働いても働いても貧乏から抜け出せない…経済大国ニッポンが「一億総貧国」に転落した根本原因
■賃金は25年前のまま…日本の「一人負け」が続く根本原因
世界でインフレが高進するなか、国内の賃金が上がらなくては、日本は貧困化してしまいます。
日本の賃金はこの25年間ほとんど上がっていません。一方、他の先進国では賃金は大きく上昇しているので、日本だけが一人負けしている状況です。
賃上げは経営判断であり、その基本は労働生産性と経済の見通しです。日本で賃金が上がらない大きな理由は、労働生産性が低迷し、経済の見通しが明るくないからです。
つまり、賃金を上げるためには、労働生産性を高め、将来の展望を良くしなくてはいけません。これは、端的に言うと、経済を成長させるということにほかなりません。
賃金が過去25年間にわたり停滞しているというのは、日本経済が凋落していることの象徴です。日本経済を取り巻く環境が大きく変化するなか、日本は自己改革を行ってきませんでした。デジタル化や人への投資を怠り、企業経営者は安全運転経営に終始し、イノベーターではなくなりました。
その結果、生産性は低迷し、日本経済は30年にわたり停滞しています。
■停滞を招いた未熟な資本主義
こうした閉塞(へいそく)状況を打破するために、労働市場の流動化を進め、経済の新陳代謝を高めることが重要です。日本の労働市場では特殊な雇用慣行によりマーケットメカニズムがうまく機能していません。これはなにも、労働市場に限った話ではありません。日本では資本主義が徹底されておらず、競争メカニズムがしっかりと働いていません。
競争不足の原因は、政府の政策にもあります。地域金融や中小企業政策など、旧来の日本の政策には、経済の新陳代謝を遅らせ、競争力にマイナスに働いたものが認められます。また、近年の大規模な金融緩和や大型の財政支援は、企業の生産性が十分でなくても、操業を続けられる状況を作り出してきました。
今、真に求められていることは、日本経済の衰退を止め、再び、発展軌道に乗せることです。競争的な市場環境で、企業が付加価値を増加させることが、生産性向上と経済成長につながります。本稿では、未来のために何をすべきかについて考えていくことにしましょう。
■経済を復活させる2つの方法がある
経済全体の生産性を上げるには、2つのチャネルがあります。ひとつは各企業の生産性を上げることです。もうひとつは市場の競争メカニズムによるものです。市場で高生産性の企業が拡大し、低生産性の企業が縮小することで経済全体の生産性が向上します。
まずは、各企業で生産性を高めるために何ができるのかを考えていきましょう。
労働生産性は付加価値を労働投入量で割ったものなので、生産性を高めるには、付加価値を増やすか、労働投入量を節約するか、あるいはその両方を達成するかしかありません。
企業による資本や人への投資の停滞が、低生産性につながっています。生産性を高めるには、デジタル化を進めると同時に人的資本を高める必要があります。デジタル化を進める際には、単にパソコンなどのハードウェア、経理関係などのソフトウェアを導入するだけでなく、その利便性を活用するために組織の改善も必要となります。
ここで重要なのが、経営者の能力です。経営のあり方は経済状況や市場の力学に左右されることもあり、経営者の質を測ることは決して容易ではありません。しかしながら、最近の研究では、企業経営者の能力が生産性の違いをもたらすことが指摘されています。具体的には、経営者の能力が向上すると、生産性も高まるというものです。
■悲観的な経営者はいらない
日本経済が長期にわたり停滞し、人口減少により国内市場が縮小するなかで、多くの企業経営者が今後の市場環境に対して悲観的な見通しを持っています。しかし、厳しい言い方になりますが、本来、経営者に求められているのはこうした消極的な経営姿勢ではありません。経営者には、いかなる環境でも勝ち抜く判断が求められます。
しかしながら、日本の経営者は海外の経営者と比べて、自社の将来展望について自信がない傾向にあります。この理由としては、日本の経営者には経営戦略に長けた人よりも、社内競争に勝ち残った人、ボイスが大きい人、営業や技術に長けていても経営が得意ではない人が少なくないことがあげられます。
図表1に示されているように、日本の経営者の97%は内部昇格によるもので、他企業で経営者としての経験を持たない人の割合も82%となっています。
諸外国に比べると、生え抜きの経営者の割合が高く、また、他企業での経験がない経営者の割合も著しく高くなっています。さらに、海外では経営者の多くがグローバルな経験を持っているのに対して、日本ではドメスティックな経営者が多いという調査結果もあります。
日本では、いまだに年功序列による内部昇進でトップに就く経営者が多く、また、国際競争が過熱するなかでもグローバル経験に乏しい経営者が多いなど、経営戦略に長けていない人物が企業の舵取りをしているケースは少なくありません。
日本経済を再浮上させるためには、「無能な」経営者には退席していただき、有能な人物を経営者に据える必要があります。生産性向上のため、資本や人に投資をするかどうかを決めるのは経営者です。積極的な姿勢で経営を行う人がトップに立てば、付加価値は高まり、ひいては日本経済を再び成長させると考えられます。
■労働市場を徹底的に流動化させたほうがいい
