医学部入試担当が語る「受かる子の資質」
■医師の育成経費は1人あたり1億円
東京医科大学の不正入試報道では、特定受験生の1次試験点数を加点し、合格させていたことが明らかになった。東京医科大の1次試験(一般)は、英語、数学、理科のペーパーテストになる。それからほどなくして、2次試験の結果が恣意的に操作され、女子と多浪男子が不利になっていたことも公になる。小論文、面接、適性検査といった2次試験は、1次試験合格者だけに課せられるものだが、一連の報道で、医学部医学科に2次試験があることを知った読者も少なくないのではないか。
医学部は、私立31校、国立43校、公立8校にあるが、全校で2次試験(国公立はセンター試験後の個別試験)が実施され、九州大学を除いて面接は必ず盛り込まれている。一般入試で面接が必須なのは、医学部の大きな特徴だ。
この面接試験は今に始まったことではない。医学部合格は、単なる大学入学の切符を得るだけでなく、受験生の生業が決まる就職試験的要素が強い。就職試験なら、本人を目の前にして適性の有無を判断する必要があるといえる。しかし、就職のためなら医師国家試験で実施してもよさそうなものだが、そこには別の要因が絡んでくる。
日本私立医科大学協会によると「私立医科大学における医学教育経費」は、学生一人あたり1年間で1833万円(2016年度)にも上る。6年間の総額は1億998万円になる計算だ。図3「2018年度医学部医学科学費一覧」をみてほしい。私立大学の学生が支払う6年間の学費は、1129万6800〜4550万円。学費と1億998万円の差額は、各校が独自に集める寄付金等以外にも、国庫からの補助金で埋められている。一方、国立大学の6年間の学費は、349万6800円だから、こちらはほぼ全額国庫で担われていると言っていい。
国の負担を考えると、ペーパーテストだけでなく、医師としての適性を入学前に測るのは、必然性がありそうだ。
近年、面接試験の重要性が増している。そこには医学部人気を背景に、医師としての適性を欠くと思われる受験生が合格してくるという現実がある。
ここ4〜5年は景気が上向いたことで落ち着いているというものの、依然医学部人気は続く。これは、18年度の私立大医学部の実質倍率が軒並み10倍を超えていたことからも明らかだ。人気に伴い難易度も上昇し、現在私立大の医学部の多くが、慶應義塾大学理工学部学門1・学門4や早稲田大学先進理工学部生命医科学科といった看板学部を凌ぐ、もしくは拮抗するまでになっている。国公立大も同様で、東京大学理科一類や理科二類に匹敵する学力が必要とされる医学部は少なくない。今や医学部合格は、私立大トップ校や東京大を狙う実力がないと手にするのが難しいのだ(図1)(図2)。
ここまで人気が高まる要因の一つに、受験生や保護者の“安定的高収入志向”がある。「リーマンショックの後“手に職”をつけ安定的に高収入を得たいと考える受験生が急増していった。特に都内のトップクラスの中高一貫校の理系上位者たちが東京大にするか、医学部にするかを迷って医学部に進学していった」と医学部受験を専門とする駿台予備学校市谷校舎の宮辺正大校舎長は説明する。
こうした状況は、首都圏だけではない。「バブル崩壊後は大企業でも定年まで勤め上げることは難しいと、高校生も肌で感じている。医師は社会的使命感、ステータス、高収入と三拍子揃った人気の職業。医師不足は、地方では特に深刻で、完全な売り手市場ということもあり、医師を希望する生徒は多い」と静岡にある医学部専門予備校工藤塾の工藤勝彦塾長は分析する。
■定員増と学費値下げが追い風に
そこに政府が掲げる地方の医師不足、偏在の対策が重なる。07年度までは7625人(私立・国公立大合計)に抑えられていた医学部入学定員が徐々に拡大され、18年度は9419人までに増加。そのことに受験生は、敏感に反応してきている。
さらに、大きな弾みをつけたのが、順天堂大学の学費値下げだ。学校法人の財務状況が改善したことから、財源の一部を「受験生の間口を広げる」(代田浩之医学部長)ことにあてるとして、08年度に学費を900万円下げ学費総額を2080万円にしたのだ。この動きに昭和大学、東邦大学、関西医科大学、帝京大学、東海大学、藤田医科大学、愛知医科大学、日本医科大学など体力のある大学が続く(図3)。
「サラリーマン家庭の多くは支払える学費に限度額があるもの。そのラインは2000万円台前半といわれていた」(宮辺校舎長)。それまで該当するのは慶應義塾大と東京慈恵会医科大学だけだったが、一挙に私立大の選択肢が広がった。順天堂大では狙いどおり多くの学生が集まり、駿台全国模試(17年9月実施)のA判定ライン(合格率80%)がアップし、68とトップクラスに。
