※この記事は2015年07月28日にBLOGOSで公開されたものです

部数の低下傾向に悩む多くの週刊誌が、誌面のデジタル展開に挑んでいる。そうした中、デジタル上でのスクープ動画の公開や、一般読者から情報提供を呼びかける「文春リークス」の運営など、独自の施策にチャレンジしているのが「週刊文春」だ。同誌のデジタル展開について、編集長である新谷学氏に話を聞いた。【取材・文:永田正行(BLOGOS編集部)】

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調査報道に取り組むためには手間暇と金が掛かる

-まず「週刊文春」編集部の体制を教えてください

新谷学氏(以下、新谷):編集部の人数は60人弱程度で、基本的に紙の「週刊文春」の誌面をつくる仕事をしています。

ここで作られたコンテンツをいかにデジタルでもマネタイズするかということにも取り組んでいるのですが、担当は紙と兼任のデスク以外はキチンと決まっていないというのが正直なところです。「週刊文春」編集部が、社内ベンチャーのような形で、様々な部署に声を掛け、説得したりしながら、とりあえずドワンゴさんと「週刊文春デジタル」を立ち上げました。

-デジタル展開に注力する背景には、どうしても紙の凋落という話が出てくると思いますが。

新谷:あまり受け入れたくはないのですが、この10年間で週刊誌の部数が少しずつ減っているのは事実です。媒体によって下がり幅の大小はありますし、「週刊文春」はかなり踏みとどまっている方だとは思いますが、大きな流れで言えば減っています。

紙の販売が右肩上がりに戻るということも考えづらいので、踏みとどまれているうちに新たな収益源を確保する必要がある。まだまだ体力があるうちにデジタルにも打って出るべきではないかというのが、私が編集長に就任してからずっと考えていることなんです。

新たな収益源を必要とする理由は、まず何よりも今の取材体制を維持するためです。スクープ、スキャンダルは週刊誌の華です。スクープを取るための調査報道にしっかり取り組むためには、手間暇と金が掛かる。人件費、取材費、出張費などなど、良いコンテンツを生み出そうと思えば、当然ながら制作費が必要です。そこに掛けるコストが減ってくると、当然ながらコンテンツの魅力もどんどん落ちていくので、部数も下がる。そうなれば、さらに人も取材費も減らさざるを得ない。その結果として、より一層誌面がつまらなくなる。

一度、この負のスパイラルにはまってしまうと、もう抜け出せないと思います。だからこそ、そうなる前に減っている分の穴を埋める。さらにはプラスアルファを生み出さなければいけない。こうした問題意識が出発点です。

-編集部員の意識もかなり変わってきていますか?

新谷:私自身は、お恥ずかしいぐらいにネットの知識がないのですが、デジタルへの対応が必要だということは理解できます。なので、編集部員の前で話す時なども折にふれて「デジタルに進出していくことはまったく他人事じゃない」という話をしています。

「あなた方が今の体制で、お金のことを心配しないで取材したいだけ取材して、書きたいことを書けるという環境を維持するためには、デジタル対応は必須なんだ」と。「当事者として、我々のコンテンツをデジタル上でどうやってマネタイズするのかという意識を持ってください」という呼びかけをしています。

-「週刊文春」の場合、アイドルの密会場面を動画で閲覧できるようにしたり、薬物使用で後に逮捕されることになるASKAのインタビュー音声をアップするなど、他の出版社と比較しても、かなり先鋭的、実験的なことにチャレンジしています。

新谷:デジタルは、紙の常識とはまったく違う世界なので、非常におもしろいんですね。こういう特典動画をつけたら会員が一気に増えた、というようなことがリアルタイムでわかる。

「週刊文春デジタル」にアクセスしてくる人が、何を目当てに来ているかというデータを見ると、紙で取っている人気ランキングとはまったく異なります。年齢層も10~20代が6割近くなので、紙の読者とは違う人たちが入ってきている。将来に向けての投資としては、非常に可能性を感じているところです。

デジタルであれば、ご指摘のように動画や音声も使うことができます。さらに言えば、発売日にこだわる必要もないので、スクープが入ってくればいつでも出すことができる。様々なことから自由になれるので可能性も大きいと感じています。

