「ラクに金を稼げる場所」だったVリーグに、世界トップクラスの外国人選手が集まる理由
現在のVリーグ男子(V.LEAGUE DIVISION1MEN)には、世界最高レベルの選手が複数プレーしている。しかも、現役バリバリの選手、もしくはキャリア全盛で来日してから長くプレーしている選手ばかりだ。
2021−22シーズンにリーグ2連覇を成し遂げたサントリーサンバーズでは、ロシア代表のドミトリー・ムセルスキー(33歳)が主砲として活躍している。ムセルスキーは身長218cmとバレー界でも長身の選手だが、大きな選手にありがちなもっさりした動きはなく、レシーブも献身的に上げる。人柄は温厚で、感情的になったチームメイトたちを笑顔でなだめることも少なくない。
ロシア代表で、サントリーの主軸として活躍するムセルスキー photo by 黒羽白
2012年のロンドン五輪では、金メダルを獲得したロシアの主軸として活躍。決勝ではブラジルに2セットを連取されたが、そこでロシアのウラジミール・アレクノ監督が講じた策は見ているすべての人を驚かせた。ミドルブロッカーとしてプレーしていたムセルスキーを、第3セットからオポジットとしてコンバート。まったくデータがない起用にブラジルの守備はボロボロになり、ロシアが大逆転で勝利した。
2018年に日本に来るまではロシアリーグでプレーしており、初めての海外がVリーグ。来日した際には、日本を選んだ理由を次のように語った。
「ロシアのことは『知り尽くした』と思っています。ロシア人選手への対策も十分に習得しました。そこからさらに成長するためには、違うところでプレーする必要があると感じていたんです。そんな時に日本代表の試合を見て、『いい選手が出てきているな』とも思いましたし、まったく環境が違う日本でなら今までと違う見方、情報を得ることができるのではないかと考えました。(バレー漫画の)『ハイキュー‼』を生み出した国だということも、私の日本行きをあと押ししたかもしれませんね(笑)」強豪ポーランドの元主将もプレー
そのムセルスキーより早い2016年からパナソニックパンサーズでプレーしているのが、Vリーグの"顔"のひとりであるミハウ・クビアク(34歳)。昨年度までの8年間、強豪ポーランド代表で主将を務めていた世界的なスター選手だ。東京五輪には直前の故障もあって思うようなプレーはできなかったが、世界選手権では2014年、2018年と連覇に導いている。
元ポーランド代表の主将で、パナソニックの中心選手として長く活躍するクビアク photo by 火野千鶴
身長192cmと男子バレー界では背は高くないほうだが、鮮やかでトリッキーなプレーでどこからでも得点ができる。性格は勇猛果敢で、試合中に主審に食ってかかる光景はバレーファンにもお馴染み。プレーと気持ちでチームをけん引し、2017−18、2018−19シーズンはパナソニックを連覇に導いてMVPを獲得するなど、チームの核となっている。
クビアクが日本に来ることになったのは、パナソニックの前監督である川村慎二氏が、2016年のリオ五輪最終予選で来日したクビアクのプレーにひと目惚れしたことがきっかけだった。川村氏は当時をこう振り返る。
「純粋にプレーを見て『ぜひ来てほしい』と思いました。できることなら自分も現役に戻って(13年間パナソニックでプレー。2014年に引退し監督に就任)、彼と同じコートでプレーしたかった。それくらい魅力的でしたね。
そんな時に、2015年まで東レ・アローズで7年間プレーして、引退した後に代理人をしようとしていた元セルビア代表のデヤン・ボヨビッチに『誰かいい選手いない?』と聞いたら、『クビアクはどう?』と言うんですよ。世界トップクラスの選手ですから、まさかでしたよ。すぐに連絡を取ってもらって交渉しました。
チームに合流してからは、すごくキャプテンシーがあることが嬉しい誤算でした。練習だけでなくふだんの生活からストイックな姿勢は、パンサーズの選手たちにいい影響を与えたと思います」
当のクビアクは、「『なぜ、レベルの低いVリーグでプレーするのか』という批判はたくさんあったよ。そんな人たちに言いたい。『Vリーグに来た結果、世界選手権を連覇できた』とね」と胸を張る。2022−23シーズンもパナソニックと契約を継続したクビアクは、まだまだクリエイティブなプレーで日本のファンを楽しませてくれるだろう。
