KDDIが静岡・熱海沖の初島(はつしま)に、衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」を通信のバックホール回線として利用するauの基地局を開局した。Starlinkは、米宇宙開発企業スペースXを持つあのイーロン・マスク氏の事業だ。

新設された基地局は、パラボラアンテナと衛星通信設備、通常のauアンテナと基地局設備が一本の電柱に取り付けられている。外部から提供されているのは電力だけだ。

ローンチイベントに初島まで駆けつけたKDDI代表取締役社長高橋 誠氏。Starlinkのロゴ入りパーカーを誇らしげに披露した

海辺に立つ電柱。最上部に衛星通信用のパラボラアンテナが、電柱の上部に4G基地局アンテナが装備されている。通信装置は下部にまとめられている

初島は熱海の南東約10キロの位置にある人口184名(2022年10月末現在住民基本台帳、熱海市民生活課による)の島で、自治体としては熱海市に属する。

熱海港からは7便/日ある定期船を使い、約25分で到達できる離島だ。島内には、すでに各キャリアの基地局があり、おおむねどこでも通信はできるが、全島を完全にカバーというわけにはいかない。スポット的に圏外となったり、電波をつかみにくい場所があったりする。

だが、12月1日に開局したこの基地局が、それを補完するかたちで機能するようになった。2022年7月から、グランピング施設のPICA初島とKDDIが協業していることもあり、この島への設置が最初の事例となったが、同社では今後、全国1,200箇所にStarlinkをバックホール回線とする基地局を順次提供していくという。

初島は熱海港から定期船で約25分。7便/日が運航する

○つながらない場所を補完する「どこでも基地局」

すでに各種インフラがおおむね整っている初島は、通信サービスにとっては大都会的存在だが、日本における「つながらない場所」はそんなところばかりではない。

第一例目はこの島からのスタートだが、今後、携帯電波がつながりにくい山間部の山小屋などでも、空さえ拓けていれば衛星ブロードバンドを使った通信によって、モバイルネットワークのサービスエリアになる。これは実に心強い。

auの音声通話やデータ通信のサービス品質を確保するバックホール回線には、さまざまな技術的ガイドラインを満たすことが求められる。それを満たす回線として、通常の基地局では光ファイバー回線が使われてきた。

KDDIは、2021年秋から国内におけるStarlinkの技術検証を実施、これまでの光ファイバーをバックホール回線とする基地局と遜色のない品質を届けられることを確認した。Starlinkの通信衛星は地球から約550キロ上空の低軌道であるからこそ得られた品質なのだという。

これはもう「どこでもドア」ならぬモバイルネットワークにつながる「どこでも基地局」だ。基地局を稼働させる電力線さえ確保できれば、全国津々浦々どこにでも基地局を設置できる。

また、同社は太陽光発電と蓄電池を組み合わせ、電力さえも自給できる基地局の開発にも取り組んでいるが、それと「Starlink」を組み合わせれば、まさに、どこにでも設置できるモバイルネットワーク基地局スターターキットとなる。

○日本のどこにいても、つながらないがなくなるように

通信事業者のエンドユーザーにとって、自分がいるところで自分の契約している事業者のネットワークが使えることは当たり前だ。その当たり前をかなえるために、事業者は人口カバー率という指標を向上させることを目指してきた。

使えなければひどいキャリアだと言われてしまうのだから、サービスを提供する側もたいへんだ。だが、この値を100%にするのは至難の業だ。

「日本のどこにいても、つながらないがなくなるように」というKDDIの願いを、そして加入者の当たり前をかなえるためには、初島のような離島や山間部、被災地、建設現場といった光ファイバー回線や電力線の敷設が困難なエリアを、少しずつ、少しずつつぶしていかなければならない。

そういう意味では、今回の衛星ブロードバンド「Starlink」との協業は第一歩であり、「つながらない」を無くすための現実的な一歩前進ともいえる施策だ。

Starlinkを提供するSpaceX社からは、ジョナサン・ホフェラー氏(Starlink Commercial Sales担当VP)も登壇、基地局を開局した

エンドユーザーが通信するときに、そのバックホール回線が光なのか、それともいったん電波が宇宙に出る衛星ブロードバンドなのかを意識することはない。まさにいつものようにつながる。

これからは、事業者側で運用コスト面、あるいは技術的に実現が難しかったスポット/エリアでモバイルネットワーク利用ができる場所が拡がっていく。

○障害・災害時の事業者間ローミングにも役立つか

さらに、KDDIではこのソリューションを法人企業や自治体向けにも提供する。

営利企業としての通信事業者がサービス提供しづらい事情があるようなところにも、基地局ソリューションを提供し、自前で通信可能エリアを展開してもらう枠組みだ。限界集落といったエリアでの安心安全を確保するためにと、全国の自治体からも問い合わせが相次いでいるそうだ。

これによって、日常的なニーズがなかったへんぴな地域における大規模開発の建設現場などでも、通信が確保されるようになる。その現場が完成し、多くの人々が暮らしのために集うようになれば、電力はもちろん、光ファイバーをバックホール回線とする通常の基地局が追加されるだろう。

通信事業者だけにすべてを押しつけるのではなく、企業や自治体と協力しながら、「日本のどこにいても、つながらないがなくなるように」していくKDDIの取り組み、通信会社による通信施策の発表だけに力が入っていた。

今、議論が進められている障害時、災害時の事業者間ローミングのことを考えても、この取り組みは、実に頼もしい。

著者 : 山田祥平 やまだしょうへい パソコン黎明期からフリーランスライターとしてスマートライフ関連の記事を各紙誌に寄稿。ハードウェア、ソフトウェア、インターネット、クラウドサービスからモバイル、オーディオ、ガジェットにいたるまで、スマートな暮らしを提案しつつ、新しい当たり前を追求し続けている。インプレス刊の「できるインターネット」、「できるOutlook」などの著者。■個人ブログ:山田祥平の No Smart, No Life この著者の記事一覧はこちら