【アルペンスキー編】ルールも曖昧な観戦初心者の疑問に、競技経験者が答えます!

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颯爽と斜面を滑っていく姿が印象的なアルペンスキー。

タイムを競うシンプルな競技にも見えますが、「ダウンヒル(滑降)」「スーパーG(スーパー大回転)」「ジャイアントスラローム(大回転)」「スラローム(回転)」、さらには複合種目の「アルペンコンバインド(アルペン複合)」や男女混合チームで戦う「混合団体」などの種目があり、ルールも見どころも大きく異なります。

今回、アルペンスキー観戦初心者の“素朴な疑問”に答えてくれたのは、数々の国際大会で活躍し、日本のアルペンスキー競技をリードしてきた岡部哲也さん。

1980年代から活躍してきた岡部さんだからこそ知る、スキーアイテムの進化や競技トレンドについても語っていただきました。

 

<プロフィール>



一般社団法人ジャスト・ラビング・スキー代表理事
NPO法人One’s Handsプロジェクト代表
岡部哲也(おかべ てつや)

中学時代よりナショナルチーム入り、中学3年生でワールドカップ出場を果たす。小樽北照高校卒業後は株式会社デサントに入社。オーストリアに生活の基盤を移す。1988年にはワールドカップで日本人最高位の2位に入賞。オリンピック3回、世界選手権5回出場。現役引退後はスノースポーツを通じて社会に貢献するべく株式会社ネーヴェを設立。
現在は軽井沢を中心にスキー・スノーボードのレッスンだけでなく、屋外アクティビティ施設、セレクトショップ、イベントなどを企画・運営。また、ワールドカップやオリンピックのスキー解説、TV、雑誌など各メディア、講演会などにおいても活動中。スキー専門TV番組「SkiTV5」(BS日テレ)には企画から携わりメインキャストを務める。

 

Q1.アルペンスキーのユニフォームは薄そうですが、滑っていて寒くない?

滑っているときは集中していますし、運動量もすごいので寒くはありません。最先端の素材で作られているので、見た目よりもずっと寒さをしのげるんです。

特に、デサントは常に最先端技術でユニフォームを開発していて、1970~1980年代には「マジックスーツ(魔法のワンピ)」と呼ばれるまでになっていました。

ただし、競技は雪山で行われるため、滑る直前まではベンチコートを着て身体を冷やさないようにしています。選手によっては、使い捨てカイロを滑る直前まで貼っている選手もいるようです。

今では目にしませんが、昔は試合前にアルコールを飲んで寒さをしのいでいた選手もいましたね(笑)。

Q2.種目によってユニフォームは違う?

現在はワンピースの種類は複数あり、スラロームは上下セパレートタイプもあります。

ジャイアントスラロームスーツはゲートに接触するため腕にパットが装着されているタイプや、ダウンヒルスーツは背中ファスナーになっているタイプがあり、種目によって若干の違いがあります。

昔を振り返ると、ワンピースを着るのは「高速系種目(※1)」だけで、「技術系種目(※2)」はもっとゴワゴワした生地を使っており、上下も分かれていました。

ヘルメットも、昔は高速系種目でしか着用していませんでしたね。しかし、技術系種目のスピードも上がってきたため、今では全種目で着用が義務付けられています。

※1:「ダウンヒル」「スーパーG」
※2:「ジャイアントスラローム」「スラローム」

Q3.「ダウンヒル」「スーパーG」「ジャイアントスラローム」「スラローム」、どの種目から始める選手が多い?

一番多いのは、スピードとテクニックの両方が求められる「ジャイアントスラローム」です。そこからスタートし、自分の強みを見つけてほかの種目に転向していきます。

ちなみに、日本では技術系種目に進む選手が多いですね。それは、日本のスキー場が海外に比べてコースが短いことが影響しています。

海外のスキー場は広いので、子どもの頃から長い距離を滑るのに慣れていますし、コースが長いからこそ細かいターンをあまりしません。

一方、日本ではスピードを出せる環境があまりないため、技術系種目の選手が自然と増えていくんです。

技術系種目。ポールにフラッグが付いた「旗門(きもん)」のセッティングが異なるコースを2回滑り、その合計タイムで順位を競う。

Q4.高速系・技術系種目のそれぞれを得意とする選手には、どのような特徴がある?

