アメリカ新聞業界で進行している実験~ネットニュースをデータ化して読者を取り戻す試み - BLOGOS編集部

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※この記事は2016年03月11日にBLOGOSで公開されたものです

奥村 信幸(武蔵大学教授/元テレビ朝日記者・ディレクター)


 ニュースビジネスの斜陽化を食い止めるためどうしたらいいかという議論がなされて久しい。特に新聞では、紙面から離れていった読者をインターネットのプラットフォーム上でいかに取り戻すかが大きな課題となっている。しかし、ごく一部の例外を除いてその試みは難航し、世界的に試行錯誤が続いている。

 そのような閉塞状況を抜け出す有力なヒントになりそうなレポートが2月下旬にアメリカで出された。執筆したのは、トム・ローゼンスティール、大学のジャーナリズムの授業では必ずと言っていいほど教科書として取り上げられる「ジャーナリズムの原則 The Elements of Journalism」の著者のひとりでベテランのジャーナリストだ。過去12年余にわたってニュースの偏りをデータ化して是正を提言する「すぐれたジャーナリズムのためのプロジェクト Project for Excellence in Journalism (2013年10月よりピューリサーチセンターのジャーナリズムプロジェクト「Pew Research Center’s Journalism Project」)」を率いてきたジャーナリズム分析のビッグネームだ。彼は現在、アメリカ新聞協会(Newspaper Association of America)傘下の研究・研修機関アメリカン・プレス・インスティテュート(American Press Institute)の理事長として、2年がかりでウェブのプラットフォームを効果的に使って読者を取り戻す実験プロジェクトに取り組んでいる。本稿では、筆者が行ったインタビューも含め、その試みのエッセンスをお伝えする。

(彼のレポートはワシントンのブルッキングス研究所のウェブサイトで閲覧できる。http://www.brookings.edu/~/media/research/files/papers/2016/02/19-media-analytics-rosenstiel/solving-journalisms-hidden-problem.pdf)

■ネットの指標はニュース評価に役立たない

 新聞ビジネスの現状は日米とも同じような課題に直面している。さまざまなサイトにニュースを提供し、パソコンだけでなくスマホやタブレットなど多様な形でニュースを消費してもらうよう仕掛けている。そのようにして提供されたニュース、あるいは自社のニュースサイトを評価するにあたって、ネットで一般的に使われている指標をそのまま使っても、ニュースサイトを正確に評価したことにはならないと、ローゼンスティールは警告する。その間違った評価は、安易なコストカットにつながり、伝えなければならないニュースがあっても、そのメディアは社会的な使命を果たせなくなる結果を招きかねない。

 例えば、「ユニークビジター」という指標は、一人のユーザーがスマホとパソコンなど別のデバイスを使って閲覧すると2人分としてカウントされてしまう。「コンテンツ(記事)のページの滞在時間」は、もう少し読者の関心を反映しているかもしれないが、パソコンを開いたままにして食事に行ってしまうようなユーザーも結構いてアテにならない…。

 もしある人が通勤途中にスマホでそのニュースをちらりと読んで、「大事なニュースだからちゃんと読んでおこう」と仕事場で改めてパソコンを開いたのなら、それは「読むべきニュース」として認識されたとして、別の物差しで評価されなければならないということだ。あるいは、「ひどいニュースだ」とフェースブックでシェアして文句のコメントをしたものは、また別の評価を下す必要がある。「ページビューでは、そのコンテンツが何回見られたかはわかるが、なぜ、それが見られたか(読者が記事を読んだ動機)については何の情報もわからない」とローゼンスティールは語る。これまでの新聞社は、そのような心許ないデータを使って、上司が部下に「ほら、あんな記事をもう一本頼む」というような指示を平気で出してきた。しかし「あんな記事」とはどんな記事なのか、誰もわかっていないのだ。

 新聞社には長年の経験があり、良く読まれる記事は「何となく」わかっている。しかしスーパーボウルの記事やセレブの醜聞が、より多くの読者を集めても、それは戦略には結びつかない。必要なのは、政治記事にありがたみを感じ熟読してくれる人を20パーセント増やすことなのだ。

