世界一を狙えた日本の技術革新力が"韓国並み"に転落したのはなぜか
※本稿は戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「弱いつながり」がイノベーションを生む
スタンフォード大学の社会学者、マーク・グラノベッターは、1970年代にビジネスパーソンに対して行った調査を基にした有名な論文を発表しました。
この調査で彼は、職探しの際に有用な情報は家族や仲のよい友達からではなく、ごくたまに会うくらいの薄いつながりの知り合いから得ることが多いことを発見しました。これは、家族や親友は同じ情報源から同じ情報を共有していることが多い半面、遠い知り合いは自分の知らない目新しい情報を持っているからです。
グラノベッターはこの結果から「弱い紐帯(つながり)の強さ」という概念を提唱し、社会学だけではなく科学全般に大きな影響を与えました。この論文は社会科学の中では他の論文に最も引用されたものの一つです。
さらに、「弱いつながりを活用してイノベーションを起こす」といった文脈で解釈され、学術界だけではなくビジネスの世界でも活用されています。
■「よそ者」とつながっている人ほど給料が高い
もう一つよく知られているのは、シカゴ大学ビジネススクールのロナルド・バートの研究です。彼の研究によると、グループの中だけでつながっていずに複数のグループとつながりを持つ人、いわばグループ間の橋渡し役が、グループ間の情報の伝播に重要な役割を果たしていることがわかりました。そして、そのような橋渡し役はさまざまな情報にふれることによって、自分自身の能力も上がってくるのです。
図表1は、あるアメリカの企業内の従業員の人間関係を表しています。一つひとつの番号が従業員を表します。これを見ると、この企業の中にはいくつかの派閥が存在していて、それぞれの派閥の中ではそのメンバーたちが非常に密接につながっています。
それぞれの派閥は完全に孤立しているわけではなく、派閥の間を橋渡しする人がいます。たとえば、右上にいる「9番さん」は右上の派閥に属していますが、それ以外にも三つの派閥の人ともつながっています。
バートは、このデータを使って、各従業員のつながり(人間関係)の多様性を数値化しました。つながりが多様というのは、ある人がいろんな人とつながっていて、その人たちがさらにいろんな人とつながっている状態を指します。
すると、図表2で示されるように、たとえば9番さんのようにつながりが多様な人ほど給料が高いという傾向があることがわかりました。よそ者とつながることで知識や情報を学び、業績が向上するのです。
■同じ都道府県ではない取引先を増やすと売上が上がる
同じことは、日本国内のサプライチェーンでも見出されています。日本では、東京商工リサーチや帝国データバンクといった信用調査会社が、各々の企業の信用調査をする中で、取引先も調べています。彼らは日本中の企業100万社以上を定期的に調査しているので、そのデータを使えば、日本国内のサプライチェーンを俯瞰できます。
私も兵庫県立大学の井上寛康やシドニー大学のペトル・マトウシュと、このデータを使ってどのようなサプライチェーン上のつながりが企業の売上を成長させるのかを調べました。その結果、従業員一人当たりの売上高は、同じ都道府県内の企業との取引を増やしても必ずしも増えませんが、都道府県外の企業との取引を増やすと増えることがわかりました。
なぜ県外の企業と取引すると業績が上がるのでしょうか? 海外の企業が日本の企業にはなじみのない情報や技術を持っているのと同様、国内であっても地域外の企業は自分の知らない情報や技術を持っているのです。
そのことは、特許のデータを使えば実証できます。一つひとつの特許はどのような技術に関する特許なのかを基に分類されています。その情報を基に、各都道府県でどのような技術分野の特許が出ているかを見てみると、都道府県によって得意とする技術分野は大きく異なるのです。
■国際共同研究の割合が極端に低い日本と韓国
貿易や投資のグローバル化だけでなく、研究のグローバル化も企業の業績向上に役に立ちます。これは、私が井上寛康らと行った研究です。
ここでも特許情報を使います。複数の人や機関(企業や大学など)が一緒に出願することを共願と呼びますが、これは共同研究の成果と考えられるので、この情報を使って国際共同研究がイノベーションに対してどのような影響があるかを分析します。
共同研究による特許のうち、複数の国の個人または企業による国際共同研究によるものの割合は、世界全体では増加傾向にあります。世界の共同研究による特許のうち国際共同研究によるもののシェアは1991年の約15%から2010年の約34%まで増加しています。
2010年で見ると、アメリカ、中国、ドイツ、フランスではいずれも50%を超えており、欧米諸国および中国では活発に国際共同研究が行われていることがわかります。しかし、日本と韓国はともに10%余りで、両国における国際共同研究は低調です。
この傾向は、共同研究のネットワークを図示するとはっきりします。図表3は、全世界の特許データを使って、共同研究ネットワークを図示したものです。一つひとつの小さな点が一つの企業を、企業を結ぶ線が共同研究関係を表します。
この図からは、日本と韓国の企業は自国内での共同研究が中心で、他国の企業との共同研究をあまり行っていないことがわかります。半面、アメリカを中心として、ヨーロッパ企業、そして中国企業は大きな一つのかたまりをなしていて、これらの国同士は共同研究を積極的に行っているのです。その結果、日本のイノベーションを生み出す力、技術革新力は他国とくらべて衰退してきています。
■日本の「特許の質」は2003年がピークだった
