「電動自転車の充電OK」欧州の通勤列車に登場
2018年のイノトランス会場に並ぶ展示車両。今年は高速列車の展示がなく、いちばん目立つ正面には通勤型、近郊型の車両がずらりと並んでいた(筆者撮影)
今年の国際鉄道技術専門見本市「イノトランス」は高速列車の展示が皆無で、通勤・近郊輸送用の車両ばかりが目立った。最新の超特急を期待して来場した人にとっては、華のない展示だったと思うかもしれないが、多くの人が毎日通勤・通学で利用するこういった車両こそ日常生活には欠かせない存在である。もちろん鉄道会社にとっても、地域輸送を担う重要な戦力として、メーカー・車種の選択には神経を使っていることだろう。
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通勤・近郊用車両は、高速列車や特急列車よりはるかに需要が多く、最新モデルが毎年次々と登場するので、2年おきのイノトランスに展示されないことはない。新型だからといってつねに最新技術を搭載しているわけではないが、利用客や鉄道会社からのニーズに応えて細かい部分の改良が続けられており、いわばその時代を映す鏡と言っても過言ではない。
今年の通勤・近郊用車両のトレンドは、いったいどんなものだったのか。イノトランスの展示から、いくつかピックアップしてみた。
電動自転車用コンセントが普及
2018年の各展示車両の中で最も目に付いたのが、自転車置き場に設置されたコンセントだ。列車への自転車積載が一般的なヨーロッパでは、車内に自転車置き場があるのが一般的だが、このコンセントは電動自転車の充電用コンセントである。
オーストリア鉄道(ÖBB)の近郊用車両「シティジェット」に設けられた自転車置き場。窓の下に見えるコンセントが電動自転車充電用(筆者撮影)
電動自転車というと、日本ではいわゆるママチャリ、つまり街中での利用を目的としたシティサイクルのイメージが圧倒的に強いが、自転車専用道路が普及しているヨーロッパ各国では、趣味や家族旅行でサイクリングをする人が非常に多く、長距離走行用スポーツタイプやマウンテンバイクにも電動タイプが用意されている。
ヨーロッパでサイクリングを楽しむ人たちの多くは、自宅から目的地までずっと自転車に乗る人は少なく、列車などの公共交通機関に自転車を載せて、目的地周辺で下車してからサイクリングする例が多い。その車内にコンセントがあれば、列車での移動中に充電も済ませることができるわけだ。
近郊列車でも客席にコンセントを設置する例は珍しくなくなったが、中には今回展示された日立製のイタリア向け新型近郊電車「ロック」(2018年10月26日付記事「日立vsアルストム『イタリア電車対決』の軍配」参照)のように、客席にはコンセントを設置せず、自転車置き場にだけ設置している車両もあるほどだ。つまり、それだけ電動自転車が普及し、利用客のニーズが高まったということなのだろう。
ポーランド・ネヴァグ社製の新型電車「インパルス2」は、通常のコンセント以外にUSBポートを備え、スマホ利用者のニーズに応えている(筆者撮影)
オーストリア鉄道向け近郊電車「シティジェット」を展示したボンバルディア。車種は同社が長期間にわたって製造している近郊型車両の最新モデル、「タレント3」だ。この車両も客席にコンセントを備えている(筆者撮影)
一方、客席のコンセントは、かつては優等列車にのみ設置されていた特別な装備だったが、現在では近郊列車にも普及している。中にはコンセントだけではなく、スマートフォンの充電用にUSBポートを備えたものもある。
充電用の設備が普及した一例として挙げられるのが、オーストリア鉄道の近郊用電車「シティジェット」だ。同鉄道は前回2016年に続き、今回のイノトランスでもシティジェットを展示したが、2016年に展示された車両(シーメンス製「デジーロML」)はコンセントを設置していなかったものの、今回展示された増備車(ボンバルディア製「タレント3」)は、コンセントに加えてUSBポートも設置していた。
コンセントやUSBポートは、2年前の時点でシーメンスも用意できたはずだが、その時点では鉄道側が、近郊列車にコンセントは不要と判断したわけだ。増備車では乗客のニーズに応える形で設置したのだろう。時代の変化を感じさせる。
最高時速160kmが当たり前に
スウェーデンの新しい地域輸送事業者Mälartåg向けの2階建て車両。スイス・シュタドラーの2階建て車両「KISS」だが、建築限界が大きい北欧向けに、車体は大きめに造られている(筆者撮影)
現在、ヨーロッパの近郊用車両の最高速度は、蓄電池式電車のような一部の特殊車両を除いて時速160kmが標準となっている。かつての近郊列車は時速120kmから140km程度が標準で、160kmを出せる列車はかなり俊足の部類であったが、現在ではスイスのシュタドラーが製造したスウェーデンのMälartåg向け2階建て車両や、チェコのシュコダが製造したドイツ鉄道のミュンヘン・ニュルンベルク・エクスプレス用2階建て客車のように、最高速度を時速200kmにまで高めた高性能な車両もある。