今年度、クビアクからポーランド代表の主将を引き継いだのが、2021−22シーズンの準優勝チームであるウルフドッグス名古屋に所属するバルトシュ・クレク(33歳)だ。
2018年の世界選手権でMVPを受賞し、2020年に来日すると2020−21シーズンは得点王となって「ベスト6」も受賞。2021−22シーズンはウルフドッグスでも主将も務めた。
クレクはクビアクと少年時代からの友人で、来日の際もクビアクに真っ先に相談したという。そこでVリーグの環境やレベル、生活のしやすさなども聞き、準備万全で臨めたことが活躍をあと押しした。今季も名古屋でプレーするが、「次こそファンのみなさんが望む結果を」とリーグ優勝を約束している。
クレクは7月5日に大阪ラウンドが始まったネーションズリーグでもポーランド代表でプレー。予選ラウンドでは日本との対決はないが、上位8チーム(16チーム中)が進むファイナルラウンドで対決することになれば、日本にとっては強力なライバルになる。
ジェイテクトSTINGSでも大物外国人選手がプレーしていた。2021−22シーズンまで2年プレーしていたのが、リオ五輪金メダリストの元ブラジル代表、フェリペ・フォンテレス(38歳)。フェリペは選手のキャリア初期の2007年に一度来日しており、2007−08シーズンにはパナソニックを36年ぶりの優勝に導いた。
金メダリストとなってジェイテクトに入団する際は、「以前プレーしたこともあって日本には馴染みがありましたし、その時にバレーチームの置かれている環境や、治安がすばらしいこともわかっていました。だから、また日本でプレーしたいと思っていたんです」と述べた。2度目の来日はコロナ禍も重なりコンディションをうまく上げられず、世代交代を目指すチーム事情もあって実力どおりの成績は残せなかったが、シーズン最後の黒鷲旗では準優勝に貢献した。
以前、日本は「年金リーグ」とも呼ばれ、ピークを過ぎた海外の選手が「ラクに金を稼げる場所」として認知されていた。筆者が海外で取材をしていた時にも、よく選手から「日本でプレーしたいのでチームを紹介してほしい」と声をかけられたものだ。しかし、ムセルスキーの言葉にもあったように、男子の日本代表が成長を遂げたことで、レベル的にも海外リーグに見劣りしないという評価ができつつあるようだ。
ギャランティが魅力なのは間違いないだろう。バレーのトップリーグのひとつ、イタリアのセリエAでも、最高レベルの選手の年俸は約1億円と言われており、サッカーやMLB、NBAなどと比べると低い。日本のチームは年俸を公表していないため外国人選手の年俸も不明だが、「セリエAの平均年俸よりは高いギャラをもらえる」という話も耳にする。
セリエAは全員がプロ選手で、外国人枠も多い。一方のVリーグはほとんどが企業の社員選手で、外国人枠が1、アジア枠が1と少ないため、そこに予算を集中できるという事情もあるだろう。
また、海外のチームはギャラの未払いや遅延が日常的に発生するが、Vリーグではそういった心配がほぼない。多くの海外リーグは試合が週1回なのに対し、Vリーグは週2回(土曜と日曜の連戦)行なわれることが厳しい点とも言えるが、通訳もしっかりつくため言葉の不安も少ないだろう。
パナソニックパンサーズのGMで、現在は日本男子代表の強化委員長も兼任する南部正司氏に、世界のトップ選手がVリーグでプレーする理由について聞くと、「やはりギャランティの未払いなどがなく、治安がいいこと。さらに遠征でも、海外のチームは前日にバスで長距離移動することが多いですが、日本だと試合の2日前に新幹線や飛行機で移動することが普通ですから、そういった点も理由のひとつかもしれません」と答えた。
7月4日には、アメリカ代表のアーロン・ラッセルがJTサンダーズ広島に入団することが発表された。集客を増やすための演出、プロ化に向けた動きなどでは課題も指摘されるVリーグだが、世界最高峰のプレーを間近で見られることは大きな魅力のひとつ。10月に開幕予定の2022−23シーズンは、ぜひ会場に足を運んでみてほしい。