伊藤忠商事社長 岡藤正広氏

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今や、残業するほど仕事ができないと思われる時代。限られた時間で最大の成果を出すには──。経営トップ、心臓外科医、3つ星シェフ……斯界のプロにそのテクニックを聞いた。

将来を見通すのが難しく、何を実行すれば成果が出るのかわからない時代。じっくり考え、議論するという仕事のスタイルはそぐわなくなった。ワークライフバランスを求める風潮が強まり、長時間労働に対する風当たりも厳しい。

今、求められているのは、限られた時間の中で最大の成果をあげる仕事のやり方だ。個人の仕事や会議の時間はもちろんのこと、アイデアを捻り出すまでの時間さえ短縮が期待される。

省庁でも7〜8月の朝型勤務に踏み切った。これまで8時半〜9時半だった勤務の開始時間が7時半〜8時半になる。1時間早めて超過勤務をなくし、労働効率を高めようというのだ。

朝型勤務の先駆けになったのが伊藤忠商事である。正式導入したのは2014年5月。それまで10〜15時をコアタイムとするフレックス勤務を採っていた同社で、朝型勤務を積極採用したのが岡藤正広社長。導入理由をこう語る。

「お客さんあっての商社なのに、お客さんが9時に電話してきても、うちの担当者がまだ出勤していない状況がありました」

顧客は朝一番に質問や注文を伝えたい。商社としてこれはまずいと岡藤社長は感じた。

決断のきっかけは東日本大震災。金曜日に大地震が起き、月曜の早朝から岡藤社長は顧客の工場や支店、物流センターは大丈夫かと訪ねて回った。

「みなさんてんてこ舞いでした。一通り回って10時に帰社すると、うちの社員たちがぞろぞろと出社してくる。これは世間と大きくズレている、と感じたわけです」

無料の朝食付きで朝型勤務に切り替えた。顧客からはすこぶる評判がよいし、社員の仕事能率も大幅に上がった。7時や8時に出勤して電話が鳴り始める9時までが勝負と、みんな集中して仕事に取りかかるようになったからだ。

「夜の1時間より朝の1時間のほうが、2倍効率がいい」と岡藤社長は試算する。とすると、いつもより2時間早く出社して仕事に集中すると、夜に4時間残業するのと同じ成果が出ることになる。空いた時間で新規事業のアイデアを考えたり、あるいは趣味でリフレッシュしたりすることも可能だ。

ただし、限られた時間で仕事をこなし、最大限の成果を出すためには、それを可能にする技術が必要だ。各分野のプロフェッショナルにテクニックを披露してもらった。

■重い仕事を真っ先にやるべき

仕事の山を前に、「やってもやってもなくならない」と嘆いている人も多いだろう。伊藤忠商事の岡藤正広社長は、若いころから「その日の仕事はその日に仕上げて、翌日に持ち越さない」がモットーだ。しかも残業するのは「年に2回の繁忙期に1週間ずつくらい」というほど、毎日、効率的に仕事をこなしてきた。

限られた時間でスピーディに仕事を進めるコツは、全体の仕事を見ながら「重い仕事から着手する」ことだと言う。

「まず、最も重要で時間がかかりそうな仕事から始めます。負荷の低い仕事は、後からでもさっと済ませられるでしょうし、場合によってはやらなくていいかもしれません」

重要で長期戦になりそうな仕事ほど精神的な負担を感じるもの。だから、えてして簡単で早くできそうな仕事から手をつけがちだ。すると、会社でしか仕上げられない重要な仕事のほうが残ってしまう。結局、どんどん先延ばしになる可能性が高まり、気が重くなる。突然の得意先や上司からの依頼への対応も十分にできない。

「学生時代の試験勉強もそうでしょう。要領の悪い人は、問題集を開いたら1ページ目から取りかかる。初めは気力が充実しているけども、その辺りにはやさしい問題しかない。だんだん集中力がなくなり、後半の難しい問題はまったく手つかずになる。本当は自分の弱いところや、重要な問題を初めに抜き出すべきなのに、やらなくてもいい問題ばかり解いているわけです。私自身の反省から話しているわけですけど(笑)」

受験のたとえでも明快なように、何か事に当たるときはまず全体像をつかみ、何が重要かを見極める。そうすれば、1日の中でどの順番で仕事を進めればいいかの判断がつく。それが能率アップにつながっていくのだ。

