秋吉 健のArcaic Singularity:嗚呼、アップルよ何処へ行く。iPhoneやiPadなどのiOS端末のシェアの変遷や現在のブランド戦略から同社がめざす未来を占う【コラム】
アップルの世界シェアやiOS製品の現在から同社の未来を考えてみた! |
先日、OSアップデートすらもまともに機能しなくなった壊れかけのRadioならぬ壊れかけの「iPad mini 2」に見切りをつけ、9.7インチの「iPad(第6世代)」を買ってきました(トップ画像の一式がそれ)。発売から数ヶ月が経過しての購入となり「モバイルガジェットライター的にはなんともネタにならんタイミングだなぁ」と呑気に考えつつも、iPad mini 2を持ち歩かなくなったあたりから「持ち歩かないなら動画が観やすい10インチがいいなぁ」とずっと思い続けてそのまま数年が経っていただけに、あまり購入時期などは気にもせずサクッと買ってきたという次第です。
そんな独自のエコシステムを10年以上も続けているアップルとiOSですが、2018年1〜3月期では純利益などで過去最高を記録するなど絶好調を見せる一方、世界シェアに関しては苦戦を強いられている様子があちこちのニュースで散見される点は相変わらずです。アップルとしてもこういった状況を快く思っているわけではないはずですが、果たして同社のシェア戦略や販売戦略とはどういったものなのでしょうか。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はアップルの世界シェアやブランディングの視点から同社の未来を考えます。
アップルが見ている“未来”とは
■輝かしい門出からの苦戦と善戦
まずはアップルが一番見たくないであろうOSシェアから検証していきましょう。検証にはアイルランド企業によるアクセス解析サービス「statcounter」を用いました。同サービスによれば、モバイル端末向けOSにおけるiOSの世界シェアは2017年7月から2018年7月までの1年間で19.4%となっており、世界最大のシェアはAndroidで77.32%となっています。
この1年間でのOSシェアはほとんど変動がなく、強いて言うならAndroidのシェアが僅かながらも徐々に伸びているという点が注目に値する程度です。その間iOSのシェアに大きな変動がない点を鑑みると、AndroidがiOSのシェアを奪っているというよりはiOS以外のOS(もしくはOS不明のデバイス)がすべてAndroidに置き換わりつつある、といった雰囲気です。
全世界のモバイルOSの8割弱はAndroidだ
サンプル期間が短すぎてあまり面白みのないグラフになってしまったので、試しに10年分として2009年7月からのシェアを調べてみましょう。10年前と言えば「iPhone 4」が発売されたのが2009年6月なので、その翌月からの世界シェアの推移ということになります。
モバイルOS激動の10年
今度は実に面白いグラフになりました(よかった)。2009年当時はまだまだノキア(Symbian)のシェアが高く、BlackBerry OSなどもスマートフォン(スマホ)人気に乗じてシェアを伸ばし続けていました。まさに群雄割拠のモバイル戦国時代と呼べる状況下で生まれたのがAndroidであり、2009年当時はまだシェア10%どころか5%にも満たない赤子同然だったのです。
しかしその後のAndroidによる秀吉もビックリの下剋上はみなさんも知っての通りです。2012年5月にAndroidはモバイルOSのシェア1位に躍り出て、以来6年間トップの座を一度も譲り渡すことなく爆発的な勢いでシェアを伸ばしていったのです。
AndroidがすべてのモバイルOSを抜き去った瞬間。まさに“歴史が動いた”瞬間である
この10年を振り返ったiOSシェアの総評を表すならば「苦戦」の一言でしょう。故・スティーブ・ジョブズ氏自ら「電話の再発明」と称し、その言葉通りの華々しい革命を起こしたiPhoneのカリスマ性は人々がスマホやタブレットに慣れていくに連れ年々薄らいでいき、また汎用性や選択性の高さを売りにしたAndroidにすべてのモバイルOSが飲み込まれていったのは必然とも言え、iOSがここまで残ったことはむしろ「善戦」と呼ぶべきかもしれません。
またiOSがシェアを落とし続けながらも2016年辺りから下げ止まった理由はiOSのエコシステムによって囲い込んだ「上得意客」のおかげとも言え、iOS製品を買い続けている人はその後も継続的にiOS製品を買っているということが読み取れます。
世界を一変させたiOSはAndroidに飲み込まれることなく支持され続けた
■スマホのコモディティ化とアップルのブランド戦略
異常とも言えるほどのAndroid(Android端末)の普及速度に対し、iOS製品がそのシェアをギリギリのところで保ち続けている理由とは一体何でしょうか。それは恐らくブランディングの成功でしょう。
スマホやタブレットはキャズムを超え、ギークやガジェットオタクが持つ“趣味の製品”から脱出して一般に普及したことで日常で利用される“生活用品”となりました。それは私たちが服や靴を毎日使うのと同じようにスマホを使っているということでもあり、そこにファッション性やブランド性といった付加価値が与えられるのは必然だったのです。
ブランド化されたモバイルデバイスとそのメーカーが取るべき道がどういったものかは、衣料品や自動車などを見れば一目瞭然です。機能性や生地の質感では大差がなくてもエルメスやグッチのバッグが高いように、動作性能や道具としての用途では大差がないのにマセラティやアストンマーティンの自動車が高いように、アップルはモバイルデバイスというジャンルで高級ブランドとしての地位を2016年に確立させたのです。
