店主の石川浩さん(写真=お菓子の家スワン)

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「おいしい」のに、潰れてしまう。そうした店の多くは「自分の店に対する深刻な誤解」に気づいていない。埼玉県春日部市の洋菓子店「お菓子の家スワン」は、熟練のケーキ職人である店主が150種の商品を取りそろえていた。だが経営的には苦戦。そこで採った戦略が「ロールケーキへの絞り込み」だった。単価が安いと敬遠していたロールケーキは、なぜ店を救うことになったのか――。

※本稿は、岡村衡一郎著『「会社に眠る財産」を掘り起こせ!』の一部を再編集したものです。

「あなたの会社の財産は何ですか」と尋ねられて、即答できる人は少数派です。「お菓子の家スワン」店主の石川浩さんも、まさにその一人でした。石川さんが自社の財産を探し当て、繁盛店への道を切り拓いていったプロセスを紹介します。

■「おいしい」のに売上は1日に10万〜15万円

「うまい! こんなにうまいのに、なぜもっと売れないのだろう?」

それが、私がお菓子の家スワンを訪れ、自慢のケーキを試食させてもらったときの第一印象でした。初めて私が店に訪れたのは今から18年ほど前。当時のお菓子の家スワンは、埼玉県春日部市の駅前商店街にある20坪ほどのケーキ店でした。

今は、地域の方にとって、「近くにお店があることがうれしい」繁盛店です。当時は、商店街の衰退とともに経営は苦戦を強いられていました。店主の石川さんは50歳にさしかかる年齢でした。ケーキ職人としてすでに名人の域に達しており、150種を超える商品に文句のつけようはありません。

事実、お菓子の家スワンは、地元のお客さまから素朴なおいしさが支持されていました。それにもかかわらず売上は、1日10〜15万円ほど。家賃と従業員2人の給料、材料費、光熱費を払うと、手元にお金は残りません。全品手抜きなしですから、手間暇は惜しみません。石川さんは、ケーキの開発に熱心で、手元にわずかに残った利益は設備の導入や新作の研究費に費やしてしまいます。

この状況に強い危機感を持っていたのは、奥さまであり、マネージャーを務めていた真弓さんです。私のコンサルティング先であるコーヒー店の女性店主から紹介されて、真弓さんに初めてお会いしたときの第一声は、

「何とか売上を伸ばしたいのです」

でした。一方、ご主人の石川さんはというと、

「このケーキには、こんなこだわりがあります」

と熱心に製法のこだわりを私に教えてくれます。石川さんと真弓さんの切実さは、それぞれ別のところにあったようです

■最先端を目指しながらもスーパーを意識

話を聞いていくと、おいしいけれど、売上が伸びない理由がわかってきました。

石川さんがこのとき目指していたのは、銀座の高級店にもひけをとらない「流行の最先端をいくスタイリッシュなケーキ屋」です。なるほど石川さんの腕なら、シティホテルのパティシエにも負けないおいしいケーキがつくれるでしょう。けれど、流行のケーキというのは、味だけではなく、立地、デコレーション、パッケージまで含めて勝負をしています。

ケーキ職人としての腕はよくても、当時の石川さんは、ブランディングは門外漢でしたし、地方都市の地元客を相手にした商店街と、車や電車でわざわざ足を運ぶお客さまが大勢いる銀座では客層が異なります。

それでいて石川さんは、春日部駅からちょっと離れたところにできたショッピングセンターや近所のスーパーのことを必要以上に意識していました。ショッピングセンターができてから商店街は客足をとられていくばかり。店の前を通り過ぎる人もまばらで、店主としては気をもむのもわかります。

都会の高級店を意識した商品の開発。近所のチェーン店と戦うための値付け。この焦点の当て方が、自店の売りをあいまいにしていました。お客さまが店に求めていたのは、銀座にあるような装飾性の高い商品ばかりではありません。ショッピングセンター内にあるチェーン店の洋菓子とは、「素材(材料)とつくり(加工)」が違います。

