川崎ブレイブサンダースの篠山竜青。目標は「3冠」

 9月30日からBリーグ2021−22シーズンがいよいよ始まる。

 東京五輪で男子日本代表はグループリーグで敗退したが、女子日本代表は決勝に進出し、銀メダルを獲得。パラリンピックでは男子車いすバスケットボールが同じく銀メダルを獲得した。3x3も男女とも準々決勝進出を果たし、バスケットボールの認知度と人気は確実に上昇している。

「バスケ界が大きく変わるターニングポイントになりそうです」

 川崎ブレイブサンダースの篠山竜青は、そう語る。

 東京五輪直前に日本代表から落選し、辛い時期を乗り越えたベテランは今、再び大きな野心を持ってBリーグの開幕を迎えようとしている。

「今、こうしてやってやろうと思う気持ちになれているのは、やっぱり東京五輪で落選し、悔しい想いをしたからだと思います」

 篠山は、少し高揚した声で、そう言った。

 今から3か月前......。

 男子日本代表はアジアカップを戦うためにフィリピンに遠征をした。帰国する前に2名が外れ、18名の候補メンバーが選ばれることが決まっていた。篠山は、遠征の最終日、フリオ・ラマス監督に呼ばれ、落選を告げられた。

「落選と伝えられた瞬間は、体が軽くなるというか、肩の荷が下りたというか、なんか体の力が抜けたみたいな感じでした」

 2017年、ラマス体制で日本代表の活動をスタートした時から篠山はキャプテンとしてチームをまとめてきた。これまでチームのために尽力してきた自負はあったが、チームにいればなんとなく空気で察することができる。篠山は、ある程度の覚悟はできていたと言う。

「落選理由としては、サイズが小さいふたり(富樫勇樹と篠山)をPGとして残しておくことはできないみたいな感じでした。でも、自分の中では、ひょっとすると生き残れないかもしれないというのは薄々感じていました。五輪前のレギュラーシーズンやアジアカップでどれだけアピールできたのかと言うと結果を出せていなかった。五輪に出るだけの力が足りなかったんだと思います」

 宣告をされた後、キャプテンという立場からチームを動揺させてはいけないと思い、自分の感情を律して悔しさを封じ込めた。だが、川崎に戻り、練習をしていると徐々に悔しさが増していった。さらに世間が五輪モードになっていくにつれ、「自分はあの舞台に立てないんだ」という現実が篠山の感情を震わせた。

「落選後、五輪のニュースや番組をテレビで見る機会が増えていったんですけど、そうなると悔しさがすごく大きくなって......。しばらくテレビを見たり、聞いたりすることができなくて、思わずチャンネルを変えたり、テレビを消したり、そんなことを気づいたらやっている自分がいました」

 篠山は、東京五輪から一時的に目を背けたが、バスケットボールからは逃げなかった。

 7月7日、強化試合となるハンガリー戦のテレビ解説を篠山は引き受けたのだ。代表から漏れた選手がすぐにチームの試合の解説をするのは、あまり聞いたことがない。

「僕の一番のモチベーションはバスケを通して、クラブや自分の価値を高めていくことなんです。代表に落ちたから篠山竜青の価値を高められないとは思わないので、メディアとか出演依頼があれば引き受けたいとクラブには伝えていました。たしかに普通、代表候補選手が落選してすぐにテレビで解説するのは異例ですが、僕自身は悔しさを抱えながらの解説になったので、自分のためにもなると思って引き受けたんです」

 7日のハンガリー戦は勝利し、9日のベルギー戦は惜敗したが、チームは強くなっていると篠山は感じた。

 キャプテンは渡邊雄太が引き継ぎ、ラマス監督と英語でコミュニケーションを取りながらリーダーシップを発揮していた。ワールドカップでは、ふたりでキャプテンの責務を果たしたことがあったが、東京五輪でもその役割を果たしてくれるだろうと篠山は安心して見ていたと言う。