テレビがつまらなくなった理由は、予定調和になったからだと思うのです。松村沙友里(乃木坂46)の密会動画や、元プロ野球選手の清原氏にうちの記者が襲われて、携帯電話とレコーダーを折られたなんていうのは、まったく予定調和じゃありません。清原氏の時は、残念ながらビデオカメラは回していませんでしたが、音声は全部残っています。これらは本当に“リアル”なドキュメントですよね。

ただ、可能性が大きいということはリスクも大きいということですから、どこにどういう落とし穴があるのか分かりません。そのため、今は一つ一つ手探りで、トライ&エラーを重ねながら進んでいるところです。

「文春をパクッたらえらいことになるぞ」と分かってもらう必要がある

-誌面が簡単にコピーされてしまうため、紙の記者や編集者の中には、Web上にコンテンツをアップすることに消極的な人もいます。

新谷:パクられてしまうケースは非常に多いです。写真はもちろん、記事もほぼ丸写しですぐに配信されてしまう場合もあります。こうした問題については、その都度、根気強く警告・抗議していますし、警視庁に訴えて事件化してもらうこともあります。そうやって「文春をパクッたらえらいことになるぞ」ということを分かっていただくしかないと考えています。

「週刊文春」で連載中の川上量生さん(ドワンゴ会長)も指摘しているのですが、やはりある意味での「しつけ」というか「啓蒙」が必要だと思います。要するに「面白いコンテンツにはお金を払うのが当たり前」ということを根気強く伝えていかなければならない。また、当然ですが「パクリはいけない」ということも理解してもらうしかありません。

それでも編集部員の多くはデジタル展開に対して、抵抗感を持っているというより、むしろ面白がっています。先日も「文春砲」と呼ばれているAKB担当の鈴木記者と社内のAKBファンの女子編集者が、ニコニコ生放送で選抜総選挙を実況中継しながら、メンバーの“ココだけの話”といった内容を展開したんです。その番組自体も非常に面白かったのですが、それをすぐ書き起こして電子書籍 で売りだしたところ、あっという間に2000部ぐらい売れました。

この電子書籍の売上は40万円程度でしたが、何にもやらなければ売り上げはゼロです。そうやって、面白いものには100円でも200円でも払うという習慣をつけてもらう。そういう習慣付けは必要だと思います。手間暇、金をかけて作ったものには、対価を払うということを分かっていただくしかないと思っています。

-その番組を視聴していたところ、視聴者の方々から「AKBのスクープが出ると売れるんでしょ?」という書き込みがたくさんありました。それに対して記者の方が「一生懸命やっても、みんなコピーしてネットで見てしまうから売れないんだ」という話をしたところ「そうなんだ。それなら買うよ」と多くの視聴者が応じていました。このように視聴者にファンになってもらったり、応援・支援してもらうというような仕組みも重要なのではないでしょうか。

新谷:そうしたネットならではの双方向性も活かしていきたいし、「『週刊文春』は俺達のメディアじゃないか」と思ってもらいたいんです。

そのための取り組みの1つが、読者からの情報提供を呼びかける「文春リークス」です。なかなかおもしろい情報が集まっていて、スタートして1年で3000件ぐらい情報が寄せられ、実際に記事になったものもあります。もちろん玉石混交で、石ころのほうが多く、公共性・公益性のない個人的な恨みのようなものもたくさん来ますが、それでも玉が混ざっています。

-具体例を挙げていただくことはできますか?

新谷:取材源を秘匿する必要があるので、残念ながら詳細をお伝えすることはできません。ただ、アイドル関係や発生中の事件についてリアルタイムで関係者からタレコミが来ることもあります。朝日新聞批判キャンペーンをやっていた時は、朝日新聞の内部からもかなり情報が寄せられました。

-これまでも匿名の情報提供はあったと思いますが、ネットならではの部分はあるのでしょうか。

新谷:動画や写真付きで情報提供してくるケースがあることが、画期的に違います。まさに「あなたの目の前で事件が起こっている」わけです。目の前で何かがあれば、それをすぐ送ってもらえるので、そこは他の新聞・テレビも含めて力を入れているところではないでしょうか。

-「『週刊文春』ならしっかり裏を取って記事にしてくれる」という信頼感があるからこそ情報提供者が集まる部分もあるのではないでしょうか。

新谷:もしそうだとしたら、本当にありがたいです。創刊以来、歴代の編集部が積み上げてきた「『週刊文春』は報じるべきものであれば、タブーを恐れずに切り込む」というイメージがあります。確かにネタを提供する側の中には「『週刊文春』ならやってくれるだろう」と思ってくれている方もいます。