■新聞自身のためらいを克服する

 長年、新聞の評価は発行部数(販売部数)に依存してきた。総合デパートとしてニュースを盛りだくさんにパッケージしたものに価値があるという前提でビジネスをしてきた。読者が心待ちにしているのはどんな記事か、あるいは力を入れて特集を組んだが、実は関心を呼ばなかったものは何かなど、コンテンツのひとつひとつについて読者の反応を測り、それらを評価して改善に結びつけるような経営努力は、あまりしてこなかった。しかし今後は「なぜ、その記事が読まれたか(読まれなかったか)」を知らなければならなくなった。その環境変化は従来の記者たちには脅威で、当初、新聞社は非常に警戒していたという。

 また、インターネットのコンテンツ消費分析のデータに新聞業界が関心を持ち始めた約10年前には、データの数値が不当に低く、新聞業界の関係者が大きなショックを受けたことも、新聞がネットコンテンツ分析に踏み切るのが遅れた一因ではないかとローゼンスティールは述べている。

 しかし、現在ネット業界で流通しているデータを、少し加工したり、あるいは別のデータと合わせて集計したりすると、ニュースが誰に、どのように評価されたのかが見えてくる。例えばバズフィードは記事の評価基準として「ソーシャル・リフト」(読者がその記事をソーシャルネットワークなどで、どれだけシェアしたか)を用いている。ローゼンスティールは、このようなニュースにとって有用な新しい指標を作り出すことが必要だとして、全米のローカル紙を説得して、実験に加わってもらった。このレポートは全米55の地方紙が、2年間、総計約40万本の記事を分析して得られた中間報告である。

■新聞社の意図と読者の反応をリンク

 ローゼンスティールらのチームが目指しているのは、新聞社の責任者が「編集判断」をするための根拠になり得るデータだ。読者が記事を読むために一定の時間を割こうとする強い意思を持つ動機はどこから生まれるのか、正確に把握することだ。それはフェースブックやバズフィードが依拠しているデータとは、少し次元の違うものだという。

 2年間の実験の結果、決め手となる要素は、いくつか判明したようだ。また、何を取材し、どんなニュースを発信していけばいいのかという方向性も少しずつ明らかになってきた。

 ローゼンスティールは、最初のステップは、ひとつひとつのニュースが、どのようなジャーナリズム上の目的を果たし、どのような特徴で作られているのかをニュースの発信側が把握することだと述べている。それがどのような記事なのか把握するポイントは、デジタル時代のずっと前から認識されていたものだ。テーマは何か、取材にどのくらいの労力をかけたか、読者にどんな価値をもたらすのか、読んでもらえる仕掛けを施しているか、などの要素だ。これらは厳密にデータ化できるような形で使われてはこなかったが、その記事の性格を表す要素として数値化を試みるということだ。

 データ化の方法は「企業秘密」の部分もあり、すべてが明らかにはなっていないが、彼らがやろうとしていることはレポート中の説明で理解できる。

 まず記事を文章の長さや目的などの観点からタグ付けをしていく。その記事が「ブリーフ」と呼ばれる要約を目的にしたものか、テレビやラジオのストレートニュースのような事実関係だけを述べたものか、ボリュームのある特集記事か、さらに取材の労力をかけた数回に分けた連載や、重大な事実を明らかにする「暴露記事」なのか、というような分類をしていく。

 あるいは、読者にどんな情報を伝えるものかという、目的を中心とした分類も行う。問題を解説して理解を深めるものなのか、あるいは進行中の出来事について、その日に起きたことを記録するものか、伝染病の予防とか、行政手続きの申込み方法など何か問題の解決方法を伝えるものか、あるいは「ウォッチドッグ watchdog(権力の監視)」と呼ばれる、政府や政治家などの不正や不都合な事実の隠蔽などを明らかにするものなどがある。

 記事が書かれた動機による分類もなされる。発生した事件や事故を速報的に伝えたものか、あらかじめ予定されたイベントの取材か、あるいは新聞社が何らかの問題提起をしようと書いた特集記事かと言うようなものだ。他にも表現の方法として、伝統的な記事の文体か、もっとくだけた文章か、あるいは記述ではない要素である写真や動画などで伝えられているか、とか、ソーシャルメディアを使ったプロモーションをどれだけ行っているかなどのポイントもチェックされる。

■記事の特徴と読者の反応の相関関係

 ローゼンスティールのチームは、すべての記事が、おおまかに9つのタイプに分類できることを発見した。そして協力してくれた55の新聞社は、この分類の根拠になりそうなタグをいろいろ試し、記事のタイプを決定し、記事改革の有力な決め手になり得るかどうか、検証している最中のようだ。また、一部の新聞社は読者だけでなく、購読していない人たちに電子メールなどでアンケートを試み、記事に対する評価や感想ではなく、日常の関心事や事件や政治的な動きについて考えていることなどを聞き、記事に対する読者の反応との相関関係を探っているようだ。

