「CASH」「STORES.jp」などを生み出し、売却に成功した光本勇介氏の哲学とは(撮影:尾形文繁)

目の前のアイテムを一瞬でキャッシュ(現金)に変えられるアプリ「CASH(キャッシュ)」を生み出したバンク代表取締役兼CEO光本勇介氏。リリース2カ月でDMMによる70億円もの買収が発表され、業界は衝撃に揺れた。
光本氏は、これまでにも「STORES.jp(ストアーズ・ドット・ジェーピー)」などを運営する株式会社ブラケットを創業、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイへ売却(その後MBOにより独立)などたびたび話題をさらい、一目置かれる存在だ。
その型破りなアイデアでの源泉はなんなのか? 詳しく話を聞いた。

――「STORES.jp」「CASH」、どちらも「光本さんを買ったようなもの」と話題になりました。買い手はどこに着目しているのか、ご自身ではどうご覧になっていますか?

どちらの事業も、リリース後かなり早いタイミングで買収していただいています。「CASH」は2カ月、まだこれからという時でした。売り上げも大したことはないし、ユーザー数もたかが知れている。そう考えると、これから生み出される市場や事業のポテンシャルに興味を持っていただいたということに尽きるのかなと思います。

DMMの亀山敬司会長からオファーをいただいた時、「正直、まだどうなるか、まったくわからないサービスですよ」とお話ししました。ただ、僕自身は少額の資金ニーズにポテンシャルがあり、やってみる価値があると思っていましたから、「買っていただけるなら、マスのサービスを作るということを一緒にやっていただきたい」と申し上げました。実際、思った以上にニーズがありました。

僕には、振ってみる価値のある打席があり、アイデアと事業にはポテンシャルがある。でも、自己資本では、規模が限られます。競合も必ず現れますし、資金がないと参入できない市場ですからね。リソースのある会社と組んですばやくアイデアと資金を組み合わせていくのは、メリットがあると思いました。

インターネット業界に携わっているからには、一度は自分の手でマスのサービスを作ってみたいという夢をずっと持っています。つまり誰でも知っているサービスです。

うちの会社は若い男が多くて、「マスのサービスを作ろう」の言い換えとして、よく「合コンでモテるサービスを作ろう」って話すんですよ(笑)。合コンで自己紹介した時に「LINE作ってます」「メルカリ作ってます」って言えたら、めちゃくちゃ盛り上がるでしょう? 「エーッ、私、LINEないと生きられない!」って。

ありがたいことに「STORES.jp」も「CASH」も情報感度の高い方には知っていただいていますが、地方の方々や街なかの大学生みんなが知っているかというと、そうではない。そういった方々が普通に知っているサービスを作りたいんです。

事業は「市場選択」と「タイミング」

――すごくイノベーティブな挑戦ですね。

まだこの先はわかりませんが、これまでいろいろな事業を作っては失敗してきています。そんな経験からつねに意識しているのが、「市場選択」と「タイミング」。事業はこれに尽きます。どんなにイケてるサービスを作っても、タイミングがずれるとうまくいきません。そして、はやっても、継続性を持たせるなら、それなりの規模が見込める市場を選ばなければなりません。


光本 勇介(みつもと ゆうすけ)/神奈川県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。 2008年10月、個人が簡単にオンラインストアを作れるサービス「STORES.jp(ストアーズ・ドット・ジェーピー)」などを運営する株式会社ブラケットを創業。2013年8月、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの100%子会社となるが、2016年10月、MBOにより独立。取締役兼会長に就任。2017年2月に株式会社バンク設立。同社代表取締役兼CEOに就任。2017年6月、アプリを使って、目の前のアイテムを一瞬でキャッシュ(現金)に変えられるサービス「CASH(キャッシュ)」を開始。同11月、DMMが同社を70億円で買収(撮影:尾形文繁)

こういったことを念頭に置きながら、どんな事業を作ろうか、ニュートラルな立場で考えてみた結果、2017年は「おカネ」がテーマの年になると思ったんです。

「フィンテック」という言葉が世の中に現れましたが、そういった企業に注目すると、金融がバックグラウンドの方が作っていることが多い。金融サービスって一般消費者にとって絶対的に必要なものなんですけれど、一般の人の目に映る金融サービスは、遠くて、小難しい感じがする。であれば「使われる方々の気持ち」に立った金融サービスを作ったらどうかと。

