コロナ後を生き延びられるのか…アメリカの映画館事情
全米規模で映画館のドアが閉まって、ほぼ3か月。ようやく段階的なビジネス再開が始まる中、シネコンにもついに動きがあった。大手チェーンの一つであるシネマークが、来週19日にも、本拠を構えるテキサス州にある5軒を再オープンすると発表したのである。上映するのは過去作品で、入場者は定員の25%まで。また現地時間8日には、カリフォルニアでも12日から映画館をオープンして良いとの通達が出た。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)
しかし、カリフォルニア州内でも飛び抜けて感染者数が多いロサンゼルスでは、おそらく今すぐ動きはないだろう。郊外のでも、新作がないのにわざわざ開けるのかどうかは不明である。いずれにしても、今は助走期間。本番は、初めての新作、ラッセル・クロウ主演の『アンヒンジド(原題) / Unhinged』が出る7月1日からだ。珍しいことに今作は、コロナで公開を延期するのではなく、逆に早めている。製作スタジオのソルスティスは、通常なら超大作が押し並ぶ独立記念日の週末を独り占めできるチャンスと見たようだ。
だが、真の意味で注目されているのは、7月17日公開の『TENET テネット』である。ほかの映画が動いても、クリストファー・ノーラン監督によるこの期待作だけは唯一、当初のままの公開日を死守し続けてきた。その間、業界の受け止め方は、数週間前の「それは無茶では」から、「たぶん大丈夫」というふうにシフトしてきている。
それでも5週間先、状況がどうなっているかはわからない。最近はまた、連日の警察による人種差別への抗議デモで、新たな感染拡大が懸念されているところだ。そんなふうにはっきりしない状況では、マーケティングも難しい。今はコロナでスポーツがないため、男性の視聴者が多いそれらの中継番組にばんばんスポットを打つことはできないし、派手なプロモーションのイベントも行えない。とは言っても、大手スタジオの映画が4か月ぶりに公開になるというだけでも話題だし、ほかにライバルがいないのだから、たとえ50%の定員で開けたとしても、多数のスクリーンを占領することで補える可能性はある。問題は、この日までに、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴなど大都市で映画館がしっかりオープンしているかどうか。2億ドル(約220億円)以上の製作費をつぎ込んだ以上、それら主要都市を含めた世界規模での公開は、採算を取る上で絶対に妥協できないポイントである。
その翌週には、3月にプレミアまでやっておきながら突然公開が延期になった『ムーラン』、8月7日にはアニメ『スポンジボブ』の新作、14日には『ワンダーウーマン 1984』と続く。8月半ばまでのメジャースタジオ作品はそれくらいで、普段の夏とは大違いだ。この薄いラインナップがコロナ前の状況に戻るのは、おそらく2022年になるだろうと業界関係者は見ている。撮影自体がストップし、供給に影響が出ているせいだ。
そんな長い期間を、映画館は生き延びていけるのだろうか。そうでなくても近年、劇場チェーンの多くは、ストリーミングに負けてはならぬと設備投資に力を入れ、負債を抱えている。積極的に他の映画館チェーンの買収に乗り出してきた業界最大手のAMCなどは、負債額が53億ドル(約5,830億円)にも上る。4月、AMCは新たに5億ドル(約550億円)を借り入れ、返済プランの組み直しをしたが、大きなコロナの第2波が訪れた場合、経営破綻は免れないと見るアナリストも少なくない。
一方で、小規模なアートハウス系劇場では、配給会社の主導でこの時期を乗り切ろうという試みがなされている。インディーズ専門の配給会社キノ・ローバーが立ち上げたヴァーチャルシネマ「キノ・マーキー」は、コロナがなければ劇場公開される予定だった映画をオンライン配信するにあたり、利用者に劇場を一つ選んでもらうことで、チケットの売り上げが劇場にも行くようにする仕組みだ。ただ、これまでにどれくらいの客が利用したかは不明だし、これらの劇場にはコロナの前から経営が振るわなかったところも多く、どの程度の助けになるのかもわからない。それでも、映画館側の気持ちを無視して独断でストリーミング直行されるより気持ちがいいことに違いはないだろう。いつも以上に暗く、不安な世の中だけに、心遣いのありがたさも、いつも以上に胸にしみるはずである。