 記事のタグ付けは、原則的に、それぞれの新聞でページ担当の編集責任者が、その紙面が出た1日後に行うことになっている。紙面を冷静に見渡すことで、複数の記事の比較から正確なタグ付けができるからである。

 そうして分類した記事に、読者がどのように反応したか、彼らは「エンゲージメント指数」という独自に開発した数値を使って分析している。実際に何のデータが盛り込まれているのかは明らかになっていないが、少なくとも10以上のネットユーザーの行動についての数値がブレンドされているもようだ。基本的には、ページビューに関するデータの成分が35パーセント、記事のページに滞在した時間のデータをユーザーのタイプ別にポイント化したものが40パーセント、ソーシャルメディアでシェアしたり、掲示板に投稿したりするような行動に関するデータ25%の合計である。

■データから取材や表現を改革

 実験に参加した新聞社はデータをあれこれ試すだけでなく、記事のトピックや切り口などを変えながら読者の反応を探り、読者の反応が良いものに、取材や編集のリソースを振り向け、反応が悪いものを縮小していくという作業を並行して行っている。しかし、その改革の方向性を誤らないために、ローゼンスティールは次の2点に注意するべきだと述べている。

 ひとつは、新聞社の使命は関心が高いトピックだけを記事に取り上げるものではないと理解することである。記事を改革する究極的な目的は、政治や経済などの記事量を減らしたり、掲載を止めたりしてページビューをアップさせることではなく、政治ニュースに関しての読者の関心を20パーセント増加させることなのである。

 もうひとつは、何かの取材を充実させるということは、必ずしも長い記事を出すとか、記事発行の頻度を上げたりすることではないことを認識することである。むしろ、記事の内容を裏付けるしっかりとしたデータを取ったり、単に事実関係を記録するのではなく、それが社会的にどのような意味をもつのか解説を施したりすることだ。ニュースを豊かにものにするために、データ集めや解説者探しなど、取材に適正なリソースを割いているかどうかという編集責任者の判断も必要になる。

■手間ひまかけたニュースは支持される

 これまで説明してきた実験によって、次第に明らかになってきたポイントをいくつか説明しよう。日本ではあまり一般的ではないが、ニュースのクオリティを表すコンセプトに「エンタープライズ」というものがある。筆者は「ニュースにかける手間ひま」と訳している。検証のために、ひとつでも多くの情報源にあたるとか、文章の推敲に時間をかけたり、図表や写真、動画などを使ったりして、わかりやすいニュースを目指すとか、会社として、能力のある記者を、そのテーマの担当に配置するというような努力である。そのような記事は「エンゲージメント指数」が5割以上増すという結果が出ている。ページビューは8割上増加、読者がさまざまな形でシェアをするポイントは10割以上増加している。

 しかし、問題なのは、新聞社でタグ付けを行った結果、すべての記事のうちエンタープライズを施したとしたものは、わずか1パーセントに過ぎなかったという事実である。エンタープライズにはコストがかかる。ごく一部の特集記事のためにリソースを割けない、苦しい台所事情が垣間見える。

 ウェブのニュースにエンタープライズを施した記事を増やすために、ローゼンスティールは従来の紙面の記事の作り方をウェブ用に改めるよう提言する。伝統的な新聞記事では、記者はあらゆる情報をひとつの記事に詰め込み、膨らませようとしてきた。しかし、ウェブに対応した新しいエンタープライズとは、事実関係を速報する記事、解説や分析、その他のサイドストーリーなどを別個に、しかし連続してウェブにアップしていくような発想の転換、枠組みの改革が必要になる。

 今や新聞社のウェブサイトも、大部分のユーザーはトップページからは訪れない。ソーシャルメディアを使って「サイドドア」から流入してくる。モバイルのニュースでは、すでにホームページというものが実質的に意味をなしていない。そのようなメディア環境に対応するためには、更新頻度を高め、新聞総体として読者の知的興味を引く戦略が求められる。

