「こんな大きな台風や長期停電は初めて」と困り果てた表情で語る南房総市の酪農家、奥澤捷貴さん(記者撮影)

台風15号による大規模停電が、古くからの生乳産地として知られる千葉県南部の酪農家を直撃している。

千葉県は生乳の生産量で岩手県に次ぐ全国6位を占め、年約20万トンの生産規模を持つ(2017年)。中でも房総半島南部は、日本酪農発祥の地として知られている。

南房総市和田地区で50頭の乳牛を飼育している黒川一夫さん(69歳)は、9月9日未明に停電が発生して以降、ともに酪農を営む2人の息子と対応に追われている。

絞った牛乳は畑に穴を掘って廃棄

「困ったのは電源の確保。停電発生から間もなくしてレンタル店に自家発電機を借りに行ったが、在庫がないと言われた。ほかの店から小さな発電機を借りてしのいだが、発電容量が少ないために搾乳は一頭ずつやるしかなかった。しかも通常1日2回のところを1回に減らした」(黒川さん)。

しかし、せっかく搾った牛乳は畑に穴を掘って廃棄しなければならなかった。というのも、発電能力の不足で搾った牛乳を冷やしておくための冷凍機を動かせなかったためだ。

平常どおりの1日2回の搾乳と冷凍機を同時に動かせる発電機を借りることができたのは停電から4日後の9月13日。出荷にこぎ着けたのは翌14日の朝のことだった。

発電機を持っていたことで、停電が起きた後も生乳の出荷を続けられた酪農家もある。

南房総市平久里下地区で70頭の乳牛を飼育する男性(49歳)は、「最悪の事態は免れえた。発電機1台で50頭を搾乳する搾乳機と牛乳1トン分を冷やせる冷凍機を同時に回せる」と話す。

ただ、ディーゼル発電機を所有していた酪農家でも苦労は絶えない。「東日本大震災の時だって停電はせいぜい1日だけだった。75歳になるが、南房総でこんな大きな台風や長期停電は初めてだよ」。南房総市の山田地区で祖父の代から酪農を営む奥澤捷貴さん(75歳)は今回の台風のすさまじさをこう語った。

かつて千葉県酪農農業協同組合連合会の会長を務めた奥澤さんは、東日本大震災の後、地域の酪農家に補助金を活用したディーゼル発電機の購入を呼びかけた。その奥澤さんも、今回の停電対応には「疲れ果てた」と語る。

「ディーゼル発電機の稼働で搾乳機や冷凍機に電気を送ることはできたが、搾乳機の洗浄に必要な水道水が復旧していない。水道の復旧には、電力の復旧が必要だという。山から湧いている水を使ったが、砂利などがパイプに詰まって、搾乳機が頻繁に止まってしまう。やむをえず、業者に何度も来てもらっている」(奥澤さん)。

奥澤さんが搾乳をできたのは、台風襲来による停電発生から20時間後のことだった。しかし、短期間でも停電によるダメージは大きかった。奥澤さんは「その間に牛の乳房が張って、痛え痛えって鳴くんだ。わずか1日、搾乳できなかっただけで3頭が乳房炎にかかってしまった。その牛の分は出荷できないから生乳を廃棄している。停電さえ起こらなければ、こうはならなかった」という。

台風と停電による被害が大きい南房総市、館山市、鋸南町、鴨川市の酪農農家が牛乳を出荷している千葉県みるく農業協同組合南部支所によれば、台風襲来前の9月8日時点で71トンあった1日の生産量は、台風から2日後の11日に34トンまで落ち込んだ。16日現在でも59トンにとどまるという。

長期化する停電に「離農を検討している」の声も

みるく農協南部支所には停電に苦しむ酪農家の声が多く報告されている。

「ディーゼル発電機は導入していたが、搾乳機と冷凍機、ファンを1度に動せば、電力が足りなくなる。まずは搾乳し、次に牛の体調を考慮してファンを回したが、その間に(冷凍機が動かないため)牛乳が腐ってしまった」


「(このままでは)息子たちに給料を払うのも厳しくなる」と表情を曇らせる黒川一夫さん(記者撮影)

「餌代は毎日かかるが、出荷量の減少により現金収入が著しく減っている」

「乳量を抑えようと餌を減らしているが、牛の体調が回復するまで少なくとも半年かかる。そこまで資金が持ちこたえられるか。離農も検討している」

冒頭の黒川一夫さんも先行きを危惧している。

「1日1回の搾乳しかできず、牛に大きなダメージを与えてしまった。ファンを回せなかったので熱中症のような症状が出た牛もいる。今いる牛がダウンしてしまうと次のお産が遅れ、乳量の回復も難しくなる。息子たちに給料を払うのも厳しくなる」

一日も早い停電の解消が求められている。