高速系種目はとにかく度胸やガッツがある選手が多いですね。競技中の平均スピードは時速100km、最高速度は140kmを超えるので、身近な例で言えば、ジェットコースターを楽しめるような人が向いています。

一方、技術系では針の穴を通すような繊細なスケーティング技術が求められるため、器用な人が多い印象です。

Q5.「ダウンヒル」のコースの傾斜はどれくらい?

平らなところで15度、最も傾斜が強いのは40度ほどです。実際に40度の傾斜に立ってみると、まるで崖のように感じます。滑っているときは、本当にジェットコースター感覚ですね。

ただ、40度もの傾斜があるのはほんの一瞬なので、滑るというより「飛ぶ」に近いです。重要なのは、高く飛んでしまうと失速してしまうため、いかに低い姿勢で飛んで速度を維持するか。

「ダウンヒル」観戦時には、選手たちが飛ぶときの姿勢にも、ぜひ注目してみてください。

高速系種目。アルペンスキー競技のなかで最もコースが長く、スピードも出る種目。基本的に1回の滑りで順位を競うが、危険を伴うため、本番レース前に公式トレーニングが行われる。

Q6.「ダウンヒル」と「スーパーG」は1回の滑りで順位を競いますが、試合前にどのような準備をしている?

「ダウンヒル」と「スーパーG」は、多くの場合、3日前からコースで公式トレーニングができます。コースを下見しながら、どこでどのように滑るかをイメージするんです。

ただし、当日の天候によってコース状況は大きく変化します。雪が降ればコース状況が変わるので最初に滑る選手が不利ですし、日差しの当たり方でも滑りが違います。

スキー板へのワックスの塗り方で滑り具合も変わるのですが、一般的に、コース上で“最も平らで日の当たる場所”に合わせてワックスの塗り具合を調整しています。

Q7.「スーパーG」でのターン時の遠心力はかなり大きい?

はい、「スーパーG」の遠心力はダウンヒル以上です。それに耐えるために、「スーパーG」の選手の首はすごく太いんですよ。

普段から首の筋肉を鍛えていて、強い遠心力にも負けずにターンできるようにしています。

ターンを見るときは“雪煙”に注目してください。カーブの際に横に雪煙が出るのはかっこいいですが、実は大きくブレーキしている証拠なんです。

強い選手ほど、後ろに雪煙が出てスピードを落としていません。雪煙を見れば、選手のレベルも分かると思います。

高速系種目。スピードとともに、大中のカーブを曲がることが要求される種目であり、高度なターン技術も求められる。

Q8.技術系種目は2回滑ってタイムを競いますが、1回目と2回目ではポールの位置は変わる?

1回目と2回目でポールの位置が変わりますし、ポールをセッティングする人も変わります。

ポールのセッティングは、参加チームの資格を保有するコーチが行うのですが、戦略として自チームの選手が慣れているようなコースを設定することもあるため、どのようにポールを立てるかも見どころの一つですね。

Q9.「スラローム」はポールをなぎ倒していく姿が印象的ですが、当たって痛くない?

ポールはそこまで固くありませんし、選手はプロテクターを装着しているため、痛がるほどではありません。ただ、もしもプロテクターなしだったら相当痛いでしょうね(笑)。

ちなみに、ポールの当たり方にも技術があって、当たり方が下手だと失速してしまうんです。スラロームを観戦するときには、選手がどのようにポールに当たっているかも注目してみてください。

技術系種目。ターンのリズムが変化するように配置されたポールを、パンチガードでなぎ倒しながらゴールを目指す。2回の合計タイムで順位を競う。

Q10.高速系と技術系の両種目を滑る「アルペンコンバインド」は、どちらの種目を得意とする選手が有利?

これまでの成績を見ると、技術系出身の選手のほうが良い成績を残していますね。

いずれも自分の本業ではない競技を短時間でトレーニングしなければいけないのですが、高速系の選手は細かい動きが苦手な選手も多いため、若干不利かもしれません。

複合競技における「スラローム」のコースは易しく設定されているとはいえ、普段、高速系のトレーニングがメインの選手にとっては攻略が難しいと思います。

高速系・技術系の複合種目。「ダウンヒル」または「スーパーG」と、「スラローム」の2種目を組み合わせて行い、その合計タイムで順位を競う。

Q11.混合団体の見どころは?

