窃盗の常習犯は病気なのか?累犯者裁判から考える支援の形 - 渋井哲也
※この記事は2017年06月20日にBLOGOSで公開されたものです
東京都は昨年6月、「万引きに関する有識者研究会」(座長、矢島正見・中央大学文学部教授)を設置。今年3月には、「高齢者による万引きに関する報告書」をまとめた。万引きにおける少年の割合は2010年の30%から16年の18%と減少した。一方、高齢者の割合は10年には21%だったが、16年には29%と増加している。高齢者の万引きが社会問題になっている。
そんな中で、一つの常習累犯窃盗に関する裁判が東京地裁(太田雅之裁判長)であった。判決は6月15日にあり、懲役2年2ヶ月(求刑・懲役4年)とした。太田裁判長は「もう犯罪はしたくないと言ったことを信じている」と述べた。そこには、法律論だけでは割り切れないものがあった。
裁判長「私はあなたを信じている」
被告人(74)は、縦に細い線が入った白のワイシャツと、スーツの黒ズボンの姿で法廷に現れた。髪は短く、顔色はいい。裁判長に促され、証言台の前に立った。
「被告人を懲役2年2ヶ月に処する」
太田裁判長は判決理由が長くなるために、被告人を座らせた。判決では、検察官の起訴状通りに事実認定をした。地下鉄内の切符自動発券機の釣銭取出口から300円を盗んだのだ。被告人は前科12犯、累犯4犯。「常習性があり、規範意識も欠如している」としながらも、被害額が300円と少額で、すでに弁償をしていること、反省の態度を示していること、弁護人が支援をすると言っていることを考慮した。
太田裁判長は「何回もやっているので、悪いものは悪い。でも、弁護人は今後のことを考えてくれている。それにあなたも今後は犯罪をしたくないと言っている。私はあなたを信じていますから」と述べた。
被告人「SuicaやPASMOの利用者が増えたので、窃盗をする額が減った」
被告人質問は5月29日にあった。
「ちょっと耳が遠いんです」
被告人は裁判長の声かけにそう答えた。裁判を傍聴した経験のある人はわかるかもしれないが、裁判長によっては傍聴席まで声が届かないほど声が小さい人がいる。今回の裁判長はそこまで小さくないが、被告人には聞こえなかったようだ。
被告人:横浜市.....忘れた。
裁判長:(そのあとの住所を言いながら)建物の名前は?
被告人:忘れた。
裁判長:(具体的な名称をあげて)その建物ですよね?
被告人:そうです。
裁判長:これから検察官が起訴状を読み上げます。立っていられますか?
被告人:座らせてください。
こうして起訴状の読み上げが始まったが、被告人にきちんと聞こえていたかどうかはわからない。起訴状によると、17年4月、東京メトロの青山一丁目駅内にある、切符の自動発券機の釣銭取出口に接着剤を塗り、釣り銭300円を盗んだという。
被告人は中学を卒業後、土木作業員をしながら生活をしていたが、1966年ごろから窃盗を繰り返し、86年からは知人から教えてもらい、釣り銭取り出し口から釣銭を盗むことを繰り返していた。
累犯前科は4犯。最後に出所してからは窃盗はせず、老人ホームにも入った。しかし、老人ホームに入り続けることができず、16年10月からは生活保護を受給していた。今回、お金がなくなったことで窃盗をした。捜査段階で被告人は警察官に対して「SuicaやPASMOの利用者が増えたので、窃盗をする額が減った」、検察官に対しては「池袋では駅員がうるさいので盗みをしない。青山一丁目では駅員の警戒が薄い」と供述している。
生活保護費は「友達と酒を飲んだ」
こうした窃盗のときは、被害者に謝罪し、反省の色を示すというのが常道だが、被告人は謝罪文を書いていない。なぜなら、弁護側の最終弁論で「被告人は謝罪の意思を示しているが謝罪文を書いてない。書くのが困難だから」と述べている。書けない理由ははっきりしていない。被告人質問でもこう述べているだけだった。
被告人:申し訳ないと思っている
弁護士:謝罪文は?
被告人:書いてない
被告人は生活保護を受給しているが、なぜ窃盗をしたのだろうか。
被告人:お金が厳しかったから
弁護人:なぜ?
被告人:使ってしまったから
弁護人:何に?
被告人:いろんなあれ。
弁護人:生活費ですか?
被告人:いちいち覚えてない
生活費がなくなったというのだが、理由ははっきりしない。別の質問をした後に、弁護人が最後に同じ質問をした。
被告人:お酒を知り合いと飲んだ
弁護人:どこで知り合った?
被告人:表で。近くにいた友達
弁護人:なぜ友達と?
被告人:わからない
つまり、生活保護費を友人と酒を飲むのに使ってしまったというのだ。検察官が反対尋問でやや詳しく聞いている。
被告人:そんなに多くもらっていない。ご飯、タバコ、酒、すぐなくなる。
検察官:犯行の1週間前、12万をもらっている。どうして使った?