ただ、技術革新力は単純に特許の数だけでは測れません。数だけだと質を考慮していないからです。特許の質を測るのに、特許の引用数がよく使われます。ある特許がたくさん引用されている場合、その特許が他のさまざまな特許(発明)の源泉となったということですから、質の高い発明だったといえるわけです。
一つの特許当たりの平均被引用数を各国別に見たのが図表4です。ここでは、全世界の特許一つ当たりの平均被引用数が一となるように標準化しています(昔の特許ほど、引用される機会は多くなりますから、各国の比較をするためにこのような標準化を行います)。
これを見ると、日本では2003年までは特許の質が上昇傾向にあり、最盛期には世界のトップをキープしているアメリカに迫っていましたが、それ以降は下降している、つまり技術革新力が衰えていることがわかります。2010年にはドイツや韓国と同レベルになっています。
文部科学省科学技術・学術政策研究所が出した『科学技術指標2020』では、より迅速に引用が行われることの多い学術論文を対象に、被引用数の国際比較を直近の期間まで行っています。それによると、被引用数がトップ10%と世界的に注目度の高い学術論文の数で見て、日本は1996〜1998年には米英独に次いで世界第4位だったものが、2006〜2008年には中仏加に抜かれて第7位、2016〜2018年には第11位にまで下がっています。
■国際共同研究による「特許の質」の向上は国内共同研究の3倍
このような日本の技術革新力の低下の一つの原因は、国際共同研究が少なく、海外からの知識の流入が十分ではないことだと考えられます。
われわれの研究では、国際共同研究を行うことで、企業の特許の質は平均的に36%高くなることが示されています。それに対して国内共同研究は13%しか向上しません。国際共同研究のほうが 国内共同研究よりもはるかに大きな効果があるのです。
これを国別に見たのが図表5です。日本では、他国にくらべて国際共同研究の効果が低いことがわかります。そもそも国際共同研究をあまりしていないうえに、したとしても海外の研究パートナーから十分に学ぶことができていないのです。その結果、日本では技術革新力が低下してしまったのです。
それにくらべて、中国では国際共同研究の効果が非常に大きく、活発に国際共同研究を行うことで貪欲に知識を吸収していったことがわかります。たとえば、中国のIT大手ファーウェイ社は、現在超高速で超大容量の通信を可能にする5GなどのIT技術などで世界の最先端の技術を持つ企業です。
ファーウェイは、ボーダフォンなどの世界的IT企業、ジャパンディスプレイなどのサプライヤー、ケンブリッジ大学などの世界のトップ大学との共同研究を積極的に行うことで、最先端の技術を獲得してきたのです。
■「オープンイノベーション」の取り組みを強化せよ
前述のバートが開発した指標を使うと、共同研究相手が多様でさまざまな企業をつなぐ役割を持った企業ほど、特許の被引用数が多いこともわかりました。
つまり、図表1の9番さんのように多様な共同研究ネットワークを持った企業の技術革新力が大きいのです。しかも、ネットワークの多様性といっても、国外企業との多様性のほうが、国内企業との多様性よりも、技術革新に及ぼす効果は圧倒的に大きいのです。この海外企業との多様なネットワークが日本には欠けています。
共同研究の重要性は、「オープンイノベーション」という概念にも表れています。オープンイノベーションとはカリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウが提唱したので、自前主義ではなく、広く他社や大学などと連携することでより高度なイノベーションが可能になるというものです。
技術がより複雑になると、一社ではなかなか広い技術分野をカバーしきれなくなります。ですから、近年になってオープンイノベーションはますます重要になってきています。
たとえば自動車産業では、自動運転の普及を見据えて、エンジンや車体を開発するための知識だけではなく、人工知能(AI)による自動運転を可能にするためのビッグ・データの処理技術が必須となってきています。
そのため、トヨタ自動車はスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学など世界のトップ大学と連携研究センターを設立しました。IHI社はシリコンバレーに拠点を設け、スタートアップ企業と連携してAIを利用した荷下ろし作業ロボットを開発しています。
ただし、チェスブロウはシリコンバレーに研究所を持つ日本企業を調査して、そのすべてのケースで「シリコンバレーの研究所では、業界をリードできる技術を見つけられるが、それを日本に持ち帰ると死んでしまう」と喝破しています。日本の企業は、「よそ者」とつながっても、多様性を許容できずにその知識をうまく活用できていないのです。
ですから、今後の日本企業には、企業の垣根を越えた連携、特に海外の企業や大学との多様な連携を拡大しつつ、よそ者の知識を受け入れてイノベーションに結び付ける度量を持つことが求められています。
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戸堂 康之(とどう・やすゆき)
早稲田大学政治経済学術院 教授
東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・専攻長などを経て現職。著書に『途上国化する日本』(日経プレミアシリーズ)、『日本経済の底力』(中公新書)、『なぜ「よそ者」』とつながることが最強なのか』(プレジデント社)など。
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(早稲田大学政治経済学術院 教授 戸堂 康之)