ロシア隣国のフィンランドは、これまで中立国の立場を守ってきたが、ウクライナ侵攻を受けてNATO加盟を求める世論が高まっている。フィンランドに住むライターの靴家さちこさんは「フィンランドは徴兵制なので、まもなく高校を卒業する長男は来年1月に軍隊に入り、軍事訓練を行う。もしロシアが攻めてくれば、それだけで済むのか、実戦に駆り出されることもあるのかと心配だ」という――。
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記者会見に臨むフィンランドのマリン首相=2022年04月13日、ストックホルム - 写真=EPA/時事通信フォト

■ロシアとのバランス外交に徹していたフィンランド

1917年に独立を果たすまでロシアの支配下におかれていたフィンランド。ロシアとは約1300キロの国境を南北に接している。

第二次世界大戦中には冬戦争(1939〜40年)と継続戦争(1941〜44年)と、2度にわたって戦った経験がある。

冷戦時代は政治・経済面ではソ連の顔色をうかがいながら西側陣営の資本主義を維持し、軍事的には中立を保ち、対ソ友好政策路線に基づく外交に徹した。ソ連が崩壊し、1995年にフィンランドはEUに加盟したが、関係は変わっていない。

2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻を受けて、フィンランドはロシアを離れ、NATO加盟に向けて動いている。日本と同じくロシアの隣国であるフィンランドの現状をお伝えしよう。

■経済も国の安全も脅かされるようになったロシアの隣国

人口わずか553万人のフィンランドでは、1億4410万人と約25倍もの人口を持つ隣の大国ロシア情勢が、ウクライナ侵攻以前から日々報道されている。

そんな中で、今回のロシアのウクライナ侵攻は、フィンランド人には「ついに一線を越えたか」という驚きと落胆を持って受け止められた。

「ロシア国民だってバカじゃない。そのうちプーチンを引きずり降ろして終わりにするだろう」という希望的観測もむなしく、長引く戦闘の様子を報じるニュースは「怖いからもう見ていない」という人もいる。

■輸入エネルギーの半分以上がロシア産

ウクライナ侵攻以来、国民の不安や心配は、生活の基盤を支える経済から国の安全にまで広がってしまった。

まずエネルギー依存に対する不安が急速に高まった。

寒冷な気候条件により国民一人当たりの電力消費量がEU域内でもトップクラスとエネルギー消費量が多く、輸入エネルギーのうち約53%を隣国ロシアに頼っているからだ。

3月1日にはマリン首相が国営放送のトーク番組で「できるだけ早く脱却するために取り組んでいる」と発言。緊急課題は、2022年〜23年の冬のエネルギーの確保と、急激な価格上昇の回避だ。

皮肉にも、翌日3月2日にガソリンの値段が大幅に値上げされ、1リットル2ユーロ(約270円)を越えた。

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以来、巷(ちまた)で聞く声は「車通勤はやめて自転車かスクーターにしないと」という節約を促すものから、「小麦が高くなったらパンの値段もはねあがる」「日持ちのするものはまだ安いうちに買っておこう」などと、日用品の備蓄を促すものにまで広がった。

■薬局の棚から消えたヨウ素剤

買い占めは、コロナ禍初期の経験がいかされ、スーパーの棚という棚が空になるほどのパニックは起こらなかったが、フィンランド各地の薬局からすぐに品切れになった錠剤がある――安定ヨウ素剤だ。

1986年にチェルノブイリ原発事故の恐怖を味わった高齢者世代が薬局に押しかけたのだ。

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薬局で購入することができる安定ヨウ素剤。陳列棚には置いておらず、薬剤師に注意点を指導してもらいながら受け取る。一般市民が購入、保持するのは自由だが、服用は行政の指示に従う - 筆者撮影

■「フィンランドは安全です!」と声高らかに繰り返す首相

このような不穏な空気に対するフィンランド政府やメディアの反応は早く、ニュース番組では「フィンランドは安全です!」と声高らかに繰り返すサンナ・マリン首相の姿が報じられた。

また、精神的な不安を感じる人に対しては、コロナ禍の初期と同様、メンタルヘルス・ホットラインの活用が呼び掛けられた。この国では有事にはまず、国民の精神衛生を気づかう。

情報の伝達の速さも手伝って、4月6日〜11日にかけて行われた政府によるインターネット調査では、回答者の41%が「フィンランド当局はウクライナの危機などの深刻な混乱に十分な備えができている」と答えた。

■どっちにしろロシア依存をやめるつもりだった

エネルギー不足については、一応対応済みだ。

輸入エネルギーの半分をロシアに頼ってはいるが、フィンランドのエネルギー自給率は2019年に55%に達している。

昨年SDGs(持続可能な開発目標)の達成度1位の座に就いたフィンランドは、2035年までにカーボンニュートラル、2030年代末までに発電・発熱において化石燃料を使用しない世界で初めての国の実現を目標にしているので、どの道ロシアからの輸入に頼ってきた枯渇性エネルギーからの離脱は成すべき課題だった。

