最高視聴率62.9%を記録した名作『おしん』から学ぶ「地獄を生き抜く術」
1983年、NHK連続テレビ小説『おしん』は、最高視聴率62.9パーセントを記録し、“おしんシンドローム”と呼ばれるほどの大反響を呼んだ。今年3月まで再放送され、若い世代も巻き込んで再び火がついた“おしん”ブーム。“しん”は数々の試練をどう乗り越えたのか──。
2019年から2020年にかけて再放送され、再び話題となったドラマ『おしん』。その面白さと魅力を味わい尽くすトークイベント「おしんナイト 2019」が、昨年11月1日に新宿のネイキッドロフトで開催され、立ち見が出るほどの満員御礼となり、好評につき6月に第2弾が開催される予定だという。
そこで、トークイベントに出演した『おしん』と橋田壽賀子フリークのドラァグクイーンのエスムラルダさん、ライターの成田全さん、音楽愛好家のひろぱげさんをお招きし、「週刊女性版おしんナイト」を開催!
『おしん』は“辛抱ドラマ”じゃない!
エスムラルダ(以下、エスム):アタシは小4で『おんな太閤記』を見て橋田壽賀子先生のドラマにハマり、小6で『おしん』を見た、1983年の本放送リアルタイム視聴世代!
成田:私は2003年の本放送20周年を記念した再放送が初見です。
ひろぱげ(以下、ひろ):僕は「連続テレビ小説100作記念」で昨年から今年3月までの再放送で初めて見ました。
エスム:三世代『おしん』ファンね(笑)。アタシは当時あまりにも『おしん』が好きすぎて、もらっていたお小遣い8か月分をはたいて、シナリオ集全4巻を買いそろえたの!
成田:昼休みに教室で放送を見られるよう担任の先生に掛け合ったり、シナリオ集を読みながら畦道を歩いて学校へ通ってたんですよね(笑)。
エスム:学校ではすっかり浮いた存在でした(笑)。
成田:『おしん』を見たことがない方って、小林綾子さんが演じた少女時代のイメージが強くて、幼くして筏(いかだ)に乗って奉公先へ行き、ひたすら耐えて辛抱する話と思いがちですが……。
エスム:それはもう、おしんの一生を描く長〜いドラマのほんの最初のところ。おしん=辛抱ドラマというのは、ちょっと合ってるけど、そうじゃないのよ!
ひろ:おしんってギリギリまで我慢しますけど、「これ以上は無理」となると何もかもを投げ出して逃げてしまうので、「あ、辛抱しないんだ」と驚きました。でも、そこにとてもリアリティーがありましたねぇ。
エスム:人間って何か理不尽なことがあっても、いきなり、その場で投げ出したりせず、後になって感情が爆発するものよね……。
濃密な話がひたすら前に進んでいく
エスム:実は『おしん』の第1回って、山形の小林おしんたちは出てこなくて、1983年当時の大人たちがワーワー騒いでいるばかりで、乙羽信子さん演じる老おしんがほんのちょっとだけ映るという、初めて見る人の度肝を抜く始まり方なのよね。
ひろ:「あれ? この人たち、誰なんだろう?」と思いましたもん(笑)。
成田:少女時代のおしんが登場するのは、なんと第4回の途中からですが、もうそのころにはおしんの波瀾万丈の人生がどうだったかが気になって、先を見たくてどうしようもない状態になっているという(笑)。
エスム:そして無駄な場面と回想シーンがなく、濃密な話がひたすら前へと進んでいくの。しかも毎回いいところで終わるし、週をまたぐ回では「おしんちゃん、来週どうなっちゃうの?」という場面で終わるんだよねぇ。最近の朝ドラって「ネタがなくなったのかな?」と思うような時間つぶしな展開があるけど、それが一切ない!
ひろ:あとは歴史のトピックが入ってますよね。好景気と不景気、関東大震災、太平洋戦争とか。
エスム:それがおしんの人生に絡んでくるのよね。だから登場人物の単なるわがままや心変わりではなく、◯◯があったからすべてを失ってしまったという展開になって、「この人ならこういうときにこう動くはず」と、その行動に納得できるんだよねぇ。
成田:登場人物の言動や行動で「やっぱりあの人の子だ、遺伝してる」と思うこともしばしばありますよね。なので『おしん』をずっと見ていると、親戚のような気分になって「あの人の家は、いろいろあったから……」みたいな感じになります(笑)。
エスム:あとは年齢だったり、見る立場によって変わる。若いときは「おしん、頑張れ!」と見ていたけれど、最近は乙羽おしんの気持ちが沁みるの……(笑)。
成田:わかります(笑)。そして見直すとディテールに気づいたり、「ここで、あのネタが仕込まれていたのか!」と脚本と演出の妙味に唸りますよね。
エスム:今回、見直してみて思ったのは、おしんは我が強いということ、そして意外と冷たくてお友達がいない、ということ。目上の人には可愛がられるんだけど、同年代の世話になった人にお礼とかあんまりしないのよね、おしん(笑)。
ひろ:たしかに! 僕はおしんが佐賀で世話になった義兄嫁の恒子が好きなキャラなんですけど、お礼くらいしてほしかったな……。
おしんに学ぶ!