僕たちは「バンク」という名前の会社ですが、実は全員が金融のド素人なんですよ。金融、銀行、二次流通、1人もその専門家がいません。そして、むしろそこが強みだと思っています。

「STORES.jp」もそうでした。一般の方がオンラインストアを作ろうとすると、知識やデザインの技術などが必要で、専門家に発注せざるをえなかった。だから、誰でも簡単に作れるサービスを作ったんです。ECのド素人が作ったECのサービスが、ECのド素人の方々に刺さって、共感を得たわけです。

「CASH」も同じです。金融のド素人だからわかる、金融ド素人の方々のために作ったサービスなんです。

――素人だからわかることがあると。

ビジネスとして考えたら、少額の資金ニーズに応えていくのは、ハードルが高い。でも少額の資金があったら、こんなことができる、というのは、たくさんある。たとえば、1万円あったら、欲しかった本が買えるかもしれないし、友だちの誕生日に食事をおごってあげられるかもしれない。子どもをディズニーランドに連れて行ってあげられるかもしれない。そんなふうに、「小さな幸せ」を大量生産したいと思っています。

2018年の「3大テーマ」

――2017年のテーマは「おカネ」だったということですが、2018年は?

これまでは、おカネこそが、みんなが信用する唯一絶対的な価値でしたが、2017年後半からは、一気にあらゆるものに価値がつく世界になりました。「タイムバンク」のように時間に価値がついたり、「VALU」のように人物そのものに価値がついたり。仮想通貨もそうですね。

この流れは継続されていくけれど、2018年は、さらに3つのテーマがあると思っています。

まずは「決済」。おカネ以外のあらゆる決済の手段が生まれるんじゃないかなと。取引では、対価としておカネを払うのが普通ですよね。でも、今年の終わりぐらいには、牛丼を食べて、その対価を自分の「時間」で支払うという現象が起きているかもしれません。

もう1つのテーマは、「思考停止」。世の中は便利になっていて、ある意味、ぐうたらでも楽しく生きていける時代になっているわけです。だからこそ、あらゆるサービスが思考停止状態で使えるサービスでなければならなくなる。

僕もお昼を食べたいと思ったら、Googleで検索してお店を比べる。でも、もう考えることが面倒くさい。だから、アプリを開いたら「今日はカレーを食べてください。カレー屋は、この道をまっすぐ進んで右です」というところまで言ってくれるとか。

実際、レシピサービスは、それに近づいています。圧倒的なのは「クックパッド」ですが、レシピを読み、シミュレーションして頭を使わなければ作れない。でも、今は動画レシピがはやっています。あれは、思考停止したままでも、見ながらまねれば料理ができてしまいます。

それ自体がいいか、悪いか、という議論もあるかもしれませんが、そういう大きな流れがあることは事実としてある。

「CASH」も同じです。モノを売るという行為では「フリマアプリ」が最も簡単なやり方でした。でも、どう写真を撮り、どう文章を書き、いくらに設定して、質問にどう返せば売れるのか、思考しなければなりません。それが、パシャッと写真を撮れば、即入金されるんですよ。思考しなくてもモノを売れるわけです。

そして3つ目は、「与信」です。今は、どんな取引にも与信があります。銀行も消費者金融もそう。個人でも「1万円貸して」と言われると、ちゃんと返してくれるかなと疑いますよね。でも、この与信、つまり人を疑うという行為は、工数であり、コストでもあります。そのコストがあるから、割に合わないということで、生まれていないサービスがある。

でも僕たちは、世の中には、潜在的に少額の資金ニーズがすごくあるだろうと感じたんです。そして、そのニーズにスピーディかつカジュアルに応えているサービスがない。なら僕たちがやろうと。たくさんの小さな幸せにつながるようなサービスが作れたら、と考えました。

「CASH」は、与信をとりません。利用者が誰かもわからない。ひたすら性善説に立って、全力で利用者全員を信じて取引しています。結果、悪い人がいても、そこで被る損害はコストだと考え、大多数の普通取引で収益を上げられればいい。そうすると、「人を疑う」という工数がカットできるのです。

人を疑わなくてもいいという概念ができれば、ウェブサービスも事業の作り方自体も変わるでしょうし、事業の幅や可能性も新しく作っていけるかもしれない。僕たちは、そのための壮大な実験をしているわけです。もちろん、本気でフルスイングしながら。

残高2万円のギリギリ通帳写真

――ユニークな着想は、どのように得られるのでしょう?

