CESが終わり、関連業界もそろそろ落ち着いてきた頃です。2022年のCESのテーマはなんだったのかを考えてみると、「動くこと」「動かないこと」だったのかな、と考えています。

それはどういうことなのか、少し分析しながら語ってみましょう。



○規模が劇的に小さくなった「リアル展示あり」のCES

CES 2022は2年ぶりの「リアル展示あり」の開催となりましたが、規模としては縮小傾向でした。最後のリアル開催である2020年には4,400を超えていた参加企業が今回は2,300にまで減り、参加者も17万人から4万人に激減しています。

コロナ禍の状況は国によってかなり異なります。特に、2021年末から急激に広がったオミクロン株の影響は無視できないものがあり、CES 2022の開催直前に参加を取りやめた企業・メディア関係者は数多くいました。実は筆者も、直前まで現地取材を考えていましたが、出張を取りやめた人間の一人です。結果として、CES 2022は4万人の参加者のうち、国外からの参加者が30%しかいなかったようです。

この状況を見ても、結果的には、「大型イベントのリアル開催はまだ早かったのでは」という印象があります。

○自動車をバズらせるには「リアル展示」が必要

そんなCESの中で、特に話題が多かったのは自動車、特にEV(電気自動車)でしょう。

数年前から、自動車はCESにとって大きなテーマの一つでした。ですが、2022年は特に自動車の存在感が大きかったように思います。

理由はふたつ思いつきます。

ひとつは、他の製品と異なり、自動車は「リアルで見せる」「リアルで走らせる」ことが必須なものであるからでしょう。EVへの急速なシフト傾向もあり、自動車メーカーにとって、2022年は「先進性」をアピールするために重要な年だったはずです。ですが、自動車は映像で見せてもアピール力が薄い。実車を会場に持ち込み、走らせ、SNSなどに写真や動画があふれる状況にすることが重要です。

たとえば、BMWが発表した「iX Flow Featuring E Ink」は、ボディーカラーが白から黒へと自由に変わるのが特徴で、とても“SNS映え”する試作車です。仕組みは意外と単純。電子書籍端末などに使われている、電気を通すと色が白から黒へと変わるディスプレイの一種である「E Ink」を小さな三角形に切って車体全体に貼り付け、自動車のボディを白から黒へ、色々なパターンで変更できるようにした試作車です。

BMWの試作車「iX Flow Featuring E Ink」


車体の表面が小さな三角形単位で区切られ、そのパターンに合わせて白と黒の間で色が変わる。非常に未来的な取り組みだ


こうした自動車は、PR用写真が1枚掲載されるより、SNSでバズが生まれることのほうがはるかに威力があり、「リアル展示」がないと生きてきづらいもの、と言えるでしょう。



○ソニーの「EV参入」はCES最大のトピック

そしてふたつめの理由は、CES最大の話題と言ってもいい発表が「自動車関連」だったからでもあります。

その発表とは、ソニーによる自社でのEV市場参入の検討です。2022年春に事業会社「ソニーモビリティ」を立ち上げ、そこでソニー開発・ソニーブランドのEVの製造と市販に向けた検討を行います。「検討を行う」という、多少持って回ったような言い回しになっているのは、自動車メーカーになる、ということが、それだけさまざまな検討を必要とする、大変な事業であるから。スマホやテレビを売ることとは、訳が違います。

ソニーグループは、CESでのプレスカンファレンスで、製品化に向けた事業会社「ソニーモビリティ」の設立を発表


ソニーは2020年に試作EV「VISION-S」を発表しており、今回はその技術を応用したSUV型のEV「VISION-S 02」を発表、CES会場で展示しています。

もともとソニーがEVを試作したのは、自動運転の一般化を見据え、多数のセンサーを使ったEVを作る際にはどのようなノウハウが必要なのか、実際にセンサーを多用した「ソニーにとって理想的なEV」を作った場合、どのような可能性があるのか、といった条件を見定めるためでした。ソニーでのEV開発は2018年から続けられていましたが、製品化を検討するということは、リサーチという目的はかなり達せられた、ということなのでしょう。

その上で、「センサーとソフト」というソニーが手がける部分で差別化することで、製品として他社のEVに対して競争力のあるものが作れる……という決断に至ったからこそ、今回の製品化検討につながったと考えられます。