フィンランドのエネルギー業界は今年、政府からの支援を受け、クリーンエネルギーと強力な送電網のために30億ユーロ以上を投資するという。

具体的な動きはもう始まっている。4月7日、フィンランドの石油精製会社Nesteは、ロシアから輸入していた原油の一部をノルウェー産に切り替え、ロシアからの購入量の約85%を他品種の原油に置き換えることに成功した。

電力の輸入先もスウェーデンが頼りになり、今年6月にオルキルオト原子力発電所の3号機が順調に稼働すれは、エネルギーの自給率はさらに上昇する。上記により、エネルギー面での不安の大部分は払拭(ふっしょく)することができたといえよう。

■NATO加盟申請の機運が高まる

現在、フィンランド国民の感情が一番わかりやすく可視化できるのはNATO(北大西洋条約機構)加盟に関する世論調査だろう。

フィンランドのNATO加盟は、冷戦後にも盛んに議論されており、その後もロシア情勢に不穏な気配があるたびに話し合われてきた。

フィンランドは、NATOには非加盟を貫きながらも1994年5月にはNATOの「平和のためのパートナーシップ(PfP: Partnership for Peace)」には参加している。

このように加盟ではなく、協力という形にとどめることでロシアを刺激しないよう努力してきた中で、今回のウクライナ侵攻は「これ以上まだ顔色を窺う必要があるのか」というところにまで到達した。

2月26日には、フィンランドのNATO加盟に関する国民投票を求める市民ボランティアが、5万人の支持声明を集め、議会に提出した。同28日にはフィンランド国営放送の委託で実施された調査で加盟を望む回答は過半数に。4月11日に民放MTV3が実施した調査では68%にまで膨らんだ。

そして、

ついに5月12日にはニーニスト大統領とマリン首相は共同声明を発表し、NATO加盟について「速やかに行う」と表明した。

■フィンランドにけん制をかけるロシア

ただ、実際に加盟が受理されるまでには数カ月かかる見込みだ。加盟プロセスに国民投票が必要か否かについてもまだ不明だ。(フィンランド国家の議員の半数以上が加盟に賛成してはいる)

4月21日には、ロシア外相はフィンランドとスウェーデンのNATO加盟動きにけん制をかける発言をした。

スウェーデン外相が「NATO加盟の結論が出せないかもしれない」と発言するなど、まだ加盟時期は二転三転するかもしれない。とはいえ、隣国スウェーデンが加盟せずともフィンランドは加盟という意志が固いのは間違いないだろう。

■「それで、ロシアに対して日本はどうするの?」

これらの報道を受けて、とあるフィンランド人男性に問われた。「で、日本はどうするの?」と。筆者は「どうするもこうするも日本には軍隊がないから」と答えると怪訝(けげん)な顔でみられた。

反対側のロシアの隣国として何かもっとすごい反応を期待していたのだろう。拍子抜けしたような間が開いたので「第二次世界大戦で負けてからの名残で、日本にはまだ米軍基地があり、自衛隊があるだけ」だと告げると、非常に驚いていた。

■ロシアはずっと油断のならない国

フィンランドに18年暮らし、フィンランド人と接してきた私としては、フィンランド政府ないし国民がNATO加盟を推進する気持ちは、無理もないという感じだ。

彼らは、表向きはロシアと友好関係を築いているが、常に油断のならない国だと思っている。

かつて、この国は帝政ロシアの実質的統治下にあった。フィンランド大公国と呼ばれた時代だ(1809年〜1917年)。当初は自治を認めておきながら、皇帝がニコライ2世になると、突如弾圧を開始。自治を剥奪(はくだつ)し、公用語としてロシア語が強要され、属国となった。

翻って現在。1991年のソ連崩壊の影響でフィンランドは経済危機を経験した。それでも、ロシアの窓口として西側諸国と対話を重ねてきた。2014年のロシアのクリミア併合時には西側諸国とともに経済制裁に加わったものの、関係を再び持ち直してきていたところだった。そこに今回のウクライナ侵攻である。

マリン首相はNATO加盟について「今回のウクライナ侵攻で全てが変わってしまった」と断じた。これは、フィンランド人の総意と言っても過言ではない。やはり、ロシアは信用ならない。次に何をするかわからない。

NATOに加盟することで、ロシアと対峙(たいじ)できるだけの安全保障が得られるのなら、望まない手は無いだろう。

■日本とアメリカの関係に似ている

そもそもフィンランドの軍事的非同盟な中立政策は、第二次世界大戦中にソ連に負けた手痛い経験と反省から打ち立てたものだ。

戦後何とか主権を回復したフィンランドではあったが、経済の安定のためにすがりたかった「マーシャル計画」への参加をソ連に遠慮して控え、「フィン・ソ友好協力交互援助条約」を結ぶに至った。

