※写真はイメージです(写真=iStock.com/kokouu)

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日本で売買春は違法行為だ。では「パパ活」はどうだろうか。若い女性が「パパ」と呼ばれる男性と食事やデートをして金銭を受け取ることで、違法とは言い切れない。しかし他人に迷惑をかけなければ、何をしてもいいのだろうか。哲学者の岡本裕一朗氏がビジネスパーソン向けに行った講座から一部を紹介しよう――。(第3回、全3回)

※本稿は、岡本裕一朗『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)の第6講「ビットコインは国家を揺るがす」を再編集したものです。

■「自由」にはいろいろな意味がある

【岡本】経済活動において自由をどこまで認めるべきか。この問題を考えるためにまず、「自由」という概念について掘り下げてみましょう。

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一口に自由といっても、哲学的にはいろいろな意味があるので、誰が唱えている「自由」を考えるのかがポイントになります。

ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』が、一番古典的なものでしょう。おそらく日本でも、自由の概念はミルの考えに一番近いだろうと思います。ミルの自由論は小学生や中学生でも必ず知っている考え方です。世界的にも、ここ200年ほど主要な学説になっています。

正式には「他者危害則」といい、俗名は「自己決定原則」です。他人に危害を与えない限り何をしてもいい。日本風にいいかえると、他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいけれど、他人に危害を加えることは許されない。他者に危害を与えるか与えないかで、自由が許されるかどうかが決まるというのが、ミルの自由論の基本です。

■「私の勝手」vs. パターナリズム

たとえば女性が奇抜なメイクをしたからといって、それが他人に危害を加えるのかどうか。「こんなことをしたら人に笑われる」とか「趣味が悪い」といわれるのは、彼女自身がそれをどうとらえるかの問題です。その人自身の不利益になる行ないは容認するのがミルの考え方で、他人に対して危害を与えることは基本的には許されないけれど、自己危害については放置します。

こうした姿勢を「パターナリズム(父権的温情主義)を禁止する」といいます。

もともと「パター」が語源的に「お父さん」からくるので、お父さんのように子どもを守り、おせっかいを焼くのがパターナリズムの基本です。

ミルの考え方は、「他人に迷惑をかけなければ私の勝手でしょ」というものですが、その「私の勝手」に対して、いやいやそんなことをするとあなたが困るよ、それはあなたのためにならないですよとやめさせるのがパターナリズムです。日本ではパターナリズムが多く見られるといわれます。

「おせっかいはやめて」と主張することは、「愚行権」という言い方をします。愚かな行ないも、それは私の問題であって、他人がとやかくいうことではない、ということです。

■「私の体を使って働いて得たものは私の自由」か

ミルの自由論の他に有名なのは、同じイギリスの思想家、ジョン・ロックの自由論です。彼は二つの自由論を説きました。

『答えのない世界に立ち向かう哲学講座――AI・バイオサイエンス・資本主義の未来』(岡本裕一朗著・早川書房刊)

一つめは身体自由論。私の身体は私のものであって、それをどうしようと私の自由であるという考えです。

二つめは労働自由論といい、私が労働によって得たものは私のものであり、それをどうしようと私の自由であるというものです。「自分で働いたお金をどのように使っても私の自由」という感覚は、みなさんお持ちではないでしょうか。

身体自由論と労働自由論を合わせると、「私の身体を使って働いて得たものは私の自由」となります。これは正しいと思いますか、間違っていると思いますか?

■美容整形の自由論

たとえば美容整形を考えてみましょう。最近では日本でもかなり受け入れられてきました。「本人が望むのであれば反対する理由はない」と考えるのであれば、自己決定原則だからミルの自由論です。「自分の身体をどうしようとそれは本人の勝手」と考えるのはロックの自由論です。

あるいは、「美容整形で本人の心が明るくなるのならばやったらいい」という考え方もありえます。これは誰の考えでもないですが、ポジティブ思考というべきでしょうか(笑)。

「人は見た目が10割」という考え方もあります。いうなれば、ニーチェの考えです。ニーチェは弱者のルサンチマン(逆恨み、嫉妬)を批判するのですが、「人間顔より心が大切」という世間の道徳は、「顔」で勝負できない弱者のルサンチマンに聞こえます。

ミル、ロック、ニーチェまで並べると、なかなか崩せそうにないですね。

ここで、次の問題を考えてみましょう。

■「パパ活」は禁止すべきか

(問題)組織的な暴力に関与しないような、本人の意志にもとづく「パパ活」や売買春は禁止すべきか?

