ダービージョッキー
大西直宏が読む「3連単のヒモ穴」

 2020年の競馬もいよいよ大詰め。今年はJRAの開催最終日に"グランプリ"GI有馬記念(12月27日/中山・芝2500m)が行なわれます。

 今年は新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界的に大変な年になりました。競馬界への影響も少なくありませんでした。現場の関係者の方々の苦労は想像に難しくありません。

 そんな状況にありながら、JRAの開催は一度も中止に追い込まれることはありませんでした。そして、一年の集大成である有馬記念の開催まで無事にたどり着けたことは、非常に喜ばしいことであり、関係者の方々には感謝したいと思います。

 この一年を振り返れば、競馬界にとっては、決して悪いことばかりではありませんでした。当初、無観客での開催には寂しさもありましたが、テレビの画面越しに楽しめる娯楽として、競馬の価値が広く見直された感があります。幸いにも、売り上げが急落したとか、競馬ファンが激減したといった話を聞くこともありませんでした。

 また、同じ年に牡牝で無敗の三冠馬が誕生するという過去に例を見ない快挙があって、アーモンドアイが芝GI通算9勝という史上最多記録を樹立。さらに先日には、世界初と言われる白毛馬のGI勝利もありました。その他、グランアレグリアのマイル以下での無双ぶりや、香港での日本馬の活躍など、競馬界の歴史に残る出来事が多い一年でもありました。

 その歴史的な一年の締めくくりとなる有馬記念。デアリングタクト、コントレイル、アーモンドアイといった今年の"顔"となる3頭は不在ですが、"グランプリ"にふさわしいメンバーが集まってくれたと思います。

 なかでも、レースの中心を担うのは、秋競馬でアーモンドアイと接戦を繰り広げた馬たちになるのではないでしょうか。

 まずはGI天皇賞・秋(11月1日/東京・芝2000m)で、勝ったアーモンドアイからコンマ1秒差の2着となったフィエールマン(牡5歳)と、3着だったクロノジェネシス(牝4歳)の2頭が有力です。

 何よりフィエールマンは、クリストフ・ルメール騎手が騎乗するというのが最大の強みです。

 今年の競馬において、ジョッキーで"主役"を貼ったのは、間違いなくルメール騎手でした。アーモンドアイとのコンビを含め、秋のGIで大活躍。年間200勝という大台もクリアしました。これだけ勝っているので当然ですが、ルメール騎手の騎乗にはどのレースでも感心させられました。

 想像するに今回は、フィエールマンの他、オーソリティ(牡3歳)、ラッキーライラック(牝5歳)といったノーザンファームの有力なお手馬から、好きな馬を選べる立場にあったと思います。その中から、フィエールマンを選んだということは、仕上がりやコース適性を含め、「この馬が一番だ」という考えに至ったからでしょう。

 昨年の有馬記念では4着。凱旋門賞帰りだったこと、アーモンドアイを負かしにいって結果的に早仕掛けになってしまったことを考えれば、内容は悪くなかったと思います。今回はルメール騎手が乗ることで、昨年以上の成績が期待できるのではないでしょうか。

 一方、クロノジェネシスも今年は本当に強い競馬を見せています。そして、東京コースの天皇賞・秋よりも、中山コースの有馬記念でのほうが、いかにもパフォーマンスを上げてきそうなタイプです。

 今年のベストパフォーマンスは、直前の大雨でやや重という発表以上のタフな馬場となったGI宝塚記念(6月28日/阪神・芝2200m)での6馬身差圧勝でしょう。有馬記念も例年、たとえ良馬場でも上がりのかかるタフなレースになるので、中山コースは初めてになりますが、適性を示す可能性は高いと思っています。


有馬記念で一発あってもおかしくないカレンブーケドール

 さて、今年の有馬記念で「ヒモ穴馬」として期待しているのは、クロノジェネシスと同期の4歳牝馬、カレンブーケドール(牝4歳)です。

 同馬は、GIジャパンC(4着。11月29日/東京・芝2400m)からの参戦。フィエールマンやクロノジェネシスと同じく、秋競馬でアーモンドアイとしのぎを削ってきた1頭となります。

 実際、ジャパンCのゴール前で見せた、コントレイルやデアリングタクトとの大接戦には痺れました。ずっと勝ち星がないので、地味な存在ですが、地力の高さは確かです。

 今回は鞍上が、津村明秀騎手から池添謙一騎手へと乗り替わり。聞くところによると、ジャパンCのあと、オーナーサイドから騎手交代の要請があったようです。

 津村騎手もここまで手綱を任されながら、ずっと勝てなかったこと、そしてジャパンCでは「3強」の一角崩しまであと一歩だったことへの悔しさはあったはず。そういう意味では、今回の乗り替わりは気の毒ですが......、勝負の世界ですから、こればかりは仕方がありません。

 翻(ひるがえ)って、池添騎手が空いていたことは、カレンブーケドール陣営にとってはラッキーだったと思います。

 ジョッキーにとっては、こういう代打騎乗、しかも能力はあるが、人気の中心ではない馬に乗る時は、かなり前向きに、それでいて、余計なプレッシャーもなく、気楽に乗れるものです。負けても、そこまで怒られることはないですから、思い切って「一発狙ってやろう」という気持ちですね。

 そして池添騎手ですが、とりわけこういう代打騎乗がプラスに働くタイプです。昨年はGIマイルCSで、テン乗りのインディチャンプで快勝。今年も、GI安田記念(6月7日/東京・芝1600m)において、ルメール騎手がアーモンドアイに騎乗するため、手綱が回ってきたグランアレグリアでアーモンドアイに完勝しました。

 そもそも、池添騎手は有馬記念で過去4勝。「グランプリ男」の異名を持ち、このタイミングで乗り替わる騎手としては、間違いなく最適な存在です。

 ということで、池添騎手という頼もしいパートナーを得たカレンブーケドール。「ヒモ穴」とはいえ、先頭で突き抜けるシーンまで想像しています。

 三冠馬3頭とほぼ並んでゴールを駆け抜けた馬ですから、能力で見劣ることはないはず。アーモンドアイが引退した直後に、国枝栄厩舎の後輩牝馬がGI制覇となれば、これまたドラマですね。