トランプ就任で再燃する人種問題――2人の黒人活動家・キング牧師とマルコムXの闘いの記録を今こそ見よ - 吉川圭三
※この記事は2017年04月18日にBLOGOSで公開されたものです
いまだに残る黒人差別は「アメリカの闇」のそのもの
『ザ・ライバル キング牧師VSマルコムX ~2人の黒人活動家が描いた夢~』は、凄まじい映像と証言による、ある歴史の映像記録である。穏健派ながら戦略的で静かなパワーを秘めたキング牧師と、知性的だが過激な活動家・マルコムXが、黒人差別撤廃という同じ目的に対して対立と和解を経ながら壮絶な闘いを挑む。
画面から、溢れる両者のカリスマ性がすごい熱量で伝わって来る。2人の肉声と関係者(この人達も実にパワフルである)の証言と予期せぬ出来事の連続で構成されたこのドキュメンタリーは、1964年公民権法成立までの闘いとその後の混乱の凄まじい展開を1時間弱ながら見事に描き出している。
1800年頃、イギリスは金と暴力で黒人達を奪い取り、アフリカ大陸から労働力不足のアメリカへ、黒人を奴隷として“輸出”し膨大な利益を貪る。やがて南北戦争の頃、リンカーン大統領の奴隷解放宣言で黒人達はある種の自由を得るも、その後も黒人差別はアメリカ全土に色濃く残る。
長年アメリカの白人たちの性や暴力や労働搾取の対象になり、後にベトナム戦争では死亡率の高い壮絶な前線に黒人兵が多数投入される。さらに現在でも、教育現場や職場での差別や黒人への低待遇は堂々と行われている。かつてトイレ・乗り物・食堂・プール等は「白人用」「黒人用」と分けられる地域も南部等を中心に大きく残っていたのは読者のよく知るところであろう。
2017年、アメリカ合衆国第45代大統領となったドナルド・トランプ氏も、差別的な口調で「黒人は貧しく、教育も悪く、仕事も無い」と演説で語っている。彼はそれがアメリカにおける真実だと指摘しても、そうしてしまったアメリカ社会の構造問題・解決策については全く触れてない。封印されたある種の事実をこういう形で表現するトランプの演説に熱狂する観客の姿を見ていても、この国にいまだに残る黒人差別は「アメリカの闇」のそのものであると感じる。
2015年2月、WOWOWで「グラミー賞・スティービー・ワンダー・トリビュート」という彼を讃える2時間の豪華特番が放送された。言うまでもなくスティービーは、アメリカ音楽界最高の栄誉であるグラミー賞を最多の22回も受賞している盲目の黒人大物アーティストである。
ゲストにビヨンセ、レディー・ガガ、トニー・ベネット他錚々たるミュージシャンが現れ、スティービーの名曲を次々と歌う。クライマックスにスティービー自身によるあの名曲「スーパーステイション(迷信)」の演奏と歌が始まると、会場の興奮は絶頂に達する。このまま、エンドロールが出てこの番組は終了するのだと思った刹那、突然巨大なスクリーンが出現した。
唖然としていると、そこには黒人公民権運動・開放運動の記録フィルムが2分ほどにまとめられ上映される。キング牧師・マルコムXの姿も出てくる。会場の人々も息を飲んでこの展開を見ている。
上映が終わると司会者が、「次はスティーヴィーの『ハッピーバースデー』という曲です。キング牧師が亡くなった後、彼の誕生日を国民の祝日にしようと言う運動が起きました。この曲はなかなか進まないその運動に勢いを与えました。米国初代大統領ワシントン、アメリカ大陸を発見したコロンブス等の誕生日の他に個人名の国民の祝日(1月の第三月曜日)はキング牧師の誕生日だけです。」
……演奏が始まる。「ハッピーバースデー」を全ての出演者を含めた会場全員が歌い踊る。一つの曲が国民的運動に繋がったと言うのはあまり聞いたことが無かったので、驚嘆した覚えがある。
正反対だった2人の生い立ち
