エクスペリメンタル・ガストロノミー:食べにくいコース料理が教えてくれること
マーティン・カリクにディナーに招待されたら、覚悟しておいたほうがいい。トゲだらけのスプーンや、有機質をたっぷり含んだ土でつくった皿が出てくるかもしれない。デザートは、錆びた金属の細長い切れ端にのって出てくるだろう。
「難題をくぐり抜けてもらうことによって、ゲストやディナーのお客さん、そしてシェフたちを触発しようとしているんです」と、カリクは言う。「ゲストのなかには、なぜやりにくくする必要があるのか、なぜこんな変な食器で食べなければならないのかと聞いてくる人もいます」
ここまで聞くと、カリクが世界最悪のホストに思えるかもしれない。しかし、この“狂気”のテーブルマナーにも理由はあるのだ。
7年続く実験的ディナーイヴェント
カリクは、パートナーのヤウ・ヴィーンスマとともに、アムステルダムで「エクスペリメンタル・ガストロノミー」というイヴェントを主催している。2012年に始まったこのディナーイヴェントでは、一流のシェフが植物由来のフードを使ってつくった独創的なコース料理が、アーティストや職人が特別にあつらえた食器で提供される。食べ物と食器との既存の関係を断ち切ることによって、新しい食体験をつくりだそうとしているのだ。
「シュタインバイザー」の名で活動しているカリクとヴィーンスマは、これまで世界各地でイヴェントを演出している。18年にはミラノを拠点に活動するシェフの徳吉洋二を招いてスイス・バーゼルの植物園でディナーを開催しているほか、カリフォルニアではミシュラン3つ星シェフのデヴィッド・キンチを招いてエクスペリメンタル・ガストロノミーを主催した。
ディナーウェアには、浴槽の栓が付いた皿や、向かい側に座っている人に食べさせるために設計された特大サイズのスプーンなどが使われている。
食器を手がけるアーテイストたち
「シェフのアポイントを取り付けた瞬間から、そのシェフを中心としたアーティストや職人の情報収集を開始します」とカリクは語る。「モダンなジュエリー・アーティストの場合もあれば、織物職人や鍛冶職人、陶芸家、ファインアートを手がける芸術家の場合もあります。それぞれのアーティストの作品には、わたしやわたしのパートナーが求めている美学に一致する何かがなければなりません。つまり、『エクスペリメンタル(実験的)』である必要があるのです」
最新のエクスペリメンタル・ガストロノミーは、19年6月にアムステルダムで開催された。これまでで最も複雑なディナーとなったこのイヴェントでは、台湾のシェフであるアンドレ・チャン(江振誠)が、「over-the-top Asian(超アジア風)」をテーマに12品のコースメニューをつくり、15人のアーティストたちが食器やスプーン、フォークなどを提供した。
テキサス州の陶芸家アダム・ノッチェは、縁が不揃いな3つの皿をつくった。ひとつは炭、ひとつは赤褐色顔料、そしてひとつは質感のある白い釉薬が使われている。宝石職人のエルウィ・スクッテンは、美しい石を使って繊細な模様の付いた管状の皿をこしらえた。カリフォルニア州に拠点を置く金物細工師のジェイダン・ムーアがつくった、二股のフォークや頭が3つあるスプーンは、特に使うのが難しそうだ。
ゆっくりな食事でつながりを
アーティストが自分たちのデザインを事前にシェフに共有し、メニューに合うように手を加えることもあるが、それは食べやすい道具をつくるためではない。むしろカリクが考えているのは、このコラボレーションを「アーティストたちが非常に面白い作品をつくり、そこからシェフがインスピレーションを得る」ものにすることだ。確かに、管状の皿で提供するのが理想的な一皿を思い浮かべるのは難しい。そこがちょっとしたポイントなのだ。
「機能的な食器を使うと、食べるというプロセスが速くなります」とカリクは言う。「食器を機能的でないものにすることで、それを遅くできるのです」
いまはスマートフォンの画面をスワイプするだけでグリーンカレーを玄関先に配達してもらったり、1日のカロリー摂取量を完全栄養食で補えてしまう時代だ。そんなときに食事を強制的にスピードダウンさせ、目の前の食事や一緒にテーブルを囲む人々とつながらせる、というディナーのコンセプトは、ラディカルなように感じられる。
「食べ物とは、地下鉄で手づかみで食べるべきものでしょうか」とカリクは問いかける。「そうかもしれません。でもわたしたちがやろうとしているのは、食べ物を賛美するアプローチをとること、そしてそのようなコミュニティをつくることだと考えています」
確かに、隣に座った人とスプーンを分け合うことほど、人々をつなげるうえで効果的なものはないだろう。