被告人:仲間にお金を貸した
友人は何人か?と聞かれて、「言わないとダメなんですか」
横浜市での生活保護費は家賃を含めて12~3万円ほど。被告人は家賃も払っているので、手元に残る額はそれよりは少ない。たしかに、ご飯とタバコ、酒の代金では厳しいのかもしれないが、今回は1週間で満額を使い切った。理由は、仲間にお金を貸したからだ。自身もお金がないのに、お金をなぜ貸すのか。検察官はそこを問いただす。
被告人:そりゃ、思います。でも、仲間もお金がないのはかわいそう。
たしかに、被告人がいうように、友人にお金がなければかわいそうだと思うのは自然だ。だからといって、自身も厳しいのに貸すというのは、常識的ではない。検察官はこんな質問をしている。
被告人:友達に返してもらおうと思っていた
検察官:友達は何人?
被告人:言わないとダメなんですか。できれば言いたくない。この話と関係ない。
検察官:生保のお金はあなたが食べていくためのお金でしょ?
被告人:はい
このやりとりで被告人は検察官にややイラつく態度を見せた。「友達に貸して何が悪いのか?」と言わんばかりだし、「何人にお金を貸そうが、今回の犯行とは関係ないじゃないか」と言いたいのだろう。では、いったい、友達に貸しただけで、生活保護の受給額が1週間でなくなってしまうものなのか。裁判官がそこを質問した。
被告人:5~6000円
裁判長:生活保護は12万円。自分で使ったでしょ?
被告人:ご飯と酒と…
裁判長:6日間で12万円。普通の食事では使わないでしょ?お酒でしょ?
被告人:そう言われればそうです。
被告人は友人に貸したが、それ以上に、お酒で使ってしまったようなのだ。ずっと生活保護を受給することで生活が成り立っていたにもかかわらず、なぜこのときは我慢できなかったのか。お酒が入るとお金を使ってしまう行動を取っていたのだろうか。裁判上のやりとりではそこまでの話は出てこなかった。
弁護人は社会復帰に向けた計画をつくる
それにしても、仮に懲役刑になり、刑期を終えて出所をしたとしても、どのように社会復帰をしていくのか。そうした計画があるのか。弁護側は、社会復帰に向けた計画書を出している。
被告人:施設に入らないといけない
弁護人:(同様な犯罪を)2度としないためには?
被告人:もうやらない
弁護人:生活保護の手続きは自分でしていたのですか?
被告人:はい
弁護人:社会復帰後もできる?
被告人:できる
なかなか申請は難しいと言われているが、生活保護の手続きは自分でできた。謝罪文も書けず、気が短そうな被告人だが、本当に一人で窓口での申請ができたのだろうか。第三者がいたのではないかと想像するが、そこ詳細には突っ込まない。検察官も社会復帰後のことを聞いた。
被告人:はい
検察官:社会復帰したらまたお酒に使ってしまうのでは?
被告人:それは考えます。努力します。やらないようにします。
検察官:これまでも2度とやらないと言ってきたでしょ?
被告人:だって、しょうがいないでしょ。お金がないんだもの。
被告人の気の短さがここでも出てしまった。同じような質問を繰り返され、「しょうがいないでしょ!」と言ってしまった。
窃盗症として扱うことはできないか?
常習累犯窃盗の場合は、単に懲役刑として罰するだけでは、同じことを繰り返すだけではないか。例えば、窃盗症(クレプトマニア)として位置づけ、治療ベースに乗せた方がよいのではないかという見方もあるが、そこまで検討はされなかった。
クレプトマニアは、アメリカ精神医学会の「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」の第5版(DSM-5)で、精神障害の一類型となっている。
1.個人的に用いるでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
2.窃盗におよぶ直前の緊張の高まり
3.窃盗を犯すときの快感、満足、解放感
4.盗みは怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚に反応したものでもない。
5.盗みは、行為障害、躁病エピソード、または反社会性人格障害ではうまく説明されない。
東京都の「高齢者による万引きに関する報告書」の中には、「高齢万引き被疑者に対する処分のあり方、再発防止について」(星周一郎・首都大学東京都市教養学部法学部系教授)という項目がある。
それによると、1)認知症などの心理的ないし身体的要因に起因する類型、2)生活困窮型、3)万引き自己目的型ーに分類している。クレプトマニアは、1)にも3)にも位置付けられる、としている。
そして、1)に対しては、医療とともに地域包括ケアシステムで対応することがよいと言われているが、東京都ではすでに取り組みがなされているため、限られたリソースをどのように有効活用すべきか工夫する必要性が言われている。
2)に関しては、少年とは違い、規範意識は一定程度ある中で万引きをしているため、刑事司法での対応で、「高齢者だから何をやってもゆるされる」といった甘えを認めないというメッセージが必要となる。しかし、司法上の限界があり、起訴されない場合も多い。そのため、生活支援とともに、店頭における犯罪防止策を徹底することとされている。
3)には、高齢者の「居場所」と「幸福感」の確保。および未然防止策ということになる。 日頃から高齢者の居場所の確保や、福祉的な支援ネットワークの中に繋げることを目標とする。万引き行為をしたあとの、事後対応の枠組みを考える必要性があるとしている。
この被告人の場合、すべてが入り混ざっているように感じた。弁護人は被告人に名刺を渡している。出所したら、一緒に老人ホームを探すことにしている。出所後の社会復帰の際には、経済支援だけでない医療や福祉のアプローチが必要になるのではないだろうか。