■「本当の財産」は足元にあった

さっそく、私たちは財産探しに取りかかりました。この時点で、お菓子の家スワンは、創業24年です。その歩みを整理してみました。私がインタビューする形で、「洋菓子とお客さまの関係」「自分の努力」「主力商品」の3つを縦軸、「修業時代」「導入期」「展開期」「安定期」の4つを横軸にした、縦4マス×横5マスの合計20マスの図をつくり、時代と行動の意味づけをしながら、財産を掘り下げていったのです。

販売数量は、POSデータがあるわけではなかったので詳細はわかりません。接客と経理を担当していた真弓さんのメモと日々の売上記録をもとに、創業から現在までの商品別の売上をさかのぼっていきました。ただし、手書きデータを集計するのは、さすがに時間がかかりすぎます。そこで4月、8月、12月の3カ月分に絞って商品ごとの販売データを集計しました。簡便法で売れ筋を見ていくことにしたのです。

このときに石川さんに主力商品を尋ねると、「一番はショートケーキです」と言います。ケーキ店にとって基本中の基本の商品で、店の実力がはっきり出る商品です。しかし、ショートケーキの売上を集計してみると、ダントツの売上を誇る商品ではありません。そこで「ショートケーキの次に大事な商品は何か」と質問してみることにしました。すると、

「菓子店の売上をつくるのは焼き菓子です」

とのこと。話にもとづき集計してみると、たしかに焼き菓子全体ではそれなりのボリュームがあるものの、パウンドケーキやクッキーなどを個別に見ていくと、売上は分散してしまいます。こうして集計してみたところ結局、一番売れているのはロールケーキであることがわかってきました。けれど石川さんは、ロールケーキに今以上の力を入れることに難色を示します。差別化が難しく、儲けも出にくいというのです。

■ケーキは「スポンジ」が命

それならば、内容をよりよくして値段を上げてはと、提案してみたところ、

「近所のスーパーが、ロールケーキを1本200円で売っているのに、それ以上に値段を上げたらとても対抗できないと思うのです」との返事です。

そもそも200円の商品に対して、600円という価格で対抗できているとは、私には思えませんでした。それでも売れているというのは、価格以外の価値をお客さまが受け取ってくれているからです。第三者から見るとわかりやすい状況が、当事者には見えにくいことがあるのです。

そこで、私は質問を続けます。

「では、ケーキにとって、もっとも大事なものは何でしょうか」
「スポンジでしょうね。すべてのケーキはスポンジを土台にしているのですから。それに、生クリームやチョコレートの味は素材でほぼ決まるけれど、スポンジだけは焼き加減。職人の腕が勝負です」
「焼きに関してかなり研究したのですか」
「かれこれ30年になりますかね。修業時代に師匠に『スポンジがケーキの命』だとたたき込まれましたから」

自分が努力してきた焼きの技能が財産であるのは、一人で考えていても見えにくいものです。話をしていく中で、石川さんが確立した、あらゆる状況に応じて最適な火加減を可能にする1500通りの調整法の価値が見えてきます。

天候や素材の状態、焼き上げるスポンジの種類に合わせた微妙な火加減の調整の記録は段ボールにどっさりと保管されていました。しかも「窯のメーカーから調整のしかたを教えてほしいと言われた」と、プロが認めた技術レベルにあることをさらっと口にします。

■すべての線が「ロールケーキ」につながっていた

答えはすでに出ていたと言っていい状態でした。石川さんの焼きの技能が集約したロールケーキは、スポンジのうまさがダイレクトに伝わります、自家消費にも手みやげにも向いています。

すべての線が「ロールケーキ」へとつながっているように思えます。しかし、店主の石川さんに、「スポンジのうまさがもっとも生かされる一品は何ですか」と話を向けても、「そりゃあ、全部ですよ。スポンジは土台ですから、すべてが大切な商品です」と、私となかなか話がかみ合わなかった思い出があります。

