

待ちに待って生まれた赤ちゃん。その赤ちゃんの不慮の事故が発端となり、「虐待の可能性がある」として突如保護されることになったら……。親は「虐待者とされ、子どもを奪われ、世間からも阻害される」のです。そのような状況で、子どもとの生活をやり直していくにはどれだけエネルギーがいるでしょう。

この一時保護をめぐっては、2022年児童福祉法改正により、今後は、児童相談所が虐待を受けた子どもを保護者から引き離す「一時保護」の開始の際に、親の同意がない場合には、独立性、公平性、中立性を有する裁判所が必要性を判断する「司法審査」が導入されることになりました(2022年6月成立 2024年4月施行)。

今後、児相の権限集中が避けられること、親権者の主張を司法が判断することで、親と児相との対立関係に伴う双方の負担が軽減されることが期待されます。

実際にはその手続きに伴う児相の事務負担の増加などを想像すると、危惧される点も多くありますが、「何のための一時保護なのか」ということが、親や子どもにとってクリアになることが望まれます。

「子育てをやり直したい」という人へのプログラム

私たちのNPOでは児童相談所等の委託を受け、2007年度より親子関係再構築のために「CRC親子プログラムふぁり」(以下プログラム)を提供しています。プログラムの対象は虐待をした親とその子ども(乳幼児〜小学校低学年)であり、約9割の子どもが一時保護を経て、施設入所中、もしくは里親委託中です。

このプログラムの対象者になるのは困難を抱え、分離という厳しい結果になったけれど、子育てをやり直したい、いい親になりたいと思っている親御さんたちです。

これまで250組以上の親子に出会ってきました。親と子どもに直接働きかけるということが、このプログラムの最大の特徴といえます。国内では親向けのプログラムは多くの支援団体で実施されていますが、親と子の両方に焦点を当てたプログラムは少ないのが現状です。

また、このプログラムでは親子の交流時間にスタッフも共に過ごすのですが、そのようなことは通常あまりなされません。親子一組ごとに、個別に実施していることも特徴の1つです。

前述したように、この活動を始める前、私は某自治体の児童相談所の児童福祉司でした。そこでは子どもを虐待する親への支援は容易ではありませんでした。理由の1つは、児相が家庭に介入し子どもを保護し、子どもの処遇を決める強権的な役割を持つことにあります。その「権力」が親との協働作業を行う際の障壁となるのです。

自分たちの今後の処遇を決める機関の人を相手に、はたして、親は本音を話せるでしょうか。児相のこういった介入的支援は、右手で握手、左手で殴り合うとも例えられています。

親子の再統合のプログラムが整備されていなかったもう1つの理由は、当時は緊急対応が優先されていたことです。親子関係再構築に特化した専門的な支援体制は整っていませんでした。

親子への支援を行うためには、一定の専門的理論や技術の習熟が不可欠です。しかし、子どもの安全が最優先となる児童相談所では、定期的な面接さえ十分に行う余裕がなく、虐待再発防止や親子関係再構築の支援を求める親子のニーズに応え、専門的な支援を提供することは困難な状況でもありました。

そのような時、目にしたのがカナダにおける児童虐待の再発防止支援の取り組みです。子どもに関する国家的指針(National Children’s Agenda)を基に「子どもを支える家族の成長発達を支援する」という目的のため、行政と民間団体や地域が連携し、家族の成長発達を支援するシステムが構築されていました。

民間の、NPO団体が「スタッフと親子との関係性をベースに、親子に直接働きかける支援」を、児童保護機関(日本でいう児童相談所)とは異なる中立的立場で行っていたのです。

親にも「一緒に子どもといる体験」が必要

児相と異なる民間の立場で、「親子の関係性」にフォーカスした特別な支援。これこそが、まさに私が求めていた支援でした。


親と分離され里親の元にいる子どもと親が、週に2回プログラムの場所にそれぞれ訪れ、一緒に親子交流の時間を持ちます。交流時間には遊びだけでなく、昼食も含まれていました。1組ごとの親子に担当のスタッフがついて伴走します。午前は親子交流の時間、午後は親だけの教育プログラムの時間で、その支援プログラムは九カ月にも及ぶものでした。

養育モデルがない親には育児スキルや知識を伝授することも必要です。しかし、それ以前にまずは人とつながり、「一緒に子どもといる」体験が必要です。親は伴走する支援者と共に子どもと関わることが望ましいといえるでしょう。「私の出会ってきた親子に必要なのはこれだ!」と強く感じました。

この支援プログラムのポイントは以下の3つです。

・児相と異なるNPOの立場で支援
・知識やスキルの伝授ではなく、親子に直接働きかける支援
・親と支援者の関係性をベースにしている支援

カナダで行われているこれらの支援を、日本で、私が活動の場にしている大阪で、可能な方法で実施していきたい。この思いから、NPOの立場で「CRC親子プログラムふぁり」を開発するに至りました。

時期を同じくして、児童福祉法改正により同法に保護者支援が明記されました。保護者支援について行政からニーズがあることが示され、試行的な実施を経て、児童相談所との協働での親子関係再構築支援が可能になったのです。虐待で子どもが保護された後の親子の支援について、ぜひ、多くの方に知っていただきたいと思います。

(宮口 智恵 : 認定特定非営利活動法人チャイルド・リソース・センター(CRC)代表理事)