JAXAが鹿児島県から打ち上げたスクラムジェット燃焼試験用のロケット「S-520-RD1」。今回の試験は、関係者にとって40年越しの悲願になったそう。その理由と、今回の試験が抱えていた2つの大きな意味を探ります。

スクラムジェット"エンジン"ではなく"燃焼"、その意味

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)は2022年7月24日午前5時、将来の航空機における極超音速飛行を想定した「スクラムジェット燃焼」の試験を行う観測ロケット「S-520-RD1」の打ち上げを、鹿児島県肝付町にある内之浦宇宙空間観測所から行いました。最高到達高度は168km、打ち上げから着水までの飛行時間は412秒でした。

 試験は気象条件にも恵まれ、実験のリーダーである、JAXA研究開発部門の超音速燃焼飛行試験チームを束ねる谷 香一郎(たに こういちろう)チーム長は「この上ない状況での試験だった」と述べています。

 今回使われた機体は、2つの意味で重要な意味を持っています。ひとつは日本初となる大気中でのスクラムジェット燃焼試験だったこと。もうひとつは、ISAS(JAXA宇宙科学研究所)以外が始めて打ち上げるS-520ロケットだったことです。これらについて、それぞれ説明していきます。


打ち上げ前日、報道関係者に公開された機体(画像:東京とびもの学会)

 スクラムジェットエンジンというのは、ジェットエンジンの一種である「ラムジェットエンジン」の中でも、超音速領域で燃焼するものを指します。名称は「Supersonic Combustion RAMJET」の略で、日本語に訳すと「超音速燃焼ラムジェット」になります。

 名前の通り超音速領域で燃焼するよう、動作できる速度に達するまでは別の手段で加速してやる必要があります。今回はロケットがその役割を担いました。

 試験モデル(供試体)はS-520ロケットの先端に取り付けられ、高度約170kmを頂点にする弾道軌道に打ち上げられます。頂点を少し過ぎたところでロケット本体から切り離され、自由落下しながら高度30〜20kmを通過するところで試験を行います。この時の速度はマッハ5.5、試験時間は6秒程度です。有人ジェット機の最高速度は、アメリカ空軍のSR-71「ブラックバード」が持つマッハ3ですから、スクラムジェットの動作域の速さがわかるでしょう。なお、試験後の供試体は回収せず、「海の中に沈んでいって、太平洋の藻屑」(実験後会見にて谷さん談)とのことでした。

 谷さんは記者会見で、今回の打ち上げは、スクラムジェット"エンジン"ではなく、スクラムジェット"燃焼"だということを繰り返し強調していました。

 エンジンとは、燃料を燃やして推進力を生み出す装置です。しかし、今回の実験は燃焼するだけで推進力は生まれていません。ゆえに「燃焼」を強調していたのです。スクラムジェットの特徴が超音速域のみで燃焼することですから、今回はエンジンを成立させる上で最も基礎的で重要な部分の試験を行ったことになります。

マッハ5.5出るか実際にやってみた

 日本のスクラムジェットエンジン開発は、1980年代に当時のNAL(航空宇宙技術研究所、現JAXA)が運営していた角田宇宙推進技術研究所(現JAXA角田宇宙センター)を中心に始まりました。これまで、風洞試験によってマッハ8の飛行条件で推力を生み出すことに成功するなど、一定の成果を上げています。

 しかし、試験は風洞内に限られていました。会見時に谷さんが行った説明によれば、JAXAが保有する風洞内でマッハ5.5という空気の流れを実現しようとすると、空気をおよそ2100度まで加熱する必要があるとのこと。加熱は2段階で行われますが、後段の加熱では液体酸素と液体水素を空気に吹き込んで燃焼させるため、普通の空気と比べて水分量がかなり多くなってしまい、実験結果に悪影響が出ていたといいます。


供試体(試験に使うモデル)(画像:JAXA)

 この状況を打開するため、今回は全く同じ試験モデルを2つ作り、片方は大気中で飛ばし、もう片方は風洞内で実験することにしています。両者のデータを比べれば、風洞内実験と大気中実験での傾向の違いがわかるため、風洞実験のデータを補正して大気中の結果を予測するツールができます。