手前の銀色の車体が新しい試作車の「VISION-S 02」。奥の白い車体が2020年発表の「VISION-S 01」


現実問題として、ソニーだけで自動車の「走る・曲がる・止まる」という要素を実現するのは時期尚早であり、それはソニー自身も認めています。そのため、そうした「自動車としての機構部分」は他社と協力して開発する「水平分業」スタイルで進めます。それ以外の部分、すなわちセンサーとソフト、さらにはソニーのブランドで、EVとしての差別化を試みるのでしょう。

こうした「新規参入」の動きが明確になるくらい、EVは「最初の市場爆発フェーズ」を迎えようとしています。

毎年のように、CESではEVへの新規参入が発表されていますが、だからこそ、2022年のように市場の競争がさらに激化すると想定できる年には、少々無理をしてでも、リアルな展示会としてのCESが必要だった、とも言えるかもしれません。





○メタバースは「CESのバズワード」なのか

自動車と並び、CES全体を通じたもう一つの大きなトレンドが「メタバース」でした。プレス関係者には、CES出展企業から大量のメールが送られてくるのですが、その中でも「メタバース」の単語はたくさんあり、会場でも目立っていたようです。それだけ「メタバース」という言葉が急速に注目を集めている、ということなのでしょう。

ただ、この「急速に注目を集めている」という点が重要です。

ブームのような状況になったきっかけは、2021年10月末に、Facebookが「Meta」に社名変更し、メタバースへの注力をアピールしたことであるのは間違いありません。

だとすると、「メタバース」というジャンルで出展している企業の全てが、最初から「メタバース」という名前で開発していたと考えるのは難しくなります。いくらなんでも、2カ月では新製品ができないからです。

そもそも、この分野は数年にわたって「VR」「AR」などの形で技術開発が進んできたものです。今年のCESでメタバース関連の発表が増えたように見えるのは、数年越しでやってきた「VR」「AR」に関する事業について、同じ「メタバース」という看板への付け替えが起きたことによるものと考えるべきでしょう。そうした企業はもちろん、Facebookが「Meta」になる前からメタバースという言葉を知っていて、トレンドの一つとして考えていたかもしれませんが。どちらにしろ、長期的に努力してきた企業がここで「メタバース・ブーム」を背景により強くアピールしようとしているわけです。

国内で言えば、パナソニックの子会社であるShiftallが発表したメタバース関連製品群がそれに当たるでしょう。小型のVR用ヘッドマウントディスプレイ(HMD)である「MeganeX」は典型的な製品です。2020年のCESで、パナソニックが試作中の製品として公開されたものですが、その後も開発を続け、VR関連サービスに幅広い知見があるShiftallが製品化を手掛けることになりました。

VRそのものは、今のブームにつながる動きは2012年頃に生まれたもので、何度か浮き沈みしてここまできました。ようやく技術的な開発も進み、過去の「VRブーム」の頃とは大きくステップアップした製品が多数出始める時期になった、と言えそうです。だからこそ、Facebookはここで社名を「Meta」にしたかったのかもしれませんが。

Shiftallが発売するVR用HMD「MeganeX」


実際には、メタバースはまだすぐにビジネスとして大きなものになるわけではありません。これらの地道な努力を続けてきた企業、そしてMeta自身も、「理想的な姿になるには5年から10年かかる」と予想しています。メタバースを作るには特定のコンテンツがヒットすればいいわけではなく、ある意味で「新しいインターネットを作る」ような努力が必要な領域だからです。

ただ、広告宣伝などに関しては、メタバースがブームになったからこそ加速する、という部分がありそうです。

たとえば今回のCESでは、P&Gがメタバースへの参入を発表しました。正直、あまりいい出来ではなく、この発表自体にそれほど意味があるとは思えません。

しかし、流行に聡い企業が、コロナ禍で「移動しづらい今」こそ、新しいキーワードを使った、新しい顧客との接点を求めているのは間違いありません。そこで、メタバースの持つVRやARなどの要素を一部だけでも取り入れたサービスを展開する、という発想も理解はできます。短期的に見れば、そうした「ブームに乗った企業の動き」が目立つことになりそうです。

バズワードとなりつつある「メタバース」。P&Gのような企業はいち早く、広告媒体としてメタバースを使い始めている