映画『アンダードッグ』より
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 「ボクシングというのは憎くもない相手と殴り合う、信じられないスポーツ。だけど最後にはお互いが『ありがとうな』と健闘し合う。そこが好きなんです」と語るのは、映画『アンダードッグ』(前編・後編公開中)のメガホンをとった武正晴監督。その年の賞レースを沸かせた『百円の恋』(2014)の脚本家・足立紳と共に、同コンビにとって約6年ぶりとなるボクシング映画を完成させた。前作をはるかに上回る数のファイトシーンが収められた本作の裏側を明かした。

 本作は、来年1月1日よりABEMAプレミアムで配信版(全8話)が開始されることが決定しており、撮影は劇場版と同時進行で進められた。劇場版は、スターダムに駆け上がっていく選手たちの陰で“かませ犬”として踏み台にされる晃(森山未來)、児童養護施設で育った天才若手ボクサーの龍太(北村匠海)、テレビ番組の企画でボクシングの試合に挑む芸人の宮木(勝地涼)、三者三様のボクサーの人生が交錯する物語。

 初めは「前作で1試合作るだけでもスタッフみな倒れそうになっていたのに、今回は12試合。本当にできるんだろうか」と戦々恐々としていたという武監督。そのため、本作では元WBA世界スーパーバンタム級王者の佐藤修、元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二らボクシング界のスターを集め、プロボクサーでありトレーナーライセンスも取得している山本博(ロバート)も参加した。何と言っても見ものは、白熱のファイトシーン。『百円の恋』や『あゝ、荒野』などに参加した俳優、ボクシングトレーナーの松浦慎一郎と共に作り上げていった。

 「初めに松浦さんと打ち合わせをしました。昔の試合の映像を見てもらって『こういう感じのダブルノックダウンを作りたいんだけど』『こういう試合の、この瞬間を作りたい』と具体的に話していくんです。それからリングの模型を作って選手の動きを決めていき、松浦さんがボクシングの試合としての流れを作ってくれて、スタンドインを入れながら実際にボクシングの試合のようにビデオで撮る。そこから僕が『これだけ打っていたら疲れるから休憩するだろう』とか、『相打ちも入れよう』『ずっと当たりっぱなしだから空振りも入れよう』といったふうにギミックを入れてることで試合らしくしていくんです。そこまでやって、俳優さんに1か月ぐらいリングの上で練習してもらって、あとは本番という感じでした」

 重要だったのは、絶対に事故が起きないようにすること。3人のボクサーを演じる森山、北村、勝地共に身体能力に長けた俳優で、いずれもボクシングジムに通い肉体改造を行った。主演の森山は「スパーリングをやらせてほしい」「実際に打たれてみたい」と並々ならぬ意欲を見せていたと言い、撮影は「長すぎず短すぎず」がポイントだったという。

 「戦うシーンを撮影していると実際に興奮してくるし、疲れてくると微妙にタイミングにずれが生じていく。そういう時に(パンチが)当たってしまうんです。本当に当たるか当たらないか、数センチ単位の世界でやっているので。ボクシングというのはそういうスポーツなんですよね。試合において後半になるにつれて当たるようになっていくのは、選手が疲れていくから。だから俳優の状態を見極めながら止めるところは止めて。クールダウンしてもらって、もう一回テンションをあげて、の繰り返しでした」

 前編の晃VS宮木、後編の晃VS龍太の試合では、まるでリング上にいるかのような臨場感あふれるシーンに仕上がった。このリアリティーはいかにして生まれたのか?「リングの上にいるかのような感覚にさせるのはまさに狙いです。古今東西、ボクシング映画って僕も5、60本は観ているけれど、どうしても観客の視点になりがち。だけどこれはボクサーの話だから、ボクサーに聞こえる音というのをまず作りたいと思いました。リングの上ではこういう音が聞こえているというのをお客さんに届けるためには、カメラがリングから出ない。ボクサーが聞こえる観客の声、トレーナーの声で設計していくんです。最後は観客も一体になっているから、観客も含めた後楽園ホールの音の設計にしました。最終的には、お客さんがパンチを受けているのを体感できるぐらい、低音の振動がドンと響いてくる感じを味わっていただけたらと思いました」

 武監督は本作を「コロナ禍以前の集大成的な作品」という。現在、桜木紫乃の直木賞受賞作を波瑠主演で映画化した『ホテルローヤル』も公開中。総監督を務めたNetflixオリジナルシリーズ「全裸監督」シーズン2の制作も進行中と多忙な日々が続くが、「これからどういう作品を作っていくのかは新たに考え直して作劇していかないといけない。それは今、世界中が取り組んでいることだと思うけどなかなか難しい。映画の中でもコロナを描くのか。観たくない人もいると考えたら、過去を舞台にした作品を作るべきなのかもしれない」と先を見据えている。(編集部・石井百合子)