 なお、ツールとはいえ、工具のような物理的な存在ではなく、風洞試験で得られた数値を補正し、「大気中だとこのような結果になるだろう」と予測結果をはじき出すプログラムのようなものだといえるでしょう。

 S-520-RD1の実験は、大気中で本当にスクラムジェット燃焼が可能か試験することで設計が妥当かを調べることと、補正ツールのための基礎データを取得することを目的にしているのです。

40年越しのロケット打ち上げ成功

 なお、飛行後に行われた会見では、ロケットの飛翔は成功、スクラムジェット燃焼はデータが取れている、というところまでの発表でした。詳しい解析には時間がかかるため、正確さを重んじる科学実験ではすぐに確定結果が発表されないことが普通です。

 実験がうまくいけば、日本では始めて、大気中でのスクラムジェット燃焼が成功したことになります。研究開始から約40年、やっと風洞から外に出ることになったのです。谷さんはこのことについて問われると、「40年というのは長かったなと言うのが正直な感想。私が就職した頃からずっとスクラムジェットの研究をやっていた。今回はエンジンとまでは言えないが、超音速の燃焼を飛行しながら達成したことは大変嬉しく思っている。今回のことで飛ばすための技術を磨くことができたのは、将来の飛行試験に大きく繋がっていくだろうと考えている」と述べていました。


実験後の会見では、マイクを使ってロケットの動きを説明する一幕も(写真:東京とびもの学会)。

 今回の実験は、防衛装備庁の委託研究制度である安全保障技術研究推進制度へ2017(平成29)年度に採択された「極超音速飛行に向けた、流体・燃焼の基盤的研究」という研究課題の費用が用いられています。防衛装備庁は同制度に関して次のように公式ウェブサイトで明示しています。

「本制度の運営においては、
・受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
・特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。
・研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。
・プログラムオフィサーが研究内容に介入することはありません。」

 このため研究成果は論文などで公表されます。課題名にも「基盤的研究」とあるように、基礎技術の開発です。

ISAS以外が始めてS-520を購入、打ち上げ

 SNSなどでは、防衛装備庁の委託研究をJAXAが行っていることについて、問題視するような向きも見受けられます。確かに、実験結果は使い方によって宇宙開発にも防衛装備にも繋がりますが、だからといってその技術自体が悪いわけではありません。

 たとえば、金づちは釘を打って家を建てることもできれば人を殴って傷つけることもできますが、だからといってその存在が害であると考える人はいないでしょう。ラムジェット燃焼の空気中での燃焼試験は、「よい金づちを開発するためには効率的に釘が打てるハンマーヘッドが必要だから、それに合った素材の条件を確かめる」というくらい、基礎的な実験です。

 宇宙輸送機に発展させたいJAXAの思惑と法律上の縛り、極超音速飛翔体に発展させたい防衛装備庁の思惑と法律上の縛りが重なったところがこの基礎実験で、補助金が下りたために大規模な実験ができた、といえるでしょう。


S-520-RD1打ち上げの様子(画像:東京とびもの学会)。

 打ち上げに使われたS-520ロケットは、ISASが開発しIHIエアロスペース(IA)が製造する単段式の観測ロケットです。直径520mm、全長8m、到達可能高度は約300kmになります。1980(昭和55)年の初飛行以来、2022年6月末までに31機が打ち上げられていますが、これまでは全て開発元であるISASが調達して実験を行っていました。

 ところが今回は、JAXAの研究開発部門という部署が、ISASとは関係なく独自に調達を行いました。これにより、初めてISAS以外にS-520ロケットの購入者が現れた、ということになるでしょう。観測ロケット全般で言えば、ISASが開発したS-310ロケットを、1970年代後半に極地研究所が調達して南極の昭和基地から打ち上げた以来のできごとになります。

 日本はロケットの商業化を目指していますが、大型ロケットだけでなく小型ロケットも税金に頼らずに黒字化し、進化を続ける必要があります。その点で単段式のS-520ロケットに開発元だけではない購入者が現れたのは大きなできごとだと、筆者(東京とびもの学会)は考えています。