石川さんが「ロールケーキが自身の財産が凝縮した商品だ」と納得できたのは、商店街の年間集客数との連関でした。商店街組織で集計していたものを真弓さんが探してきてくれたのです。見てみると、商店街の歩く人の減少とロールケーキの売上は、無関係であることがわかります。

お菓子の家スワンのロールケーキは、それだけ人を引き寄せる力がありました。お客さまは、ロールケーキがおいしいことを知っていて、買い求めるためにわざわざ来店します。しかし、自信を持った訴求をしてはいなかったのです。

「ロールケーキがカギになる」。ようやく納得してくれた石川さんですが、一つの商品にだけフォーカスするためらいはなくなりません。どれも精魂込めてつくり上げた大切な商品だからです。

しかし、「どれもおすすめ」では、お客さまにとっては、どれもおすすめではなくなってしまいます。この理解が腹に落ちるのは、やってみて本当にお客さまが増えるまでは難しいものです。

■5倍、10倍と増える売上

すべての商品に愛情のある石川さんを真弓さんがリードする形で、とにかくロールケーキを前面に押し出していきました。改めて商品を改良した上で、抹茶味やチョコ味のバリエーションをそろえ、価格を価値に見合った800円に設定しました。商品名には店名を入れ「スワンのロールケーキ」とし、商品づくりに込めた石川さんのメッセージを添えた手づくりのポップやチラシを制作して、お客さまに知らせていきました。

ロールケーキを主力商品(一品)に育て上げるために、売ると決めた分だけ商品をつくりました。それをガラスケースいっぱいに陳列。ロールケーキを前面に打ち出したチラシも新聞などに入れました。また、「なぜおいしいのか」の理由を接客するときに説明。今までの2倍、3倍とつくった分を若手スタッフも巻き込みながら見事に完売。製造数を増やして陳列したところ、当初の5倍、週末には10倍と売上は増えていきました。

■1日に1000人以上が訪れる人気店に

お客さまが思い出してくれるような商品があることで、店まで足を運んで買ってくれる。何度かリピートして食べているうちに、他の商品が気になる。試しに買ってみたら、「これもおいしい」となり、次の商品へと波及していきます。

あれから18年がたちました。ロールケーキを起点にしたお菓子の家スワンは、閑古鳥が鳴いていた商店街にありながら、決して売場面積が広いとは言えないのに1日に1000人以上のお客さまが訪れる人気店となりました。その後、商店街の貸店舗を出て、少し離れたところに土地を購入。12台分の駐車場のあるゆったりしたスペースの店舗兼住宅を建て、新店舗で営業しています。

ロールケーキを中心に、梨ケーキ、赤米ドーナツなど、地元の食材を生かした商品の人気も高く、遠方からのお客さまも増えました。今ではクリスマスなどの書き入れ時になると、1日に3000人のお客さまでにぎわう日も。さらに、春日部市民の選ぶ名店にも名を連ね、デパートの催事などへ販売先も拡大中。市内はもちろん県外からもお客さまが商品を買い求めにくるようになりました。従業員も10人になり、かつては人手不足のために休日もなく働いていた真弓さんが、今はきちんと休みもとれるようになったのです。

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岡村衡一郎(おかむら・こういちろう)
スコラ・コンサルト プロセスデザイナー
1971年生まれ、亜細亜大学卒業。株式会社船井総合研究所を経て、2004年株式会社スコラ・コンサルトに入社。150社を超える企業変革を支える。「会社が変わるとは何か」「人がイキイキ働くには何が必要なのか」を考え続け、「一品」という変革コンセプトを発見、体系化する。著書に『30代でチームのリーダーになったら最初に読む本』『一品で会社を変える』(ともに東洋経済新報社)がある。

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(スコラ・コンサルト プロセスデザイナー 岡村 衡一郎)