特に芸能界なんてタブーだらけですが、どこもやらないような状況であっても「週刊文春」はジャニーズだろうがAKBだろうが、やるべき時はやります。そういう信頼はいただいているんじゃないかと思います。

私は、いつも「親しき中にもスキャンダル」という話をしています。いくら仲が良い相手だろうが、書く時は書く。仲良くすることが目的ではなく、仲良くなって食い込んで情報を取るのが我々の仕事です。相手が誰であっても、書くべき時、書くべき内容であれば書くという姿勢が必要だと思います。もちろん嫌がられますけどね。

-昔の政治家の回顧録などでは、スキャンダルを暴いた記者が関係を修復して、さらに関係が深くなるというようなエピソードもあったりしますね。

新谷:例えば、ある政治家のスキャンダルを報じた後で、間に入る人がいたので、“手打ち”として食事をして仲良くなりました。それから、その政治家と2人で飲んだりするようになって、ある時、彼が「俺と同じようにこの男をやってくれ」と別の政治家の資料を持ってきたことがあります。それが取材対象との理想的な関係だと思います。

「ここならキチッと仕上げてくれるだろう」という戦闘能力というか、取材力も含めてメディアとしての力を認めてもらって、ネタを持ち込んでくれるような関係を築くことが重要です。もちろん、新たなネタを提供してくれた政治家が、また何かやらかせば書きます。その緊張関係、距離感が重要で、「お友達だから一切書きません」というのはメディアとしてあってはならないと思います。

これはデジタル展開とは関係ないですが、最近、敵味方で世の中を分けすぎているように感じています。「週刊文春」がちょっと安倍晋三を批判すると、「なんで急に『週刊文春』は安倍を叩き始めたんですか?」と新聞社から取材が来る。別に今まで叩かなったわけでもないし、持ち上げてきたわけでもありません。おかしいと思えば批判するし、良いと思えば評価する。是々非々であるべきです。

応援団は応援し続けて、批判する側は批判し続けるといったように物事が綺麗に分かれることなんてありえません。最近はメディアも含めて、短絡的というか浅く安易に世の中を捉える傾向が強すぎると感じています。
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「リスクを恐れずに“都合の悪い情報”を発信するメディアは必要」

-最近では、政治家や著名人が本人のブログやTwitterで報道に反撃するケースがあります。橋下大阪市長などが代表的だと思うのですが、こうした反論については、どのように受け止めているのでしょうか。

新谷:誰もが発信ツールを持っている時代ですし、橋下さんに「そういうことはやめてくれ」と言っても仕方ありません。第2、第3の橋下さんだって出てくるでしょう。それが当たり前の時代なんだという前提の上で、どう向き合っていくかが重要だと思います。

政治家が様々な形で情報を発信することに意味がないとは思いません。しかし、忘れてはならないのは、彼らは自分にとって都合がいい情報しか発信しないということです。「自分で発信しているからいいじゃないか」ということには絶対になりません。

特に橋下さんのように大きな発信力を持っている人については、本人には都合が悪いけど、みんなが知っておいたほうがいい事実を発信することが必要です。それこそが我々の存在意義だと思います。

-「本人が言ってるのだから正しい。真実だ」と考えてしまう人も多いように思います。

新谷:そこは世の中の価値観の変遷が現れている部分だとも思います。「本人が言ってるんだから正しいんだろう」。もっといえば、そもそも「人のプライバシーを暴いて何が楽しいの?」と考える人もいると思います。問題なのは、誰のプライバシーなのか、という点です。権力者や大きな影響力を持つ人が自分に都合のいい発信しかしない世の中になったら、恐ろしいですよ。リスクを恐れずに、そうした人たちの“不都合な真実”を伝えるメディアは、絶対必要だと私は思います。

橋下さんに関しては、色々ありましたが、コスプレ不倫問題「スチュワーデス姿の私を抱いた」を報じて「今回はバカ文春のバカは付けられないな」と会見で言われた時には、編集部でみんな快哉を叫びました。

やはり、それはファクトの力。事実の勝利だと思います。結局、我々はファクト、事実の重みで武装するしかない。相手が突きつけられてぐうの音も出ない事実、都合が悪くても認めざるを得ない事実を突きつけていく。そういうメディアは絶対必要です。

