2016年12月17日(土)にスポーツアナリティクスジャパン2016が日本科学未来館で開催された。主催は日本スポーツアナリスト協会で、代表理事を務める渡辺氏はこれまで女子バレーボール日本代表のアナリストとして多数のメディアなどでも取り上げられ、日本女子バレー復活の鍵となった“データバレー”を支えてきた人物である。

基調講演にはスポーツ庁・鈴木大地長官が招かれ、今後の日本におけるスポーツの展望について話した。講演の中で医療費の増大に触れた鈴木長官は「スポーツ庁の予算が1兆円欲しい。そうすれば2兆円の医療費を減らすことができます。」と話し、「そうすれば何かと話題になる競技場の建設費も賄える」と本音も漏らす場面も。

また、2020年東京五輪だけでなく、その先を見据えた人材の育成の必要性を訴えるとともに、スポーツ業界の“たこ壷化”についても問題提起を行った。

基調講演を行う鈴木スポーツ庁長官

この日は終日、各会場で様々な有識者によるセッションが行われたが、ここでは「スマホ時代のリーグマネジメント」について記しておきたい。

 スポーツを取り巻く環境、とりわけ若者のライフスタイルの変化の中でプロスポーツリーグは今後どうあるべきなのかのディスカッションを展開。新規ファンを獲得しながら、持続的に発展していく方法について各競技リーグのビジネスリーダーが論を交わした。

パネラーは出井宏明氏(Jリーグ・事業マーケティング本部長)、葦原一正氏(Bリーグ・理事/事務局長)、加藤謙次郎氏(NPBエンタープライズ事業部/広報部主任)。モデレーターは石井宏司氏(日本女子プロ野球機構・理事/事業戦略担当)が務めた。

 

スマホの普及で変化する情報発信・入手方法

まず、現代のスポーツを取り巻く状況の変化について、認識の共有が行われたのだが、その中で初めに言及されたのはスマホの普及。これによって人々が場所や時間を問わず情報を取れるようになった。

さらに、出し手側も情報をリアルタイムで発信を行えるようになったことで、タイミングなどを考える必要が出てくる。また、様々な分析ツールを用いることで受け手側のデータ(年齢、性別その他)を取れるようになり、細かいマーケティング分析も可能となってきているという現状がある。

そしてスマホの普及によって、今までのスポーツ観戦において“当たり前”とされていたことにも少しずつ変化が起きている。

9月のリーグ開幕時より他競技に先駆けて、いち早くリーグ単位でスマホのチケットアプリによるチケットレスの取り組みを行っているBリーグでは徐々にその傾向が表れているようだ。

「地方の人気チームにはコアファンが多いので、そちらで(スマホチケットを)熱く使われると思っていましたが、今は逆に都市部で使用されています。多いチームは3人に1人スマホチケットを利用しています。まだ紙の文化というのは残っていますが、思ったよりもそれが早くなくなる可能性はあると思います」(葦原氏)

Bリーグ・葦原氏

開幕からまだ3ヶ月あまりのBリーグでその使用率の高さは驚きだ。今後紙からスマホのチケットを利用する流れがより加速していくことは多いにあり得る。

また、葦原氏は昨今話題となっているVRについても言及し、「会場に行かなくてもいい人が増えるという議論があるが、むしろ会場に行く人が増えるというデータもあります」と“生観戦”の価値は今後も変わらないと強調した。

そして変わらないものとして葦原氏がもう1つ挙げたのがテレビでの視聴だ。

Bリーグの開幕戦は地上波でも放送され、視聴率は5.3%だったが、インターネット放送・スポナビライブとLINEライブでも300万人が視聴した。これは視聴率換算で2〜3%相当になるという。

今後間違いなくネットでの視聴は増えていくとしながら、葦原氏は「プレイス(場所)の問題だと思います。家にいれば当然テレビを見るし、外にいればスマホを見る。どちらかだけになることはないでしょう」と話した。

「人の生活がスマホで変わったことによって、スポーツビジネスの仕方も変わっていく」と語るのは加藤氏。

インターネットやスマホの普及により、本来経る必要のあったプロセスを飛び越えて、様々なことに直接アプローチできる時代になってきており、スポーツにおいてもクラブやリーグなどの団体が競技者やユーザーと直に繋がれるようになってきた。

NPBエンタープライズ・加藤氏

情報を発信できるデバイスが増えたことで試合動画などの配信先が増え、配信を行う業者間での新たな競争が生まれていることが、スポーツが持つライブエンターテイメントとしての価値も上げていると指摘する。

発信の方法も既存の文章、画像、動画ものに加え、VRなどが入ってくることでスポーツを“体感する”という新たな価値を提供できるようになったことは大きい。

 

スポーツとの接点もスマホが中心に

 スマホの普及により、ユーザーにとって、スポーツとの初めての“出会い”がスマホである確率が圧倒的に高くなっている。その出会い方の工夫について、侍ジャパンは興味深い取り組みを行っていた。

それはおそ松さんやInstagramで15万人フォロワーを抱える若槻千夏さんプロデュースのキャラクター、くまたんとのコンテンツタイアップである。

一見野球とは全く関係ないように思えるが、これが狙いなのだ。

これらのコンテンツはマスメディアで大きく報じられることはなかったが、SNS上、とりわけTwitterで話題となり、大きく拡散され、Twitterワードランキング1位にも上がった。

