利根沼田学校組合立利根商業高等学校(群馬)

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 全国でも非常に珍しい組合立高校のひとつである利根沼田学校組合立利根商業高校(群馬)。現在、学校は運動部の活性化に取り組んでおり、昨年9月、野球部の監督には大阪の近大附を率いて3度のセンバツ甲子園出場を果たしている御年・80歳の豊田 義夫氏が就任した。かつては夏の群馬大会で準優勝を3度経験しているものの、近年はなかなか結果を残せずにいる利根商だが、新監督の下でどのように変わろうとしているのだろうか。

キャッチボールの時間は3倍に増えた

木村 直斗投手(利根商)

 豊田監督が利根商の選手を見て、最初に感じた第一印象は「おとなしい」だった。「関西ではヤンチャな選手が多かったですから、野球の指導を通して一人前の高校球児にしていくという感じでした。一方、利根商の選手は真逆の気質を持っていて、とても真面目なんですがその分、覇気がない。しがみついてでもボールを取りに行こうという執念や、自分への厳しさが足りないと感じました」

 敏腕代理人として知られる団 野村氏を高校時代に指導していた縁で利根商に招聘された豊田監督。大阪を離れるにあたって開かれた激励会では「大阪に生きて帰ってこようとは思わない。骨を埋める覚悟でやります」と宣言するなど、強い意気込みを持って、単身、群馬にやってきている。また、かつては「鬼の豊田」という異名を持つくらい厳しい指導を行っていたこともあって、傘寿となった現在もなおミスをした選手に対してはきつい口調で戒めの言葉が飛ぶ。

「当時と今では選手への対応はまったく違いますが、それでも普段の練習から緊張感を持って臨まないと力になりませんから、注意をする時は厳しく言うようにしています」

 そんな豊田監督が目指すのは、バントと機動力を絡めた攻撃で得点を挙げ、堅い守備で守りぬく。まさに高校野球の王道とも言える野球だ。その為に、まず大切しているのがキャッチボール。「野球の原点といえば、やっぱりキャッチボール。でも、選手にやらせてみたら暴投が多かったんです。だから、就任して間もない頃、選手にも『難しいことは教えない。でも、キャッチボールは教える』と言ったんです。『相手の胸にきっちり投げる。そうすれば、自分にも良いボールが返ってくる』と話して、今もキャッチボールは基礎的なところからやっています」

 もちろん、守備練習にはかなりの時間を費やしている。ノックは様々な方法で毎日2時間ほど行うのだが、コーチだけでなく豊田監督自身もノックバットを握る。「昨秋も今春も群馬県大会は2対3の1点差で敗れたのですが、その差を覆すには守備しかないと思うんです。バッティングと違って、守備は鍛えれば上手くなります。だから、守りを固めて、負けない野球をしていきたいです」

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 チームの主将を務める荒川 比呂希選手も「前任の監督はバッティング練習が多かったんですが、豊田監督になって守備中心の練習に変わり、キャッチボールの時間も3倍くらいの長さになりました。春季大会はエラーをきっかけに負けてしまったので、夏に向かってまだまだ守備を鍛えていかなければいけないと思います」と話す。

 また、豊田監督には変わらないモットーがあるという。「昔から『とるべきはとる。生きるべきは生きる』という言葉をよく言っています。捕れるフライ、捕れるゴロはしっかりと捕ってアウトにする。取れるアウトはきっちり取るということです。そして、一塁へ走る時はベースを通り過ぎるまで全力で駆け抜けて、絶対にベースの手前で力を抜かない。そうすればセーフになることだってありますから、精一杯のプレーをやって生きるべきは生きる。この言葉を選手にしっかりと浸透させていきたいですね」

高校野球は教育そのもの

井上 優哉選手(利根商)

 そして、豊田監督が野球とともに重視しているのが礼儀やマナーだ。「高校野球は教育の一環と言われますが、私は教育そのものだと考えています。グラウンドは教室と一緒。だから、グラウンドを汚す者は出て行ってもらって構いません。極端なことを言えば、試合に負けたとしても、他校から『利根商のマナーを見習え』と言われるようになってほしいです」

