※この記事は2017年05月15日にBLOGOSで公開されたものです

最近、痴漢に関する事件が増えています。

電車内で女性の体を触ったとして、警視庁板橋署は二十六日、東京都迷惑防止条例違反の疑いで、埼玉県川口市伊刈の自称無職、福島覚(さとる)容疑者(41)を逮捕した。- 東京新聞

さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナで、コンサート中に10代女性の体を触ろうとしたとして、埼玉県警大宮署は5日、強制わいせつ未遂の疑いで、茨城県土浦市のアルバイト、宮本裕樹容疑者(31)を現行犯逮捕した。- 産経ニュース

昔から電車内での痴漢行為は多いですが、最近はロックフェスでも痴漢行為をする不埒な輩も。ロックフェスに足を運ぶと、「痴漢行為は犯罪です」というアナウンスを流しているところが増えています。

一般的に「痴漢」という名称が浸透していますが、逮捕される時は迷惑防止条例違反となります。ただこれも俗称で、各都道府県によって微妙に名前が変わります。例えば、東京都の場合は、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」になります。

では発生件数を見てみましょう。法務省が発表している犯罪白書に平成18年~26年のデータが掲載されていました。

これによると平成18年に比べれば若干減っていますが、それでもまだまだ件数が多いことが分かります。ただ全体の件数に比べて、電車内における強制わいせつ事件が少ないように思います。

迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪で違うということなのでしょうか。調べてみました。

服の中に手を入れて触ると「強制わいせつ」


ケースバイケースで一概には言えないようですが、一般的に判断の基準として、服を着ている上から触ると迷惑防止条例違反。服の中に手を入れて触ると強制わいせつ罪となるようです。もちろん絶対の基準というわけではありません。

罪が重いのは強制わいせつ罪です。迷惑防止条例違反が「6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金」であるのに対して、強制わいせつ罪の場合、刑罰は「6ヶ月以上10年以下の懲役」になります。常習犯の場合は迷惑防止条例違反であっても1年以下の懲役または100万円以下の罰金になるそうです。

絶対な基準でないのなら痴漢行為をすべて強制わいせつ罪にしてしまえばいいとも思いますが、そういうわけにもいかない事情があります。

強制わいせつ罪の場合、略式手続を行うことができません。そのため起訴や裁判が必要になってくるわけですが、検察や裁判所の人員にも限界があります。そこで略式手続きで済ませることが出来るように、1990年代から痴漢の程度に応じて迷惑防止条例違反が適用されるようになりました。

1990年代より前は強制わいせつ罪にならない軽度の痴漢の場合、交番で説教を受けるだけで自宅に帰れたそうです。そう考えると、痴漢行為に対する処罰は重くなったといえます。

電車内の痴漢は明治時代から?

さらに歴史を遡ると、日本で初めて電車内での痴漢があったのは明治時代という説があります。明治45年1月28日の東京朝日新聞にこんな記事があります。

「近来不良学生が山手線沿道より市内各女学校に通う女学生のいずれも同一時刻に乗車するを機として、混雑に紛れてあるいは付文、あるいは巧妙なる手段をもって誘惑し、しからずとも女生徒の体に触れ、その美しき姿を見るを楽しみとする風がある。彼らはこの女学生の満載せる電車を称して花電車と呼んでいる…」

少し補足すると明治34年に日本女子大学が設立されたことをきっかけに、女学生が電車で通勤するようになったことが当時としては大変センセーショナルだったようです。

当時の鉄道会社=国鉄はこうした問題を解決するため明治45年1月31日から痴漢の多かった中野と御茶ノ水の間に女性専用車を走らせることにしたそうです。女性専用車両って現代のアイデアかと思っていたのですが明治時代からあったんですね。

明治34年は1901年。100年以上前から電車内で痴漢行為が行われていると考えると非常に古典的な犯罪であることを改めて実感します。昔からダメな男はいたんだなという話ですが…。

痴漢を疑われたらとにかく逃げろ!は本当?

話を現代に戻しますが、刑罰の重い軽いに関係なく、いずれにしても痴漢をするのは犯罪行為であることには変わりませんが、痴漢にはもう1つ「冤罪」という問題もあります。自分が痴漢行為をしていなくても電車内で「この人痴漢です!」と叫ばれてしまった時、アナタはどうしますか?

本当に冤罪であったとしても自らの潔白を証明するのは正直困難だと思いますし、駅員や警察に「正直に話なさい」と迫られたら、実際はしていなくても帰りたい気持ちから認めてしまうというケースもあると聞きます。

駅の事務所に連れて行かれたら最後。冤罪だとしても犯人にされてしまう可能性がありますし、何より連れて行かれている最中を知り合いにでも見られてしまったら、職場での立場がなくなります。

そのため都市伝説のように囁かれているのが、電車内で痴漢を疑われたらとにかく逃げろというもの。逃げるは恥だが罪にならずとでも言うのか、逃げるのがベストだと言う話を聞いたことがあります。