この二国間協議は、ソ連の安全保障の利益になり、フィンランドは他の軍事同盟への加入を許さない不平等なものだった。ゆえに1991年にソ連が崩壊してからも、フィンランドはロシアを刺激しないためにNATO非加盟の立場を貫いてきた。

フィンランドは1986年のEFTAや1989年の欧州評議会の加盟など、西欧側諸側につく努力も続けてきた。1994年に国民投票を得て1995年にようやく加盟することができたEUでさえも、その真の動機は「安全保障」だったといわれている。

つまり、主権国家でありながら、常にロシアの顔色を窺い続けてきたのだ。その状況は戦後米国との協調が政治の第一となっている日本と似ていなくもない。

NATO加盟が実現すれば、フィンランドの中立政策は放棄され、より正式に西側諸国の枠組みに収まる機会にもなる。フィンランドは、今でこそ教育レベルの高い北欧の先進国のイメージが定着しているが、それ以前は、東欧や旧ソ連圏と間違われるような国であり、それに不満を持つ国民は多かった。

■ヨーロッパ最大規模の軍隊動員が可能

とはいえ、NATO加盟のためにフィンランドにどれだけの財政負担がかかるのか、NATOがどれだけフィンランドにリソースを割いてくれるか疑問点は残る。

NATOに加盟したところで、最もロシア側であるフィンランドはその前線に立たされる可能性もある。さらにNATOに加盟したとて、地理的にロシアの隣国でなくなることにはならないのだ。

写真=iStock.com/pop_jop
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pop_jop

フィンランドの防衛費に関しては、国防省の政府予算支出のシェアが、2021年が6.7%、2022年は7.9%に上昇している。NATOに加盟した場合、フィンランドは軍事費が最大で1.5%増量される見込みだ。

現在のフィンランドの現役兵数は約2万人で、有事には合計90万人の軍隊の動員が可能となっている。冷戦が終結し、ヨーロッパの多くの国が停止した後も、フィンランドは徴兵制を続けてきた。

18歳以上の成人男子には6カ月の兵役、もしくは13カ月の社会奉仕の義務がある。その結果、フィンランドでは、国の成人人口のほぼ3分の1が予備役という、欧州で最大級の軍隊を動員できる体制がある。

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我が家に届いた徴兵の招集書類とパンフレットとフィンランド国防軍から送られてきたパンフレット - 写真=EPA/時事通信フォト

このような国では、いざとなれば自身も武器を取って馳せ参ずる選択肢も絵空事ではない。

実際に国防省の関連団体が行っている防衛訓練には現在、参加希望者が急増し、義勇軍に入隊した人もいる。「ロシアが攻めて来たらフィンランドはどうする?」という問いに対して、巷では「もちろん戦う」という声も聞こえてきた。

徴兵制といえば、今年高校卒業予定の筆者の長男(18歳)も来年1月に入隊することが決まっている。新兵はいきなり前線に駆り出されることはなく、国防軍で訓練を受けるだけなので一応安心はしているが、わが子の軍服姿はまだ想像できない。

■間違いなく戦争に近づいている

前述の通り、第二次世界大戦中には冬戦争と継続戦争と、ナチス・ドイツと組んで連合国側のソ連と戦った。ということは、当時のフィンランドは枢軸国。しかしその史実についてフィンランド人に問えば、「ソ連と組むぐらいならそれしか選択肢が無かった」という、大国に挟まれた国ならではの言い分を述べる。

その一方で1944年までソ連と戦ってきたフィンランドは、モスクワ休戦協定を結んだばかりに、今度はナチス・ドイツとも戦った歴史がある。たとえ相手が昨日までの味方でも、状況が変われば状況に従うまでだ。

相手が攻めてくるならば、対抗するのは当然の対応だ。だが、警戒心を持ちつつも、親戚友人もいることだし、良好な関係も続けたい――ロシアとはそんな関係でもある。

隣国ロシアに毅然(きぜん)とした態度を取ることで、フィンランドはより戦争に近づいているのは間違いない。

■長男がロシアとの戦争に行くぐらいなら

赤ん坊だった長男が成人するまで暮らした第2の故郷フィンランドの最善を願わないわけではない。周りのフィンランド人も、さすがにロシアがフィンランドにまで攻め込んでくることは無いだろう、ロシア語話者がそれほど多くないフィンランドは手に入れる価値が無いはずだ、などという。

しかし、万が一フィンランドが戦争に巻き込まれ、長男がその前線に立たなければならないような事態となれば、彼はもう一つの祖国日本に逃れてほしい、などと願っている。

自宅アパートの核シェルターの場所を確認しながら、願いが現実にならないことを祈っている。

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靴家 さちこ(くつけ・さちこ)
ライター
1974年生まれ。青山学院大学文学部を卒業後、米国系企業、NOKIA JAPANを経て、2004年よりフィンランドへ。以降、社会福祉、育児、教育、デザインを中心に、フィンランドのライフスタイル全般に関して、取材、執筆活動中。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)と『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)がある。
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(ライター 靴家 さちこ)