ABCクッキングのレッスンは講師と生徒が楽しく、友人のように語らいながら進められる(撮影:田所千代美)

料理教室大手の「ABC Cooking Studio」(ABCクッキング)は2月、NTTドコモとの資本提携を解消すると発表した。2014年にドコモが約200億円を投じ、ABCクッキング株の51%を保有していたが、3月中にすべて売却。5年間に及ぶ両社の資本関係にピリオドが打たれることになる。

ABCクッキング側は「(ドコモとの提携は)一定の成果を上げたと判断した」(柴田倫孝取締役)と語り、提携解消の詳細な理由は明らかにしていない。ただ、その背景には市場環境の変化がありそうだ。

両社は2014年の資本提携後、料理の作り方を発信する動画サービスを提供してきた。ただ、この5年間で、国内外の企業が料理動画ビジネスに続々と参入。似たようなサービスが乱立気味で、差別化が難しい状況になっている。

「ガラス張り」料理教室で飛躍

ABCクッキングは今後もドコモユーザー向けのコンテンツ提供を続ける一方、既存のリアル店舗の強化を進める。同社の柴田取締役は「誰にも真似のできない当社サービスの強さの源泉は、リアル店舗だという結論に行き着いた」と話す。

ABCクッキングは1985年、現代表取締役CEOの横井啓之氏が静岡県藤枝市に1号店をオープンしたのが発祥。その2年後に会社を設立し、以後一貫して料理教室を展開してきた。

創業以来、駅前の雑居ビル内などに教室を構えてきたが、飛躍のきっかけとなったのが1999年に初めて設置したガラス張りの「スタジオ」と呼ぶ教室の開設だった。埼玉県の「大宮ロフト」店内にスタジオを構えると、同店にキッチン用品を買いに来た客が、外からガラス越しに生徒が料理している様子を目にし、「外から見える”賑わい感”が何よりの宣伝効果を生み出した」(柴田取締役)。

柴田氏はそのことを「教室自体がショールーム化した」と振り返る。その後、商業施設内での出店も続け、客数は急増。1月現在全国のスタジオ数は126、生徒数は約28万人にのぼっている。

同社の特徴はスタジオだけではない。もう1つの特徴が、講師と生徒との距離の近さだ。2月のある平日の午後7時、東京・日本橋のABCのスタジオを訪ねると、4〜5人のグループが調理テーブルを囲んでいた。教室内の生徒20人のほとんどが20〜30代前半の女性。他社では年配の講師が目立つが、ABCの講師陣は生徒と同世代の20〜30代が目立っている。


教室では男性生徒の姿も見られる(撮影:田所千代美)

社名ロゴが入ったカーキ色のエプロンを着けていなければ、どの人が講師なのかわからないほどグループに溶け込んでいる。1人の講師につき生徒は最大5人まで。講師が一方的にデモンストレーションを行うのではなく、あくまで少人数の生徒の作業を中心にレッスンの内容を組み立てている。

「一人暮らしでご飯を食べるのは寂しいが、教室に来ると同世代の講師やクラスメートと話しながら料理を作れるので、楽しい」。日本橋のABCに通う20代女性はそう語る。単に料理を覚える場ではなく、「コミュニケーションの場」であることをABC側も重視している。

講師に必要なのはコミュニケーション力

こうした生徒との距離の近さは、実は講師に特別な力量を求める。決められた講義を一方的に提供すればいいわけではなく、レッスン含め2時間近く生徒がスタジオにいる間、飽きさせないコミュニケーション力が求められるからだ。

実際、生徒が講師名でレッスンを予約できるため、「100人待ち」の人気講師が出る一方、不人気講師のレッスンには1人も予約が入らないといった事態が生じたこともある。

その結果、「生徒を集められない講師は辞めていき、人気がある講師はさらにやる気を出すので、自然と講師の質が高まる」(柴田取締役)。熾烈な人気競争が、講師のコミュニケーションの質を底上げする。人気講師たちは、調理方法だけでなく、レッスンにきた生徒の名前もしっかり覚える。レッスン前後には、料理とは関係のない生徒の仕事の話なども聞き、再度同じ生徒がレッスンにやってくると、「この前の話はどうなったの?」などと声をかけて関係を築く。

単に料理を教える料理教室ではなく、その枠組みを超えたサービス提供とコミュニティづくりが顧客に「また来たい」と思わせ、リピーターをつくっている。

ただ、ここ数年は国内の商業施設の開業数が伸び悩んでいる結果、ABCのスタジオ数も同様に頭打ちの状態となっている。


頭打ち状態をいかに脱し、再成長にシフトするか。その一策がNTTドコモとの提携であり、料理動画コンテンツの強化だった。しかし、成長の道筋は思うように描けず、ドコモとの提携解消に至ったというのが本当のところだろう。では、「ドコモ提携解消後」に何を見据えるか。それが海外での収益拡大だ。

すでにアジア地域に積極展開している。2010年の中国・上海でのスタジオ開業を皮切りに、今ではアジアの8カ国17都市で計37教室を展開。海外の会員は日本同様、20〜30代の働く女性が中心で、会員数は約5万人にのぼる。

米ロサンゼルス進出も検討

アジア市場では日本以上に「コト消費」のニーズが高まっている。ABCのスタジオにも「日本の家庭料理」に触れられるというエンターテインメントの要素を求められるという。だからこそ、料理のスキルを教えるだけではなく、コミュニケーションを通じて生徒に居心地のいい空間を提供することが要求される。それは日本のスタジオとまったく同様だ。

「料理を教えることさえすれば客が集まると考える競合は多いが、当社のようなチェーンオペレーションを持っているところはない。細部まで簡単にまねできない」と柴田取締役は胸を張る。

そしてアジアに続く市場として視野に入れるのが、アメリカだ。柴田取締役は「アメリカの1号店として、ロサンゼルスの大型商業施設内へ今年中に出店する」と明言する。英語圏であるシンガポールで育成した人材をアメリカに投入し、アジアに集中してきた海外展開を今年から本格化させる。

料理とコミュニケーションを融合させたABCクッキングの戦略がアメリカでも成功するかどうかが、同社の再成長のカギを握っている。