映像を見ると、まず黒人活動家・マルコムXの黒縁メガネをかけ、スーツにネクタイをスタイリッシュに身に着け、知的だが何をしでかすかわからない暴力的な雰囲気をたたえる彼の姿にひき付けられる。生い立ちを調べてみて驚いた。
マルコムは1925年ネブラスカ州に生まれた。父は反体制的で、白人に媚(こび)を売らない牧師で、一家は常にKKK(白人至上主義の秘密結社)に狙われていた。1931年のある日、家を出た父は二度と家に戻って来なかった。翌日、父は惨殺死体で発見された。マルコムの母は白人と黒人の混血だった。母は黒人の祖母が白人にレイプされて生まれた女性であったのだ。母は父の死後、精神病院に入っている。
マルコムは都会に出て、靴磨き・レストランの給仕等を始め、やがてギャングまがいの賭博・麻薬・売春・恐喝などの裏ビジネスに入る。ついに強盗犯になり1946年、懲役刑を言い渡される。1948年、家族は彼をイスラム教に改宗させる。彼はある日突然変貌する。朝から晩まで刑務所の図書館に籠り始めたのだ。
あらゆる本が彼の先生だった。哲学書・思想書・法律書・文学そして辞書などは丸写しにした。刑務所内の討論会にも参加し、彼の話術と知性がさらに磨かれた。出所後、イスラム教最大の聖地メッカにも巡礼。テレビ・ラジオ・雑誌などのメディアを駆使し黒人解放論最強の論客となり、カリスマ的な人気を得る活動家となる。
キング牧師の無抵抗主義を指して「あいつは弱腰だ。」と述べ自らは終始、過激な姿勢は崩さず、暗殺をほのめかされても演説会場に赴いた。そして、1965年、脱会したイスラム教集団NOI(ネーション・オブ・イスラム)により15発の弾丸を撃ち込まれ死亡している。背後には彼を危険視していたFBIやCIAがいたと言う説もある。
一方のキング牧師も、1929年アトランタで牧師の息子として生まれる。小さいころから差別を受けたが、マルコムXの様な壮絶な生い立ちでは無かった。むしろエリートだった。勉学に励み、ボストン大学神学部で博士号を取得。
そして、ある事件をきっかけにキング牧師は黒人解放運動にのめり込む。有名な「モンゴメリー・バス・ボイコット事件」である。黒人が白人にバスの中で席を譲らなかったのが原因で警官に逮捕された。キング牧師が始動したこの事件への抵抗運動は382日に及んだ。
これをきっかけに公民権運動は全米に広がる。1963年バーミンガム運動では、警察に高圧ホースの水やこん棒で攻撃を受ける黒人の姿が、テレビ・ラジオ・新聞などのあらゆるメディアで報道された。非暴力主義を貫くキング牧師はワシントンで20万人を集めて大集会で演説する。
1964年ジョンソン大統領政権下、人種・宗教・性等の差別を禁じる「公民権法」が制定された。キング牧師は1964年ノーベル平和賞を受賞。1968年遊説先で白人男性により暗殺される。彼を非難していたが暗殺される直前、キング牧師に会うべく奔走していたマルコムXとじっくり話が出来なかったことをキング牧師はとても悔やんでいたと言う。
トランプ大統領の出現で、建国以来最大の人種問題が再燃しているアメリカ。今回キング牧師とマルコムXのドキュメントを見て、何を皆さんは何をお感じになるであろうか? SF映画の様な話だが、もし、彼らの様な活動家が今現在甦ったら一体何が起こるだろうか? あるいは、彼らの様な活動家が現れないアメリカは、かなりの闇と矛盾を抱え込んだ病んだ国になってしまったのであろうか?
そんなに答えは容易に出ないであろうが、現在のアメリカの人種問題を考える上で、この上ない作品であると言えよう。
関連サイト
・『ザ・ライバル』 ~世界が注目する12のライバルたち~【ニコニコ動画】【予告編】ニコニコドキュメンタリーシリーズ『ザ・ライバル』 ~世界が注目する12のライバルたち~