日々24時間、生活のなかでつねにアンテナを張っている気がします。僕が興味を持っているのは、あくまでマスのサービスなんです。普通の人が使いたいもの。だから、全力で普通の人を生きる。生きてみて、日々疑問に思うこと、望むことにアンテナを張り、「これを解決して事業化するにはどうすればいい?」と考えています。

大前提として、世の中にないものを作りたいので、よく「どうせやるなら、狂ったようなことをしようよ」と言っています。常識を変える。そうでないと新しいものは作れない気がします。最初にCASHのサービスを開始したとき、周囲から信じられないと言われましたが、僕は、一瞬であれだけの利用があったことに興奮した。最近読んで感銘を受けたフィル・ナイトの著書、『シュードッグ』的に言えば、「馬鹿げたアイデア」なのかもしれませんが。


光本氏も感銘を受けたというフィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』は、20万部のベストセラーとなっている。特設サイトはこちら

事業を作るときの軸として、多くの人をハッピーにするようなことをしたい。世の中を変えるような面白いサービスを作りたい。経営そのものよりも、生み出すことに興味があるんです。それで、みんなが使っているサービスを「あれ、俺」って自慢したいんですよ(笑)。

生み出すとは言え、事業としてやっていくには、やはり稼ぐ力が必要だと思っています。僕は、自己資本でやってきて、ずっと稼ぐことに執着してきました。

最近は、調達環境が恵まれていて、赤字でもやっていけたりしますよね。でも、それに甘んじていると、経営できていないのに、できているように錯覚してしまう危険があるんじゃないかなと。資金調達が悪いとは思いません。でも、商売は「稼ぐこと」です。意外と、このシンプルなことをスタートアップ環境で実行している人は少ないのかなとも思います。

おカネにはずっと苦労してきました。前の会社も今の会社も自己資本ですが、これって、赤字になれば死ぬんです。かつて、おカネがなくなって、通帳残高が2万2000円になったことがありました。もう完全に「会社潰れる。通帳の底を見るってこういうことなのか」と思いましたよ。今でも、その時の通帳の写真は、持ち歩いています。当時の危機感や緊張感を思い出せるので、たまに見るようにしていますね。

ビジネスをやるうえでの障害も、やはりおカネです。どんなにワクワクするアイデアがあっても、おカネがなくてチャレンジを我慢したことがいっぱいありました。悔しかったですよ。ですから、会社を売却することによって、思ったタイミングで思ったアイデアを実行できるようになったのは大きい。やっぱりそれが最高の幸せですから。フィル・ナイトは『シュードッグ』のなかで、天職を探せ、とアドバイスをしていますが、僕にとっての「天職」は、考えたことをカタチにする、行動に移すことかもしれません。

2018年もチャレンジしていく

――事業家として、目標とされる人はいますか?

自分が実際にお会いしたことがある人で言えば、僕が尊敬しているのは、スタートトゥデイの前澤友作さん、そしてDMMの亀山敬司さんです。お二人とも、レベルの違うすごさがあります。

特に、前澤さんにはZOZOTOWNを通して、どっぷり勉強させていただきました。ZOZOって、まだ10年のビジネスなんですよ。それでここまでの帝国を作れるのか、と。あまりにも身近に仕事をさせていただいたので、「自分にもできるかも」と良い意味で錯覚できたところもあります。時間は自分の貴重な資産ですから、有効活用して、すぐにでもチャレンジしなければと思わせていただきました。

世の中を変えていける自信は、常に持つようにしています。そもそも、自分にポテンシャルがあると思えなければ、思いっきりバットを振れませんからね。つねに勝負。失敗は恐れない。もちろん、失敗もたくさんしてきましたが、失敗から得られることのほうが、成功から得られるものよりも大きかった。だから、失敗することを怖いとは思わないんです。

まだ明かせませんが、今年も、今までにはない形態のサービスを発表する予定です。いろいろなアイデアを考えていますし、やりたいことはいっぱいあります。ビジネスって、最高に楽しいですからね。