混合団体の見どころは、何と言ってもチームワークです。基本的にアルペンスキーは個人競技なので、選手同士が助け合う姿が見られるのはこの混合団体だけ。

1人の選手がミスをしても、ほかの選手がうまくカバーして勝つ姿は感動しますね。

選手たちにとってはお祭りのような種目なので、滑っているシーン以外にチームの雰囲気などにも注目してみてください。

団体種目。男女混合のチームを編成し、トーナメント方式で戦う。2名の選手が同時にスタートして先着を競う「パラレル競技」を、選手を入れ替えながら行う。

Q12.スキー板は全種目で同じ?

いいえ、種目によって異なります。板が長いほどスピードが出るので、高速系競技では長い板を使用し、技術系競技では小回りの利く短い板を使用しています。

昔は技術系競技でも2mの板を使用していましたが、現在では「男性の場合は板の長さが165cm以下」などと規定されています。

板が短い分、細かいターンができるようになり、繊細な滑りができるようになっていますね。

Q13.競技用コースは一般的なスキーコースとは違う?

競技用コースは特別に作られています。一般的なスキーコースは雪が柔らかくて、転んでも安全ですよね。

しかし、それではスピードも出ないうえに、滑っているうちにコースが削れて、後に滑る人ほど不利になってしまいます。

競技用のコースでは、雪面に小さな穴を開けて水を注入することで、コースをスケートリンクのように固めるんです。

これにより、滑ってもコースが削れなくなるため、滑走順によって有利・不利な状況がなるべく生まれないようにしています。

ただし、当日の天気によってはコースの状況も大きく変わります。例えば、本番当日に雪が降ると、固めたコースの上に雪が積もるため、最初に滑る人が不利なんです。

レース時の天候や滑走順も考えながら観戦すると、より楽しめると思います。

Q14.滑っているときは、身体のどの部分に負担が掛かる?

みなさんも見たことがあると思いますが、滑っている間は低い姿勢を維持するため、足腰に大きな負担がかかります。

そして、意外と負担が大きいのが背中です。あの姿勢を維持するためには、尋常ではない背筋力が必要なんです。

そのため、アルペンスキーヤーはみんな背筋を鍛えていて、測定すれば背筋力が300kg以上ある選手が多くいます。ほかのスポーツ選手と比べても、アルペンスキーの選手たちは背筋が強いと言えるでしょう。

Q15.コースで滑るほかに、どのようなトレーニングをしている?

サッカー選手などがよく行っている、「コーディネーショントレーニング」を取り入れています。

身体を思い通りに動かすためのトレーニングで、特にアルペンスキーにとって大事なのは、ジャンプなど高さのある動きのなかでバランスを保つことです。

アルペンスキーは時速数十km、数百kmで滑るなかでカーブやジャンプをするため、バランスを崩しやすいんです。いかなる状況でもバランスを保ち、スピードを落とさないよう、普段から鍛えていますね。

Q16.選手は1年のなかでスキーを滑っていない時期はある?

基本的には年中滑っています。11月から3月にかけての4ヶ月間は大会が続きますが、5月以降は南米やニュージーランドなど南半球などに移動して、雪山で滑るんです。

一方で、シーズン中に身体を痛めた選手は治療やリハビリに専念します。実は、そのような選手ほど次のシーズンに強くなっていることが珍しくありません。

今は医学が発達してケガも治りやすくなりましたし、ケガをしたことで精神的にも強くなるため、ケガから復帰した選手は要注目ですね。

Q17.どのようなきっかけでアルペンスキーを始める選手が多い?

雪国の人は、小さい頃から自然にスキーをたしなむのですが、そこで「もっと速く滑りたい!」と思って競技を始める選手が多いです。

また、オーストリアなどのスキー強豪国の場合、世界で活躍する選手が身近にいるため、それに憧れて競技を始める人も多いようですね。

スキー競技には「モーグル」や「ジャンプ」などもありますが、実は基本となるのはアルペンスキーなんです。

アルペンスキーから始めて、ほかのスキー競技に転向するケースも少なくありません。むしろ、そういう選手のほうがスキーの基礎ができているため、転向してから活躍している印象があります。

私としても、日本の競技人口を増やすために、世界で活躍する選手を育てていきたいですね。