労働生産性を高めるためには、経済全体で、生産性の高い企業が進出し、生産性の上がらない企業が退出するという新陳代謝が行われる必要があります。また、労働市場で適材適所が達成され、労働力の効率的配分が行われることが重要です。
これらを実現するものが流動的な労働市場です。労働市場が流動的な経済では生産性が高くなる傾向にあることはデータでも示されています(図表2)。
労働市場の流動性を高めることのメリットは、労働生産性を高めるだけではありません。公共投資などの財政政策は生産と雇用を増大することが期待されますが、その効果は労働市場が流動的であるほど大きいことをIMFの調査研究は示しています。財政政策では、限られた予算をいかに効率よく使うかという「賢い支出」が重要ですが、この点からも労働市場の流動性を高めることが大切だと言えます。
ここであらためて流動的な労働市場とはどのようなものなのかを考えましょう。流動的な労働市場とは、労働力の移動が活発であるというだけでなく、労働者が移動する自由も十分にある市場のことです。
流動的な労働市場では、解雇が容易になり、雇用が不安定化するため、労働者にとってはよくないとの懸念がありますが、むしろ逆です。個人が最適なキャリアを実現するためには、労働者に多くの雇用機会を与える流動的な労働市場のほうが望ましいと言えます。
■好きでもない会社にしがみつく必要はない
労働市場が流動的だからといって、人々は必ずしも活発に労働移動をしなくてはいけないというわけではありません。これまでのように、学卒後、就職してから長期にわたり同じ会社で働きたいという人もいるでしょう。そのようなキャリアが可能で、また、労働者もそれを望むのであれば、流動的な労働市場は決して、それを否定するものではありません。
流動的な労働市場では、個人が自由にそのライフスタイルに応じて働き方を変えることが可能となり、労働者にとって大きなプラスをもたらすと考えられます。つまり、流動的な労働市場は躍動的な労働市場とも言えます。
ここで衝撃的なデータがあります。パーソル総合研究所が、日本を含めたアジア太平洋地域の人々の就業実態や仕事に対する意識などについて実施した調査結果です(図表3)。
それによると、日本で現在の勤務先で継続して働きたい人の割合は52%、また、転職意向のある人の割合は25%と、それぞれ調査対象の国・地域のなかで最低の数字となっています。労働者の約半数が今の職場で働き続けたいと思っていないのに、転職の意向を持つ人が少ないというのが日本の状況です。
こうした日本人の就業に対する意識の背景には、硬直的な労働市場があると考えられます。日本では、企業と労働者のマッチングは新卒一括採用によるところが大きく、最初のマッチングがうまくいかなかった人は、なかなか次のチャンスをつかむのが難しいというのが現実です。
また、入社後、仕事や職場が想像とは違っていたという労働者もいるでしょう。しかしながら、労働市場の流動性が高くないために、転職先を探したり、再就職のための能力開発を行うのは容易ではありません。その結果、人々は好きでもない企業にしがみつくことになってしまっています。
■労働市場の流動化は労働者にとってもプラス
こうした状況を打破するためにも、労働市場の流動化は不可欠です。もっとも、日本経済の競争力を高め、生産性を上げるためだけに、流動的な労働市場が重要というわけではありません。
日本経済を取り巻く環境が大きく変わるなか、好むと好まざるとにかかわらず、日本での働き方や雇用のあり方は変わらざるをえないと考えられます。
それは、雇用は生産の派生需要だからです。生産活動があって、はじめて雇用は生み出されます。つまり、経済や社会の構造が変わり、生産活動が影響を受ければ、雇用、働き方、さらには労働市場のあり方も変わらざるをえないのです。
日本経済は、人口構造の変化、人工知能(AI)・自動化などのテクノロジーの進歩、地球温暖化対策のためのグリーン化、そしてグローバル化という4つのメガトレンドの変化に直面しています。
メガトレンドが変化するなか、個人がライフスタイルに合わせて最適なキャリアを実現するためには、働き方や雇用のあり方は柔軟でなくてはなりません。変化が多い時代には、労働者個人にとっても、労働市場の流動化は望ましいものなのです。
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宮本 弘曉(みやもと・ひろあき)
東京都立大学経済経営学部教授
1977年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得(Ph.D. in Economics)。国際大学学長特別補佐・教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金(IMF)エコノミストを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。日本経済、特に労働市場に関する意見はWall Street Journal、Bloomberg、日本経済新聞等の国内外のメディアでも紹介されている国際派エコノミスト。著書に『101のデータで読む日本の未来』(PHP研究所)などがある。
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(東京都立大学経済経営学部教授 宮本 弘曉)