そしてアップルはモバイル業界のメルセデスとなった
皮肉にも、その地位の確立に貢献してしまったのはAndroidだったとも言えます。Androidを搭載した端末は中国をはじめとした東アジア圏の国々を中心に濫造とも言える状況を産みました。その爆発的な生産性は製造コストの低下とそれに伴う端末価格の低下を呼び、良い意味でのコモディティ化が成されましたが、同時に「Androidスマホは安くなければ売れない」というイメージが定着し、同じOSを使う限り高級ブランド路線は取りづらくなってしまったのです。
その煽りを正面から受けてしまったのはソニー(ソニー・エリクソン、ソニーモバイルコミュニケーションズなどを含む)でしょう。Androidの黎明期からXperiaというブランドでスマホを作り続け、先進性能とデザイン性を極めた「Xperia Z」のヒットによってその後のXperiaブランドの方向性が決定付けられましたが、台頭する中国メーカー製スマホの低価格&高品質路線に押され、「どの端末を使っても同じなら安いほうがいい」という大衆心理に勝てず、2018年第1四半期の決算ではソニーグループ全体としては好調にもかかわらず、Xperiaが属するモバイル・コミュニケーション部門では108億円もの営業赤字を叩き出してしまいました。
Android端末のコモディティ化の影響はソニーだけではありません。日本国内のメーカーはこの10年でほとんどが撤退・縮小を余儀なくされ、今や残った大手メーカーはソニーと京セラ程度です。富士通は今年1月に投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループへの携帯電話事業の売却を発表しており事実上の撤退となっていますし、シャープは資本が台湾の鴻海精密工業となり大復活を遂げましたがこれを日本メーカーの復活や躍進と呼ぶのは少々はばかられます。
窮地に立たされたXperiaブランド。もはや敵はアップルでも国内企業でもなく東アジア圏の企業になってしまった
シャープは鴻海資本となって初のスマホ「AQUOS sence」で中国・台湾メーカーらしい低価格&高品質路線へと舵を切り大復活を遂げた
こういったAndroid端末のコモディティ化がiOS端末との差別化を産み、そもそもエコシステムが違ったことから「iPhoneとAndroidスマホは違う」という認識を人々に植え付けることに成功したのです。
モバイル業界ではスマホが普及し始めた頃からITリテラシー格差を揶揄するネタとして「一般人はスマホと言えばAndroidスマホのことを言い、iPhoneはスマホではないという認識らしい」というブラックジョークがありますが、このブラックジョークがまさに現実化した状況が今のiOS端末とAndroid端末だと言えます。
Androidは大衆のものとなった。そしてiOSは別の道を選ぶ
■アップルが指差す未来はユーザーに見えているか
アップルが高級ブランド路線で成功を収め、その路線を変えることなく突き進もうとしている点はほぼ確実と思って良いでしょう。今秋に発表されると予想されている次期iPhoneのラインナップの噂では、これまで低価格帯を担ってきたiPhone SE系の端末の情報がほぼなく、iPhone Xの後継機種やiPhone Xよりも大型化したiPhone 8の後継機種などの情報ばかりです。
もちろん例によって「one more thing」の大好きな企業だけに隠し玉としての廉価端末が存在しないとは断定できませんが、スマホ業界における端末の大型化に追従しつつも高価格帯路線をさらに加速させるラインナップで来ることはほぼ確実です。安易に廉価製品を出してブランド力を落とすよりも、高品質と高付加価値に特化したブランディングを維持するほうが懸命であるという判断は、他業種の高級ブランドを見れば明らかで超正攻法の戦略です。
誰かが「アップルは宗教だ」と言ったが、高級ブランドとはジャンルを問わず常にそういった一面がある
アップルがめざす同社の未来が“間違いのない未来”であるとは誰も言い切れません。もしかしたら高級路線は失敗し今後数年でそのシェアを完全に落としてしまう可能性もあります。また廉価なiPhoneシリーズなどをラインナップすることで新興国などで再びシェアを奪い返す可能性もあります。しかしそれらもまたすべてが「予測」でしかないならば、ファッション業界におけるシャネルやピエール・カルダンとまでは行かなくても、エンポリオアルマーニやヴァレンティノのような「おしゃれな高級ブランド」をめざすのも1つの未来なのかもしれません。
みなさんはそんなアップルとiOS端末をどう考えるでしょうか。筆者はiPhone 3G以来ずっとiPhoneシリーズを使い続けていますが、その間にAndroid端末も併用してきました。アンダーカバーが好きだからといってそのブランドの製品しか使わないという人がほとんどいないように、iPhoneが大好きでもアップルのみに傾倒するでもなくさまざまな端末を使い比べてそれぞれの良いところを見つけたいと考えるのです。そしてそれが筆者の仕事でもあります。
今秋の新作発表会が今から待ち遠しく感じます。それはファンとしてではなくモバイルガジェットライターとしての探究心と好奇心からくるものです。アップルが何を発表し何を発信しようとしているのかを読み解くことは、モバイル端末の未来を読み解くことにもつながる気がするからです。
その林檎にブランド品としての価値があるのか。これからはそれが問われる時代かもしれない
記事執筆:秋吉 健
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