「史上最速の戦闘機」の称号を半世紀にわたり保持するMiG-25は、それ以外をいろいろと割り切った戦闘機でもあります。技術的困難もかなりの力業で克服しました。何のためそこまで速さを追求し、なぜいまだ最速の座にあるのでしょうか。

史上最速戦闘機」の称号は半世紀前の戦闘機に

 速い「乗りもの」と言えば、なんといっても飛行機です。とりわけジェット戦闘機は、その飛行機を追い掛けて撃ち落とすことを仕事としているため、遅くては話になりません。ゆえにこんにちでは、よほど特殊な用途の機種以外はみな音速(マッハ:高度0mで1224km/h)を超える破格のスピードを持っています。


マッハ3.2を誇る史上最速の戦闘機MiG-25P。アルジェリア、シリアに十数機残っているともいわれるが運用状況は不明(関 賢太郎撮影)。

 その数あるジェット戦闘機において史上最速、ナンバーワンとして君臨する機種が、旧ソ連のミグ設計局が開発したMiG-25です。日本では1976(昭和51)年9月6日に、函館空港へ強行着陸したソ連防空軍戦闘機として知られています。

 そのMiG-25の最大速度は、実にマッハ3.2に達します(非武装時または偵察型)。何度か速度世界記録への挑戦を行っており、半径80km円周500kmコースの所要時間から実測された平均対地速度は2981.5km/h(1962〈昭和37〉年)でした。これはいまもなお円周500kmコースにおける飛行速度の世界記録です。航空自衛隊最新鋭戦闘機F-35Aの最大速度がマッハ1.6ですから、マッハ3.2はその2倍という、ちょっと信じられないような数字です。

 MiG-25の驚くべき速度性能は、1960年代にアメリカが開発したマッハ3級の偵察機A-12(SR-71)「ブラックバード」、同じくマッハ3級のXB-70戦略爆撃機に対抗することを目的としていました。

 しかしながらマッハ3を超える速度の達成は、容易なものではなかったようです。最大の問題が「熱の壁」です。

速すぎるとボディが溶ける! MiG-25はどう克服?

 マッハ3もの速度になると、機体の前縁で圧縮された空気が大変な高熱を生み出します。これは「熱の壁」などと呼ばれることがあり、大気圏再突入時に発生する高熱と同じ理屈です。熱の壁は飛行機にとって大きな問題となります。飛行機の構造材として広く使われているアルミ合金の融点を超えうるからです。

 アルミ合金は、軽くて丈夫でしかも加工しやすく安いという、飛行機の構造材としてはうってつけの金属です。しかしMiG-25は、その速度を実現するのに避けられない「熱の壁」の問題のためアルミ合金を使えません。その解決策として「鋼鉄」を使いました。鉄はアルミに比べ熱に強い反面、アルミと同じだけの強度を得るためには倍以上の重さぶんの量が必要となってしまいます。飛行機に対して「あんな鉄の塊が飛ぶなんておかしい」というジョークがありますが、鉄はデメリットが大きいため、実際に鉄を主要な構造材とする飛行機はほぼ皆無です。

 MiG-25は鉄によって熱の壁を解決しましたが、その結果として空気の薄い(抵抗の小さい)高高度へ上昇し、そして速く飛ぶ以外のすべてを捨てた、最大離陸重量40tを超える超大型戦闘機となりました。当然エンジンなども高高度の高速飛行に最適化されており、燃費は最悪です。大きな機体にものを言わせ、F-15「イーグル」の3倍近い14tもの大量の燃料を搭載しているにも関わらず、航続距離2575kmはF-15を下回ります。

最速の座に50年 伝説はいつまで続く?

 MiG-25は上昇高度記録も持っており、ほかの戦闘機では到達することさえできない高度3万5000mまで4分11秒で駆け上がります。そして超音速まで加速し、大型のレーダーと高性能ミサイルを活かして一撃を加えるという目的に特化、世界で最も優秀な防空用「迎撃戦闘機」として、ソ連防空軍をはじめ多くの国にも輸出されました。

 実戦経験も豊富であり、1971(昭和46)年にまず偵察型MiG-25Rがデビュー。高高度をマッハ3.2で飛ぶMiG-25Rをレーダーで発見できても、戦闘機も地対空ミサイルも容易に振り切ってしまうため、MiG-25は世界中に衝撃を与えました。そして戦闘機型も1991(平成3)年の湾岸戦争において、アメリカ海軍のF/A-18を撃墜しました。これはアメリカ軍にとって、ベトナム戦争以降の戦闘機VS戦闘機、唯一の敗北です。

 一方1970年代以降、飛行機に最大速度の向上が求められることはなくなりました。熱の壁の問題に加え、超音速飛行はあまりに燃費が悪すぎたためです。亜音速の巡航能力が重視されるようになり、戦闘機も非常時にマッハ1をわずかに超える程度の能力があれば十分となりました。結果として、あくなき速度競争の最終勝利者となったMiG-25は、現在に至るまで50年もの長きにわたり王座の地位に君臨しています。


発展型MiG-31B。新開発の電子走査レーダー、長距離空対空ミサイルとネットワーク情報共有システム搭載によって現代的迎撃戦闘機として生まれ変わった(関 賢太郎撮影)。

 MiG-25も亜音速飛行能力が重視されるようになり、最大速度を抑え燃費を改善した発展型MiG-31が開発されました。そして現在ロシアでは、MiG-31の後継を担う次世代迎撃戦闘機開発を計画しており、「MiG-41」とも呼ばれています。MiG-41はマッハ3から4以上の速度が与えられるともされます。

 MiG-25の伝説を受け継ぐ最速戦闘機が実現するか否か。その動向が注目を集めています。