成田:私が調査したところでは、ドラマの中のおしんは生涯20以上の職を転々とします。もうダメだと投げ出してはやり直す、の繰り返し人生!
エスム:おしんはもともと貧乏な小作出身だから、前提が「なくて当たり前」で、執着がないのよね。得たものにしがみつくのではなく、なくなったらまたやり直せばいいという考え方。
ひろ:80歳過ぎても、丸裸になったら一からやり直せばいいと言ってましたね。すごいバイタリティー。
成田:今はコロナ禍で、みなさん家にこもって日々、我慢や辛抱をされていますけど、物事に執着しすぎないことは、これから先の時代に必要な考え方になりそうですよね。
エスム:そうね。どうしても「手にしたものは手放したくない!」と思いがちだけれど、「もうダメ……」となっても、失ったらまた始めたらいい。そうやって手放せることこそ強さであることをおしんが教えてくれて、元気づけてくれる!
ひろ:ドラマでも、後悔したところで戻ってこない人や失ったものはいくつもありましたからね。リセットに強くなっていくのがおしんの人生ですねぇ。
エスム:本当に! 次に何をするか考えるほうが絶対にいいというのは、おしんの教えね! そして『おしん』を生み出した橋田先生が今年95歳でお元気というのも勇気づけられるわ。人生いくつになってもやり直せる……30代や40代で「人生おしまいだ」なんて言ってられませんよっ!
成田:『おしん』は全297回、時間にすると74時間15分という長丁場なので、見る前から怯んでしまう方も多いですけど、とにかく第1週の6回分を見てもらいたいですよね。もうそこで一気に引き込まれるはずです!
ひろ:僕は一気に引き込まれました(笑)。
エスム:小6のアタシは第1回で即ハマりでした(笑)。あとは意外な人が出演していたりするので、それを楽しむのも醍醐味よね!
成田:平泉成、光石研、仙道敦子、金田明夫、渡辺えり、ガッツ石松、おぼん・こぼん、斉藤洋介、長門裕之……きりがないので、敬称略です!
ひろ:そして、出てくるみなさんの演技は、どれも素晴らしい! 亡くなった方もたくさん出ているから、懐かしいですね。
エスム:橋田先生の代表作よね。もうとにかく面白いので、ぜひ見てください!
「おしんナイト」出演者が選ぶ名場面
エスムラルダ………………………第161回
おしんの店にヤクザ者が来てイチャモンをつけるんだけど、おしんが「お控えなすって!」と仁義を切るシーンが大好き! 挨拶の口上は第99回で仕込まれたもので、ここで来たのかという驚きもあるの!
ひろぱげ……………………………第166回
おしんが佐賀にいる竜三へ出した手紙を義母お清が先に読んで破いたものを、長男の嫁、恒子が拾い集めて裏張りして竜三に渡すんです。同じ嫁としてつらい思いをした恨みかも、という恒子にグッときました……。
成田全………………………………第126回
嫁姑&夫婦関係がこじれてギリギリ状態のおしんが、東京の髪結の師匠のもとへの脱出を計画、しかし仲間に裏切られて失敗、おまけに大ケガを負ってお先真っ暗状態に……。田中裕子の鬼気迫る演技は必見です!
ひろぱげ:劇伴音楽に詳しいマニアックな音楽愛好家
成田全:ライター
『おしん』のテーマの秘密!
ひろ:『おしん』のテーマ曲はメロディーが覚えづらいんですが、1年間、毎日聴くものなので、飽きがこないよう適度に難しいものになっているんです。色彩豊かなコード進行によって印象が明るくなったり曇ったりしながらカタルシスを迎え、主人公の流転する人生を描いています。
開演ベルとして機能する印象的なイントロは、私個人としては、一瞬風が吹いて、雪がドサッと落ちるイメージですね。また世界の民族楽器を使い、時代や民族を超えた雰囲気を醸し出すアレンジを施し、大地を踏みしめる力強いリズムは苦難を乗り越えるたくましさを感じさせます。
印象的なのが、劇中おしんが何かを決断する場面で必ずテーマ曲のメロディーが流れることです。重要な場面で変奏曲的に使うことで、さらに印象が強くなるんですね。
劇伴を担当した作曲家・編曲家の坂田晃一さんは、大河ドラマ『おんな太閤記』やアニメ『母をたずねて三千里』などもやっています。ぜひ聴いてみてください!
(取材・文/成田全)