※この記事は2015年08月14日にBLOGOSで公開されたものです

終戦から70年目の夏を迎え、様々なメディアが戦争特集を制作・配信している。そんな中、今夏も様々な番組の放送を予定しているNHKがインターネット上で展開しているのが「戦争証言アーカイブス」だ。2010年に立ち上げられた同サイトには、番組制作の過程で集めた戦争体験者たち約1000人分の証言映像を整理・集約しており、地域や年代、キーワードから視聴することも可能で、史料性も極めて高い。

同サイト立ち上げの経緯や思いについて、担当者である大型企画開発センターの太田宏一氏に話を聞いた。

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語り残さないといけないという思いで取材に応じて下さる方が増えてきた

ーどのようなきっかけで、このサイトを立ち上げたのでしょうか。

太田氏:これまで私たちは戦争に関する番組を数多く制作してきましたが、かつては、戦争体験者の方々にテレビカメラの前で証言して頂くのは大変難しいものがありました。元兵士の方々は、殺し殺される凄惨な体験をしています。戦場では、非常に親しい戦友が目の前で亡くなる、場合によっては傷ついた戦友を残して撤退しなければならない。そうした体験から、皆さんは心に深い傷を負ってらっしゃいます。また、自分一人生き残ったという負い目を感じている方も数多くいます。そのため、1990年代くらいまでは戦争体験を話したがらない方も多く、証言を取ること自体が難しかったのです。

2000年代に入ると、戦争を体験された方がだんだんと減っていく時代になりましたが、その一方で、インタビューに応じて下さる方は逆に増えている印象を持ちました。人生の終盤を迎えて、このまま語らずに死んでいけば自分の体験が歴史から消えてしまう、次代に語り残さないといけない、という思いから取材に応じて下さるようになったのだと思います。

これまで語らなかったことも語り残したいという意志を持つ方が増えてきていますから、私たちとしても、その証言を記録し、残すことは今が最後の機会だと思い、このプロジェクトを立ち上げました。

2007年8月からは「証言記録 兵士たちの戦争」という番組の制作を始め、同時並行でアーカイブス化のための準備を始めました。その後、2010年に、この「戦争証言アーカイブス」をサイトとして立ち上げました。その後も、番組シリーズを制作しながら、戦局や戦場を網羅していく形でサイトに証言を蓄積していきました。

陸軍の歩兵連隊は、"郷土部隊"と言って、拠点を置いた地方を中心に徴兵を行いました。そのため、証言者のお住まいが周辺にまとまって場合が多いんです。そのため、NHKの各地方局にいるディレクターは、足繁く証言者の所に通って関係を築くこともできます。そのネットワークを駆使して、証言を集めてきました。

最初はひとつの連隊(3000人規模)のうち20人くらいはお話を聞くことができていたのが、数年経つうちに範囲を広げて、師団(1万人規模)くらいまでの母数にしないと、まとまった証言が集まらなくなってきました。終戦時に20歳だった方は今年90歳ですから、徴集によって出征した方々はほぼ90歳以上、いったん帰国して再度召集された方だど御存命なら100歳を超えていることになります。そういう状況ですから、本当にいまやっておかないと、体験者の声自体が無くなってしまうという気がしています。

東京の大本営で作戦立案した軍幹部はもとより、現地の戦場で作戦の指揮を取った将校も、大半が他界しています。2007年には、レイテ島の戦いで指揮をとった大隊長にお話を聞くことができましたが、その方ももうお亡くなりになりました。空襲や疎開などを体験された一般の市民の方についても、お話を聞ける方は本当に少なくなっています

残された時間はわずかしかありません。可能な限り証言をとり続け、日本人が昭和という時代に体験した戦争の記憶を未来に伝えていきたいと思っています。今残しておかなければ、今の若い人々、さらにはこれから生まれてくる人々が、過去を知り、過去から学ぶ機会が無くなってしまいます。

「戦争証言アーカイブス」では、証言を掲載するだけでなく、今年4月のリニューアルで新たに、太平洋戦争の時間軸で、何がどこで起こったかがわかる「太平洋戦争ヒストリーマップ」を提供している。また、当時のニュース映像を通して、「戦況」と「国民生活」がどのように変化していったがわかる「ニュース映像タイムライン」も設置。いずれも、終戦70年の今年、改めて、戦争について振り返りたいという人たちに対する工夫だという。

太田氏:「兵士たちの証言」シリーズは2012年で一旦終わりましたが、当然NHKは戦争に関連する番組を制作し続けていますし、私も番組プロデューサーとして、証言していただける方々がご存命な限りはできるだけ証言中心の構成にして、アーカイブスにも追加できるようにしています。現在も従軍看護婦の方たちの証言を元にしたNHKスペシャルを作っていますが、こちらの証言映像も将来的には「証言アーカイブス」に加える予定です。
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”いい話”をうまく切り取ってくるだけにならないように