医学部御三家とよばれる慶應義塾大の偏差値は77、東京慈恵会医科大70、学費の値下げをした日本医科大は69とどこも難関だ。入試に関する様々な制度改定・見直しなどがあり、単純にはいい切れないとはいうものの、バブル崩壊直後の約30年前と比較すると、どの私立大の医学部も難易度が上がっている。国公立大の難易度も私大ほどではないにしろ、確実に上がっているといえそうだ。注目すべきは、東京大学理科三類のA判定ラインが80であること。最難関学部であり続けていることは間違いない。しかし、現在は、“超”がつく難関になっている。一方、医師国家試験の学校別合格者状況を見ると、おおむね難易度の高い大学が、国家試験についても高い合格率を収めるようだ(図4)。
ここまで医学部の人気が上がってくると、大学入試センター試験でも85〜90%の高得点はほしいところ。「合格に必要なのは今や6年間。だからこそ、首都圏の中高一貫校が医学部入試に力を発揮する。それでも現役での合格は難しく、全体的な合格者比率は1浪、現役、2浪の順になる」(宮辺校舎長)、「国公立への現役合格は、地方のトップ校に在籍する生徒が、3年間みっちり勉強して手が届くかどうか。絶対に現役で合格しろというのはかなり酷な話」(工藤塾長)という状況にある。
こういったなかで疑問を抱く大学もでてきた。「インフォームド・コンセントやセカンドオピニオンが浸透して患者との信頼関係が重要視されるなかで果たして、ペーパーテストに強い=いい医者の卵と考えてよいものなのか」と当時医学部長だった東邦大学高松研学長は考え始める。そして、人間性を測るために面接試験を刷新した。
医師の適性を再検討し、2次試験の見直しに動く大学は珍しくない。東京大理三でも18年度入試(18年2月実施)から一時中断していた面接を復活。その理由を「将来、医療や医学研究に従事するのにふさわしい資質をもった受験者を学力試験の成績だけでなく、多面的・総合的に選考する必要があると考えたため」(入試課)とする。調査書・面接を含め総合的に判定し「学力試験の得点にかかわらず不合格となることがあります」と入学者選抜要項には明記されている。
実際に、学生時代トップの成績を収めてきたという証しやステータスを求めて医師になった人も存在する。そんな医師は、患者に対して「プライドの高さが態度にでて、落ち込んでいる患者の神経を逆なでするような発言をすることがある。そもそも患者の言葉を受け入れようという意識が低く、耳に入ってこないのだから、主訴は届かず、症状を見落とし、治療が遅れることがある」と、自らも外科医として日々患者と向き合う、恵佑会札幌病院の細川正夫会長は、多くの医師とのやりとりから問題を提起する。
■人間性を見抜きたい、医学部の面接戦略
東邦大が新しい面接方法として6年前、他校に先駆け導入したのが、MMI(Multiple Mini Interview)だ。MMIは短い質問を、部屋を変えて複数することで、多面的に受験生をみるもの。17年度からは、東京慈恵会医科大や藤田医科大でも用いられている。東邦大では、受験生は4つのブースを回る。ブースごとに倫理観、問題解決能力など同校が標榜する「患者としっかりと向き合えるよき臨床医」に不可欠な素養を測る質問が用意され、1人の面接官が受験生に次のような同じ質問(実際にかつて問われた)をする。
「小児がんを患う子どもに『なぜあなたは健康なのか? 不公平だとは思わないか』と質問されたら、どう答えるか。3分以内に回答してください(一部改変)」
非常に難しい質問であるが、「みているのは即座にどう対応するか。かつて志望動機を尋ねていたときは、受験生が皆万全の準備をしてくるので、差がつけられなかった。MMIは事前準備がしにくく、回答時間も限られているので、自分をよくみせる余裕はない。受験生本来の人間性や能力を知ることができる」と渡邉善則医学部長は考えている。これに加え15分の集団討論を実施。「高齢化社会対策」「今後の医療に必要なこと」といったテーマを与え、受験生4人の討論を2人の面接官が見守る。最終的に1人が全員の考えをまとめて述べる。
一般的に集団討論では、(1)人の話を聞き、(2)そのうえで筋道を立てて自分の意見を言えるか、そして(3)全体のやりとりのなかで協調性を問う、といわれる。受験テクニック的には「リーダー役を買い、上手くまとめられると高得点につながる」ことになっているが、渡邉医学部長は「必ずしもリーダー役が評価されるわけではない。看護師、薬剤師など多職種と共に働く際に必要なのは、全体を把握し最も効率よい流れをつくる力」と判断基準を説明する。
教員たちが何度も集まり検討を重ねるというだけあって、どの問題も深く考えさせるものばかりだが、「正解はないし、正解を求めているわけでもない。短時間で学生のすべてをみることは無理だとしても、我が校が目指す“よき臨床医”になりうるかという基準に立つと首を傾げざるをえない回答は毎年確実にある」と渡邉医学部長は語る。