侍ジャパンのSNSを用いた施策

コンテンツタイアップの他にも情報の中身について、選手紹介やプレー動画中心の内容から路線変更し、“あたりまえポエム”“双子コーデ”など、流行のハッシュタグを用いた発信をすることで、それに乗っかり、野球に今まで興味がなかった層に見てもらうための試みを行っている。

まだリーチできていない新たな層にアプローチするためにはその界隈で人気がある、活躍しているコンテンツと組んでいくことが重要なのである。

そして、SNS上では年齢・性別を超え、様々なコンテンツを中心としたファン同士の独自の空間が生み出されており、スポーツでも同様の傾向が見られている。「球団やクラブのマーケティングの域を超えた動きであり、それが活発化している」と石井氏が話すように、ファンによってあくまで自発的に発達しているコミュニティだ。

女子プロ野球・石井氏

Jリーグにおいてもそういったファンが形成するコミュニティが大きな役割を果たしているようで、観戦者調査によると「スタジアムでの観戦仲間とネット上での仲間、リアルとバーチャル両方でコミュニティを持っている人の方が圧倒的にエンゲージメントが高い」と出井氏は話す。そのコミュニティの中で声をかけられることで予定を変更し、スタジアムに足を運ぶ人もいるそうだ。

 

 

潜在的な有望選手の発掘にも活用

一方侍ジャパンでは観客に向けた施策だけでなく、スマホを用いて選手発掘も行っている。現在野球日本代表はトップからアンダー世代、女子まで統一のユニフォームを着用し、“侍ジャパン”として活動をしている。その中でU-12日本代表はアジア選手権で優勝を果たした。

しかし、実はこれまで小学生年代の日本代表を編成する仕組みがなかった。サッカーのようなトレセン制度がなく、前年度全国大会優勝チームがそのまま日本代表として派遣されるケースが多かった。つまり選手1人ひとりを選考し、選抜していたわけではなかったのだ。

そこで行われたのが動画による選手選考である。スマホで1分ほどの動画を撮影し、専用サイトに送付することで選考にエントリーできるというものだ。U-12代表首脳陣がそれを見て、セレクションに召集するメンバーを直接選ぶ形になっている。

「どの子でも侍ジャパンになれるチャンスがある、ということを発信できたのはよかったと思います」(加藤氏)

子供達にとって夢のある話であり、仮にチームが弱くてもすばらしい才能を持った選手を発掘できる可能性があるという点で、非常に意義がある。

いつか訪れる“スマホ疲れ”に備え、チャレンジし続ける。

Bリーグは今後、プレーヤーのデータも紐付けていく予定で、観戦とプレーを繋げていきたい構えだ。葦原氏は今後の業界の展望として、“スマホは目玉の親父になる”という独特な表現を用いて力説した。

「『バスケをやっているなら、たまにはプロのプレーを観に行ってみたら?』と投げかけてくれる。いつも横にいるスマホはそんな存在になっていくと思います」

いわば良き相棒として、スマホがユーザーの趣向や予定などを把握し、適切なタイミングでスポーツを“おすすめ”してくれるような世界ができるということである。

 

昨今のスマホの普及やSNSの発達で様々な新しい試みをできる環境は徐々に整ってきている。しかし、スポーツ業界にはその機会を活かすための人材が不足しているという問題があると登壇者は口を揃えて話した。

実際に運用を行える人や特性を理解し、組織内で施策提案を通せるリーダーシップを持った人材が求められている。

加えて、大きな規模でプロジェクトを動かす場合には競技や団体を超えた横の連携を強化し、スポーツ界全体で取り組んでいく必要があるという共通認識を持っているようだ。

協力してやることで各競技・クラブの“個性”が消されるという指摘もあるが、出井氏は「一緒に作ったプラットフォームの中で個性を出せばいいだけの話。むしろ“週末に外に出かけて楽しむ”という共通のものをもっと広げていければ僕らのビジネスも発展していくはずです」と競技間での積極的に行っていくべきとの姿勢を示した。

Jリーグ・出井氏

最後にBリーグの葦原氏は「スマホ疲れが起きる可能性もあります」とスマホ時代が終焉を迎える可能性を危惧した上で、既成概念に囚われないでブレイクスルーしていく必要があると指摘した。

出井氏は『PD“M”CA』が大切であると話す。Mはミス(Miss)の意だ。「プラン(Plan)の段階でミスをしないように計画を立てるとスピードが出なかったり、保守的になったりします。限界突破するためにはミスをしても、そこから学べばいいということです」とどんどんチャレンジしていくことを求めた。

今までであれば選手とファン、ファンと球団・クラブ、競技と競技などの間には大きな壁があった。

しかし、インターネットやスマホを始めとしたデバイスの普及などによって、人々の生活の変化に生じ、それに伴い壁も超えたコミュニケーションが可能となってきている。今後さらにそれを活かした施策が打ち出され、あらゆる垣根を超えたやり取りが生まれることで、スポーツの楽しみ方が多様になり、業界全体も活性化していくに違いない。各リーグのこれからの取り組みにも注目だ。