 東京五輪、男子日本代表は世界ランキング2位のスペイン、同16位のスロベニア、同4位のアルゼンチンと同組だった。同42位の日本にとっては、すべて格上だったが、渡邊と八村塁というNBAプレーヤーを加えたチームは、「史上最強」と称され、期待値が非常に高かった。

 しかし、日本は3連敗に終わった。

「3連敗でしたが、以前は30点差とかで負けていた相手ですからね。やれている時間もあったので、日本の成長は感じられました。特に八村、渡邊、馬場(雄大)ら海外を経験している選手が自信を持って相手にプレーしていたので、メンタルの部分で世界に負けずにプレーできたのは大きいですね。あと、プレーでいうと世界にリバウンドで張り合うことができていたのも大きな成長だと思いました。その一方で細かいミスが多く、チャンスを自分たちで逸してしまうエラーが多い。そこはこれから世界に出て、強いチームと戦い、経験を積んでいかないといけない部分でしょう」

 男子は、グループリーグで敗退したが、女子日本代表、男子車いすバスケットボールはともに決勝に進出。試合会場には、「日本のバスケがひとつになって世界を驚かせよう」と篠山が考えた「日本一丸」というスローガンが掲げられた。女子代表と男子車いすチームは、ともに決勝でバスケットボール大国であるアメリカと対戦し、世界に少なからぬ衝撃を与えた。

「女子の戦いはすばらしかったですね。町田(瑠唯)選手の動きも同じPGとしてサイズがなくても、やれるんだという気持ちにさせてもらいましたし、チームとしても高さがない分、チームバスケットが実現されていたので感動しました。男子が見習わないといけないのは、3ポイントの試投率と決定率(41%)ですね。世界と戦うには、あれくらい入れていかないといけないと改めて感じました。車いすバスケも座っていて、あれだけ3ポイントを入れられるんだから自分はもっとシューティングをしないとダメだなと思いましたね」

 東京五輪でバスケットボールが注目される競技になったわけだが、この熱をそのまま終わらせるわけにはいかない。日本代表が盛り上げた勢いをBリーグにいかにつなげていくかは、国内バスケットボール人気をさらに高めるための大きな課題だ。

「そこはめちゃくちゃ大事ですね。今、バスケが注目され、メディアにも取り上げられている中、日本代表だけのものにはしたくない。でも、男子は代表になるとNBAの渡邊、八村に注目がいき、Bリーグに結びつきにくい感じになっているので、そこは協会、クラブ、選手が一緒になって、どうすべきか取り組んでいかないといけないと思います」

 川崎ブレイブサンダースは、川崎市がホームになるが、同じく川崎をホームにしているサッカーの川崎フロンターレと交流を深めている。2020年2月にはコラボ企画を実施し、等々力スタジアムでのフロンターレの試合後、歩いて8分の距離にある、とどろきアリーナで開催されるブレイブサンダースの試合を観戦できるようにしたり、コラボグッズなども販売された。

「Bリーグが始まる前、僕はフロンターレの試合を見に行かせてもらったんです。そこで試合、イベントを見て、いろんなことを感じて、参考にさせてもらいました。僕は川崎に根づいているクラブのお手本として見ていますので、これからも一緒に盛り上げていきたいですね」

 リーグを盛り上げ、ファンを増やしていくのは、クラブ、そして選手の努力が不可欠だが、こうして異なるスポーツの壁を越えて「ともに」という意識は、お互いのスポーツを高め、より多くのファンを獲得するために、欠かせない動きだ。今は、コロナ禍で行動や催しが制限されているので難しいが、落ち着けば必ず何かをやってくれるだろうという期待が膨らむ。

 9月末、新シーズンがスタートするが、篠山はあるテーマを自分に課している。

「今年は、とにかくたくさん練習をしようというのをテーマにしています。午前中は全体練習ですが、午後は個人のワークアウトでうちの若手はけっこう遅くまでいるんですよ。それに負けないように体育館にいて、ゆるぎない自信がつくぐらいの練習量を自分に課していこうと思っています」