 エンタープライズと似たような記事の作り方として、この実験では「イニシアチブ記事」という記事も分類し、効果を分析してい る。発生した事件や出来事を記事にするのではなく、新聞社が独自の問題意識で調査報道を進めていくようなニュースの作り方だ。こちらも、全体のわずか5パーセントしかないが、読者のエンゲージメント指数は3割もアップしている。

■「ウェブだから短く」は間違い

 世間一般で信じられている「ネットの記事は短く、すぐ読み終わるように」「モバイル向けはさらに短く」は全くの間違いであることが、この実験で判明した。英語で1200語を越える、新聞の常識でも「長文」に分類される記事は、何と23パーセントもエンゲージメントがアップしている。シェアは45パーセントも増えている。

 また、もうひとつの通説に、記事には意見が表明されていなければならないというものがあるが、これもすべての記事には当てはまらないという結果が出ている。政治や事件については、読者は事実関係を的確に伝えることを期待するが、スポーツや料理、ライフスタイルなどの分野では読者はむしろ書き手独自の分析や感想を求めていることもわかった。

■写真や動画は武器になる

 記事に写真が添えられると、読者のエンゲージメントは約2割アップ、写真が2枚以上あると4割を越える。この傾向は特に政治ニュースで顕著だ。写真があると75パーセントもアップする。スポーツの記事でも43パーセント増加する。

 しかし、これはすべての記事には当てはまらない。アメリカの新聞の日曜版には、定番のように家庭欄のトップを飾るカラーの料理の写真とレシピなどが掲載されているが、ウェブではこのような写真には何の効果も上がらないという結果が出ている。

 エンタープライズやイニシアチブのような記事の効果は、扱うネタによって、さらに大きくなる。例えば全体の記事の中で2番目に多く分類された、政治や地方自治に関係する記事では、何かの出来事に反応して出された記事より、その新聞社が仕掛けたイニシアチブ記事の方が、読者のエンゲージメントが5割以上アップする。エンタープライズを施したものも46パーセント、権力の監視(ウォッチドッグ)的な記事も25パーセント増える。写真を加えれば、さらに効果はアップするということになる。

 事件や事故は速報性が命のように思われているが、警察署で行われるブリーフのメモのような簡潔な記事をいくら早く出しても、エンゲージメントは、通常の事件事故を報じた記事より4割近く減少してしまう。反対に犯罪が発生する背景などを、新聞社がイニシアチブ記事で分析を試みると、54パーセントもアップする。単に事件や事故の発生を伝えるものでも、分析や解説が添えられた記事の方が、33パーセントも高くなる。

■将来の新聞は専門店化へ

 このようなネット記事の改革は、ビジネスが衰退して記者の数が減少する中、生き残りをかけて行わなければならないものだ。ローゼンスティールは記事のスタイルについての常識を改めると同時に、経営陣が会社のブランド改革を進めなければならないと主張する。すでに、「たくさんのニュースを少しずつ」という総合デパート的展開では、読者のエンゲージメントは得られないことがわかってきたからだ。むしろ、いくつかの得意分野を売りにした「ブランド」を確立することが必要になってくる。彼らが行っているタグ付けと読者の反応を結びつける分析は、それぞれの新聞社が、どの分野の記事で勝負出来るのかを見極めるのに効果的な方法なのである。

 フロリダ州の新聞社は、得意分野のひとつとして環境問題で勝負しようとしていた。2014年にこの実験に加わり、最初の4カ月と、その1年後の4カ月を比較したところ、環境問題を扱った記事のページビューが121パーセントもアップした。もうひとつの重点分野とした経済ニュースも73パーセントも読者が増えた。

 この実験はまだ続いており、決定的な結論を出すにはまだ時期尚早であろう。しかし、ニュース発信のプラットフォームがネットに移動していく中、これまで新聞社が蓄積してきた財産である取材力や情報整理能力を的確に生かせば、読者は戻ってきてくれるかもしれない。読者に「カネを払ってでも記事を読みたい」と思わせることが出来るほどに信頼が回復すれば、コンテンツ有料化などの可能性も見えてくるかもしれないのだ。(おわり)

奥村信幸(おくむら のぶゆき)
武蔵大学社会学部教授。
上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了(国際関係学修士)。1989年、テレビ朝日入社(報道局「ニュースステーション」・政治部記者・編成部などに勤務)。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院(SAIS)ライシャワーセンター客員研究員、立命館大学産業社会学部教授、米国ジョージワシントン大学アジア研究のためのシグールセンター客員研究員などを経て現職。

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