選択肢は以下の三つとします。

(1)本人がよければ、別に禁止する必要はない。
(2)社会的な制度として認めることはできない。
(3)積極的に容認する方向で、安全な制度を考える。

(5人程度のグループに分かれて10分間のディスカッション)

【岡本】さて、いかがでしょうか。

【受講者A】まず、本人の意志だけにもとづいて許可する(1)は、性感染症についての知識が完全でないまま性交渉に及ぶリスクがあります。お金がほしいからとりあえずやってみてあとで大変なことになる事態を防ぐ必要があるのではないでしょうか。

一方で、そういうことを一切合財禁止してしまうと、特に男性にストレスがたまり、社会的なひずみが生じてしまうのではないかという意見も出ました。歌舞伎町や六本木がなくなるとどうなるだろうと想像すると、一概には否定できません。

結果的に、(3)なのかなと。

■他人の自由にどこまで関わるか

【受講者B】前回のバイオサイエンスの話に立ち返ると、遺伝子操作を認めたくない理由の一つとして、自分が考える社会のあり方が侵されるという恐れが挙がりました。今回も、同様の感情が大前提にあるのだと思います。

ですが、これは結局、たとえばトランプ大統領がゲイを毛嫌いするのと変わらないスタンスという気がします。積極的に促進する(3)は行き過ぎとしても、(1)がいう、禁止する必要はないという点については、個人的には同意せざるを得ません。

【岡本】他人の自由に対してどのように、どこまで関わるのかは、非常に大きな問題ですね。

逆に、積極的に禁止すべきというご意見はありますか?

【受講者C】個人といっても、完全に独立した存在ではありません。社会のなかの個人であって、他者と切り離すことはできませんから。したがって、ある程度禁止をしたほうがいいと思います。

【岡本】「何をしようと個人の自由ではないか」という主張に対して、そもそも個人とは一人だけで成立するのだろうかと問うわけですね。『これからの「正義」の話をしよう』で有名なアメリカの哲学者、マイケル・サンデルの立場がこれにあたります。

■労働の商品価値

この問題は非常に単純そうに見えますが、他人の行為を禁止するときに、どんな根拠にもとづいているのか、そもそも根拠などあるのだろうかと考え始めると、なかなか答えが出しづらかったのではないでしょうか。

自由に商品を売買する社会が資本主義の大前提です。Aさんが商品を、Bさんがお金を持っていて、商品とお金を交換する。このとき「いくらで売れ」と暴力的に強制するとか、地位や身分で値段を設定するのではなく、対等の立場で、両者が合意した場合に交換が成立する。これが資本主義の最も基本的な原則です。

一方が売りたいと思っていても、買う人がいなければ安くなってしまいます。あるいは、積極的に売りたくなくても、高値で売れれば仕方なく手放してしまうかもしれません。市場がどう判断するのかは非常に重要です。

■マルクス主義では「結婚は合法化された売春」

マルクスは人間の身体を労働力という形で商品化し、概念化しました。商品所有者は商品を売ってお金を得る。では、商品を持っていない人はどうするかというと、自分の身体によって商品をつくる能力が商品である、というのです。「労働力商品」とマルクスは呼んでいます。

賃金は労働力という商品に対する対価だし、それをいくらで評価するかは、その人が持っている能力によって変わってくる。たとえばお医者さんは商品価値が高い、マクドナルドのアルバイトはそれと比べて専門的な能力はいらないので賃金は安い、というように。社会的なニーズ、商品の付加価値の違いが、賃金に反映されます。

売買春は、こうした資本主義の原則にもとづいています。ロックの身体自由論にも基本的に合致しているし、ミルの他者危害則にも合致している。ならば、これを否定する根拠はあるのでしょうか。

売買春は「被害者のいない犯罪」といわれます。他人から奴隷のように強制される売春は論外として、身体を売る側と買う側の自由な合意のもとで、資本主義の大原則にのっとり成立した売春においては、いったい誰が被害者なのか。

マルクス主義的にいえば、「結婚は合法化された売春」です。制度化されれば結婚、制度化されないと売春ということになるのかもしれません。

このように、犯罪とみなされるような行為に関してであっても、資本主義の原則のもとで考えた場合、自由を否定する理由を見つけるのはとても難しいのです。

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岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
玉川大学文学部 教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。

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(玉川大学文学部 教授 岡本 裕一朗 写真=iStock.com)