MMI、集団討論ともに段階評価がなされ、1次試験のテストの得点も合わせて最終合格者が決まる。「6人の面接官のうち複数が適性に疑問をもった場合、判定会議で慎重に検討する仕組みになっている」(渡邉医学部長)。今の6年生がMMIの1期生なので、導入でよりよき臨床医が育成できているかの検証はもう少し先になるが、「話していて共感できる学生が多い」のは1つの成果といえそうだ。ただ、「他大学との併願者もいて、他校に進学していった2次試験の高得点者も少なくない。導入効果は長期でみる必要がある」と高松学長は考えている。
■大切なものから、人生観を探る
順天堂大では、1次試験時に記入した小論文と組み合わせて、個人面接を実施。小論文では、提示された絵や写真などをみて思うことを自由に述べる。「10人いれば10人が異なった考えをもつ。何に気づき、どう表現するのかを文章にすることで受験生の人間性が表れる」(代田医学部長)ことを狙う。
また、メダルや賞状、小学校以降の成績表など力を入れた活動に関する資料を持参させ、それをテーマに面接するのも順天堂大の2次試験の特色だ。1人の面接時間は20〜30分で、じっくり話に耳を傾ける。「大切にしてきたものについて語ってもらうと、行動の根幹をなす考え方、人生観に触れることができ、志望動機以上に人物理解につながる」と代田医学部長。
同校のアドミッションポリシーでは、学生に求めるものとして、(1)思いやり・倫理観、(2)コミュニケーション能力、(3)アクティブラーニング能力、(4)医学貢献に関しての国際的視点、(5)たゆみない自己研鑽の意欲が挙がっているので、こういった点を2次試験で評価していると予測される。
1次試験の点数がベースとなり、プラスアルファで小論文と面接で知性、感性、教養といった人間性を測り、最終合格が決定される。
さまざまな話をまとめると、面接試験の評価基準には、(1)人の心を読み取ったり、相手の立場になって考える力、そこからもたらされる思いやり・優しさ、(2)コミュニケーション力、(3)主体的に問題を発見し解決する力、(4)学習継続力、(5)ストレス耐久性・回復力、(6)倫理観などが挙がってくる。
医師に必要なのは、「心身共に弱っている患者の立場に立って考えられる思いやりと、難しくなりがちな病気の説明を患者にわかる言葉で伝えられる力」(細川会長)や、「毎年新薬の効果が検証され、がんの標準治療は次々に刷新されていく。一夜にして“治療の常識”が変わることがあるので、一生勉強し続ける姿勢は大切。どんなに医学が進んでも、残された時間が少ないことを伝えざるをえない場面はでてくる。患者や家族にどのように伝えるか、自ら考えて解決していく力も不可欠。患者の死がトラウマになり、メスをおいた外科医もいる。生と死が隣り合わせの世界では、タフでないとやっていけない」(国立がん研究センター中央病院・渡辺俊一呼吸器外科科長)という医師たちの言葉からも、前述の面接評価基準を納得してもらえるのではないか。
しかし、受験生は皆若く、今後たくさんの人生経験を重ねていくことは、面接官も重々承知だ。「みているのは、潜在能力で、医師としての伸びしろ」と2校の医学部長が口を揃える。
受験生にすれば、ともかく学科試験をクリアしなければ、面接のことを考えても仕方がない、というのが本音だろう。人間性をみるとなると一朝一夕に準備できるものではないからこそ、「対策の1つとして日々の生活の中で自分の意見をまとめ、相手に納得してもらえるような表現力を身につけるようアドバイスしている」と宮辺校舎長。
年が明けると、いよいよ受験シーズンに突入する。東京医科大の不正入試は大きな影響をもたらすことなく、医学部人気は高いままシーズンを迎える気配が濃い。
受験生には「医師は見方によっては安定した職業かもしれないが、向いていなかったときには潰しが利かない仕事であることも知っておいてほしい。一緒に働きたいのは患者の命を守るという熱い気持ちを持って動く医師」という渡辺科長の言葉を贈りたい。
----------
順天堂大学 医学部長
専門は循環器病学、冠動脈疾患の診断治療と予防、動脈硬化。2016年、順天堂大学医学部長、大学院医学研究科長に就任。研究者の目を持ち国際舞台や地域で活躍できる医師の育成を目指している。
渡邉善則
東邦大学 医学部長
専門は心臓血管外科。狭心症や心筋梗塞患者の冠動脈バイパス手術のスペシャリスト。幼い頃、手術で九死に一生を得た経験をもち、「人の命に関わる仕事に就くのなら、得意とする分野の技術を磨け」と母校の学生に説く。
高松 研
東邦大学 学長
専門は神経生理学、とくに神経回路の可塑性、記憶の分子機構。2012年から医学部長、2018年7月から学長に就任。カリキュラム改革と入試改革を進め、科学の目と人間性を備えた医療人の育成に尽力する。
----------
■▼【図1】国公立大学医学部 駿台全国模試A判定ライン(80%)
(医療ジャーナリスト 大熊 文子 撮影=尾崎三朗)