ー取材や制作にあたって、留意している点や苦労した点はどのようなことでしょうか。

太田氏:戦場に行かれた方々は、非常に過酷な体験をしていらっしゃいます。それを単純に、無自覚に聞き出すことは良いことではないと思っています。私自身も経験したことですが、取材し観察する第三者の立場ではなく、一人の人間として向き合う、という意識で取材をしないと、証言される方々も腹を割って話して下さらないんですね。

ですから、取材する若いディレクターたちに常に言っていたのは、"もし自分が同じ立場でその戦場にいたらどうするだろうか、どう現実と向き合うだろうかと自問しながら、証言して頂く方々に人間として向き合ってお話を聞かなければならない"、ということです。要するに他人ごとではなく、予断を持たずに話を聞くということを一番大事にしなければいけないと。

そうしないと、我々は戦争を全く体験していませんから、証言者の戦場での日々や戦場の過酷な現実に対しても、遠い時代の興味深い話、スクープ性の高い“強烈な話”、“いい話”を安易に切り取ってきて番組やサイトを作る、ということになりかねません。

ー取材スタッフの方々も事前に戦史などをインプットしてインタビューに臨んでいるのでしょうか。

太田氏:当初取材を担当したのは、各地方局に赴任したばかり、入局して5年もたたない若いディレクターが中心でした。ですから私もとても心配をして、地方局に出向いたり、取材の構成シナリオの確認を頻繁に行ったりしました。彼らが話を聞くのは、曽祖父や曾祖母にあたる年齢の方々です。取材者として失礼が無いように、話を聞かせて頂くという謙虚な姿勢を見失わないようにと何度も伝えました。

また、取材にあたっては防衛省防衛研究所が出している「戦史叢書」や、最新の研究成果をよく勉強し、専門の研究者の方からアドバイスを頂くことを徹底してもらいました。

ー証言者の方々の"考えや戦争観"よりも、淡々とファクト中心にお話を伺っているのも、取材にあたって留意されていることなのでしょうか。

太田氏:そうですね。背景や、出来事の進展の一歩一歩を積み上げないと、リアリティーのない大づかみなものになってしまいます。戦場での出来事のディテールは史実としても貴重ですし、お聞きになる方もディテールがあってこそ戦場の現実を感じられると思います。そのため、証言者が記憶されているかぎりの一日一日のステップを出来るだけ細かくお聞きすることを大事にしています。

ー証言を文字起こしして、テキストも付けているのがすごいと思います。

太田氏:一つの作戦や戦闘について、証言者が関わった部分については最初から最後まで伺いますから、非常に長いインタビューになるんですね。人によっては半日くらいかけて聞くこともありますが、皆さんご高齢ですので、1時間聞いてまた3日後に1時間聞く、というようなことも多いです。そうすると、番組を作る際テキストに書き起こししておかないと作業が大変になってしまうんです。同時にアーカイブス化する目的もありましたので、一旦必ずテキスト化しておくことをルールにしていました。

できるだけ子どもたちにも見てほしい

ーユーザからの反応はいかがでしょうか。

太田氏:立ち上げ以降、アクセス数はじわじわ上がっています。去年の夏が一番多かったのですが、今年はそれを超えるのではないかと思います。天皇皇后両陛下がペリリュー島を訪問された際には、ペリリュー島の戦場を体験された方々の証言へのアクセス数が急増しました。直近では宮内庁が玉音放送の原盤を公開したことに関連して、証言へのアクセス数も増えました。

ーご覧になった方々に、どのように活用していただきたいですか。

太田氏:他のNHKの番組やサイト同様、すでに教育現場でご利用いただいています。その事例をまとめた冊子を学校向けに作って、先生方が授業のヒントにしていただけるよう工夫をしています。

映像で記録された証言ですから、言葉に表れる以外の部分、例えば語っている時の表情ですとか、語り終わったあとの沈黙や間合い、言いよどみなどにも、その方が体験した戦場の実感がこもっています。戦争体験を誰にも語ることが出来ずに、戦後も抱え続けてきた苦悩や葛藤などもひしひしと伝わってきます。戦争の歴史を書籍で読むだけでは伝わらない、リアルな実感が伝わってくると思います。今の若い人たちや子どもたちは、家族はもちろん近所にも戦争体験者がいない場合が多いと思いますから、ぜひこのサイトを活用して頂きたいと思っています。いろんな工夫をこらしていますので、一度ためしにサイトを訪ねて頂ければ、興味が広がっていくと思います。

それから、現在戦後生まれの方が日本の人口の8割を占めていますので、大人の方も大半は戦争体験がありません。みなさんそれぞれ、いろんな考えをお持ちだとは思いますが、一度予断を持たずに証言を聞いてみて頂けないかと思っています。過酷な時代を生き抜いてきた方々の話には、“あの戦争とは何だったのか”という疑問に対してももちろんですが、今後の日本をどう築いていったらいいかを考えるヒントもたくさんあると思います。

・NHK 戦争証言アーカイブス

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