 PGとして、結果(数字)についても実現したいものがある。

「今シーズンは、3ポイントの試投率ですね。昨年まではPGとして確率よく決めないといけないと思って、シュートが決まらない時やリズムが悪い時はやめておこうという気持ちになったんですが、東京五輪の女子を見て感じたこともありましたし、自分が決めれば川崎の勝率にもつながると思うので、積極的に打っていこうと思っています」

 ちなみに昨年シーズンの篠山の3ポイント成功率はリーグ戦、33.7%だった。成功率トップは狩野祐介(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)の47.5%で、40%超えている選手は6名しかいない。今シーズン、篠山がどこまで高められるか注目だ。

 チームでは、2014年シーズンからキャプテンを続けている。今年は、まだチームから正式にリリースされていないが、7年間、キャプテンを続けていること自体、篠山のプレーヤーとしての力だけではなく、人間性が高く評価されていることの証明でもあろう。

「キャプテンを長くしていますが、うちのチームの選手は、みんな自立した大人ですし、高いモチベーションを持ってバスケをしているので、やる気のない奴をひっぱたいてみたいな(笑)、そういうのはないです。ただ、負けが続いてくると、誰かの責任や審判のせいにしたりするので、そういう時には方向性をひとつにするように、みんなに問い正し、コントロールします。あまり厳しいことは言いたくないですけど、プロとして果たす責任があるので覚悟を持ってやりますが、かなりエナジーを使いますね(苦笑)」

 チームには外国籍の選手もいるが、日本人と対応が変わることはない。川崎の外国籍選手は、篠山曰く「ナイスガイが多い」ということなので、キャプテンの言葉をよく聞いてくれるという。

 最高の仲間とシーズンを戦うことになるが、今年のチームの目標は明確だ。

「3冠です」

 篠山は、力強い声で、そう言った。

「天皇杯は昨年に続いて連覇したいですね。次は、地区優勝です。昨季は地区3位に終わったんですが、チャンピオンシップに臨む際、セミファイナルはアウェーでのゲームになったんです。そこで負けたんですが、個人的にはそれがけっこう大きかった。自分たちのコートでチャンピオンシップを戦うためには地区優勝をしないといけないですし、そうしないとBリーグ制覇も難しいと思っています」

 篠山の言葉で意外に感じたのは、アウェーに言及したことだ。欧州では、ホーム&アウェーが感じられるが、日本ではバスケットボールもラグビーもそこまでアウェー感を感じずにプレーができる。篠山は、セミファイナルで宇都宮に敗れたことの要因としてアウェーをあげていたが、日本のコートはホームアドバンテージを得られるぐらいファンの後押しが大きいのだろうか。

「ちょっと前までは、ホームもアウェーもそんなに差がなかったんです。でも、リーグ自体が盛り上がり、アウェーに行くとホームチームとの一体感、声援がすごくて年々戦いづらくなっています」

 川崎は、昨年、コロナ禍でありながらも観客動員数はリーグトップだった。それゆえにホームで試合ができれば篠山たちは、有利に戦えるということになる。

「だからこそ、今シーズンは、という思いです。昨シーズンもセミファイナルをホームでやれていれば結果が変わったかもしれないですからね。川崎のファンは、僕らがファミリーと呼んでいるんですけど、一体感がある。とどろきアリーナが200人ぐらいの時から支えてくれているので、なんとかファンのために3冠達成したいですね」

 チームとしての目標は明確になった。

 一方、プレーヤ―篠山個人としての目標は、東京五輪を終えて、大きく変わった。

「僕が東京五輪に出場していたら、『あとは若い選手に任せて』と考えていたと思うんです。でも、代表から落選して、今はこのままじゃ終われない。代表でプレーしたい。そう思っている自分に、自分で驚いているんですけど、もう1回代表に戻ってプレーしたいですね」

 パリ五輪は、3年後、あっという間にやってくる。

「そうなんですよ。だから、アピールしていければいけると思っています」