ただし、負荷の高い仕事から始めるには、「前日の仕事を持ち越さないことが大切だ」と岡藤社長は指摘する。

昨日の仕事が残っていると、仕事の軽重にかかわらず、締め切り等の関係でそちらを優先せざるをえないケースが多い。

「私は海外出張したときは、帰国すると真っ先に会社へ戻ってすぐに溜まっている書類の山を片づけ、留守中にかかってきた電話のメモを見て内容を確認し、レポート作成から出張精算まで、すべて一気に終えてしまう。2時間くらいあれば完了しますよ」

翌日、出社したとき、机の上はきれいさっぱり。その日の仕事だけを考えて、優先順位をつけられるわけだ。

おかげで翌朝、帰国を待っていた取引先から電話が一斉にかかってきても、用件はすべて把握しているから余裕を持って対応できるという。

海外出張から戻ったとしても、すぐにオフィスに寄らず、準備を怠れば、翌朝から書類の山と格闘することになるだろう。取引先からの電話にもすぐに対応できない。

「内容を確認してあとで電話します」といったん切れば、その仕事は先送りになってしまう。仕事はそうやって雪だるま式に膨れ上がっていく。

その日の仕事はその日のうちに、その週の仕事はその週のうちにやり終えるのが岡藤社長のスタンダードだ。

「そういう“予習”によって、仕事はスタートダッシュが切れる。学校の勉強も予習さえしっかりやればいい成績がとれるのと同じで、この違いが365日積み重なると大きな差になります。ビジネスマンが出世したければ、仕事の予習を怠らないことですね」

■“予習”型の発想で週明けも楽しく

たとえば会議でも、しっかり予習して出席すれば、何か質問されてもパッと答えられる。頭の中があらかじめ整理されているからだ。会議中にあれやこれやと考え始めるのは、出席者全員の時間を無駄にしているようなもの。

「その出席者がちゃんと予習してきたかどうかは、発言を聞けばすぐにわかります。予習してこなかったなと感じたときは、鋭い質問を1つ投げてみれば確かめられますよ」

全員が予習して参加する会議は、スムーズに進行して短時間に終わらせることができる。岡藤社長になってから、以前は3日かけていた経営会議が1日で済むようになったという。予習によって、それだけ内容の濃い会議ができるということだ。

週初めから勢いよく仕事をスタートするためには、休日の過ごし方も大切だ。たとえ仕事のことは考えなくても、頭の中を空っぽにしたのでは、スタートダッシュで差がつけられない。

「仕事を一切忘れてしまうと、頭がぼけてしまいます。夏休みの1週間、まったく仕事のことを考えないというのでは、休み明けに出社してもしばらくの間は仕事にならないでしょう」

もちろん、休日にリラックスするな、リフレッシュするなという意味ではない。たとえば、家族と休日を過ごしながらも、頭の片隅のどこかに仕事のことを置いておく。レジャーや買い物に出かけても、ふと見聞きしたことが仕事のアイデアに結びつくかもしれないからだ。

この心構えでいれば、休み明けにためたアイデアを使おうと、前向きに、フルスロットルで仕事に向かえるはずだ。

▼仕事が速い人の3つの共通点

[1]最も重要なものから手をつける
仕事の順番は最も重要で、量の多いものから手をつけると精神的な余裕ができる。周囲も仕事ができていると評価するだろう。それ以外の仕事は後からでも対処可能なことが多い。
[2]その日の仕事はその日のうちに
その日の仕事に全力で取り組むには、前日の仕事を翌日の朝に残さないこと。急な得意先からのクレームや上司からの頼まれごとにも落ち着いて、柔軟に対応することができる。
[3]週末は翌週の「予習」を
オフだからと仕事をすべて忘れるのではなく、次の戦略や会議のことを思案することでいつもとは違う発想が浮かぶ。やりたいアイデアが出てきて、休み明けはやる気満々で出社できる。

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伊藤忠商事社長 岡藤正広
1949年、大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社。2002年ブランドマーケティング事業部長、執行役員。04年4月常務執行役員、繊維カンパニープレジデント。同年6月常務取締役、06年専務、09年副社長を経て10年より現職。

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(上島寿子=構成 的野弘路、貝塚純一、太地悠平=撮影)