-反撃があることも考慮して上で、事実を積み上げていくしかないと。

新谷:事実を立証するためのハードルは上がっています。名誉毀損訴訟などでも非常に厳しい結果が多くなってきています。昔であれば通用したものが通用しなくなってきていて、例えば、「匿名証言はダメ」「実名でも供述がちょっとブレていたりするとダメ」と判断されて事実認定されないケースもしばしばです。あるいは、「これは事実かもしれないけど、プライバシー侵害だからダメ」となって負けてしまう。

報道する側が、相手にとって不都合な真実を報道するのに厳しい、過酷な時代になっているのは確かでしょう。「じゃあ、やらなくていいのか」といえば、私は絶対必要だと思っているので、その信念のもとでやっています。

最近ではメディアがそういう戦いの場から降り始めているように思うんです。リスクが伴う権力、発信力・影響力を持っている人にとって、都合の悪いところに切り込んで勝負をするメディアというのがどんどん減っている。

原因には、そのスクープだけでどこまで売れるのか、という問題があるでしょう。昔のように、「完売!完売!」となれば、どこも降りないと思いますが、正直言って、社会的意義はあっても、売れないスクープもある。さらに訴訟のリスクも高まっている。そうした状況や効率を考えたら、「もうちょっと楽に稼げるんじゃないか」となってしまう。昔のコンテンツを焼き直して、もう1回載せようみたいなところも増えている。

それでも、私はいくら殴られようが倒れるつもりはありません。「週刊文春」は、あくまでも“今”という時代と勝負するメディアであり続けます。

デジタル展開を販売、広告に次ぐ“第3の矢”にする

-編集部員が60人近くいると、それだけコストが掛かりますから、広告、販売にデジタル展開の売上を加えたとしてもペイし続けるのは困難なのではないでしょうか。編集長就任以来、デジタルに力を入れてきたとのことですが、手応えはありますか。

新谷:今までは紙の売上と広告でマネタイズしてきましたが、3本目の矢としてデジタルによる収益というのを、現実的に考えるべき時代に来ています。これは最初申し上げたことと重なりますが、今の体制を維持するためにこそ必要なんです。

実際に手応えもあります。デジタル版にも5500人以上会員がいますし、始めたばかりのdマガジンでも、それなりの会員数は獲得できると思います。劇的な増加を見込むことは難しいかもしれません。それでも右肩上がりには来ていますし、徐々にデジタルによる収益は増えていくでしょう。ただ、先程申し上げたように社内ベンチャー的に動いている部分もあるので、「本腰が入っているか」と言われれば、本当の勝負はこれからです。

将来的には、「AKB担当記者」というように、それぞれの記者のキャラが立ってくれば、記者ごとに読者が付いて、スター記者の集合体としての「週刊文春」という形もあり得るだろうと考えています。まだまだ体制が追いついていませんが、可能性は非常に感じています。

-アメリカのメディアなどの一部では、そうした動きがあるようですね。

新谷:今後は、そうした方向に進んでいくと思いますし、優秀な人たちをそろえているからこそ、「週刊文春」のブランドは輝いているという形になっていくと思います。

実際に政治経済から芸能・スポーツまで非常に優秀な記者の方々が「週刊文春」に集まって来てくれています。だからこそ、高いクオリティを維持できていると思っています。

-今後の課題として感じている部分や、挑戦してみたい企画などはありますか。

新谷:デジタルと紙の誌面を連携させた企画はやってみたいと考えています。今も少しずつ始めてはいるのですが、「紙があって、じゃあデジタルでもやってみよう」ではなく、最初からデジタルでの展開を想定して、誌面と連動して仕掛けていくような企画に挑戦したいと思っています。

例えば、記者の取材を生放送しながら情報提供を求めるといったことをやれると面白いですね。

-やはり、まだまだ紙の誌面のウェイトが大きいと?

新谷:我々がまずやらなければいけないことは、毎週木曜日にクオリティの高い「週刊文春」を紙で出すことですから、本末転倒になってはなりません。そこがおろそかになっているにも関わらず、「デジタル、デジタル」となってしまったら、会社からも「それは違う」と言われるでしょうし、私自身も違うと思います。

ただ、もっともっと読者の皆さんに参加していただく形で、デジタルでの展開も意識をした雑誌作りをしていきたいと考えています。

-本日はありがとうございました。

関連リンク

・文春リークス
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