これらは一応、近郊用と位置づけられてはいるが、性格的には近郊用と都市間急行用の中間に位置づけられると言えるだろう。もっとも、高速化はインフラ改良とセットでなければ実現できないことで、車両の性能上は時速160km走行が可能でも、線路状態や信号システムによっては、それ以下でしか走ることができない。
また、これは近郊用車両に限った話ではないが、最近は電車と気動車、バッテリー駆動車の垣根がなくなりつつあるのも、1つの潮流と言える。
ポーランド・ネヴァグ社製の近郊型電車「インパルス2」(筆者撮影)
「インパルス2」の車内。車輪付近にスロープを設置し、段差をなくしたフルフラット構造が特徴となっている(筆者撮影)
たとえばポーランド・ネヴァグ社の近郊型電車インパルス2は、2016年に展示されていた前モデルに、新たにディーゼルエンジンを搭載できるというオプションが加わった。エンジンを搭載することで、従来のディーゼルカーなら電化区間であってもエンジンによって走行していたのを、電化区間では電力、非電化区間ではエンジンを使うことでエネルギーを効率的に使うことが可能となり、排気ガスを抑制することができる。
この車両の場合、エンジンの搭載方法は、エンジン付きディーゼルモジュールを連結するか、もしくは車体にディーゼルエンジンをそのまま搭載するかを選択できる。エンジン付き車両を挟むと無駄なスペースが増えて一見非効率的に見えるが、近年の低床式車両は床下のスペースが広くないため、非電化区間での運行時間が長い場合、燃料タンクの容量を増やしたエンジン搭載のための専用モジュールを別に用意できるというわけだ。
バッテリー駆動も普及の兆し
一方、バッテリー駆動の車両としては、シーメンスの「デジーロML シティジェット eco」が展示された。バッテリーそのものがまだ開発途上のため量産車両の展示はなかったが、同社が2年前に展示したオーストリア鉄道向けのデジーロML型にバッテリーを搭載したタイプで、今回は電気・バッテリー駆動両用として再展示された。
現車はオーストリア国内において試験運行がスタートしたばかりで、冬季の低温時にバッテリー性能が保たれるかなど、今後は年間を通じた実験でデータを収集していくとのことだ。この車両の具体的な量産開始時期などは明示されていないが、バッテリー駆動の車両は使用環境こそ異なるものの、日本ではJR東日本のEV-E301系ACCUMや、JR九州のBEC819系DENCHAなどですでに実用化されている。開発が進めば量産型がデビューする日もそう遠くはないだろう。
通勤・近郊型車両と都市間急行用車両の垣根もなくなりつつある。かつては優等列車と近郊列車は完全に異なる車体や機器が用意されていたが、近年はもともと近郊用車両として設計された車両を優等列車に使用する事業が見られるようになってきているのだ。
ポーランド鉄道(PKP)でインターシティ用に使われる、スイス・シュタドラー製の車両「FLIRT160」。もともとは近郊用として設計された車種だ(筆者撮影)
さすがに高速列車の車体や機器を用いた近郊用列車は存在しないが、近郊用として設計された車両が長距離を走る優等列車に使われる例は見掛けるようになった。
日本でもかつては4ドアの通勤型と3ドアの近郊型が分けられていたが、近年は同じ形式を使用し、路線ごとに座席配置や編成を変えることで差別化を図る例が一般化している。だが、運行する距離を除けば類似した使用環境である通勤型と近郊型の共通化はさておき、本来はまったく使用環境の異なる優等列車に近郊型車両を使用するのは、日本的感覚ではいささか違和感を覚えるところだ。
長距離運行時の居住性は…?
運行会社のさまざまなニーズに応えるため、メーカー側も扉の数や位置、内装などに長距離運用向けのオプションを用意している。たとえば近郊用として使用される車両の場合、ヨーロッパでは通常、1車体につき片側2〜3カ所のドアが設けられるが、1カ所のみ、もしくは編成の一部の車体にはドアを設けず、別の車両から出入りさせるような使い方をするところもある。
また、低床・連接式の近郊型車両の場合は、利用客が乗降しやすいようにデッキがないため、ドア開閉時にすき間風が入ったり静粛性に難があったりするが、優等列車用として使用する場合は、ドア付近に客室との間を隔てる仕切りを設けて対処している。ただし、実際に営業運転で使用されたとき、これでどの程度すき間風の防止や静粛性が保たれるものなのか、興味深いところだ。
最も注目を集める屋外展示に高速列車がないという不満の声が聞かれた2018年のイノトランスではあったが、その近郊型中心の展示車両から、今の利用者や事業者のニーズを読み解くというのは、ファッションの流行などとも似たようなもので、意外と面白いものなのである。