この記事の冒頭で引用した埼玉県川口市の福島覚容疑者は、迷惑防止条例違反で逮捕されていますが線路内を逃走しています。

福島容疑者は女性から痴漢行為をとがめられ、板橋駅のホームで押し問答になった。その後、線路に飛び降り柵を乗り越えて逃走した。- 時事通信

罪を犯して逃げるケース、冤罪のケースと問題はその状況に応じて様々ですが、鉄道を利用する側にとってみれば線路内に人が立ち入ったことでダイヤが乱れるのは困ったもの。通勤ラッシュの時間であれば多くの乗客が迷惑を被ることになります。

線路内を逃走することそのものは問題にならないのか。首都圏の鉄道会社に電話で伺ってみました。

線路を逃走してもいいですか?鉄道会社に聞いてみた


◇JR東日本
まずは多くの人が利用するJR東日本。広報は「やめていただきたい」とのこと。JR西日本も同様の回答で「安全面の問題もあるので、とにかくやめてほしい」とのこと。

◇東京メトロ
では地上を走る電車ではなく地下鉄の場合はどうなのか。東京メトロの広報もJRと同様に「やめていただきたい」というのを前提とした上で、「丸ノ内線と銀座線に関してはサードレール方式を採用しているので特に危険です」との回答でした。

「サードレール方式」というのは電車の給電方式。日本の多くの電車は屋根の部分にパンダグラフと呼ばれる電気を供給する装置が付いています。ここから電気を給電して電車を動かしているわけです。

サードレール方式の場合、パンダグラフからではなく給電用のレールが地下鉄内を通っていて、そこから電気を供給しています。つまり地上の線路と違って、高圧電流が流れている線路が通っています。

東京メトロについては丸ノ内線と銀座線がサードレール方式を採用しているため、線路内を逃げる行為は高圧電流による感電死を招く恐れがあるので大変危険ということです。もちろんサードレール方式が採用されていない鉄道であっても、地下鉄内を走って逃げるのは危険な行為というのは容易に想像できます。

アメリカのサスペンス映画で犯人が地下鉄1駅分ぐらい走って逃げるシーンをたまに見かけますが、あれはあくまでも映画の話で現実は非常に危険というわけです。そもそも出口が限られているわけで逃げても捕まりますよね。

◇東京都交通局
地下鉄といえば、都営地下鉄を運行する東京都交通局にもお聞きしました。こちらは「高圧電流に触れると危険な上にケースバイケースではありますが損害賠償を請求させていただく可能性もあるので、いかなる場合であっても線路内に立ち入ることはやめていただきたい」とのことでした。

このように主要な鉄道会社は総じて「危険行為なのでやめていただきたい」とのこと。鉄道営業法でも正当な理由なく線路に立ち入ることは禁じています。

弁護士が教える痴漢逃亡「3つのリスク」


ではやっていないにもかかわらず痴漢と疑われてしまった場合はどうすればいいのでしょうか。痴漢冤罪に強い「弁護士法人中村国際刑事法律事務所」の中村勉弁護士にお話を伺いました。

中村:「冤罪だとしても逃げてはいけない。逃げてしまったら、『あいつはやったから逃げた』と思われてしまいます。とにかく冤罪だということを主張するしかありません。」

確かに冤罪なのであれば自分に罪がないことを主張するしかありませんが、やっていないという証拠がないことも事実です。それでも中村弁護士が冤罪をしっかり主張した方がいいというのには、逃げることによって生じる3つのリスクがあるからだそうです。

中村:「1つ目のリスクは、本来なら逮捕だけで勾留されないケースにもかかわらず、逃げてしまったために勾留されてしまうことです。」

逃げると勾留されるということは、留置場で身柄を拘束されてしまうということです。しかも勾留の日程は10日。逃げることで「こいつは逃亡の恐れがあるから勾留してしまえ」というわけです。

2つ目は、保釈が認められないリスク。

中村:「無罪を主張し続けても起訴される可能性が高いのですが、否認にあっても保釈が認められるケースが多いです。ただ検挙された時に逃げてしまっていると、弁護士が保釈申請をしても認められない可能性があります。」

3つ目は、有罪であることの証拠になってしまうリスク。

中村:「痴漢に限ったことではありませんが、冤罪の場合に判決を左右するのが情況証拠です。痴漢に遭ったという女性の証言は重要ですが、その証言が信用できるかどうかは冤罪を主張する人物の信用度も影響します。もし逮捕された時に逃げてしまっていると信用度も落ちるので非常に不利な状況証拠となってしまいます。」

社会現象にもなったドラマのタイトルに「逃げるは恥だが役に立つ」がありますが、痴漢をした時に逃げるのは役に立ちません。それどころか冤罪であっても一生を棒に振ることになることがあるということですね。

最後に中村弁護士に冤罪だと勘違いされないためにはどうすればいいのか伺いました。

中村:「両方の手で吊革を掴みやっていないことをアピールするという方もいますが、自分の下半身を女性に押し付ける痴漢もいます。ですので両手を挙げたからといって安心してはいけません。一番いいのは満員電車では女性に近づかないことです。」

火のないところに煙は立たず。痴漢をしないことはもちろんですが、疑いをかけられないためには女性に近づかないことが一番のようです。線路を走って逃げるなんてもってのほかですよ。