 ライトを守る小林 剣真選手は、その礼儀やマナーについて「以前はどこか形だけでやっていたような気がします。でも、今は心を込めてやっていますし、自然と練習も、より真剣に取り組むようになったと思います」と変化を感じているようだ。荒川主将は「監督のところへ集合した時は、みんな気を付けの姿勢をしていて、返事をする時は『はい』としっかり言うようになりました。そういったグラウンドでのマナーはチームとして全員が意識しています」と話し、今はその部内の決まりごとを1年生に伝えているところだという。

 また、竹原 幹人コーチも「チームが一番変わったのは礼儀の部分だと感じています。例えば、試合で相手投手が四球を出した時、これまでは『ラッキー』など相手を落とすようなことを言っていたのですが、今は『ナイス選球眼』と言うようになりましたし、ゴロを相手チームがエラーした時は『よく転がした』など、味方を褒める言葉に変わったんです。私自身は大学でプレーしていて、大学野球というところはプロも意識していますから、どうしても個が中心になりがちですが、今の利根商の部員たちは高校野球らしさをどんどん身につけていると思います。コーチの私から見て、豊田監督はまさに『ザ・高校野球』という方ですね」と教えてくれた。

 ただ、当の豊田監督は「周囲の方から『これまでにくらべて選手がキビキビとしている』と言われることもありますが、まだまだだと思っています」と、満足はしていないようだ。ちなみに取材当日も練習後のグラウンド整備の際に、1年生を集めてトンボのかけ方を細かく指示している光景が見られた。

[page_break:地元住民に愛される野球部に]地元住民に愛される野球部に

右から・荒川 比呂希主将 小林 剣真選手 井上 優哉選手(利根商)

 すでに夏に向けて始動している利根商。チームの中心となる3番・井上 優哉選手、4番・荒川選手、5番・小林選手のクリーンナップの3人に抱負を聞いた。「ポジションはサードなのですが、豊田監督からは『ホットコーナーを守っているのだから、もっと燃えろ』と言われています。夏は今よりもさらに勝負強くなって、チャンスは絶対にものにするようにしたいです」(井上選手)

「まだ主将として周りが見えていないところがあるのですが、積極的に声を出して元気のあるチームを目指します。そして、夏の群馬大会では一つでも多く勝てるようにしたいです」(荒川主将)

「チームの結果を第一に考え、バントやランナーを返すバッティングなどで自分の役割をしっかり果たしたいです」(小林選手)

 また、2年生エースの左腕・木村 直斗投手は「練習では冬場から走り込んできました。そのおかげで球速が130キロを超えるようになってきました」とトレーニングの成果を口にする。さらに、これまで部員は2、3年生合わせて18名だったが、1年生が14名入部し、倍近くの32名まで増えた。「選手たちには『現在のレギュラーメンバーも含めて、夏の大会で2、3年生全員がベンチ入りするとは限らない』と話しています。守備の良い選手を中心に1年生を抜擢することを考えているのですが、それでチーム内に競争意識が生まれれば良いですね」(豊田監督)

 ちなみに利根商では今春、寄宿舎が完成。野球部の部員も5人ほど入寮しているという。「寮があるから、利根商に行ってみようかな、という声も聞こえるようになり、選手が集まりやすくなったと思います」と話す豊田監督だが、あくまでも近隣の選手中心でやっていく意向だという。

「私が関西で長く監督をしてきたので、『大阪から有望な中学生を連れてくるのではないか』という噂があるのですが、そのような考えはありません。みなかみや沼田など地元の選手とともに、地元に愛される野球部になっていきたいです。今はまだ『一歩進んで、二歩下がる』というような状況ですが、地元の方々に『利根商が復活したな』と思ってもらえるように頑張っていきたいです」

 一足飛びに10段の階段は上がれない。利根商はしっかりと足元を固めながら、着実に一つ目の階段を踏み出している。

(取材・文/大平 明)

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