日本社会の高齢化に伴い、地方自治体や地域の病院にとって、住民の健康管理と交通手段の拡充は重要な課題となっています。誰もが適切な医療を安心して受けられるためには、テクノロジーの活用は欠かせません。神奈川県藤沢市にある研究施設「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」では、「ヘルスケアMaaS」(MaaS:Mobility as a Service)実現への取り組みとして、2021年から自動運転の実証実験を行っています。

神奈川県藤沢市「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」

2021年12月に行われた「医療×移動」に関する実証実験は、湘南鎌倉総合病院、湘南アイパーク、三菱商事、三菱電機、マクニカによって運営され、約600名の市民が自動運転シャトルバスを体験しました。自動運転シャトルバスはレベル3対応(一定の条件下においてシステムが運転)の「NAVYA ARMA(アルマ)」を利用し、自宅から病院への移動を想定しています。実験に参加した住民からは、「乗ってみたら意外と怖くなかった」「危ない運転をする人もいるので正確な運転は安心できる」などの感想が寄せられたそうです。

そして今年(2022年)は自動運転をレベル4(場所などを限定して完全自動運転)に引き上げました。さらに車内において、心電図、血圧、酸素飽和度、体温などを計測し、モニターを通じて病院のスタッフとその結果をオンラインで閲覧。病院に到着してからスムーズに診療を受けられる実証実験を行います。

今回の実証実験は「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来 2022」と題した取り組みの一環です。この取り組みは、湘南アイパーク、横浜国大、湘南鎌倉総合病院、三菱商事が主催し、自動運転の実証実験にはマクニカ、NTTデータ、オムロン ヘルスケアが協力します。メディアに公開された自動運転シャトルバスを体験してきました。

○無人でも走行できる自動運転シャトルバスに乗車

実証実験に使われる「NAVYA EVO(エヴォ)」は、最大乗車定員15人(座席11人・立席4人)のシャトルバスです。無人で走行できるため運転席はありませんが、実験では運転を操作するコントローラーを持ったオペレーターも乗りました。速度は25km/hまでとのことですが、今回は湘南アイパーク内の制限速度に合わせておおよそ10km/h程度の走行でした。

実証実験に使われる「NAVYA EVO(エヴォ)」は小型のシャトルバス

車内は広々としています

実証実験ではオペレーターが同乗し、ふいに現れた歩行者を見つけて停止するなどしていました

車イスの乗車にも対応しています



【動画】小型シャトルバス「NAVYA EVO(エヴォ)」(音声が流れます。ご注意ください)

乗車してドアを閉めると、車内のモニターに病院のスタッフが表示されます。自動運転のスタートです。

静かな車内で心電図や血圧計、酸素飽和度を測定する機器を装着すると、間もなく計測が行われてデータが病院へと送信されます。タブレット端末を使ってデータについてスタッフと会話を交わしながら、目的地に向かいます。今回の実証実験では湘南アイパーク内を10分ほど走行しましたが、ほとんど揺れもなく、安心して乗車できました。

心電図などのバイタルデータはネット経由で病院に送信されます

タブレット端末では病院スタッフと会話も交わせます

自動運転による実証実験に関する図(出典:三菱商事)

この自動運転シャトルバスは、軽度な症状を持った人が乗り合って通院することを想定しています。バイタルの計測はしますが、救急車のような診療は行われません。

とはいえ、病気で具合が悪いときの移動手段に悩む人にとっては大きな救いになります。私は自家用車を持っていないため、病院までの移動手段は毎回悩みの種です。公共交通機関を利用すると、乗り換えで階段の上り下りがあったり、送迎バスの本数が少なかったりと、いくつかのハードルが生まれます。私のように自家用車を持たない人や、通院が難しい人にとっては、自動運転シャトルバスという手段が増えることはありがたいことです。

○双方向コミュニケーションで作る「ヘルスケアMaaS」

今回の「ヘルスケアMaaSが拓く地域コミュニティの未来 2022」は、学術シンポジウム、市民フォーラム、実証実験の3つで構成されています。

「学術シンポジウム」は11月4日、研究者と専門家が「ヘルスケアMaaS」を新しい学問領域として確立することを目標として行われました。11月5日の「市民フォーラム」では、市民を招いて地域コミュニティと医療、健康増進とヘルスイノベーションをテーマとした講演のほか、湘南アイパーク周辺の村岡・深沢地区の未来について市民とディスカッション。

11月4日〜11月20日の期間にて、自動運転シャトルバスの乗車体験とともに、院内搬送ロボット、自律走行型搬送ロボット、近距離モビリティといったヘルスケア関連モビリティの実演や乗車体験も行われます。

ヘルスケア関連モビリティの実演や乗車体験もできます(出典:三菱商事)

そして期日限定で、「村岡・深沢地区の交通状況の見える化・分析」と「ライフログ活用による健康増進・健康状態の見守りに関する実証実験」についても紹介されます。

村岡・深沢地区は道幅が狭い、観光客の来訪で常に道路が渋滞しているなどの課題を抱えています。そこで交通状況を「見える化」することによって、救急車が迅速に移動できる街づくりにつなげます。

「村岡・深沢地区の交通状況の見える化・分析」(出典:三菱商事)

また、病院にかかる前の段階で健康をチェックできるように、湘南鎌倉総合病院と三菱商事、NTTデータ、リンクアンドコミュニケーション、アシックスが実証実験を行っています。地元ロータリークラブでは、ウェアラブルデバイスで計測した日頃のバイタルデータをクラウドに送信、アプリを通じて食事、運動、睡眠について管理します。別アプリでは運動プログラムを提案し、健康をサポートします。

ライフログを活用して健康を促進する実証実験(出典:湘南鎌倉総合病院、三菱商事)

この実証実験は、妊産婦向けにも行われます。同じく、ウェアラブルデバイスで計測したバイタルデータをクラウドで湘南鎌倉総合病院に共有し、スタッフからオンラインでカウンセリングを受けたり、健康状態をモニタリングしたりします。この実験は、湘南鎌倉総合病院にかかっている妊産婦にモニターを協力する予定です。

妊産婦の健康管理についても実証実験を行います(出典:湘南鎌倉総合病院、三菱商事)

今回の取り組みは、住民からの声をしっかりと聞き、双方向で健康な街づくりを目指すための足がかりとなります。湘南アイパークのある村岡・深沢地区は、2032年ごろに東海道線「村岡新駅」の設置が開業する見通しとなっていることもあり、住民全体でイノベーションに向けて取り組んでいく街になるのかもしれません。

著者 : 鈴木朋子 すずきともこ ITジャーナリスト・スマホ安全アドバイザー。SNSやスマホなど、身近なITに関する記事を執筆。10代のスマホカルチャーに詳しく、女子高生とプリクラにも出かける。趣味はへんてこかわいいiPhoneケース集め。著書は「親子で学ぶスマホとネットを安心に使う本」(技術評論社)など20冊を超える。 この著者の記事一覧はこちら