円安と物価低迷が相まって、円の対外的な購買力が下がっているといいます(写真:ABC/PIXTA)

「日本円の実力は、もはや50年前とほぼ同じ」――昨今、各所で指摘されているが、これは実際どういう意味なのか。私たちが当たり前のように食べているものや、使っているものの値段からその実態を探る(本書は宮本弘曉氏著『51のデータが明かす日本経済の構造 物価高・低賃金の根本原因』の抜粋記事です)。

日本円の実力は、1970年代に逆戻り

日本円について評価を行う際には、代表的な円とドルの間の為替レートだけではなく、円とユーロ、円とポンド、円と人民などの為替レートなども含めた、為替レート全体の動きをとらえる必要があります。

日本円の総合的な実力を表すものに「実質実効為替レート」があります。ここで「実質」というのは、各国の物価の状況を調整したということです。そして、「実効」というのは、円とドルだけでなく円とユーロや円と人民元など、いろいろな通貨と円の間の為替レートを平均的に出すということです。


上の図は円の実質実効為替レートの推移を示したものです。実質実効為替レートは2010年を100とした指数で示されています。実質実効為替レートはその値が高いほど対外的な購買力があり、海外製品を割安に購入できることを意味します。

2022年7月の数字は58.7と、変動相場制移行前の1971年7月以来、51年ぶりの低水準となっています。実質実効為替レートのピークは1995年の150台で、今の数字はピークから6割も低くなっています。

円の実質実効為替レートが51年ぶりの低さに落ち込んだということは、為替が固定相場で1ドル=300円台だった当時と同水準まで円の実力が低下したということです。円安と物価低迷が相まって、円の対外的な購買力が下がっているのです。

アメリカのビックマックは日本より8割高い

日本円の価値が、51年前とほぼ同価値にまで落ち込んでいる――そう言われても、なかなかピンと来ないかもしれません。そこで、具体的なモノで考えてみましょう。

日本と海外の物価を比較する際によく用いられるのが、各国のマクドナルド店舗で販売されている「ビッグマック」の価格です。ビッグマックによって各国の購買力を比較するというのは、イギリスの経済専門誌「エコノミスト」が1986年に考案したもので、年2回データが発表されます。


上の表は2022年7月版(『51のデータが明かす日本経済の構造』執筆時点での最新版)の世界のビッグマックの価格ランキングを示したものです。日本でのビッグマック価格は390円で54か国中41位となっています。アメリカでのビッグマックの現地価格は5.15ドルで、1ドル=137.9円で計算すると(「エコノミスト」誌が用いている基準)、日本円では710円となり、日本で買うよりも8割ほど割高です。

もっとも値段が高いのはスイスで925円、次いでノルウェーの864円、ウルグアイの839円の順になっています。これら上位の国のビッグマックの価格は日本の倍以上です。アジアに目を向けると、シンガポールが585円で一番高く、54か国中17位となっています。中国は490円、韓国も483円と日本よりも高くなっています。

国によって多少大きさなどの違いはありますが、同じ商品を買うのに、多くのよりもお金がかかります。これは円の購買力が低いことを表しています。

ちなみに、2000年4月のビッグマックの価格は、日本で294円、アメリカでは2.24ドルでした。当時の為替レートは1ドル=106円だったので、アメリカでのビッグマック価格は日本円で237円と、日本で買うよりも安かったことになります。実際、当時のビッグマック価格のランキングをみると、日本の順位は28か国中5位で、アメリカの順位は12位と、約20年前には日本のほうがアメリカよりもビッグマックが高かったことがわかります。

最新の2022年7月のビッグマックの価格は日本で390円、アメリカで5.15ドルなので、2000年4月と比べて、アメリカでは価格が約2.3倍になったのに対して、日本ではわずか3割程度しか価格が上昇していないこともわかります。

先ほど、2022年7月の数字で、アメリカでのビッグマックの価格は日本の1.8倍になっているという話をしましたが、これは為替レートが円安に進んだだけでなく、アメリカでは日本よりも物価が上昇したことも反映しています。

ビッグマックの価格は、多くの商品のなかのひとつであり、ビッグマック自体も大きさや重さが国によって遠います。しかしながら、この約20年間でこれだけビッグマックの価格差が広がっていることを考慮すると、日本は物価が安い国になりつつあると言えます。

このような「安いニッポン」の兆候は他の商品からもみられます。例えば、米アマゾン・ドット・コムの会員制サービス「アマゾンブライム」の年会費は日本では4900円ですが、アメリカでは139ドル、イギリスでは95ポンド、ドイツでは89.90ユーロとなっています。為替レートを1ドル=140円とすると、アメリカの年会費は1万9460円なので、日本の年会費はアメリカの約4分の1となっています。

また、アメリカでも展開している日本のラーメン店チェーン「一風堂」のラーメンは国内だと790円ですが、アメリカでは17ドルとなっています。先ほどと同様に1ドル=140円換算すると、2380円となります(なお、これにさらにチップが10〜20%加わるので、最終的な支払い金額はもっと高くなります)。こういった例は、円が実質実効為替レートで非常に安くなっているということを表しています。

為替レートは物事の「結果」であることが多い

はたして、このような状況はどう考えればいいのでしょうか? ここで重要なのは、為替レートは物事の「原因」であることよりも、「結果」であることのほうが多いということです。為替レートはさまざまなことの結果としてその値が決まります。ですから、「円安がいい、悪い」という議論だけでは話は進まず、むしろ、なぜ、今のような為替レートになっているのかを考える必要があります。


そう考えると、日本の実質実効為替レートの大幅な円安の要因は、為替そのものよりも、物価の動きが大きいと考えられます。たしかに、足元では円ドルレートの動きからもわかるように急速に円安が進んでおり、その背景には日本銀行の金融政策があります。

つまり、実質実効為替レートの動きの、ある部分は日本銀行の政策によって説明ができるでしょう。しかし、実質実効為替レートは1990年代半ばから低下傾向にあり、この動きは物価の動きによっても説明されます。

この25年間の物価上昇率をみると、日本ではほぼ0%だったのに対して、アメリカでは毎年2%程度となっています。賃金についてもこの25年間、日本はほぼ変わっていないのに、アメリカでは4割ほど上昇しています。「日本では物価も賃金も上がっていないのに、アメリカでは物価も賃金も上がっている」。これは裏を返すと、日本の実質実効為替レートがたいへん円安になってきているということになります。

(宮本 弘暁 : 元国際通貨基金(IMF)エコノミスト)